第15話
「珍しいですね、忘れ物とは」
レウィシアの私室で昼食を済ませ、出ようとすれば、床に落ちている書類が一枚。見ると続きの書類。
「届けてから遊びましょう」
カイの手を握り、執務室へ。
執務室に辿り着き、扉を叩くも返事がない。そっと開けて中を見れば、誰もいない。
なら玉座の間か。少し考え、玉座の間へ。入り口にいる兵に渡すだけだったのだが。
「これは、王妃様」
タイミングが悪かった。歪んだ笑みの男性貴族? に見つかり。部屋には見慣れた令嬢二人にシーミ国の兄妹。
「届けものに来ただけです。すぐに退出します」
右手には書類、左手はカイの手を握っている。ここまで来て近くの兵に渡すのも、と控えているユーフォルの元へ。
「みみ」
カイがレウィシアを見て指差す。指されたレウィシアは「耳? 」と耳に触れている。
「ふく」
「ああ、王様の耳はロバの耳と裸の王様ですね」
絵本を読んだ覚えが。
「どんな本を読ませている」
レウィシアは呆れている。
「難しい魔法書を読ませるわけにはいかないでしょう。今度は王様が悪い魔女に騙されて姿を変えられる、というのでも」
「やめろ」
こほん、と誰かのわざとらしい咳払い。
「その子が王妃様の隠し子ですか」
男は歪んだ笑みのまま、セレーネ達を見ている。
「違う。預かった。何度も言わせるな。もし、そうだったとしても」
「陛下の御子。それならしかるべき教育をすべきでは」
されては困る。
「私としてはこちらの方が陛下とお似合いかと」
どこかで聞いた言葉。男は金髪の令嬢を見ている。
「家柄、容姿、教養もあります。王妃として相応しいのでは」
金髪の令嬢は自信たっぷりに胸を張っている。
レウィシアは呆れながらも口を開こうと、
「カイ、セレーネ」
鈴を転がすような声。
セレーネは振り返る。カイはその前に手を離し「ママ」と駆けていた。
振り返った先、部屋の入り口にいたのはカイと同じ金髪に水色の瞳の女性。
部屋にいる、セレーネ以外が息を呑んでその姿に見入っていた。それだけの美女。
美女はしゃがみ。
「カイ、お待たせ。良い子にしていた?」
カイは大きく頷いている。
「大泣きして物を壊さなかったので、良い子にはしていましたよ」
セレーネも傍へ。美女は胸に白い布を抱いている。
「そう、よかった」
眩しい笑顔で見上げてくる。この笑顔で何人魅了されるだろう。
「初めまして、ね。お兄ちゃんよ。カイ、あなたの妹」
「妹、ということは女の子。美人に育ちますね。悪い男に引っかからないよう。強くならないと」
「人様の子供に何を言っている」
レウィシアのつっこみ。
抱いてみる? と母親に補助されながら小さな妹をカイは抱いていた。
「ありがとう、セレーネ」
「いえいえ、お役に立てて」
「どうせあの人が押し付けたのでしょう。まったく」
怒らず困り顔。カイは母親をじっと見て「だっこ」と。
「大丈夫でしたら預かりましょうか」
布に包まれた赤ん坊を見た。抱いた途端大泣きされては。
美女は立ち上がり、赤ん坊をセレーネに丁寧に預けてくる。
温かく小さな体、閉じられている瞳。見ているだけでふわふわ、幸せな気持ちに。
『幸多かれ』
セレーネは赤ん坊に向けて魔力を込めて呟く。
「皆同じことを言うのよ」
カイを抱いて立ち上がった美女は笑顔。
皆というのは精霊。精霊に祝福される子供など多くはいない。グラナティスの王族も似ているが、祝福といえるのか。
「祝福ですから」
カイが生まれた時に精霊に教えてもらい、同じ言葉を贈った。そのカイは母親にしがみつくように抱きついていた。
「それより、一人でここに?」
背後を見ても誰か現れる気配はない。
「あの人なら買い物を頼んで、追い出してきたわ。もう大丈夫だからカイを迎えに行く、と言っても止めるから」
ばれればセレーネが怒られる。
「生まれたのは」
赤ん坊は大人しくセレーネの腕で眠っている。
「十日前よ」
「心配するの、わかります。でもネージュさんの気持ちも」
セレーネに預けていてもカイを気にかけていた。
「贈り物、というか必要そうな物、揃えていますよ。帰りに持っていってください」
「ありがとう。あの人だと気づかない物が多いから。以前もセレーネの贈ってくれたものに大助かりしたわ」
旦那に妬かれ、痛い目に。
「すぐ帰るんです?」
「帰らないよ」
ネージュの背後から現れたのは、空色の鱗に覆われた小型の竜。ネージュの右肩にとまる。
「らべんだー」
カイは小型の竜を見て、嬉しそうにその名前を呼んでいる。
「……たかりに来ましたか」
「どういう意味だい」
セレーネの頭に移動。
「ノームにはおごったんだろ。ノームにおごって、あたしにはなしかい」
「おごったというか、代金であって」
翼でぺちぺちとセレーネの頭を叩いている。
「はいはい、わかりました。ネージュさんの時間の許す限り、お茶にしましょう」
「大丈夫だよ。あの男には時間のかかる買い物にしてやったから」
気の毒に。
「それなら荷物と財布をとってきます」
いつ迎えが来てもいいように。
「一角を貸すから、そこにしろ」
レウィシアの声。
「え、でも」
「女二人に子供。誰が狙っているか。ここの庭ならそんな心配はない。ダイアンサス、護衛としてガウラをつけろ」
「はい。それがよろしいでしょう」
「陛下、護衛なら、おれが」
部屋にいたアルーラが手を上げる。部屋にいる臣下、兵、貴族の男達の視線はネージュに釘付け。外へ出ても同じ。ラベンダー・ドラゴンもいるので、個室のある店でないと。
「お前では護衛にならない。何か、はセレーネが一緒だからないだろうが、もしあれば彼女のご夫君に殺される」
「で、済めばいいですけど、最悪「城ごと潰される」」
ラベンダーと呼ばれた小型の竜と声を揃える。
「そ、そんなに怖い旦那なんですか」
「見た目に反して性格が」
「特にこの子のことになるとねぇ。国ごと滅ぼしても」
ありえる。
「そういえばセレーネも結婚したのでしょう。ヴェルテから聞いたわ。でも旦那様には会わせてくれなかったって」
「誘惑すると思ってんのかしらって笑ってたよ」
「そんな心配はしていない。しているのは別の心配。何をやってきたか知っているでしょう」
ああ、とラベンダーは頷き、「悪気はないのよ」とどこまでも人の良いネージュ。
それに以前突然来た時は。
「あ、セレーネに子供が生まれたら、お婿さんかお嫁さんにどう?」
「早すぎます」
「でも心配していたでしょう。悪い女に騙されないで、とかその子にも悪い男に引っかからないように、て。セレーネの子供ならしっかり教育されるでしょう」
いやいやいや、と首を左右に振った。
「政略結婚だって聞いたからね。しかも相手は大国の王様だって。王様に他の相手が何人もいたら、子供はできるかどうか。婿にも嫁にもやれないねぇ」
ヴェルテは何を話しているのか。そして話好きのラベンダー。
「ヴェルテの所にたかりに行けば」
「飽きた」
ラベンダーの本来の姿はもっと大きい。いくら人好きでも、竜と話す人間など、今となっては限られる。
「そんなわけで、悪い男に騙されないよう、騙されても倍返しできるよう育ってください。そしてカイも。うう、あと十年若ければ」
「あはは」とラベンダーはセレーネの頭で笑っている。
「セレーネ様。それ以上は」
「ん? あんたがこの子の旦那?」
話しかけたアルーラをラベンダーは見た。アルーラは驚きながらも「いえいえ」と首を左右に。
「嫉妬深い旦那様はあちらです」
「アルーラ」
ラーデイの鋭い声。
「本当のことでしょう」
アルーラは、しれっと。
ネージュ、ラベンダーはアルーラが指した先を見た。
「あら、あらあらあら」
頭が軽く。翼を広げ飛んでいった先は。
「へぇ~、懐かしいもの持っているねぇ」
玉座の肘掛に着地。見ているのは剣。臣下達はぎょっとしている。
「あんたは相変わらずここの血族護っているのかい。しつこいというか一途というか」
「知り合いなのですか」
レウィシアは驚きもせず、ラベンダーに尋ねている。
「ああ、知っているよ。とはいえ千年くらい前だけどねぇ。あの頃あたしも若かった。こいつも」
ラベンダーは剣からレウィシアへと視線を移す。
「こいつを持っている、てことは」
「セレーネの夫です。他に相手はいませんし、これからも作る予定はないので」
「何を言っているんです」
セレーネは呆れ、ラベンダーは笑っている。笑いが収まると。
「そうかい、そうかい。あんたも大変な所に嫁いだね」
「それは剣に認められないと、という話ですか」
「いや、剣に認められようが認められなかろうが。さて、どんな子供が生まれてくるか」
「どういうことです」
聞いているセレーネもわからない。
「ここは今まで魔力持ちの者が嫁いできたかい?」
「はっきりとはわかりませんが、私が覚えている限りでは、ないかと」
レウィシアは七、八十代の臣下をちらりと見た。ラベンダーに驚いている臣下はレウィシアの視線に気づき、首を左右に振る。おそらくその臣下が知る限りでもいない。
「最近、人ではありえない力を持って産まれた者は」
「父がそうでした」
「あんたはないと」
「はい」
「そりゃよかった」
「力がある者は短命、なのですね」
「知っていたのかい」
臣下達の顔色は変わり、ざわめき始める。
「そちらの方のご夫君から」
見たのはネージュ。
「あ~、あいつは人嫌いだからね。嫌味を言われただろう。でも嘘は吐かない」
「代償だと」
「そいつが愛していたのは契約者だけ。子や孫はおまけ。いや、契約者の頼み、願いだったんだろう。子供を護ってほしいと」
親としては当たり前。レウィシアも「わかります」と頷いていた。
「人でないものが人に恋をした、なんて馬鹿にしないのかい。気味が悪いと」
「思いませんよ。私も容姿のことで人に恐れられていますから」
レウィシアは左側の髪をかきあげる。はっきり見える火傷痕。
「セレーネは恐れず接してくれた」
レウィシアはセレーネへと柔らかい視線を向けてくる。
「力は時が経つにつれ弱くなっていくか、なくなるはずだった。だが、それを恐れた者が血の近い者同士で婚姻させた。結果、血族は減り」
弱くなったから力を持つ者がランダムに現れているのか。
「家系図を見ましたが、四代前に減っていましたよ。血生臭いなにかと思っていたんですが」
いとこ同士の婚姻もあったような。はっきり覚えていないが。
「それもあるかもね。何があったのかは、あたしも詳しくは知らない。だが限界はくるよ。そして、あんた達はこの地に縛られている」
「縛られている?」
レウィシアは眉を寄せている。
「力が現れるのはこの地にいる者だけ。外へ出たら、こいつの範囲外。何代経とうがなぁんの力も現れないよ。何年前かねぇ、ここの王族連れ去ったことがあったみたいだけど。血を外へ出し、自分の所でここと同じ力を手に入れようとしたんだろう。無駄に終わったようだね」
「そういえば、私もすべて知っているのではありませんが、ここと同じようになんらかの力が宿った者の噂を聞いた覚えはありません。魔力は別として」
レウィシアの瞳が鋭く光った。おそらくシーミ、ローズ姫だろう。
魔力は遺伝。現れる者もいればいない者も。そこは似ているかもしれないが。魔力量は個人による。親が大きな魔力を持っていても子や孫が大きいとは限らない。
「そればかりか、墓まで暴こうとした奴もいたとか」
「罰当たりですね」
セレーネは顔をしかめた。
「そうまでして力が欲しかったんだろ。だが、あたし達は自分がどんな存在かわかっている。骨の一欠片さえ残さない、人に見つからない場所で眠る。そいつは残したけど」
ラベンダーは剣を見た。
「他にも厄介な魔法道具残してくれていますよ」
「期限付きだろ。これとは違う。あんたでも壊せるよ」
簡単に言ってくれる。
「魔力持ちを避けていたのかはあたしにもわからない。だが上手くいけば力を持った子が産まれても短命ではないかもしれない」
「魔力と竜の力が争い、短命ではなくなる。もしくは、代償に魔力を持っていくから、ですか」
レウィシアは顎に手をあて尋ねている。スカビオサもそのような話を。
「正解。でかければでかいほどね。あの子は多くも少なくもないけど、使い方が上手いからねぇ。ま、剣は扱えなくても魔力が受け継がれれば」
「剣を扱えない王はいましたよ。魔力が受け継がれればよいのは、なぜです」
「いいとは言っていないが、魔力の扱い方や魔法を自分の子に教え込むだろ。あの子の知識はその子に受け継がれる。ふぅ。怖いねぇ」
「まるであなたを倒せるような言い方ですね」
ラベンダーは答えない。
「使い方を間違えるようなら封じますよ」
それも親の責任。セレーネが産むとは限らないが。
「一番厄介なのは、剣も魔法も扱えることだね。あたし達を魔獣と見分けられる人間も減った。間違って倒せば」
その地は終わり。
「この地であたし達、精霊を見ないのはそいつの想いが染み付いているからさ。強すぎるから、力の弱い精霊は寄り付かない。長居しない。その点、あの子のいた地は、あの子が精霊と魔獣の見分け方を教えたから、無闇に精霊は傷つけられない」
「精霊の強さを身を以って体験してもらいましたからね」
城に仕える魔法使い達に。
「何をやっているんだ」
レウィシアは額を押さえている。
「精霊がいる地といない地の違いは」
「精霊は自然の力だ。雨を自由に降らせる、暴風をおこすことも。精霊のいる地は、その精霊によるが豊穣、土地が豊かになる。いなくても不作続きにはならない。豊作もあれば不作の年も。一番やってはいけないのは」
「精霊を倒す、ですか」
「そうだよ。倒せばなぁんにも実りはしないし、住むこともできない。負の感情が消えるまで。ここもそう。いずれ想いは消える。とはいえ、あまり人の住んでいる場所には姿を現さないよ。力のある、姿を変えられるものは別だけどね」
「貴重なお話、ありがとうございます」
レウィシアは頭を下げる。
「どういたしまして。さて、お茶でももらおうか」
ラベンダーは肘掛からセレーネへと飛んでくる。
「用意させます。ダイアンサス、案内を」
「はい」
ネージュはカイを抱いて玉座近くへ。
「セレーネの旦那様でしたら、この子の面倒見てくれていたのでしょう。ありがとうございます」
レウィシアに向かい頭を下げる。
「いや、見ていた、相手をしていたのはセレーネで、私は何も」
照れた様子のレウィシア。ネージュも容姿は気にしない、人をどこまでも信じている。正反対の二人がなぜ結婚したのか。ネージュは好きだから、と恥ずかしがらず満面の笑みで答える。スカビオサは……怖くて聞けない。
「予行演習になってよかったんじゃないのかい」
「なんのです。それより、大人しいですね」
セレーネは抱いている赤ん坊を見た。話していてもぐっすり眠っている。
「いいじゃない。泣けばすっごいことになるよ。家の中はめちゃくちゃだからね」
「うわぁ、この子も魔力を持っているんですね」
「セレーネ様」
「あ、はい。ネージュさん。これ以上お邪魔するのは」
「邪魔ではないが、立ち話をいつまでも続けさせられないだろう」
「そうですよね。美人は目の保養になりますから」
ラベンダーはお茶、お茶と歌うように。
「妬いているのか」
「誰に、です」
セレーネは小さく首を傾げた。
「行きましょう」とダイアンサスに促され、ネージュはもう一度レウィシアに頭を下げ、セレーネと共に部屋を出た。
「とびきりの美人でしたね。あの人に似ればあの子供達も美人に育つでしょう。セレーネ様も目を付けるはずです。母親もああ言っていましたし、どちらかもらわれれば」
アルーラの軽口にラーデイは睨んでいる。
「養子に、か。幼すぎるだろう」
見ればどれだけ母恋しかったのかわかる。
「陛下こそ何言っているんです。陛下とセレーネ様の間に子供ができれば、と言っているんですよ。今なら離れていても四つくらい。陛下似なら男でも女でも美男美女でしょう」
「セレーネ似では不服だと」
「いいえ」
アルーラの軽口にレウィシアも軽口で返す。
「先を考えている者なら陛下の子に自分の子を、と相手を探しているでしょう」
それはそれで迷惑な。だが決めるのはレウィシアの子。
「さて、俺の血、いや王族の血は外へは出せないようだな」
ローズ姫を見た。令嬢二人は固まっている。子供の母親の容姿は彼女達の足下にも及ばない。そして、あの小型だったが、竜。
「……信じるのですか」
「信じる、信じないは自由。だが、そちらは精霊と契約しているのだろう。本物かどうかわかるのでは」
「それなら、短命というのも」
誰かの呟き。
「ダイアンサスは遠縁。治める地はこことは離れているな」
そしてあの家からは今までなんらかの力を持つ者は現れなかった。
「子供より、あの女性を妃に迎えられては」
先ほどまでセレーネを馬鹿にし、令嬢を薦めていた貴族の男が口を開く。
「子供はいますが、あの方をお迎えすれば」
熱く語る男。レウィシアは呆れた息を吐いた。同様に呆れた視線を向けている者も。
「旦那がくれば会わせてやる。旦那の前でそう言え。ただし、どうなろうと俺は助けない」
「会ったことがあるんですか」
「ああ。奥方同様美人だった」
「男なのに美人、ですか」
アルーラは小さく笑っている。
「他に言いようがない。だが奥方より冷たい印象だった」
人形のように。
「大国の妃ですよ。断るほうがおかしい。旦那には別の女性か金で」
なおも言い募る。令嬢二人は男を信じられないものを見る目で見ている。
「断り続けられたが。王妃は見世物ではない。そしてお前のように下心ある者に近づいてこられても」
「下心などありません。陛下と並んでも遜色のない容姿。歴代の王妃の中で最も美しい」
「俺はセレーネで十分。これ以上無駄話をする気はない。仕事に戻る」
シーミ国の兄妹とは国の話もあったが二人は別。ローズ姫が抜け駆けに来たと思い込み、支持する貴族をつれて乗り込んできた。他にも支持する貴族がいると、何人かの名を挙げ合っていたが、本当かどうか。その男はセレーネの知人の女性に乗り換え。今も何か言い続けているが、兵に連れて行けと命じ、追い出した。
それぞれ何か言いたそうではあったが部屋を出て行く。ローズ姫は別として、二人はセレーネの知人の女性に打ちのめされた、自信を砕かれたようだ。当たり前といえば当たり前。セレーネのように着飾っても化粧もしていない。体系も細いのに出るところはしっかり出て。レウィシアと同じ金の髪だが女性のほうがさらに輝いて見える。
あれほどの美女。もしグラナティスにいれば有名になっていた。近隣の国でも。いつか来ていた薬師の女も、あの女性とはまた違い美人だったような。セレーネも顔はいいが性格に難ありと言っていた。どんな知り合いがいるのか。
入れ違うように入ってくるダイアンサス。
「すごいですよ。通るだけで視線を集中。後をついてくる者までいました」
「そうか」
何かあれば、セレーネが暴れる、かも。そして旦那にも暴れられ。
「息子に話せば嫌そうな顔をされましたが、王妃様とご友人を見て納得していました」
アルーラに護衛を頼めば、護衛はせず、セレーネ達の話しに加わり、役に立たない。その点ガウラはしっかりしている。
「セレーネに気づかれないよう、当分の間護衛をつけろ」
「王妃様に、ですか」
ユーフォルは怪訝な表情。
「先ほどの話は聞いただろう。おそらくだが、セレーネはあの竜を倒せるほどの力がある。いや、あの竜だけではない」
「他の竜も、ということですか」
「ああ」
建国祭に現れた竜と今日現れた竜は違う。だが竜という点では一緒。
あの竜は怖いと言った。それは自分を倒せるからではないか。セレーネは倒さないだろうが。そして聞いた者は、勘のいい者なら気づく。
「俺が駄目ならセレーネに標的を変えてもおかしくない」
「それはビタール王子、ですか」
アルーラの真剣な声。
「そうだ。考えれば
「ですが王妃様お一人で戦況を変えられるとは。それにあの竜の言うことも」
臣下の一人が口を開いた。半信半疑なのは皆同じ。
「それならお前は信じなければいい。好きにしろ」
「陛下は信じるので」
「嘘を吐く理由がわからない。あの竜はこことは関係のない所に棲んでいるのだろう。敵対していれば隙をつかれているし、セレーネが俺に近づけないだろう」
長々と話さず、素早く部屋を出ている。そしてあの竜からも敵意など感じなかった。
「あの竜の言うことが本当で、セレーネを国に連れて帰り、精霊を呼び寄せれば」
もしくは魔力持ちの子供が産まれれば。セレーネのこと、利用されていると気づけば手を貸さず逃げるか、痛い目に遭わせるか。
そんなことより、自分以外の男の元へ行かせられない。
「帰るまででいい、護衛をつけろ」
「わかりました」
打ち合わせ、謁見をこなしていると、
「彼女はどこにいる」
突然現れた男。銀髪に秀麗な容姿。冷たい青銀の瞳。
なんの気配もさせず現れたことに部屋にいた者は驚いている。
「こことは別の場所でセレーネと話している」
「そうか」
背を向け、出て行こうと。
「我が子だから、どこにいようとわかる、と聞いたが」
男は背を向けたまま、少しだけレウィシアへと顔を向ける。
「この場所が特殊なのだ。思った通りの場所に出られない」
隠しもせず舌打ち。
「特殊? 竜の想い、とかいうもののせいか」
「そうだ。特にこの場所は初代が眠り、その眠りを護るようにそれの想いが染み付いている。執念深いというのか」
おそらく妻の元へ現れようとしたのだろう。しかし上手くいかず、レウィシアの元へ。
「セレーネは竜を倒せるほどの力を持っているのか」
男の眉が小さく動いた。
「誰から聞いた。本人ではないな。あれは力を見せ付けることはしない」
レウィシアへと向き直る。
「はっきりとは聞いていない。ラベンダーと呼ばれていた竜がそれらしい話をしていた」
「あいつか。余計なことを」
男は苦々しい顔。
「セレーネは、お前が、好き、なのか」
「なぜ、そうなる」
心底嫌そうに顔をしかめられた。
「あれが愛しているのは自分の家族だけ。失った両親、弟、叔父、叔母、そしてその子供」
「バディドは生きている」
「叔母が生きていれば産まれていた子だ」
セレーネのもう一人のいとこ。バディドの弟か妹。忘れられない、罪悪感を抱き続けるはずだ。
「詳しいんだな」
「あれに魔法を教えたのは私と彼女だ。道を間違えるようなら始末する必要がある」
セレーネの師、ということか。羨ましく思う。この男にはなんでも話し、レウィシアには。
「それなら、お前も竜を」
「だとしたらなんだと」
冷たい目。ローズ姫とは別の意味で感情が読めない。
もし、この男に勝てば少しは頼ってくれるのか、なんでも話してくれるのか。レウィシアの足は無意識のうちに動いていた。
「陛下?」
傍にある剣ではなく、アルーラの剣を取り、男へ。
「なんの真似だ」
軽々とかわされる。レウィシアも本気で斬りかかってはいない。
「どれほど強いのかと。もし、お前に勝てば」
男は小さく息を吐き、
「いいだろう。少し遊んでやる」
無表情、淡々とした言葉で返された。
庭の一角。使用人が用意している間、ラベンダーは隠れ、いなくなると出てきて、お茶を飲みながら話していた。
どのくらい話していただろう。
「おい! 」ガウラの怒鳴り声。
「急ぎだ」アルーラの慌てた声が聞こえてきた。
「セレーネ様!」
息を切らして来たアルーラ。
「そちらの旦那様が迎えにこられたのですが、陛下と」
「喧嘩、ですか」
呆れて聞き返した。
「いえ、陛下が挑んで」
叩きのめされている。そのためこうして駆け付けてきた。
「瞬殺されていなければ手加減してくれているのでしょう。骨の一、二本で済めば運がいいですよ」
「セレーネ! あの人ったら、何をしているのかしら」
困り顔で席を立つネージュ。
「挑んだのだから相手をしているのですよ。挑まなければここに来ています。自業自得。加勢したいのでしたら、どうぞ。部屋に寄って荷物まとめてからそちらへ行きます。それまでシアがもっていれば」
セレーネは冷静に。ラベンダーは笑い、ネージュは困り顔。ガウラは任せた、とどこか、玉座だろう、駆けて行った。何人加勢しようが無駄だろう。
「一人で大丈夫ですよ」
アルーラを見た。
「荷物持ちが必要でしょう。それに何かあっては、おれが二人に殺されます」
レウィシアはともかく、スカビオサは否定できない。
「お土産に包みますよ。茶葉も分けてもらうよう手配しましょう」
ラベンダーは喜び、セレーネはテーブルにある菓子を包んでいく。アルーラには茶葉を頼む。アルーラは控えている兵に頼み、そこから使用人に伝わり、茶葉を持ってきてくれる。
菓子を包み終えれば次はレウィシアの私室に。通る者の視線がネージュに集中。声をかけようとする者もいたが、アルーラが睨みをきかせていた。茶葉を持ってきてくれた使用人まで睨み、セレーネも謝罪と礼のため頭を下げた。
「のんびりしてていいんでしょうか」
アルーラはそわそわ。
「大丈夫ですよ。大きな音はしていません。彼が本気なら建物、部屋ごと始末されて、あっという間に終わっています」
「不吉なことを言わないでください」
アルーラは顔をしかめている。しかし事実。
カイの絵本、必要だろうと買い揃えていた荷物をアルーラに持たせ、玉座の間に向かうと。
「「うわぁお」」
アルーラと声を揃えた。
部屋は壊されていないが、レウィシアとガウラは膝を折っている。控えている臣下はおろおろ。ダイアンサスとユーフォル、ラーデイは兵を押さえていた。レウィシアが手を出すな、とでも指示したのだろう。
「スカビオサ」
困ったようにネージュが名を呼ぶと、早足で傍までくるスカビオサ。
「帰るぞ」
「はやっ」
「スカビオサ!」
今度は少し怒ったように名を呼ぶネージュ。
「向こうが挑んできたから、相手をしていただけだ。遊んでやっただけ、手加減はした。怪我はしていないはず」
自分は悪くない、という言い方。
「これはお土産です。持って帰ってください」
アルーラの手からスカビオサの手へと大荷物をセレーネが渡していく。
「色々あって大助かり」
嬉しそうなネージュ。スカビオサはセレーネを睨む。
「カイを預かってくれて、ありがとう。助かったわ」
ネージュの腕には赤ん坊。カイは母親の服をしっかり握り、立っていた。
「いえいえ。またいつでもどうぞ。というか、いっそベビーシッターしにそっちへ行っても」
「……いい考えだな。離れた場所に住む所を用意しても」
「なぜ隣に用意してくれない」
「近すぎると
「ひどっ」
背後からいきなり腕が伸びてくる。え? と思う間に抱き締められていた。四人の住む家に行くと思ったのだろう。
「困った時は、またいつでもどうぞ」
「ああ」
「スカビオサ、少しはセレーネの都合も」
「今回は助けてやった」
「うぐぅ。まぁ、そうですね。助かりました」
「私がこなければ、いつまであの姿でいたか」
「あー、はいはい。助かりました。大助かりしました。ありがとうございます!」
自棄になり叫んだ。
「それとは別として、いつでもどうぞ。成長した姿を見られるのは嬉しいし、楽しいので」
カイに向けて手を振る。カイも振り返してくれた。
「まだ預けても」
「スカビオサ」
スカビオサは顔をしかめ。
「帰るぞ」
「ちょっと待って」
ネージュは目を閉じ、何か呟いている。何をしているのかと首を傾げていると、温かな柔らかい風を感じた。スカビオサはますます顔をしかめている。
「はい。これでいいわ」
目を開け、笑顔。
「お前も大変だな。ここにいると次から次へと厄介ごとが舞い込んでくる」
スカビオサはどこかを見ている。セレーネも見るが、そこには何もない。
「せいぜいその子供を護ってやれ」
見たのはレウィシア。続く言葉はなく、四人の姿と荷物はその場から消えた。
静かな部屋。
「いつまでそうしているんです」
レウィシアは背後から抱きついたまま。
「怪我は治してもらったはずですよ。治癒魔法を唱えていましたから」
折れていても治っている。
「甘えているのでは。今まで預かった子供の相手ばかりしていたでしょう」
「時と場合と人目を気にせず、ですか」
「人目を気にしないのは今さらでしょう」
アルーラを半眼で見た。アルーラは「あはは」とわざとらしい笑い。
「俺もセレーネの家族だろ」
「はあ?」
意味がわからない。腕が離れていく。解放されると思いきや、向きを変えられ、レウィシアと向き合う形。
「家族だろう。なんでも話してくれ」
「は?」
再び意味がわからない。もしかしてスカビオサが余計なことを言ったのか。何を言われたか知らないが、気にしないでください。と言おうとして。
「子供は何人欲しい」
真剣な表情にセレーネはますます意味がわからない。わからないまま黙っていると。
「俺は五人でも六人でも」
「……いいんじゃないんですか。面倒なら見ますよ」
「本当に」
「ええ」
レウィシアは笑顔に。
「セレーネ様、陛下はセレーネ様と陛下の子供の話をしているんですよ。わかっています」
「え、あの三人迎えて、子供増やして、家族増やすって話じゃないんですか? 誰の子供だろうと面倒見ますよ」
やっぱり、とアルーラは額を押さえている。笑顔のレウィシアは固まり。
「セレーネ以外誰がいる!」
苦しいくらい抱き締められる。
その後、私室に
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