第14話

「全く、なぜこうなるのでしょう」

 預かった荷物を持ち、バディドのいる客室へ。バディドは先ほどの茶会には出ておらず、帰る準備をしていた。

「年齢はともかく、見た目で誤解されても。三年前といえば陛下が国に戻った頃。今回は僕達も来ました。連れてきたと思われても」

 バディドは苦笑。カイは大人しくソファーに座っている。

「それに、当時ヴィリロでも姉上と陛下の仲を疑っている貴族はいましたよ」

「……」

「しかも陛下の滞在していた一年は城にいて、帰れば出ていたでしょう。一部は陛下を追いかけて」

「いません」

 バディドを睨んだ。バディドは笑顔で小さく肩をすくめている。

「それはそうと、どう見てもシアに似ていません。両親は美形ですからね。二人目もさぞ美人に育つでしょう」

 男か女か。

「変な女にひっかからないでくださいね」

 カイを見た。意味はわかっていないのだろうが、う、と頷いている。

「姉上」

 バディドまで呆れた口調。

「姿は戻られたのですか」

「ええ、解いてもらいましたよ。それにしてもカイの父親はすごいですね。ひと目で見抜き、ぱっと解くなんて」

 自分の姿を元に戻すより別のことに集中していた。

「すごい」

「ええ、すごいです」

 カイは自分が誉められたように嬉しそうな顔に。

「姿が戻られたのならヴィリロには戻らず、ここに?」

「戻るのなら、ついてくると脅されました」

「それは仕方ありませんね。おじい様にはどこに行っても自由に暮らしている、元気一杯、好き勝手暴れている、とお伝えしておきます」

 バディドは楽しそうに。

「暴れていません」

「王の守護妃、と噂されていますよ。ワイバーンにサラマンダーの件、連れ去られて無事帰ってきたことでますます」

 セレーネは頭を抱えた。

「姉上が嫁ぐきっかけとなった、挙兵の件ですが」

 バディドの声が真面目なものに変わる。

「出所はわからなかった」

「はい。陛下が姉上を手に入れるため。陛下の叔父上側がヴィリロを味方につけるため。ヴィリロの貴族がどちらかにつこうとした。さらには隣の二国がヴィリロに揺さぶり、不安を与える。同盟を結び、グラナティスに攻め入ろうとした。他にもはっきりしない話がありすぎて」

「……」

 どれもが嘘で、本当、かも情報が錯綜さくそうしすぎて。

 あれからレウィシアからも何の報告もない。すっきりしないがヴィリロもレウィシアもこれ以上調べようがないのだろう。


 翌日にはヴィリロに帰るので、その日はバディド、レウィシアと夕食。カイの食事はいきなり用意しろと言うのも、と思い、セレーネが作った。突然のことに厨房の料理人には驚かれたものだ。菓子を作る時は事前に伝えている。

 置いていった荷物を確かめると服等の最低限のものだけ。明日町に出て、絵本やおもちゃなどの退屈しないものを見てこようと考えていた。

「慌ただしくて申し訳ない。もっと落ち着いて色々話したかったが」

「いえ、こちらこそ。お忙しいのに時間をとっていただき。姉上の元気な姿も見られましたので。土産話には困りません」

「余計な話はしなくていいです」

 バディドを軽く睨んだ。

「滞在している国内の貴族達も明日、明後日には帰る。セレーネは」

 レウィシアは不安そうな目を向けてくる。

「姉上は戻りませんよ。姿は戻られたのですし、預かっているのでしょう。あちこち探すのも」

「探しませんよ。どこにいようとわかります」

「目印でもつけているのか」

「我が子ですからね。それに精霊に聞けば数分でわかりますよ」

 世界のどこにいようと。

「俺もわかれば、迎えに行けた。あんな姿にならずに」

「済んだことを蒸し返さないでください。私はこの通り、元気です」

 いつまでこの話をされるのか。バディドは笑っている。

「仲が良くてよかったです。ヴィリロではあることないこと噂されていましたから。陛下もお変わりなくて」

「知らないっていいですね。私が来た時よりは丸くなりましたけどね」

 レウィシアは「う」と言葉に詰まっている。

 他愛ない話をしながら夕食を続け、終わるとそれぞれの部屋へ。

 カイがいるので別の部屋に移りましょうか、と言えば却下された。

 カイは不思議そうにレウィシアを見ていた。

「この人は国王、王様ですよ。おうさま」

 おうさま、と繰り返している。

「セレーネの夫だ」

「子供に何を言っているんです」

 呆れてレウィシアを見た。


 翌日、朝食を済ませて、バディドの見送り。レウィシアも。ヴィリロに戻るのでは、と疑っているようだ。荷造りもしていない、荷物も持っていないのに。馬車の姿が見えなくなるまで見送っていた。

「戻るぞ」

「あ、このまま町へ出ます」

 レウィシアは顔をしかめている。

「絵本やおもちゃなんかを見に行きたいんですよ」

「城にも図書室はあるだろう。おもちゃも誰かに頼んで」

「これくらいの子供が読む本あります? おもちゃも好みがあります。手頃な値段で気に入ったものを」

 一時期図書室に入り浸っていたが、あっただろうか。おもちゃも高価なものを買ってこられ、気に入らなければ。

「いよ、お二人さん、こんな所で何しているんだ」

 セドナが元気よく声をかけてくる。

「聞いたぜ。隠し子が現れたって」

「誰から聞いた」

 低く、迫力のある声。

「こわっ。噂になっているぜ。お前の隠し子、王妃様の隠し子、二人の子、様々だな」

 手を繋いでいたカイは隠れるようにセレーネの背後に。住んでいるのは人の少ない、というか両親しかいない場所。町や村に買い物へ出ていただろうが、これほど大勢の人に囲まれるのは慣れていないのか、セレーネにぴったり。

「やはり私も」

「却下だ」

「まだ何も言っていませんけど」

「戻る、どこかに行くと言うのだろう。いい加減大人しくしろ。フェガの地、どこかへ移動させられ、あの姿。またいなくなるのか」

「フェガ様の地へは許可を取りましたよ。強制的に移動させられても、いなかったのは半日。あとはいました」

「屁理屈言うな」

「まぁまぁ、子供が見ているからそのへんに。うん、どう見てもお前の子だな」

「とっとと帰れ」

 セドナはセレーネに張り付いているカイを見て頷いていた。

「王妃様も大変だろう。こいつが嫌になったらいつでも来てくれ」

「はぁ」と曖昧あいまいに頷いておく。はっきり頷けば、今すぐ行きますと言えば、おまけが。

「なにせ、こいつが迎えた側室の中には、あのシーミ国の姫がいるからな」

「迎えていない。勝手に残っているだけだ」

「シーミの姫、ですか」

「知っているのか」

「ええ、噂は。ということは」

 セドナも。セドナの国はグラナティスの西。ヴィリロも西だが、セドナの国はさらに南西側。シーミはグラナティスの東。しかも離れている。セドナの国と同じくらい。来るのも行くのも日数がかかる。

「大国、ですよね」

「ああ、向こうでは。実際はヴィリロより少し広いくらいじゃないか。この国が大きすぎるんだ」

 竜の力で。

「今も勢力を伸ばしているとか」

「オレもそう聞いた」

「この国と仲がいいんですか」

 レウィシアを見上げる。

「いや、突然来た」

「これ、狙いでしょうか」

「としか考えられないな」

 セドナと揃ってレウィシアを見続けた。

「わかるように話してくれ」

 セドナと目で会話。

「噂、なんですけど、シーミは姫を周辺の国に嫁がせ、その子を王に就かせた、と聞いています。先に産まれた子供がいても病気や不慮の事故で」

「本当に嫁ぎ先の子かどうかも怪しまれている」

「つまり、嫁がせ、産まれた子を王位に就かせ、国を大きくしたと」

「噂、ですけど」

 セレーネは頷く。

「大きくなったのもこの数十年。オレらの親の代くらいから。怪しまれているものの、後ろ盾があるのか誰も何も言わないとか。言ったり、探ろうとした奴らは口封じ、されたのかも、な。そういう黒い噂のある国だ。オレらの国より近いのに知らなかったのか」

「離れていますから、関係ない、影響ないと調べなかった、というのも」

「ここより離れているお前達がなぜ知っている」

「オレは世界中に耳と目を光らせている。どこに何が転がっているかわからないからな」

「噂好きの知り合いが聞きもしないのに、教えてくれます」

 レウィシアは苦々しい顔。

「あくまで噂ですので」

 真実かどうかわからない。

「ここと縁を結べば、さらに国を大きくできる、もしくは間にある国を挟み撃ち。はたまたシーミがこの国を乗っ取る?」

 セドナはにやにや。

「なんにしてもシーミの姫にとってその子は邪魔になるな」

「私が護りますよ。何かあっては両親に顔向けできません」

 何か魔法をかけている、レウィシアに渡したようなお守りを持たせているだろう。または精霊を護衛につけているかもしれない。

「俺がなんとかする。無茶は」

「していません。預かっている以上、責任は私にあります。父親はともかく、母親に悲しまれるのは」

 かなりがっくり、いや立ち直れないかもしれない。

「預かっている間にしっかり私好みのいい男に」

「やめろ。それこそ両親に合わせる顔がない」

「ふぅん、両親に会ったのか」

 セドナはレウィシアの肩に右腕を乗せている。

「父親には」

「母親は出てきませんよ。美女ですからね。彼、旦那が一人で出歩かせません。さらわれでもしたら彼が町や国ごと破壊しかねません」

「見てみたい気もするが、命は惜しい」

「そんな子供を預かったのか」

「母親にも魔力はあります。自分はともかく、子供に何かあれば、おっとりで優しい人でも怒るでしょう」

「そうだな」

 二人は揃って頷いた。

「んじゃ、オレは帰る。さっきも言ったがいつでも来てくれ」

 セドナはセレーネの左手を取ると、手の甲に口付け、離れた。

「二人とも、色々なことに気ぃつけろよ」

 手を大きく振り、馬車へ。レウィシアはセレーネの左手を取ると、袖で甲を拭いていた。

 その場にいたのがまずかった。自領へ戻る貴族が見送りと勘違い。セレーネ達へと話しかけてくる。セドナと同じように、是非我が邸へ。なんなら今すぐにでも、と言う貴族、王族まで。レウィシアに声をかけてくる令嬢もいたが作り笑顔で返していた。

 昼近くになってようやく解放。すべての貴族が戻ったのではないらしい。レウィシアは誰が残っていると呟いていた。相変わらずの記憶力。

「お待たせしました。退屈でしたね。温室を見て、お庭でお昼にしましょう」

 カイは地面に座り込んでいた。大人の会話は幼いカイには退屈以外ない。そのため絵本やおもちゃを探そうと考えていたが。

「それならユーフォルに頼んでおこう。セレーネが作らなくても料理人にその子のことを伝えて」

「隠し子として、ですか」

 睨まれた。

「町へ出るのは明日にします。今日は庭を探険しています」

「たんけん」と目を輝かせ、立ち上がるカイ。

「はい。探険です」

 セレーネは笑顔で返した。


「……」

 これはどういうことなのか。レウィシアは不機嫌顔を隠していない。セレーネ、カイの席も用意され。他にも。

 夕食の席にはセレーネ達以外にも三人の女性。それぞれ着飾り、化粧もばっちり。セレーネはカイの相手をするため服は動きやすい服。子供の行動範囲、動きは読めない。庭をあちこち駆け回り。化粧もしていない。バディドの見送りだけだったので。

「わたくしの家から料理人を呼び寄せ、食材も用意しました。陛下のお口にもきっと合います。王妃様もどうぞ」

 自信たっぷりの女性。昨日セレーネに同じだと話しかけてきた女性。金髪にあさぎ色の瞳。一人は胸に見覚えのある、蒼い宝石のついたネックレスをした女性。二人とも笑顔。もう一人は黒髪、緑青ろくしょう色の瞳の女性。こちらは無表情。しかし背後にいる青年は笑顔。

 カイの食事はここの料理人が作ってくれたもので、セレーネ達とは別。幼い子供にセレーネ達が食べるものは合わない。

 二人で食事をするには広すぎる部屋にテーブル。それが四人増えた。それでもまだ数人は座って食事することができる。

「その子が王妃様の隠し子ですか。陛下がお優しいのをいいことに」

「陛下を裏切るなんて。王妃として失格なのでは」

「くだらない噂を信じるとは。この子はセレーネの知り合いから預かった子供。預ける身内、親しい者がいないからセレーネに預けた。俺もその場にいた。もしセレーネの子なら、父親は俺しかいないだろう」

「馬鹿なこと言わないでください。覚えがありません」

「だが俺がヴィリロに一年いたのは皆知っている。アルーラ、ガウラも一緒に。あの頃、セレーネと親しく、傍にいたのは俺達だけ。長く留守にもしなかった」

 レウィシアの手がセレーネへと伸び、頬に触れる。

 留守にできるわけない。乗っ取りに来た、何かを探りに来た、ヴィリロで始末して責任を、と疑っていた。セレーネなら探っているとは気づかれないと臣下も考え、傍にいることを止めもしなかった。バディドは疑いもせず。そのためレウィシア達も警戒を緩めた。

「そのような髪や瞳の色の男が訪ねてくることもなかった」

 臣下の息子は来ていたが、レウィシア目当ての令嬢が多かった。

「一緒に寝たのも何度か」

「ガウラ様、アルーラ様も一緒に」

 バディドも。色々話していて眠くなり。そのまま眠った覚えはセレーネにもある。誤解を招く言い方はやめてほしい。

 令嬢二人の顔色が変わる。一人だけ変わらない。無表情。

「今回はいただこう。しかし明日からは結構。ユーフォル、当分の間以前のようにセレーネと部屋で食事にする。俺はこんなこと許可していない。誰が招いたか知らないが」

 背後に控えているユーフォルは一瞬、困惑顔をしたが「はい」と頷いていた。

 小さな笑い声。見ると黒髪の女性の背後に控えている青年が笑っている。

「失礼、陛下は王妃様を大切に想われているのですね」

「ああ」

 当然というように頷いているレウィシア。よくまぁ恥ずかしくもなく。

 カイはスプーンを持ち、用意されているものを口に運ぶ。舌が肥えて家に戻って出されるものを嫌がらなければいいが。少々の不安。セレーネが作ったほうが。

「うちの姫にもその愛情を少しでも向けてはくれませんか。ああ、これは我が国から持ってきた、とっておきです。どうぞ」

 青年が指したのはテーブルにある瓶。封の開けられていないお酒。

「結構」

 レウィシアは素っ気ない。

「噂もありますから」

「噂、ですよ。とはいえ、ここまで響いてきているとは」

 青年は苦笑。

「くだらないと笑い飛ばしてください」

 青年は人の良さそうな笑みを浮かべるも、レウィシアの表情は硬い。

「はっきり申しましょう。私は妃の座が欲しいのではありません」

 それまで黙っていた女性が口を開く。

「ローズ」

「腹の探り合いは無駄でしょう。はっきり申し上げればよろしいのでは、お兄様」

 お兄様。あの青年は王子。髪は同じ色だが、瞳は黒緑。

「私は陛下の子が欲しいのです」

 令嬢二人は驚き、ローズと呼ばれた姫を見ている。レウィシア、控えているユーフォル、使用人も驚いていた。カイはわからない。食事を続け、時々セレーネに「あーん」とスプーンを差し出してくるので、分けてもらっていた。

「正確には竜の血です。グラナティスの王族は竜を祖先に持つといわれ、代々不思議な力を持つ者が産まれてくると」

「つまり、俺とセレーネの子か」

「違います。そちらの姫と陛下の子ですよ。わかっているのでしょう。私のことは気にせず」

「するなというのが無理だ。それにそういう話ならお引取りいただこう」

 姫は無表情で話し続けている。自分の意思なのか、国王である父親の命令か。

「陛下は王妃様を想われているのですね。それは人質としての同情ですか。それとも噂通り、守護者として重宝しておられるのですか。そして王妃様、貴女は陛下をどうお想いです」

 飛び火した。

「私も魔力があります。下手なことを言えないことも」

「どういうことだ」

「魔力を持つ者の言葉には力が宿ります。もし陛下の他に想っている方がおられて、その方と将来を誓い合っていたのなら、陛下に愛していると言葉にできないでしょう。言葉にすれば、しなくても自らの首を絞めているようなもの」

 姫は表情も口調も変えず、淡々としている。

「それと、そこの方がつけているネックレス。異性を魅了する魔法が込められていますね。お兄様が必死に耐えています」

「あなた、そんなものをつけていたの」

 令嬢の一人がもう一人の令嬢を見る。レウィシアも。

「知らなかったのですか。見たところ陛下に効いている様子はありません。それも竜の血、でしょうか。それとも」

 ちらりと見たのはセレーネ。

「知っていたのか」

「アルーラ様から聞いていません? アルーラ様に話したのですけど」

 令嬢二人は言い合い。レウィシアの様子からして知らなかったようだ。アルーラにしてみればセレーネが話したと思っているのかもしれない。

「すいませんでした」

 ここはとりあえず謝っておこう。これ以上話がややこしくなっても。

「護衛としてその方を傍に置いているのなら、私も陛下の護衛をいたしましょう。その方より役立つはずです」

「護衛ではない。妻だ」

「私は精霊と契約しています。ここでは精霊は信じておりませんよね。ナイアス」

 姫の背後に突然現れたのは、透き通った女性。カイは反応。言い合っていた令嬢は悲鳴を上げ、レウィシアの傍へ。

「精霊を使役できるほどの魔力を持つ姫です。竜の血を引く貴方と我が妹の子なら、我が国の王に相応しい」

 笑顔の青年。

「ナイアス」

 セレーネは呟き、その精霊を見た。

「信じられないのなら言葉にしましょうか。裏切らないと。私は」

「結構。すべてを信じたわけではないが俺にはセレーネがいる。セレーネ以外選ぶ気はない。それより見せつけたかったのか。それとも始末しようと」

「いいえ。実力を見せたかっただけです。もう一度言います。私はこの国の王妃になりたいのではありません」

 しかし子供ができればこの国も黙っていない。それはレウィシアの叔父側も。

「そ、そんなわけのわからないものを連れてきておいて、何を言っているの!」

 金髪の令嬢の金切り声。

「王妃様の口から愛していると言われたことは。ないのでしたら別の方がおられるのでは。そして陛下と結婚した今、首を絞め続けている。言葉の意味はおわかりですよね。子ができるかどうか」

 脅しともとれる。セレーネが邪魔なのはわかるが。

「それとも、王妃様の言葉に陛下は縛られているのですか」

 言い合っていた令嬢も矛先を変え、ここぞとセレーネを口撃。

「いる、のか」

 レウィシアは椅子から立ち上がる。

「へ?」

「そんな奴がいるのか」

 なぜそんな話に。

「陛下、このような女追い出すべきです!」

「そうです。陛下を裏切り続けているのですよ。それに言葉で縛るなど。人質の分際で」

「いるのか」

 低い声、傍で見下ろしてくる蒼い瞳。令嬢二人はレウィシアをセレーネから離そうと。

「めっ」

 いつの間にかカイが椅子を下り、レウィシアの足下へ。

「セレーネ、いじめるの、だめ」

 小さな手でレウィシアの足を叩いている。自分より背丈も体格もよい相手に。可愛らしい姿に、きゅんとしてしまった。

「こんな年から女性を護ろうと。将来は……女たらしにならないでくださいね。いい男は確実でしょうから」

 セレーネも椅子から下り、床へと膝をついてカイの傍へ。

「いじめられていませんよ。けれど、ありがとうございます」

 小さな頭を撫でると嬉しそうな顔に。

「せーれー」

 カイはナイアスを指している。

「え、ああ、精霊ですね。ナイアス、ですか。聞いた覚えはありませんが、見る限り水の精霊でしょう」

「うんでぃーね」

「ウンディーネも水の精霊ですね。知っているのですか。すごいですね」

 両親が話しているのだろう。

「うんでぃーね」

 繰り返す。

『呼びましたか』

 どこからともなく女性の声。テーブル上のコップの一つから水が噴きあがり、女性の姿をとる。こちらは透き通っておらず、人と見分けがつかない。澄んだ水色の瞳、瑠璃色の長い髪。

「……呼び出しましたか」

 カイは楽しそうに笑って「うんでぃーね」と呼んでいる。呼んだからといって簡単に現れる精霊ではない。さすが二人の子供。

 驚いているのは姫とその精霊も。

『ごめんなさい。わざとじゃないんです。この子が』

 ウンディーネはカイを見て、小さく息を吐いた。身を屈め、小さな額に口付けると、微笑み、姿を消す。

「ウンディーネ。ウンディーネを呼べるのですか」

 始めて感情のこもった姫の声。

「たまたまです。偶然」

「そういえばサラマンダーも貴女が」

 ウンディーネをセレーネが呼んだと思っているのか。カイに目をつけられるよりは。

「なんなのですか、あなた達は! 先ほどから訳のわからないものばかり! 陛下、このような者達は早く追い出すべきです」

 金切り声が響く。精霊を信じない者にはわからないだろう。

「カイ、ご飯は食べ終わりましたか」

 こくりと頷く。

「では退室しましょう。ご迷惑ですから」

 セレーネは満足に食べていないが、これ以上騒がれるのも。やはりヴィリロに戻っていれば。もしくはセドナの国へ一時的に。

「王妃様は満足に食べられていないでしょう。よろしければご一緒にどうです。陛下には妹やご令嬢がいます」

 青年が笑顔で近づいてくる。

「まだ話は終わっていない。好きな男はいるのか。そいつのことが」

「いますよ。この子です」

 カイの頭を撫でる。

「預けられた時にも言いましたよね。大きくなったらお嫁さんにしてくれると」

 レウィシアは複雑そうな表情に。本気にとる者はいないだろう。

「では、失礼します。ごゆっくり」

 立ち上がり、一礼してカイの手を取り、部屋を出ようとした。

「信じて、いいんだな」

「私が言葉にしましょうか」

「陛下、こんな女の言葉に惑わされないでください。わたくしはこの女達よりずっと陛下をお慕いしています。陛下が望むのなら」

「王妃様は私にお任せください。陛下は妹達のお相手を」

 勝手にやっていてくれ、とセレーネは振り返らず、カイの手を引き、進む。

「魔力持ちでないと、言葉の力は発揮されないのか」

「ええ」

「そうか。なら、俺はこの剣に誓おう」

 嫌な予感にぴたりと足を止める。振り返るとレウィシアは剣を持ち、竜の目だという部分をまっすぐに見ている。

「俺はセレーネ以外」

「待てぇい」

 セレーネはダッシュで戻り、レウィシアの口を塞ぐ。

「馬鹿なこと言おうとしていません。やめてください」

 レウィシアは剣を握っていない手で口を塞いでいるセレーネの手を取る。

「何が馬鹿だと。俺はセレーネ以外」

「だぁぁ! 一時の感情で取り返しのつかない、かもしれないことを言わないでください」

 再び口を塞ぐ。剣のすべてを調べてはいない。わかったのは一部。どう作用するか。

「姫、ローズ様、でしたか。今日のところはそのくらいにしてください。そちらも取り返しのつかないことにはしたくないでしょう。ここにいるのなら陛下と話す機会は十分あります」

 その時に誘惑するなり惚れ薬を盛るなり。

「そうですね。焦っても」

 納得してくれたようだ。セレーネは長々と息を吐いた。


「セレーネ様、お願いですから陛下をなんとかしてください」

 天気の良い昼下がり、庭で絵本をひろげ、カイと読んでいた。

「なんとか、とは」

 飛び出す絵本。カイは気に入ったらしく、目を輝かせて見ている。

「不機嫌極まりないんですけど」

「見間違いでしょう。美女に囲まれているのですから」

 三人と会った日から四日経った。あの日の翌日から休憩、仕事中といわず押しかけている二人。ローズ姫は大人しい。いや訪れる時間をわきまえている。

 セレーネはカイの相手。絵本を買って、こうして読んだり、庭を駆け回ったり。レウィシアと会うのは夕食くらい。朝食は起きる時間が違うので、カイと。昼食もレウィシアは仕事で。休憩、おやつには三人が突撃。しているのは二人だが。セレーネが知らないだけで朝と昼も一緒にとっているのかもしれない。

「見間違いじゃありません。夕食は一緒なんでしょう。あの不機嫌に歪んだ顔を見てないんですか」

「自分の食事とこの子を見るので一杯一杯です」

 好き嫌いは仕方ないにしても。たまにこぼす。部屋を汚しては、と食事しながら、ちらちら。スプーンに料理をのせて「あーん」と言ってくるので、それも目を離せない。終われば口元を拭いたり、お風呂に入れたり。レウィシアと話すよりカイと話し、面倒を見ている。

「……それは機嫌が悪くなりますよ。お願いですから少しは陛下の相手をしてください。分が悪くなりますよ」

「ああ、ローズ姫ですか。兵を出してくれるというのでしょう。いいじゃないですか。ヴィリロは出しませんから。離れていますが国同士の結びつきもできます。まぁ、シアの叔父上側にも同じことをしているかもしれませんが」

 どちらが勝ってもいいように。

「さすがですね」

 アルーラは顔をしかめ、声のした方向を見た。

 現れたのはローズ姫の兄、ビタール。レウィシアの元に姫が毎日顔を出しているように、セレーネの元にはビタールが毎日。フィユカスと入れ替わるように。

 フィユカスは自領に帰ったが、帰る前にセレーネの元に来て「手紙を書きます。なんでも相談してください。何かあれば寝ずに馬を駆けてきます」と。

 レウィシアはいなかったが、護衛代わりのアルーラは今と同じようにいい顔をしていなかった。

「何かご用ですか。ビタール様」

 アルーラはセレーネの前へ、かばうように出る。

「見かけたので挨拶に来たのですよ」

「見かけた? ここは廊下から離れています。見えません」

 周りは緑に囲まれて、ここからも廊下は見えない。

「王妃様にお会いしたくて探していました、と正直に言えばよろしいですか」

 ビタールは笑顔。どんな魂胆……ウンディーネ、サラマンダーの件か。セレーネが呼んだ、なだめたと。もしくは妹の邪魔をしないよう見張り。

「お話の通り、陛下の叔父上君の所にも姫を送り込みましたよ。母親違いの姉や妹は多いので。もちろん兄と弟も」

 笑顔でさらりと。

「グラナティスは大国です。どちらが勝ってもいいよう。分は、こちらにありそうですが」

 セレーネをじっと見ている。

 戦に出たのは一度。あれから大して活躍していない。戦もなく。

「妹と仲良くしてほしくて。女性同士。ここでの愚痴もあるのでは。お聞きしましたが、ヴィリロから人質同然で嫁いでこられたのでしょう」

「そちらはいい条件を付けていますものね」

 姫を薦めている臣下もいる。令嬢二人も臣下を味方につけようと。ランタナを薦めていたマラグという貴族は沈黙しているとか。

「陛下はセレーネ様を大切に想われています。代わりなどいません」

 アルーラははっきり。

「ええ、存じていますよ。どれだけ想われているか。でもそれが責任感からくるものでないと。ヴィリロはグラナティスの隣国。敵対している叔父上側につかれれば。もし隣国がヴィリロでなく我が国なら」

 セレーネはレウィシアと会っていなかった可能性は高い。だとしても近隣に姫を嫁がせ、国を大きくした。警戒されていただろう。

「王妃様は魔力があるのでしょう。陛下を縛り付けていないと。それとも陛下は王妃様を大切に想っていると思わせて利用しているのですか」

「いい加減にしていだたきましょうか」

 アルーラは怒りを隠しもしない。

「すいません。妹を考えてしまい。王妃様からも陛下に妹と仲良くするよう申し上げてください。お詫びといってはなんですが、お茶請ちゃうけに、いかがです」

 ビタールが何かを差し出してくる。お茶請けというからには食べ物だろう。

「私もご一緒して、よろしいですか」

「お引取りください」

 アルーラは追い出しにかかる。

「私は王妃様に尋ねたのですが」

 笑顔で引かないビタール。

 結局、ビタールの持ってきたクッキーと用意してもらった菓子で、見張り付きのおやつとなった。

 一杯目のお茶が終わる頃。

「なぜここにビタール殿が」

 ラーデイとダイアンサスを伴ったレウィシア登場。アルーラは小さく「げっ」と呻いていた。ラーデイ夫人は先に自領へ。

「王妃様のお相手を。陛下はお忙しいでしょう。お相手は他にもおりますし」

「そうですか。それならもう十分でしょう」

 冷たい笑顔。とっとと去れ、と顔に書いてある。

 ビタールは「楽しい時間でした。それではまた、王妃様。陛下」

 レウィシアはついでといわんばかりに悠然と去って行く。


「なんなのだ、あの男は」

 ビタールの茶器は片付けられ、レウィシアに新しい茶器が用意され、改めておやつに。

「妹姫を余程推したいのでしょう。私からも薦めろと言っていました」

 レウィシアは顔をしかめる。

「条件は良いのです。陛下、考えてみられては」

「陛下の叔父上にも姫を送ったそうですよ。そんな国の者を信じろと」

 アルーラ親子は睨み合い、まではいっていないが近い状態。

「何を考えているのでしょうね」

 セレーネは城で用意された一口ケーキをぱくり。

「妹を陛下に嫁がせることでしょう。兄はセレーネ様の牽制」

「牽制、ですか」

 セレーネもそう思っていた。

 ビタールが持ってきたクッキーを一枚取る。しつこく食べてくださいと勧めてきた。

「それは」

 レウィシアはセレーネが持つクッキーを見た。

「ビタール様にもらった、媚薬入りのクッキーです」

 レウィシアはセレーネの手から素早く取る。力が入っていたのだろう、クッキーは砕け、テーブルへ。

「食べたのか」

「一枚だけ」

「吐け」

 レウィシアは立ち上がり、セレーネへと手を伸ばしてくる。

「手遅れですよ。何十分経っていると思っているんです」

 伸ばされた手を取る。レウィシアはアルーラを睨んだ。

「アルーラ様の責任じゃありません。追い出そうとしてくれていました。それにそんなものが入っているとは思わないでしょう。そして仕込むのなら、私でなく」

 レウィシアを見た。

「なぜ、私なのでしょう。醜聞でも起こしたかったのでしょうか」

「あの~、セレーネ様、効いているんですか?」

「効いていませんよ」

「本当か」

 立ったままのレウィシアはセレーネに顔を近づけてくる。

「本当ですよ。何度も実験台になって、耐性はついています。見分け方も。あの女のものならまだしも」

 それでもレウィシアはセレーネの顔をじっと見ている。取っていた手を離そうとして、握られた。

「それなら、シアが食べてどうなるか試してみます」

 にっこり笑うと、嫌そうな顔をされ、手を離して席へと戻った。

「効いているのなら今頃シアを無視して、アルーラ様かビタール王子と楽しく話しているか、醜聞を広げるため、どこか、人目の多い場所に移っていますよ」

 念のためカイの手の届かない場所に。

「ところで、シアはなぜここに」

「久しぶりにセレーネと休憩しようと。場所はわかっていた。来て正解だったな」

「明日からは誰にもわからないよう、毎日場所を変えましょうか」

 部屋に籠もりっぱなしだけは遠慮したい。

「どこかへ行くつもりじゃないだろうな」

「行きたいですねぇ」

 晴れた空を見上げた。行こうと思えば行ける。カイの魔力を使えば、朝行って夕方には帰ってこられる。

「わかった。それなら俺も」

「陛下」

 ラーデイは非難の声。ダイアンサスは苦笑。

「三人は陛下に歩み寄ってくださっているのですよ。今までのご令嬢達とは違います。特にローズ姫は、わきまえておられて」

「わきまえて、これか」

 レウィシアはビタールの差し入れたクッキーを指す。

「それとも兄は別だと。兄は兄で目的があると」

 ラーデイには辛く当たられてはいない。臣下として純粋に王族を心配している。

「子供ができれば大人しく帰ると言っていますよ」

 嘘か本当かわからないが。レウィシアに右頬をつねられた。

「少しくらい話しても」

「話した。したくもない茶会も」

 いつの間に。

「話しと言えば自慢話。国のことを聞けば、俺が治めているから素晴らしい国だと。どこがどう素晴らしいと聞けば言葉に詰まる。話にもならない」

「なぜ国の話。もっと気楽な話もあるでしょう」

「王不在、何かあれば王妃に政の一端を担ってもらう。臣下がしっかりしていても王妃が我が儘で押し切れば。もしくは、どうしようもない臣下の言葉ばかり聞き、その者に任せれば」

 城内だけでなく国自体危うい。

「他の話は、セレーネの話」

「やれば出て行きます」

「それを追いかけて、俺も出る。むしろそちらが」

「かなりお疲れのようですね」

 セレーネは城で作られた甘い菓子をレウィシアの皿へ。お茶にも砂糖を入れ、レウィシアは入れずに飲む、をレウィシアの前へ。

「セレーネなら、国の金を自由に使っていいとなればどう使う」

「医療と教育につぎ込みます」

 貧富の差関係なく学べる、診療を受けられるように。

「自分のためには」

 セレーネは人差し指を顎に当て、

「ん~、思いつかないですね。欲しいものはありますが、国のお金を私個人で使おうとも思いません」

 なぜかレウィシアは満足そう。セレーネは小さく首を傾げた。

 

 天気が良い日もあれば悪い日も。

 令嬢二人に会う日もあれば会わない日も。ローズ姫は令嬢二人より風当たりは強くない。レウィシアの前では二人はころりと態度を変え、ローズ姫は変わらず。面白いなぁ、と見ていた。レウィシアにすれば面白くないだろう。「何か言われれば、されればすぐ言え。特にビタール王子には気をつけろ」と。大半の貴族は帰っており、セレーネを訪ねてくる臣下も限られている。セレーネよりレウィシアが気をつけるべきではないのか、と首を傾げた。

 そのビタール王子はレウィシアに睨まれようと嫌味を言われようと、懲りずに毎日セレーネの元へ。結界を張って避けてカイと遊んでいても、部屋に戻る時、どこかへ移動するために廊下を歩いているとどこからともなく現れ。フィユカスよりしつこく感じられ、いい感情はあまり持てなかった。

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