第13話
セレーネが若返って? 二日が経った。幸い記憶は失われていない。昨日はバディドと城下町を歩いてきたようだ。なぜかセドナまで一緒に行っていたようで。レウィシアも行きたかったが。
「陛下」
ユーフォルに声をかけられ、ああ、と空返事。
「貴族、王族の方々が王妃様にお会いしたいと」
「またその話か。昨日も聞いた」
うんざりと答える。私室の前で待ち構えられたり、うろうろされたり、壁をよじ登ろうとした者までいたとか。誰もいない部屋の前に兵を置き、追い返している。それだけでなく執務室に来る令嬢や貴族まで。
「帰った者もいるのだろう」
「ええ、残っているのは王妃様に会いたい者と署名した令嬢二名と姫一人です」
セレーネは今日、何をしているのか。レウィシアより自由なセドナ。
「陛下、少しでも顔を見せれば皆、納得するのでは。あらぬ噂も立ち始めています」
大怪我を負い見られる姿ではない。もういない。元々いなかったのでは。好き勝手に。
ユーフォルの言うことは尤もだが。
「話してくる」
立ち上がり、部屋を出た。
訪れたバディドの客室で見たのはトカゲと戯れている? セレーネ。相変わらずレウィシアにはわからない言葉で話している。千年以上生きている精霊が使っている言葉だとか。
「シア、何かありましたか」
戻っていない。従者が買ってきた服。レウィシアが用意したかったが頼めば怪しまれ、ばれる。
「王妃の顔を見せろとうるさい連中が」
率直に言う。どう説明してもそこにいきつく。
「私の顔を見て、どうするのでしょう」
セレーネは首を傾げている。
セレーネは自分の魅力に気づいていない。ヴィリロに戻り、姿が戻り、隣国の王子が会いに来たら。レウィシアの知らない誰かに言い寄られていたら。叔父の手の者が。不安はいくつも。だから戻ってほしくない。傍から離したくない。
「竜を手懐けている。俺をかばい、帰ってきた。竜を使い、なんとかしてきた。どうにかして仲良くなれないか、連れ帰れないか、と考えているのだろう」
怪我を負った姿を見たいと考えている者もいるのだろう。弱っていればさらいやすいと。
「……手懐けていませんし、自力でなんとかしましたけど。一体、私はどんな女傑に見られているのでしょう」
「見世物にはしたくない。しかし、顔を見せないから、心配している者もいる」
フィオナやノラ、ユーフォル達も。
「短時間でもいいですか」
「いい、のか」
「二、三時間ならなんとかなります。ここでは落ち着いて休めないのでヴィリロに戻った、と言ってもいいですけど、ヴィリロに押しかけてこられても困りますからね。ここならシアが上手く
ヴィリロに押しかけ、会わせろと横暴な態度をとられれば、グラナティスの印象は悪く、レウィシアの責任にもなる。
「わかった。いつなら大丈夫だ」
「いつでも大丈夫ですけど、準備に少し時間がかかるでしょう。いつもの動きやすい服で出るわけにはいかないでしょうから」
「今日、でも大丈夫か。できるなら早く帰ってもらいたい」
「つまり私を見るまで居座り続けるのですか。なんて迷惑な。そして私は珍獣ですか」
城としてもいつまでもいられても。
「大丈夫ですよ」
セレーネは笑顔で頷いている。その顔を見て、ほっとする。
「それなら今日のお茶の時間に。急いで用意する」
「わかりました。その時間に合わせて用意します」
どう用意するのか。ここはセレーネを信じて、レウィシアは伝えるために部屋を出た。
「心配したんですよ。お姿を全く見せないし、使用人も近づけず、陛下だけが傍に。噂も色々飛び交い、どんな状態かと」
セレーネの長い白髪を整えてくれているフィオナ。セレーネは今、鏡の前に。
「すいません」
「お元気そうでよかったです」
桜色のドレス。レウィシアにもらったペンダント、左薬指にぴったりはまっている指輪。
「それで、なんですけど」
明日、ヴィリロに戻る、と言いかけたところで扉が叩かれ、フィオナが返事をする。入ってきたのはユーフォルを伴ったレウィシア。ユーフォルはセレーネの顔を見るとほっとし、レウィシアは目を見張っていた。建国祭の演説、パーティーでさえ、顔の左側、火傷痕を隠していたのに、今は見せ付けるように髪を整えている。
「準備は」
「は、はい」
フィオナは緊張した声で答え、手早く髪を結び、髪飾りをつけてくれた。
レウィシアと腕を組み、廊下を進む。
「その姿は」
小さな声。背後にはユーフォル。
「魔法で変えています。二、三時間ならなんとか。一日は厳しいです」
セレーネも小声で返す。
「解けたんじゃないんだな」
「自然に解けるのを気長に待っているんですけど」
「待っていないで解け」
「無茶なことを」
いくつもの魔法が重なり、またはこんがらがり、こうなった。一つずつ解くにしてもその魔法がどんな魔法なのか。
「手を、傍を離れるな」
「離れても大丈夫ですよ。サイズを変えたサラマンダーが一緒ですから。私に何かあっても見ているだけですけど、自身の身が危なくなれば」
組まれていない手を上げると、小さなトカゲがどこからともなく出てきて、腕を伝い、どこかへ。
「……城ごと燃やされないよう、注意しよう」
レウィシアの苦々しい声。
離れるな、と言われたものの、会場となっている庭に着くと、わっと人が押し寄せてきて、腰が引けてしまう。レウィシアと腕を組んでいなければ下がっていた。
「驚かさないでいただこうか」
レウィシアの牽制に怯むも、一度に話しかけてくるので誰が何を言っているのか。ここで子供の姿になれば。気を引き締め直した。
自己紹介に自慢話、ご無事でしたか、心配しました、ご活躍のようで、お聞きしていますよ。代わる代わる来る貴族、王族の男性。年齢は様々。陛下にご満足できないようでしたら、とあからさまな者も。レウィシアは睨み続け。怯みながらも話しかけてくる。
女性もいるが半分はレウィシア狙い。半分は付き添い、妻。フィユカス、セドナの姿も。
「お初にお目にかかります。王妃様」
セレーネと年の変わらない女性。華やかな顔立ち。身に着けているのは高価そうなものばかり。
「陛下、わたくしにお庭を案内してください。これからはわたくしもここで暮らすのですから」
空いているレウィシアの腕に女性が手を伸ばすが、かわすレウィシア。セレーネも動くことに。再び手を伸ばす女性。かわすレウィシア。
「私は大丈夫ですから、お相手されては」
「本調子でないお前をこんな場所で一人にできるか」
「なら、オレが見ていようか。知らない仲でもなし」
セドナがひょっこりと顔を出す。
「それでは、この令嬢の相手を頼む。顔は見せた、もういいだろう」
そう言うと再び集まってくる。なんとかレウィシアと引き離そうとしているがレウィシアはがっちり腕を組んでいる。
「王妃様」
再び声をかけてくる女性。
「わたくしもあなたと同じ立場になりました。これから仲良くしてくださいね」
高圧的な言い方。いかにも自分が上だと。
「王妃はセレーネ一人。俺は認めないと言った。命の保障も。セレーネを傷つければ家を潰すとも。それでよければ好きにしろと」
「王妃様のお体が弱いのなら代わりが必要では」
艶やかな自信たっぷりの笑み。胸を強調したドレス。
「わたくしだけではありません。残った方は陛下を心よりお慕いしております。人質の王妃様と一緒にしてほしくはありません」
レウィシアの表情が冷たいものに変わっていく。
「それなら王妃様はうちでお預かりしましょう。陛下には相応しい方がおられるようですので」
「いえ、我が邸で、丁重に」
我も我もと押し寄せてくる。
レウィシアの表情はますます冷たいものに、瞳も。それに気づいていない者達。
「竜なら手懐けていませんよ。それにあの竜を救ったのは陛下です。私はその手伝いを少ししただけ。無事に戻ってこられたのも、陛下が素早く兵を出してくれたおかげです」
セレーネはにっこりと作り笑い。勢いが弱くなった男性陣。女性はさすが陛下です、とすり寄ろうとしている。だが女性は誰もレウィシアの顔を見ていない。今の冷め切ったレウィシアの表情を。
「私は一人で大丈夫です。こちらの方々のお相手をされては」
作り笑顔のままレウィシアを見た。
「セレーネより大事な者がいるとでも」
レウィシアも作り笑顔で返してきた。
笑顔で睨み合い。組んでいた腕を解いたので、セレーネの勝ち、と思っていたが、レウィシアは身を屈め、ひょいっとセレーネを抱き上げる。
「へ?」
「これ以上怖い思いをさせたくないので失礼する。お前達はそれぞれ楽しんでくれ」
そう言うと、くるりと背を向け、歩き出す。最初は余裕を持って、次第に早くなる。テーブルには菓子やお茶が用意されていたが、近づけず、口にできず。
「シア?」
「ヴィリロに行くのか」
「ええ、向こうなら私が何かへまして、こんな姿になったとわかっていますから。でも、ここでは」
わからない。セレーネと認めない臣下、貴族もいるだろう。
「何をやっていたんだ」
小さく苦笑しているレウィシア。
「戻って、くるんだろ」
「……姿が戻れば」
戻らずここからやり直すとなれば。それはそれで。
「間は何だ。戻ってこないのなら、どこかへ閉じ込めておく」
「冗談はやめてください」
見上げたレウィシアの顔は真剣そのもの。
閉じ込められても壊して出て行く。
「シア」
「わかっている。ここでは落ち着けないのは。それでも。どんな姿でも、傍にいてほしい」
静かな切ない声。抱えている手に力が入る。
「陛下」
背後からかけられた声にレウィシアは首だけ動かし、歩みを止めた。声をかけた人物を確認したからか、体ごと振り返る。いたのは厳格そうな年配の男性と妻だろうか。上品そうな同年代の女性。
「アルーラの両親だ」
紹介され、一瞬思考が停止。
「似ていないだろう」
レウィシアは笑う。
「誰に似たのか」
父親も苦々しい息を吐き、母親は微笑。
「ラーデイ・バルガと申します。お久しぶりです」
丁寧に頭を下げられる。覚えていないが結婚式に来ていたのだろう。
「お久しぶりです。て、下ろしてください」
抱えられたまま頭を下げ、レウィシアに抗議。
「下ろしてください」
再び言うも、下ろしてくれない。暴れるも、余計にがっちり力が入った。
「挨拶に来ただけ、ではないのだろう」
レウィシアの硬い声。
「結婚式、建国祭のパーティーではゆっくり話ができませんでしたので」
「セレーネと、か。それとも俺か」
「率直に申します。陛下、国内の貴族令嬢を娶られては。形だけでかまいません。お二人の仲がよろしいのは見てわかります。そして陛下の宣言も。しかし国内の不満を抑えるためにも」
「なんとも想っていない女を城で養えと。不満と言うが今まで何人も紹介しておいて、皆震えるか怯えるか。今日とて誰が俺の顔を見ていた」
「まさか、女性を避けようとその髪型にしたのですか」
セレーネはレウィシアを見上げる。火傷痕がはっきり見える。レウィシアは答えない。
「何をやっているんです」
セレーネは呆れて小さく息を吐いた。
「少しは令嬢と話して、固定観念、令嬢に対する考えを変えてみては。本当のシアを見てくれる人もあの中には」
「いない。彼女達の目に俺は王だとしか映っていない。国一贅沢できる道具。形勢が危うくなれば離れて行く」
「だから、その考えを改めるためにも少しは話を」
「話して再確認しろと」
「そうは言っていません。妃だとかそういうのを抜きにして、人として話してみては、と言っているんです。意外に話が合うかもしれないでしょう」
「無理だな。もう一度言うが彼女達の目には俺は一人の人ではなく、グラナティスの王として映っている。セレーネのようには接してくれない」
「私のように接してくれる方がいいんですか」
「セレーネ一人でいい」
「そう言ってどこに運命の人がいるかわかりませんよ。ある日突然出会って」
「それはない」
なぜ、はっきり言い切れる。
「かまわないか」
レウィシアの背後から低い声。レウィシアは驚いて振り返る。
長い銀髪、青銀の瞳、綺麗に整った容姿。腕には幼い子供を抱いている。
「誰だ」
レウィシアは警戒心も露に男を睨む。ラーデイは素早くレウィシアの前、かばう位置に。
「スカビオサ」
セレーネは名を呼ぶ。
「知り合いです。下ろしてください」
動くも下ろしてくれない。
「どうしてここに。珍しいですね。あなたが訪ねてくるなんて。はっ、まさか何か緊急事態でも」
「緊急といえば緊急だが、その姿はなんだ」
青銀の瞳が細く鋭くセレーネを射抜く。
「うう、さすがです。少しどじを」
「間抜け。サラマンダーもいるのか」
「さらにさすがです。いい加減下ろしてください」
動くもレウィシアは聞いてくれない。ラーデイはいるが、魔法を解き、子供の姿に。レウィシアの腕から抜け出し、よたよたと銀髪の男、スカビオサの元へ。
ラーデイは驚き、夫人も目を丸くしている。レウィシアは「セレーネ!」と悲鳴のような声。
「何をやっている、間抜け」
レウィシアより冷たい目で見下ろされ、ぐぅの音も出ない。
「い、色々ありまして」
スカビオサは片手を伸ばしてくる。片腕に抱かれている子供は大人しい。セレーネの頭に大きな手が置かれた。しばらくそのまま。静かな時間が流れる。
「二人揃って大間抜けもいいところだな」
手は放れ、呆れた息を吐かれた。セレーネの記憶を視たのだ。語るより早い。
『なぁ~んか、悪口言ってなかったか』
サラマンダーは大きさを戻し、セレーネの頭へ。重い。
『間抜けと言ったんだ。人に騙され、利用されるとは』
『なんだと!』
炎が上がる。
『わ、だめ、サラマンダー、ここで暴れないでぇ~』
壊せば、燃やせばセレーネに請求が。
スカビオサは手を振っただけでサラマンダーの炎を消す。さすが。
精霊と対等に戦えるのはセレーネの知る限りスカビオサだけ。そのスカビオサは舌打ちし、再びセレーネへと手を伸ばしてくる。今度は触れずに、何か唱えている。
セレーネは邪魔せず大人しくしていると、近かった地面が離れていく。手を見るとぶかぶかだった指輪はゆっくりとだが指に合い、服も。唱え終え、手をひっこめると、視線が高い。
「戻った?」
髪の色は見えないが視線の高さ、手足の長さ、服はぴったり。あちこち見ていた。
解いてくれたのかとスカビオサを見れば、腕の子供をセレーネに押し付けてきた。
受け取り、両腕で抱えると、
「では頼んだ。これは元の場所へ帰しておく」
セレーネの頭にいたサラマンダーの首根っこを猫の仔のように摑み上げる。
「待てぃ、説明していけ!」
背を向けたスカビオサに叫ぶ。スカビオサは面倒くさそうに綺麗な顔をしかめている。
「二人目の出産が近い。その間彼女にかかりきり。彼女も腹の子に、その子にと面倒は見られない。精霊に預けるかと考えたが、彼女がそれはやめて、と。それならお前しかいない」
「……」
「そのうち迎えにくる」
「や、ちょっと待って、二人目って、初めて聞いたけど」
「言う必要があるか」
無表情で淡々と。
「いやいやいや、教えてよ。そうしたら色々贈って、手伝って。て、魔法解いてくれたのって」
「あの姿では面倒見られないだろう。預かってくれる礼だ」
預かる前提で。断りはしないし、断れないが。がくりと肩と頭を落とす。
二人に身内はいない。精霊に預けても食事などが。
「そのうちってどのくらい」
「子が産まれて、彼女が落ち着くまで。一年以上預かってくれてもかまわない」
「私は一年だろうが二年だろうがいいけど、この子は母親恋しいし、母親は心配するでしょう」
抱えた子供を見た。母親譲りの金髪、水色の瞳。子供はセレーネを見返してくる。可愛すぎて、つい頬ずり。
「だからそのうちだ」
「なんて適当な」
我が子なのに。長くて一ヶ月くらいか。
「必要なものはそこにある」
指した足下にはいつの間にか荷物が。
『グラナティス王族の祖先が竜だというのは』
「信じているのか」
レウィシアに聞かれたくなくて精霊の使う言葉で尋ねたのに。
「お前はグラナティスを治める王が本当に竜の血を引いていると、信じているのか」
小さく首を左右に振った。
「あれは愚かな精霊の愚かな
「愚かな精霊?」
「グラナティスは今でこそ大国だが昔は小国の集まり。それぞれの領地を巡り、または拡大しようと争っていた」
昔とはどのくらい昔なのか。五百年よりは前だろう。
「初代の王が女だというのは」
セレーネは再び首を左右に振る。
「正確にはその女の子供が王となった。戦に勝ち続け、土地を少しずつ大きくしていったのは初代である女だ」
「魔法使いで精霊と契約していた、とか」
「魔力はないが精霊と契約していた。力のある竜の姿をした精霊だ」
「なるほど。それで勘違い、というかどこかで話が変わり」
「だろうな。初代はそれの力を借り、勝ち続けていた。初代はただ平穏な世を願っていた。そしてその心に打たれたそれが力を貸した。はっ、愚かだな。人に力を貸す、契約するなど」
さすが人嫌い。
「祖先が竜だという理由はわかりましたが、時々不思議な力を持つ者が現れるのは?」
「あろうことかそれは初代の子に自らの力の一部を与えた」
「そんなことができるんですね」
「余程がない限りやらない。勝ち続けていたから敵は多かった。狙うなら弱い者」
次代を狙っていた。
「女の子供は与えられた力とそれの力を借りて、一つの国、グラナティスとした。次の子もなんらかの力を持っていた。それが続き、国を磐石なものにしたのだろう」
力ある精霊と精霊により与えられた力で国として発展していった、ということか。
「だが力の発現者は短命。五十まで生きれば長く生きたほうだ」
「なんだと!」
背後から声が上がる。背後にいるのは。
「制限をつけたのですか」
「そうだ」
「どういうことだ」
レウィシアが近づいてくる。セレーネはレウィシアへと向き、スカビオサに詰め寄らないようにした。レウィシアは強いがスカビオサはさらに上。瞬殺される。
「与えられた力を悪用されないよう、短命という制限をつけたのです。与えられた力が大きければ大きいほど悪用されれば。良い、正しい王ばかりではなかったでしょうし」
争いのない、関係のない土地にまで侵攻されては。
レウィシアは「では、父は」と呟いている。
「家系図を見ましたが短命とは」
スカビオサへと向き直る。
「残せば誰かが気づく。もしくは兄弟で同じ名前にしてわからないようにしたのだろう」
「力が発現しなければ短命ではないと」
「だろうな。力を得るための代償」
「その竜は今もこの地のどこかで眠っているのですか」
「いや、初代、契約者がこの世を去ると生きる気力をなくし、ひ孫の代あたりで色々な道具を作り、契約者の元へいった。だが、生きている、とでも言うのか。最後に作り上げた剣はそれの意思が宿り、持ち主を選んでいる」
「あ~、なるほど」
「知っているのか。そういえばあのやかましい女が、お前がグラナティスに嫁いだとか言っていたな。あの剣を扱える者は限られる。叩きのめして剣を見たか、試したか」
「シルフとワイバーンが嫌がっていました。自分すら傷つけられると。サラマンダーは特に何も」
何度か傍にいたのに。サラマンダーはスカビオサの肩に移動。今のところ大人しくしている。
「それだけその精霊が強力だった。おそらく鞘に収められている状態と抜き身で違うのだろう。自らの骨で剣を作り、目まで埋め込んだのだからな。愚かの極みだな」
「目? 宝石じゃなくて目だったんですね。剣に触ろうとして静電気のようなものがおこり、触れなかったんですよ」
「先ほども言ったが、選ばれた持ち主にしか扱えない。お前、もしかして王族に嫁いだのか」
「え、ええ」
嘘を吐いても見抜かれるし、吐く理由も特にない。
「何か都合が悪いんですか」
「いや、グラナティスの王族に魔力を持つ者はいなかった。それは魔力を持つ者が嫁がなかったからだ。果たして、その剣は次代にお前の子を選ぶかどうか」
「魔力を持っていると触れないんですか」
「さあ、だが竜の力に魔力まで持って産まれれば」
「短命だと言ったじゃないですか。それに私が次の王を産むとは」
「魔力と竜の力が争い、短命ではなくなるかも、な。剣を扱えるかどうかはわからないが。もしくは剣が
「剣にそれほどの力があるんですか? 王族となれば妃候補はいくらでもいますよ」
「そうだな。私には関係ない。お前だって相手が誰だろうと」
「グラナティスの宝物庫には竜の作ったものが眠っているかもしれないのですね」
これ以上妃だのなんだの話はまずい。背後から圧が。
「ああ」
「じゃあ、あの女性が持っていた杖やこの輪もそうなのでしょうか」
セレーネはワイバーンにはめられていた鉄の輪を取り出す。自分の姿を戻すよりこの輪の分析をしていた。
「それは」
スカビオサは形の良い眉をひそめている。
「精霊に言うことを聞かせる魔法道具、でしょうか。実際、聞いておらず暴れるだけでした。シルフも見ているのでシルフに聞いて確かめてもらっても」
スカビオサは片手を伸ばしてくる。セレーネは素直に渡した。
「なるほど、精霊、魔獣に言うことを聞かせようと作ったのだろう。しかし」
スカビオサは輪を見ている。
「完全ではない、ですか。ではそれは」
「人の作ったもの。竜の作ったものではない。これをつけられ、ワイバーンは苦しんだだろう」
壊れた鉄の輪を冷たい目で見ている。
「人は
冷笑、とでもいうのか、冷たい笑み。スカビオサの手にある輪はばらばらに。
「あ~、もっと調べたかったのにぃ」
「こんなものを調べてどうする。なんの役にも立たない、ゴミ以下のもの」
「そうですね」
言いつつもセレーネは項垂れた。
「大量に作れない。作れても少量、はめられて命令を聞くのは弱い精霊だけ。お前でも対処できるだろう。大人しくつけさせはしないだろうが、精霊達には注意するよう伝えておく」
「それがいいでしょう。あちこちで暴れられたら」
「見つけたのはお前だ。各地を回って壊すんだな」
「今は無理ですよ~。大切なものを預かっているので」
にやりと笑う。スカビオサも今は動けないだろう。
「はぁ、それにしても竜の作った道具、ですか。厄介なものが残っていますね」
「かなり古い。お前でも壊せるだろうが、剣だけは無理だ。あれは竜の一部が使われている。いや、竜殺しができるのなら壊せるか? 他のものは竜も考えて作っているだろう。時間が経てば効力が失せて使いものにならないようにしている、はず」
それならあの杖も。
「グラナティスの城周辺に精霊がいない、少ないのはそれが睨みをきかせている、想いが地に染み付いているせいだ。サラマンダーのような力の強い精霊は別だが」
負の感情ではなく、護りたい、という想いか。
「聞きたいのはそれだけか」
「あ、はい。ありがとうございます」
子供を抱えたまま頭を下げる。面白かったのか、子供は楽しそうに笑っていた。
スカビオサの姿がすっと消える。瞬間移動の魔法。
「さて、カイ。しばらくの間よろしくお願いします。私を覚えています? て無理ですよね。会ったのは一年半くらい前」
抱えた子供、カイを見た。性別のはっきりしない顔立ち。どちらに似ても将来美人間違いなしの男の子。
「セレーネですよ。セレーネ。カイが大きくなったらお嫁さんにしてくれると約束したでしょう」
「セレーネ?」
カイは小さく首を傾げ、セレーネを見ている。
「どういうことだ」
右肩に手が置かれる。
「どういう、とは。聞いたままですよ。あ、姿は戻れましたが、この子がいては。明日バディドにくっついてヴィリロに」
「行くな。戻ったんだろ。だったらここにいろ。その子は預かった。ラーデイも見聞きしていた」
呆然とした夫婦はレウィシアに話をふられ、はっとしている。
「ええ、聞いていました。しかし、その子供とは別の」
「信じるのか」
レウィシアはラーデイ夫婦を見ている。
「あの者の話を信じるのか」
「嘘を吐いても彼にはなんの得もありませんよ。それに知り合いには当時生きていたものもいますし」
ラーデイが気にしているのは竜の話だろう。
レウィシアは辛そうに顔を歪めている。レウィシアの父親には力があった。だが息子であるレウィシアやレウィシアの叔父には。
「それなら、王族として生まれてくる子は」
「竜の力の一部が生きている限り続くでしょう。代償とはよく言ったものです。ただより高いものはない」
「陛下」
「もし俺や叔父上が剣を扱えず、ダイアンサスやガウラが扱えれば王としたか。なんらかの力があの二人にあれば」
「……いえ」
ラーデイが心配しているのはセレーネが次の子を産めるか。剣に認められるか、だろう。
「剣を扱えない王は今までいなかったんですか」
「すべてを把握していないが扱えなかった王もいると。しかし血筋は間違いない。叔父も剣を扱えなかった、鞘から抜くことができなかったが触れた。俺が鞘から抜いたから、壊そうと」
つまり王の血筋なら扱えずとも触れる、ということか。
「我が儘なんですね」
剣を見た。
「もっと丸くなれば女性が寄ってきますよ。偏見をなくすためにも戻って相手を」
「断る」
「陛下」
ラーデイも困った息を吐いている。
「あれ、陛下、ここで何を。うわ、親父、母さんまで。あ、珍しいですね。顔隠していないなんて」
驚いたようなアルーラの声。
「陛下がいるってことはセレーネ様も一緒なのでしょう。何か失礼なことを言って困らせていません。すいません。親父は憎まれ役を買って出るところがあ、り、ま」
なぜか言葉が途切れ、セレーネをじっと見ている。正確には抱いているもの。
「その子供は」
「知り合いから預かったんです」
「おいくつです」
「三歳ですよ」
「陛下」
真剣な表情と声でレウィシアを見るアルーラ。
「正直に言ってください」
「何を」
レウィシアは怪訝な顔。
「ヴィリロにいた時、セレーネ様に手を出したんじゃ」
「アルーラぁ!」
ラーデイの怒鳴り声。レウィシアは下げている剣へと手を持っていく。
「だってそうとしか見えないじゃないですか。どう見ても」
金の髪は同じだが。
「瞳の色が違いますよ」
「陛下は前陛下、お父上にそっくりなのですよ。王妃様、お母上はその子と同じ水色の瞳でした」
懐かしそうに語るラーデイ夫人。
「隠し子になりそうですね」
「いずれ親が迎えにくるのに帝王学でも学ばせるのか」
「そうですよね。やっぱりヴィリロに戻って迎えが来るのを」
「だから、なぜそうなる。預かったというのはわかりきっている。二人が証人だ」
「とはいえ、親父も陛下に甘いですから」
「血の繋がっていない子供を俺の子だと言うのか」
「言いません。しかしアルーラの言うことも」
「それなら」
「ヴィリロに戻るというのなら俺もついていく」
「何を言っているんです。王がそう簡単に出て行けるとでも」
「仕事なら片付ける。それでいいだろう」
「よくありません。大人しく」
「何度も言うが、すぐ戻ってくるのか。引き取りにくるのが遅くなればなるほど戻ってこないだろう。その間にセドナやグラナティスの貴族達がヴィリロへ押しかけたら」
「う、それは面倒ですね。仕方ありません。セドナ様に頼んで」
「だから、どうしてそうなる!」
「どこかへ預ける、というのは」
ラーデイが割って入る。
「預かったのは私です。それを別の誰だかわからない人に預けられません。それに面倒見られないでしょう」
「大人しそうに見えますけど」
アルーラの言葉通り、大人しくしている。
「この子は両親と同じ、大きな魔力を持っています。幼いですけど私よりありますよ。子供の頃はコントロールが難しいんです。大泣きすれば色々なものを壊されますよ」
「それならヴィリロに戻っても」
「ヴィリロは大丈夫です。私も多少やらかしましたから」
「何をやっていたんだ」
レウィシアの呆れた口調。
「とにかく戻るのなら俺も行く」
セレーネは大きく息を吐いた。
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