第11話
「いよ、久しぶり」
ノックもせず執務室に入ってきた男を軽く睨んだ。日に焼けた肌、焦げ茶の髪、橙の瞳。
「結婚したんだって。おめでと」
建国祭は翌日。大半の客は城の客室、別邸、宿に落ち着いている。
「久々会って一言目がそれか。兵を呼んで追い出すぞ」
「そう言うなって、遠路はるばる来てやったんだ。労りの言葉の一つや二つ。で、美人な奥さんは」
執務机に身を乗り上げてくる。
「噂でばっちり聞いている。どんな美女と結婚したんだ。オレが何人紹介しても涼しい顔していたのに。夢中だって聞いているぜ」
セレーネが聞けばおもいっきり顔をしかめ、城外での演説、夜のパーティーでさえ嫌がる、出たくないと言い出す。
アルーラの報告によれば、町ではレウィシアよりセレーネ目当てで人が集まる、あることないこと噂になって皆興味津々だと。
「友達だろ。紹介してくれ」
「友達じゃない。知人だ」
セレーネも以前同じことを言っていた。なるほど、と納得。
「土産もたくさん持ってきてやったのに。少しくらい会わせてくれてもいいだろ」
「明日会える。それにしても一日前に来るとは」
呆れて男を見た。
「こっちにも色々都合があるんだ」
軽く見えるが一国を治めている。レウィシアと同い年で。治め始めたのは五年前。グラナティスとは離れた小国。来るのに日数もかかる。建国祭やレウィシアの誕生日などの行事には招待状を毎年出していた。
「それで、奥さんは」
興味津々といった顔。
「明日紹介する」
「長々と話さない。顔見て挨拶するだけ」
「明日の準備中」
セレーネを知らない他国の者が何度同じことを言ってきたか。セレーネは城の中を堂々と歩いているのに。気づかず。知っている者は声をかけている。今日も。準備中は嘘ではないが。温室に行ったりして、部屋をちょこちょこ出ている。
「そういえばアルーラが言ってたな。男と少し話していただけで睨む、妬く、すねる。そこまで夢中にさせるなんてどんな女だ。な、ちょっとでいいから会わせてくれよ」
拝むように手を合わせ、頭を下げてくる。
「断る。何度も言うが明日の準備中。明日にしろ。それと、お前はどうなんだ」
「どう、とは」
「とぼけるつもりか。それならはっきり言おう。結婚したのか。それともまだ相手を探しているのか」
「結婚式には招待するつもりだ。お前の式には都合がつかなくて出られなかったけどな」
急に決まったこと。本来ならもっと日数をかけて色々決めるのだが。
「それだけ早く結婚したかったのか」
にやにやとした顔で見てくる。
「だったら」
開き直って答えた。
「おお、言うね。奥さんと会うのが楽しみだ。絶世の美女と噂されているからな」
「噂を信じるな」
セレーネの顔が歪むさまが目に浮かぶ。
「それならもう一つの噂、王の守護妃っていうのは」
以前の戦でセレーネが活躍したことか。レウィシアが刺された時、助けられたのも。
「こっちは真実っぽいな。一体どんな女と結婚したんだ」
にやにや顔でレウィシアを見ていたかと思えば、真顔になり、
「なんだ」
「いや、昨年よりいい顔しているな、と思って。昨年、一昨年は辛気臭い、つーかなんつーか、そういう顔して、民衆の前に出てもにこりともしなかったからな。状況が状況だけに仕方ないかもしれないが。今年は皆驚くだろうな。反応が楽しみだ」
そんな顔していただろうか。いや、その前に、城下町に出て演説を聞くつもりか。毎年同じ話をしているのに。からかいの種にするつもりか。
「美人な奥さんもらって、にやけきった、だらしない顔見られると期待したんだが」
「何を期待している」
「ねだられて散財している、情けないが本人は満足している姿」
睨んだ。
「ねだられた覚えは一度もない」
「は? まじか」
「ああ、そんな金があるのなら、医療や教育に金をかけろと」
欲しい物があれば言ってくれれば買うのだが。セレーネは自分より他に金をかけろと。
「しっかりした奥さんもらったんだな。しっかし恋しているからか、今まで見てきた中で一番いい顔している、いい男になってんな」
にやりと笑っている。辛気臭いと言ったり、だらしないと言ったり。
「というわけで紹介してくれ」
「断る」
「遅くなってごめんなさい」
夕食の準備されている部屋。セレーネはぱたぱたと走って部屋に駆け込んでくる。
「明日の準備か」
レウィシアもそのために少し遅れた。てっきりセレーネが先に来ていると。
「準備は大丈夫です。ちょっと話し込んでて」
席に着く。
「話し込む?」
「ええ、久しぶりなので、つい話が弾んで」
「男か」
「はい。シアにもよろしく伝えてくれと」
余程楽しかったのか満面の笑み。
「誰だ」
苛立ちをにじませ、低くなる声。
「あれ? 連絡いっていません。まぁ、突然決めたと言っていましたから。私より先にシアに挨拶に行ったみたいですけど、忙しいと言われ、引き返したみたいですし」
セレーネと共通の知り合い。そんな者いただろうか。
セレーネは小さく笑い。
「バディドですよ」
「来ているのか」
意外な名に驚く。
「ええ、行くか迷っていたみたいですけど、バディドが行きたいと声と手を上げたようで。外交デビュー、ですね。国外に出るのは初めてですから。ここには私がいますから、大丈夫だろうと」
「早く言ってくれれば時間を作って会ったのに」
「わざわざ作ればバディドが恐縮しますよ。時間が空けば会ってあげてください。三日くらい滞在するそうなので」
バディドと会うのも三年ぶり。
「わかっていれば夕食を一緒できたんだが。というかバディドと一緒に夕食にしなくてよかったのか」
積もる話もあるだろう。貴族の男ならむっとするがバディドなら。
「シアが仕事している間に話せましたよ。聞きたいことがありすぎて遅れましたけど」
理由が理由だけにレウィシアとしては何も言えない。苛立ちをにじませてしまった、バディドを忘れていたことを反省。
「明日が済めば仕事は減る。明後日にでも空き時間に」
「急がなくてもいいですよ」
「俺も話したい」
「そうですね。明日の夜は話せないでしょうし」
明日の夜は城でパーティー。訪れている貴族達がすべて集まる。
「長々とは無理だが、少しくらいは話せる」
「だといいんですけど」
セレーネは小さく笑っている。
「どういう意味だ」
「綺麗な令嬢達に囲まれて、嬉しそうなシアが想像できます」
「……それはない。囲むのは男だろう。文句、おせじ、媚を売りに」
なぜか小さく息を吐かれた。呆れているようにも見える。
「ダンスは」
「う、たぶん大丈夫でしょう」
パーティーではダンスも。セレーネは社交の場にあまり出なかったようで、習ってはいたようだが実践は。
「いざとなれば少し浮いて、くるくる回してもらえば」とまで言う始末。レウィシアと踊るのならそれでいいかもしれないが他の男と踊るのなら、と考えて、その場面を想像し、むっと。
「私としてはダンスより料理ですね。何が出るのか楽しみです」
「食べる時間があればいいな」
意地の悪い笑みを向けると、セレーネはむぅ、と頬を膨らませていた。
扉を叩き、中からの返事を待って部屋へと入る。
「こんな日の、しかもこんな時間まで仕事ですか」
建国祭当日。あと一時間ほどすれば城下町へ。セレーネもばっちり正装させられ、レウィシアも。しかし、そのレウィシアは執務机に。
建国祭とは国を興した日を祝う祭日。グラナティスだけでなくヴィリロにもある。
セレーネもレウィシアも白を基調とした服。セレーネの場合裾が長いので歩きづらい。城下町から戻れば休憩を挟み、夜用のドレスと髪型、化粧に。
「仕方がないだろう。こんな日でも舞い込んでくるのだから」
レウィシアは苦笑。セレーネは執務机へと近づき、
「これを」
机に出来上がったブローチを置く。翼の形をした薄紫の石がはめこまれているブローチ。
レウィシアは筆を動かす手を止め、ブローチを手に取る。
「持っているだけでも効果はあります。て、何つけているんです」
「つけるものだろう」
「それはそうですけど。今つけなくても」
華美でも豪華でもないブローチ。セレーネもそれほど豪華に飾っていない。それはレウィシアも。
没収されたネックレスに変わり贈られた、小さな花の形をした蒼い宝石のペンダント。光の加減により少し色が変わり、色々な角度から見ていた。セレーネはそのペンダントをつけている。
無駄遣いしたのでは、とレウィシアを見ると、自分の自由に使えるお金から出した。あのネックレスも売った、高値で売れた、と笑っていた。
与えてもらってばかりで返せていないから、せめてこれくらいは贈らせてくれと。
「もらっていますよ。私だけでなく、アルーラ様やガウラ様も。シアは多くの人に与えていますよ。それと同時にもらっています。目に見えなくても」
「だといいが」
レウィシアは苦笑していた。
応接ソファーに座り、お茶を飲みながら、憂鬱な息を吐く。
「どうした?」
一段落したのか、レウィシアもソファーへ。
「いえ、シアと並んで民衆の前に立つのかと思うと」
気が重い。
「シアにかすんで見えるでしょう」
「逆、だと思うが」
「シアがかすんで見えるはずないでしょう」
相変わらず火傷痕のある左側は隠しているが、整っている容姿、声も良く、人々の目を惹く。それに比べセレーネは。髪はこれまた花の形をした髪飾りでまとめているが。
「綺麗だ」
恥ずかしげもなく、さらりと。
「警備はしっかりしているが、何があるかわからない」
「いざとなれば魔法でぶっとばします」
「いや、そこは大人しく護られていてくれ」
レウィシアは苦笑。
「セドナ、という方は知り合いですか」
「ああ。会ったのか。昨日来て、会わせろと騒いでいた」
レウィシアは渋面で「あいつめ」と呟いている。
「いえ、部屋に贈り物として細工物がいくつか届いていたので」
置物に装飾品、見事な細工物だった。
「今夜会える。会いたがっていたから、人を押しのけ会いに来る姿が目に浮かぶ」
「陛下、そろそろ」
「ああ」
出る時間なのだろう。レウィシアは手を差し出してくる。その手に手を重ね、部屋を、城を出た。
屋根のない三六〇度見渡せる馬車で城下町を走る。道端にいる人々が手を振り、王様、と笑顔を向けている。追いかけてくる者も。セレーネも手を振り返していたが、はたして妃に見えているだろうか。
「表情が硬い。緊張しているのか」
「うう、仕方ないでしょう。シアは慣れていますね」
いつもは見る側だった。これほど多くの民から見られるのは初めて。
レウィシアに笑顔を向けられ、手を振り返された若い女性はきゃっきゃっとはしゃいだ声。
「一昨年、昨年は辛気臭い顔、と言われたから、そうならないようにしているだけだ」
戦が始まった年。まだ終わっていないが。
「くすぐれば表情がほぐれるか」
「やめてください」
それほど硬い表情だろうか、と両手で両頬をむにむにと。レウィシアはそれを見て小さく笑っていた。
会話を交わし、手を振りながら会場へ。
会場といっても、舞台はなく、広場に兵が円となり王と民衆から離している状態。セレーネはレウィシアの背後に。
レウィシアが現れるまで騒がしかったが、レウィシアの姿を間近に見て一際大きな歓声。背後にいるセレーネを見てひそひそと話す者も。
レウィシアが一声発すると、しん、と静かに。凛と響き渡る声。レウィシアは話し始める。セレーネは大人しく聞いていた。
突然、影が差す。雲ではない。動く影。鳥にしては大きすぎる。上空を見た。同じように空を見上げた何人かが「おい、あれ」と静かだった場は騒がしく。
上空を飛んでいるのは。
「竜?」
誰かの一言。影は下り、大きな翼の羽ばたき音。その姿がはっきり見える。
「竜だ! 陛下の政をよく思っていないから、竜が現れた!」
誰かが叫び、あちこちから悲鳴が。
この場につっこんでくることはなく、二階建ての家の高さまで下りてきて、再び上空へ。
「あれは」
セレーネは上空を舞っている竜を見た。
「グラナティスの王に相応しくないから、天は怒り、遣いを寄越したのだ」
響く声。場は大混乱。グラナティス王族は竜を祖先としている。民衆は信じているのか、いないのか。
「ワイバーン!」
セレーネは上空に向けて魔力を込めた声で呼ぶ。
ぴたり、と動きを止めたのは一瞬。
「知り合いか」
レウィシアはかばうように傍に。
「いえ。ですがここに、人の多い場所に現れるはずは。あ、やばいですね」
竜、ワイバーンの動作は。
「何がやばい」
「後で説明します」
素早く魔法を詠唱、ワイバーンに向けて放つ。
遠目だが上空ではワイバーンが頭を左右に振っている。放った魔法は上手くいったようだ。
「炎を吐こうとしていたので。あそこから吐かれたら」
「確かにやばいな」
レウィシアも上空のワイバーンを見ている。
「う~ん、どうしましょう」
叩き落すか、上空までセレーネが飛んで追い払うか。
強い風が吹く。何人かは立っていられず転び、セレーネは転ばず、レウィシアが風から護るように肩を抱いていた。
『何かあったの』
風が治まり、宙に浮いていたのは新緑色の長い髪の少女。澄んだ翠の瞳はセレーネを見下ろしている。
『シルフこそ、なぜここに』
『声が聞こえたから』
魔力を込めた声。シルフにまで聞こえていたとは。
『あれ』
セレーネは上空のワイバーンを指した。
『なぜあれがここに』
シルフはワイバーンを見て小首を傾げている。
『さあ?』
訝しく思ったのか、シルフは上空、ワイバーンの元へ。
「あれは」
「風の精霊、シルフですよ。ワイバーンより厄介ですよ。怒らせれば辺り一帯暴風で粉々にします」
「笑顔でさらっと言わないでくれ。で、何をしに。まさか戦うなんて」
「様子見、だと思いますよ。戦ってもシルフの圧勝でしょうけど、被害は確実でますね。私の魔法で炎が吐けないよう、口周りは氷で覆われていますが、いつまでももたないでしょう」
レウィシアから上空へと視線を移す。
「シルフは気まぐれですから、何をするか」
行動が読めない。
「陛下」
ユーフォルが傍に。アルーラ達兵は混乱している民衆を落ち着かせようと、どさくさにまぎれてレウィシアに近づいてこようとしている者を止めている。
「城に戻られては」
「しかし、この状況。どう抜けるか」
民衆に囲まれ、動けない状態。シルフがゆっくり近づいてくる。
『だめね。なぜか話が通じないわ』
『話が通じない?』
そんなはずはない。シルフは風の精霊の頂点。ワイバーンより格上。一目散に逃げるか、言葉に従う。
ワイバーンは大きく円を描くように飛んでいる。ここに、この場所に何かあるのか。
『なにか見慣れないものをつけていたけど』
「落とします。場所を大きく空けてください。あと魔法使いはサポートをお願いします」
レウィシアは何か考えているようだったが決断は早かった。魔法使いを呼び寄せ。混乱している民衆に向かい一喝。場はしん、と静まる。さすがだな、とちらりと見ながらも呼び寄せた魔法使いと打ち合わせ。
「あれを叩き落します。家に被害が出ないよう、魔法で軌道修正、結界を張ってください」
「た、叩き落すって」
五人の魔法使いは無理無理、と弱々しく首を左右に振っている。
「落とすのは私です。あなた達は軌道修正。多少の魔法で傷ついても二、三日で治ります」
「軌道修正だけでいいんですか」
「かまいません。場所は今空けてくれています。そこへ落としますが、向こうも動いています。民家を壊す、落ちれば弁償。ヴィリロに請求書を回されては」
何をした、と誰かが説教に。
「我々が狙われる、ということは」
「狙われるのは私一人ですよ。本来、あんな性格していません。もしかしたら」
何かされた。何かで思いつくのは魔法。とにかく近くで見ないと。空中戦を演じても結局落とす。
「場所は空けた。大丈夫か」
レウィシアの声。振り返ると、民衆はいるものの大きく開けている。
「避難させなくていいんですか」
「兵がいるからな。ここが安全だと考えているのだろう。半分は何が起こるか興味を持って」
レウィシアは苦笑。国王もいる。どこかへ逃げるよりは。
「それはそうと、大丈夫か」
「たぶん」
「頼りないな」
「力加減が難しいんですよ。何もない所ならそこら辺に落としますが、ここでは落とせないでしょう」
落とすための魔法も考えないと。シルフに協力を求めれば、協力する代わりに何か寄越せと言ってくる。それならセレーネがやるしかない。
「やれるだけはやります。あのこのためにも」
ワイバーンは上空を飛んで、この場から去ろうとしない。
気合をいれ、
「サポートお願いしますよ」
背後にいる魔法使い達を見た。魔法使い達は不安な顔。シルフは高みの見物。それは民衆も。固唾を呑んで見ている。
レウィシアが顔を寄せてくる。ん? と思っている間に額に口付けられ。周囲からは「おお」と声が。レウィシアは笑顔で顔を離す。離れたのは顔だけ。先ほどとは逆、セレーネの背後に。
気を取り直し、セレーネは上空のワイバーンに向けて魔法を放つ。最初の魔法、炎を吐かれないよう口周りを覆った氷の魔法は溶けているはず。いつ炎を吐かれても。
ワイバーンは放った魔法を、当たり前だが避ける。それを見越し、次の魔法を放つ。やりすぎればここで治るまで面倒を見なければならないので注意しながら。しかも家を壊さないように。制約が多い。
そんな中、数分でなんとか目的の場所に落とすことに成功。軌道修正も二、三回と少なくサポートしていた魔法使い達はほっとしている。
ワイバーン本来の動きではなかったような。会ったことはないが。別の竜はもっと俊敏だった。
地面に落としても終わりではない。動きを封じ、ワイバーンの傍へ。
「ワイバーン」
地に縫い付けたワイバーンに声をかけるも、なんとか動こうとばたばた。目も正気の色には見えない。手加減したため翼に大きな傷はない。
『見慣れないものつけていたって言っていたけど、どこに』
頭上を漂っていたシルフに尋ねた。シルフはワイバーンの上を飛びながら尾を指す。セレーネも尾に近づく。
シルフの言った通り。ワイバーンの尾には鉄の輪らしきものがはまっている。いかにも人工物。怪しい。
鉄の輪に触れようとすると、静電気のようなものがぱちぱち。しかもよくない気配。尾に触れても何も起こらない。鉄の輪に触れようとすると静電気。尾から取ろうとすれば静電気はさらに激しく。ぴったりとはまっているのか。
継ぎ目、鍵穴らしきものもない。魔法で壊す? ワイバーンを傷つけずに。む~と、見ていた。できれば壊さず抜き取りたいが、それは無理っぽい。それなら。
「シア」
ちょいちょい、と手招き。レウィシアは恐れもせず近づいてくる。
「これ、斬ってください。この輪だけを」
はまっている鉄の輪を指した。
「斬ればいいのか」
「はい、お願いします」
「傷つけずには難しいかもしれないが」
「少しくらいなら大丈夫です。尾を切り落とさなければ」
落とせばこの地もただでは済まない。
レウィシアが下げていた剣を抜くとワイバーンはさらに暴れだす。セレーネもさらに魔力を込め、押さえ込んだ。
「なぜ?」
『その剣よ』
シルフはセレーネの頭に頬杖をついている。
『あれは精霊も傷つけられる。たぶん、あたし達も。だから嫌がっているの。あたしも嫌ね。とっとと去りたい』
なぜ去らないのか。というか風の精霊の頂点であるシルフを傷つけるなど。人の作った武器では無理なのに。
「あ、大丈夫です。ぱっと切っちゃってください」
手の止まっていたレウィシアを促す。レウィシアは頷き、ワイバーンの尾にある鉄の輪に剣を当てた。静電気、火花が飛び散るものの、輪には切れ目が。慎重に剣を進め、ぱきん、と割れて、尾からはずれた。
押さえ込んでいても動いていた頭や尾の先はくたりと地面に力なく垂れる。
「ワイバーン?」
声をかけると、頭を上げ、セレーネを見る。その目は静かな色。
「拘束を解くので、離れてください」
レウィシアに声をかけるも離れない。
「離れてください」
再び言うも、動かない。呆れた息を吐き、しかしいつまでもこの状態でいるわけにもいかない。
拘束を解くと、ワイバーンは地面から体を上げ、翼をひろげ、首を伸ばしている。腕と翼は一体化しており、鷲のような二本足で地面にしっかりと立つ。
「ワイバーン」
呼びかけると、鰐のような長い顔を近づけてきた。口には鋭い歯。
「わかる」
こくこくと頭を上下に。
「どうしてここに」
ワイバーンは首を傾げる仕草。
「わからないの?」
再び頷くように大きく頭を上下している。
「これも」
レウィシアが壊した鉄の輪を手に持ち、ワイバーンに見せる。ひやりと冷たい輪。
「いつつけられたか」
今度は左右に頭を振っている。
「わからないんだね」
くぅ、と鼻を鳴らす。鉄の輪を壊したことにより正気に戻った。それなら、これが正気を失わせていたもの。
むむぅ、と難しい顔で輪を見ていると、ワイバーンが鼻先をすり寄せてきたので、よしよしと撫でた。わからない以上聞いても無駄だろう。ワイバーンは注目を浴び、居心地が悪いのかそわそわ。
「うん、行っていいよ。気をつけて帰りなさい」
ワイバーンはもう一度鼻先をすり寄せ、上空へと首を伸ばす。翼を広げ、飛び立つ。
『あたしも行くわ。それ要注意』
シルフはレウィシアを指してワイバーンと並ぶ。セレーネは離れ、小さくなっていく二体を見ていた。
「俺を指していなかったか」
それは、とワイバーンとシルフから目を離して答えようと、
「魔獣を手懐け、逃がすとは。あの女も魔獣だ! 陛下を騙そうと人に化けている、化け物だ」
どこかから上がる声。静まり返っていた民衆はざわめき、セレーネを見る。
「先ほどは天の遣いで俺を罰しに来たと言っておいて、今度は魔獣か。しかもセレーネを化け物と。適当で馬鹿なことを。叔父の手の者か。不安にさせ煽りに来たか」
レウィシアはセレーネをかばうように前へ。
「皆も見ただろう。誰か傷つけたか、何か壊したか。壊さず、傷つけず場を治めた。これのどこが魔獣だと。馬鹿を言うな! 姿を見せず煽るだけ煽った者のほうが余程怪しい!」
「……ワイバーンをこちらに送ったのはシアの叔父上の手の者、でしょうか」
「どういうことだ」
互いに小声。いや一度静まった民衆はざわざわと。小声でなくともかまわないのだが。
「推測ですよ。あくまで」
レウィシアは頷き、先を促す。
「グラナティス国王の祖先は竜。それなら今日までに竜を捕らえて、従わせ、民衆の前、特にこのような時に現れたら、初代? と同じと民に思わせられます。でもそれが失敗、竜が言うことを聞かない。それなら別に送り込む、追い立てれば」
「なるほど、天の遣いが俺を罰しにきたと思わせられるな」
「推測、推測ですからね。やるにしても命がけです。魔獣は危険極まりないですし、精霊も竜となると」
「叔父とあの女の考えそうなことだ。どうせ配下に命じて自分達は高みの見物でもしていたのだろう。騒いでいた男は捕らえられそうか」
レウィシアはユーフォルを見た。
「難しいかと。それより戻られたほうが」
民衆を見ると、陛下と再び近づいてこようとしている。悪意ではなく好意的。それでも手を伸ばし、押し寄せてくる姿は怖いものがある。発言者はこの隙に逃げているのか。
兵は押し寄せてくる民衆をなんとか抑えている。
「これは先ほどと同じですね」
先ほどはワイバーンが現れたことにより。今は。
「先ほどのように一喝します?」
レウィシアは難しい顔をしながらも、
「静まれ!」
一喝。ぴたりと動きは止まり静かに。これが王の威厳か。セレーネではこうは。
「危機は去った。あの竜は俺を陥れようと送られたのだろう。言葉に惑わされるな。そして、この危機を救ってくれたのは」
レウィシアはセレーネの肩を抱き寄せる。
「妻だ」
「へ?」
間抜けな顔でレウィシアを見上げた。
「いえいえ、原因を壊したのはシア、陛下でしょう。あれがはずれない限り、ワイバーンは苦しんだままでしたよ。だから救ったのは」
「だが、あれの正体と対処をしたのはセレーネだ。セレーネがいなければ町はどうなっていたか」
それは否定できない。竜を神聖視しているのなら、攻撃できないだろうし、しても届かない可能性が。誰だかわからない者の言葉を信じ、天の遣いと。
民衆からは歓声と拍手があがる。落ち着きを取り戻したのか、押し寄せてはいない。
「中断していた演説、続けられては」
落ち着いている今なら、とセレーネはレウィシアを見た。落ち着いてはいるが民衆はまだレウィシアに注目している。熱気も冷めていない。
レウィシアはユーフォル達を見て、再び話し始めた。セレーネは周りに注意しながらレウィシアの声を聞いていた。
「いよ! 見事な演説だったな」
執務室に戻ると、焦げ茶髪の男、セドナがノックもせず、やかましく入って来る。部屋をきょろきょろ。目的はセレーネか。
「部屋に戻って休憩と夜の準備だ。何度も言うが、夜まで待て」
「待て、待てってオレは犬か」
わざとらしい溜息。
「言っておくが興味津々なのはオレだけじゃない。この国の貴族、他国の王族もあれを見ていた。どうにかして話そうと考えている」
レウィシアは顔をしかめた。セドナは許可もしていないのにソファーに音を立てて座る。
「お前、精霊は信じているか」
真面目な落ち着いた声。先ほど目の前で見たばかり。そして以前にも。だが、なんとも言えず。
「国によっては信じている。精霊の力っていうのは絶大だ。それこそ一国を簡単に滅ぼせる」
はは、と軽く笑っている。
祖先が竜といわれているが作り話だろうと。不思議な力を持つ者は確かに現れているが。
「中でも風のシルフ、水のウンディーネ、土のノーム、炎のサラマンダー、これら四体は精霊の頂点。聞き覚えは」
「……そういえば先ほどの騒ぎの際、どこからともなく現れた少女をシルフと呼んでいた」
竜、ワイバーンより厄介だと。セドナは口笛を吹く。
「お前、世界征服するつもりか」
「はぁ?」
なぜそんな話に。飛躍しすぎてわけがわからない。
「精霊との意思疎通は難しい。大物になればなるほど言葉が通じないからな。何か話していただろう。言葉、わかったか」
ワイバーンにはレウィシアにもわかる言葉で話してた。だが、あの宙に浮いていた少女との会話は。
「精霊と契約して使役することもできるそうだ。これは聞いた話だが。まず、意思疎通ができないと話にならない」
「つまり、セレーネはその資格があると」
「もしくはもう契約して使役しているか、だ。見たことは」
レウィシアは首を左右に振る。精霊の話は聞いた覚えがある。しかし、そんな話は。
「ますます興味深いな。ヴィリロの王女、だったか。ヴィリロでは精霊を信じているのか」
セドナを睨んだ。
「あれを見た奴らは皆そう考えているさ。精霊か魔獣かはさておき、竜は王妃様に敵意なくすり寄っていた。彼女がいれば、と」
「ヴィリロでも精霊はおとぎ話の存在だと話していた」
「ふうん、嘘か本当か」
なんのために嘘をつく必要がある。
今、セレーネは休憩中。ワイバーンの件は疲れていないが、人々の注目の的となり気疲れしたと話していた。レウィシアの私室にまで押しかけてくる者はいないだろうが。念のため扉の外には兵を置き、レウィシアは執務室に。レウィシアがここにいれば一緒にいると考えてセドナのように訪れてくると。
「信じているのか、精霊を」
「見たのは今日が初めて。しかもあんな間近で」
民衆にまざっていたようだ。
「ばーさんは信じてた。両親はどうか。話は聞かされてたからな。精霊は敬え、傷つけるなって」
セドナは頭の後ろで両手を組み、天井を見上げている。
「隣の国、なんだけどな。草木一本生えず、虫一匹棲んでいない場所がある。もう何十年になるかな。普通はなんらかの毒で生えない、棲まないと考えるんだが、一部の者は精霊を怒らせたからだと」
「精霊を怒らせた?」
「ああ、怒らせたから草木一本生えないんだと」
レウィシアも精霊はおとぎ話の存在だと。魔獣のほうが身近だった。
なんとか会いに行こうとするセドナを止めている間も扉は叩かれ、セレーネ目当ての貴族が訪ねてくる。セドナは考えることは皆同じだな、と笑っていた。
城に戻ってきたセレーネはワイバーンにはめられ、レウィシアが壊した鉄の輪とにらめっこ。いや分析していた。言うことを聞かせるための魔法が込められているのだろうが。
む~、と睨んでいるだけで時間は過ぎ、ノラがパーティーの準備のため訪れ、何もわからぬまま中断となった。
迎えに来たレウィシアに「誰かこなかったか」と聞かれ、思い当たらなかった、鉄の輪に集中していて来ても気づかなかった。ノラが来た時でさえ、肩を強く揺すられるまで気づかなかったくらいだ。なので「いいえ」と首を左右に振った。
場所は玉座の間。王妃としての本日最後の仕事。辿り着くと、テーブルの上には料理。立食形式。隅には椅子が置かれている。楽団も控えて。ダンスのための空間も。
レウィシアと腕を組み、進む。部屋にいる者すべての視線が集まる。まだ民衆の視線が良いほうだ。様々な視線が突き刺さり、痛い。
レウィシアは玉座まで行き、部屋を見回し、開始の言葉を述べる。部屋にいる者は拍手で答えた。
思っていた通りの光景。セレーネが見ているのは女性に囲まれているレウィシア。皆セレーネより着飾り笑顔。レウィシアも笑顔で対応している。セレーネは目立ちたくないので派手に飾っていない。容姿が華やかなら飾るのだが、セレーネの容姿で派手に飾れば滑稽もいいところ。
目立たないためか、セレーネの傍には誰もいない。というか存在感をなるたけ消して隅のテーブルに。
レウィシアの開始の言葉が終わると押し寄せてきた令嬢達。セレーネはレウィシアから素早く離れ、避難。そのため離れた場所から見ていた。
隅の目立たないテーブルからテーブルへと移り、飲食していると、
「セレーネ様」
思わず口元に、しぃと人差し指を当てて、声の方を向いた。いたのはいつもの姿と違い、化粧をし、ドレス姿のフィオナ。
「ガウラ様は」
「陛下の護衛です」
あの輪の中に。ガウラ目当ての令嬢もいるだろう。
アルーラは「おれだけ相手がいない」とぼやいていたが、声をかけずとも令嬢に囲まれている姿は想像できる。
「陛下の傍にいなくてよろしいのですか」
「あれの中、ですか」
フィオナも見て、困り顔に。
「怖がられて近づいてこられないより、いいんじゃないですか」
「丸くなったと言われていますから、近寄りやすくなったのでしょう」
「嬉しそうな顔をしていますね」
「どこがです」
呆れているフィオナ。
「フィオナこそいいんですか。ガウラ様の傍にいなくて」
フィオナは小さく笑い、
「かまいません。私もセレーネ様と似たようなものですから」
セレーネは首を傾げた。
「私の父はアルーラ様のお父様の弟です。結婚したのは一般人の母。当然反対され、駆け落ち同然だったのです」
フィオナはどこか遠い目。
「幸せでしたよ。両親や弟に囲まれて。しかし父は人が良すぎたのです。騙され、生活は苦しく。贅沢はしていませんでした、貴族としてではなく一般人として働いていましたから。それでも父は家に助けを求めず、働いていました。母も働いていたのですが無理をして。そんな時、アルーラ様のお父様が訪ねて来られて、私を陛下の花嫁候補にと」
その代わり援助した。言わずとも察せられる。
「妃になるつもりはありませんでしたが、少しでも両親の助けになれば、と両親の反対を押し切りました。城かアルーラ様の邸で働けば私でも少しは稼げます」
フィオナは小さく笑っている。
「アルーラ様の邸で行儀作法を教わっている時にガウラ様に会いました。アルーラ様には兄がおられ、ガウラ様はお一人。従兄弟はおられるようですが、男ばかり」
レウィシアと年の近い女性はフィオナだけ。
「陛下にお会いしましたが、子供ながらに迫力といいますか、威厳といいますか、圧され、顔も上げられず、ガウラ様に張り付いて。一言も話せませんでした。陛下の花嫁候補としては失格。そうしたら次はガウラ様との話が持ち上がり、今に至るわけです」
似ている、のか? だがフィオナはセレーネと同じ、妬きも心配もしていない。信頼しているのか、好きにしろというのか。
「失礼します。セレーネ殿。お久しぶりです」
見ると、フェガ・ペトラの姿。深々と頭を下げている。
「お久しぶりです」
セレーネも頭を下げた。フィオナは控えるようにセレーネの背後に。
「あれからどうです」
「落ち着いております。雨が降れば止まないのでは、という不安も民の中にはありますが」
「それは仕方ありませんね」
染み付いてしまった恐怖。
「しかし、今度は止んでおりますので」
フェガは笑顔。
「あなたを派遣してくれたことを陛下に直接お礼が言いたくて。もちろんセレーネ殿にも」
「お礼なら何度も聞きましたよ」
「それでもですよ。気づいたのはセレーネ殿だけ。セレーネ殿が来ず、今もあの状態が続いていれば。考えるだけでもゾっとします」
小さく肩を震わせている。
「陛下もあなたのような優秀な護衛が傍におられるのなら安心ですね。町では騒ぎもあったとか。あなたも手伝われたのでしょう」
フェガはセレーネが王妃だと気づいていないようだ。レウィシアから離れているし、派手に着飾ってもいない。そう思われても。
セレーネは小さく笑い返す。
「ご結婚されていなければ、息子を薦めたのですが」
フェガの視線は左手薬指に。フィオナは「な」と小さく声を上げている。
「もっと素晴らしい方が見つかりますよ。もしくはいるのかも」
「そうであればいいのですが。そういえば陛下もご結婚されたのでしたね。さて、陛下と話せるのは」
フェガはレウィシアの方を見ている。女性が囲み、話そうにも話せない状態。女性の輪の外にはフェガ同様、声をかけたい幅広い年代の男性が。
「ユーフォル様かダイアンサス様に声をかけられては」
近くにいるはず。
「そうしてみます」
フェガは苦笑。セレーネにもう一度深々と頭を下げ、去って行った。
「こんな所にいてよろしいんですか」
続いて声をかけてきたのは黒髪、榛色の瞳をした少年。背後には年配の臣下が一人従っている。
「そういうあなたはどうなんです、バディド。あれに突入して挨拶に行きますか」
少年、バディドは無言で難しい顔。
「姉上のこと、逃げられてラッキー、と思っているのでしょう。ヴィリロでも早々に退却して臣下を困らせていましたからね」
「こういう陰謀渦巻く場は苦手です。特に陛下の周りはすごいですからね。傍にいたら何をされるか」
こっそりドレスを汚される、破られる。フォークで刺されたりして。
「弟さん、ですか」
フィオナが控え目に尋ねてくる。
「従弟です。バディド、こちらは私の面倒を見てくれているフィオナ。ガウラ様は覚えていますか? 婚約者です」
「覚えています。とはいえ怖い印象でしたが。初めましてバディドと申します。姉上がお世話になっているようで。大変でしょう」
「いえ、こちらこそ」
フィオナは恐縮している。
「姉上と呼んでいますが、王妃様とお呼びしたほうがいいでしょうか」
「急に呼び方を変えるのは難しいでしょう。それに明日になればあの中の誰かが王妃になっていても不思議はありません」
「姉上」「セレーネ様」
それぞれ叱責の声。レウィシアの傍にいる着飾った女性達の姿は誰が王妃といってもおかしくはない。
「陛下は三年誰も娶らないと宣言したばかりですよ」
「いつでも撤回はできますよ。権力のある王族、貴族なら。それに聞いていなかった、知らなかったとも言えますし」
どちらも言い訳はいくらでも。
「あなたも大変でしょうが頑張りなさい。おじい様は私ではなくあなたを選んだ。自信を持ちなさい」
ヴィリロ国内ではセレーネを推す声も未だ出ているとか。いずれ戻ってくると思っている者も少なくないようだ。戻りたい気持ちはあるが、それは里帰りのようなもの。だが今日、この場でレウィシアが誰かを見初めれば。
バディドの両肩に手を置く。背はセレーネより低いがすぐ伸びる。肩幅も。
「おい、あれ」「なぜここに」
不穏な空気に人々の視線を追う。そこにいたのは。真っ赤なドレスに身を包んだ女。手にある拳大の水晶玉がはまった杖には覚えがある。背後には黒と白のローブの者を従え、悠々と進む。進むごとに注目を浴びる。女性は臆せず進んでいた。
手を離さないつもりでいた。それなのに気づけば手は離れ、囲まれている。
「聞きましたよ、陛下。竜を相手に戦われたとか」
「一刀両断にされたと」
「さすが陛下」
いつもなら怯えて近寄りもしないのに。昨年もその前も来るのは貴族の男か臣下だけ。この手の平返しはなんなのか。引きつった笑みを浮かべながらも、
「いえ、すべては妻のおかげです」
「まぁ、謙遜なさって」
「本当のことですよ」
寄ってくる令嬢を狭い場所でかわしながらセレーネの姿を探す。探しているのはレウィシアだけではない。セドナもフィユカスも探している。二人だけでなく他の貴族も。目を離している間にどこかへ、連れ去られることになれば。
代わる代わる話しかけてくる。身動きがとれず、動くのは首だけ。叫んで呼びたいがそんなことをすれば。耐えながら、答え、探していた。
令嬢達の輪が自然に崩れる。レウィシアの前に現れたのは、
「今晩は。レウィシア陛下」
真っ赤なドレス。唇も毒々しいほどに赤く、歪んだ笑みを浮かべている。
「招待した覚えはないが」
「ええ、入らせてもらいました。なにせここは」
「俺の城だ」
気づいた兵、アルーラ、ガウラはレウィシアの傍へ。令嬢達はわざとらしく叫び、レウィシアの背後へ。
「そう言うでしょうね。それならもう不要だと考え」
「ワイバーンをこちらに送った」
女、オリヴィニはにぃ、とさらに歪んだ笑み。
「話通り、斬ったか? だったらこの地は終わりだ。ワイバーンの毒によりこの地は終わる」
「正気に戻して帰した」
背後からは「さすが陛下ですわ」と持ち上げる声。
「ワイバーンは失敗。それならこいつはどうだ」
オリヴィニが杖の先でカツンと床を打つと、炎が上がり、そこから大型のトカゲが出てくる。
「思う存分暴れてください」
オリヴィニは猫なで声でトカゲに話しかけている。トカゲはきょろきょろと周りを見て。
「サラマンダー!」
響く声、よく知った声、探していた姿。人を押しのけ、出てきたのは、セレーネ。
現れたものを見て、ぎょっとし、人を押しのけ、それの傍へ。
『何をしている、サラマンダー!』
床のトカゲ、炎の精霊の頂点、サラマンダーを見た。
『おー、セレーネか。お前こそなぜここにいる。燃やしてやろうか』
『やるな! それより何をしている』
腕を組み、目に力を込めて見下ろす。一度戦ったが完敗。ウンディーネと彼の助けがなければ。
『なぁ~んか頼まれたから』
『頼まれたぁ?』
頼んだからといって簡単に動きはしない。暇潰しなのかもしれない。サラマンダーの棲み処は人も動物も寄り付かない場所。頼んだのは。床から女へと視線を移した。女は歪んだ笑みを浮かべている。
「これはこれは王妃様。ご機嫌麗しゅう」
優雅な一礼。周りはざわめく。
「王妃様にしてはお召し物が不相応ではなくて。それともそれだけこの国は金に困っている。人質に出す金はない、というところかしら」
『騙されてんのよ。代償もらった?』
『後払い。でかい魔力くれてやる、と言っていたが』
『……私の魔力食わせる気じゃ』
『お前の魔力食ってもなぁ』
『なんだと』
座り込み、サラマンダーの頭をぐりぐり。次いで抱え上げ。
「ワイバーンの次はサラマンダーですか。よくまぁ。何人犠牲にしたのか」
立ち上がり女と対峙。
「丁寧に頼んだのさ。力をお貸しくださいってね」
「報酬は後払い、ですか。それとも逃げるつもりですか。サラマンダーからは逃げられませんよって、逃げる先を陛下に味方している場所にすれば一石二鳥、ですか」
追いかけ、サラマンダーはその町や村を焼く。
「さすが、だね」
女と睨み合っているとレウィシアが間に入って来る。いつの間に動いたのか。離れた場所では「陛下、危ないです。こちらへ」と、きゃーきゃー騒いでいる。本気で怖がっていない。どこか面白がっている。サラマンダーが現れた時点で危険なのに。
「何をしているんです。下がっていてください」
さらにレウィシアの前に出て、背でレウィシアを押して下がらそうとする。
「護衛も大変だねぇ」
「何を言っている。セレーネは」
「そう言っておけば注目される、狙われる。ヴィリロの姫は大事な人質だ。誰かに傷つけられでもして、こちら側につかれれば」
女はくすくす笑っている。
「どこかに閉じ込め、その女を護衛、代わりとして置いているんだろう。誰に傷つけられてもいい女を」
「勝手なことを言うな。彼女は俺の大事な人、妻だ」
レウィシアは怒りも
「ワイバーンもレウィシア陛下が倒した、追い払ったように話しているけど、あんたがやったんだろ。それくらいわかる。いくらで雇われた。倍だそう。こっちにつかない」
前に出ようとするレウィシアをなんとか背で押し止めていた。
「お断りします」
はっきり。
「そう。なら陛下を護ってみせることだね!」
杖を掲げた。
セレーネはレウィシアを力一杯、魔法も込めて突き飛ばす。
掲げた水晶が輝く。水晶だけでなく、セレーネ、女の足下も。レウィシアの所には届いていない。視界は真っ白。
次には、周囲は真っ暗。いや何も見えないほどではない。空気が違う。外か。状況を見ようと左右上下。上を見ると木々の間から星が見える。下は土と草。
「お嬢ちゃん一人でどこまで耐えられるだろうね」
女の声。複数の人の気配。
「全員倒しますよ。外なら手加減はしなくていいので」
女には見えていないだろうがセレーネも笑った。
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