第10話

「すっきりした顔していますけど、夫婦喧嘩は解決ですか」

「喧嘩はしていない」

 執務室に現れたアルーラは一目見るなり。

「はいはい。陛下の嫉妬ですね。それなのに追いかけなかった。とっとと追いかけりゃよかったのに」

 アルーラの言う通り。いや、話している時にどういうことだと、セレーネの口から話を聞いていれば。その男より俺がずっと想っている。愛していると伝えれば。言葉にして伝えたのは初めてだったと、今さら気づく。

 追いかけなかったのは怖かったから。もし男と会っていて、レウィシアの知らない顔をしていたら。それを見るのが怖かった。

「顔を見ればわかりますけど、話はできたみたいですね。昨日はいつかのように部屋から出てきませんでしたけど」

「そう、だな」

 話したというか。詳しく教える気はない。必要もない。納得していない部分はあるが。聞こうと思えばいつでも聞ける。

「それはよかった。いつまでもあんな顔されては。それで、王妃様は」

 どんな顔をしていたのか。

「寝ている。疲れていたんだろう」

「あ~、精霊、ですか。にわかには信じられませんが」

 フェガとセレーネの報告、どちらにも精霊が起こしていたと。

「陛下は大丈夫ですか」

「何が」

「休まなくても」

「昨日休んだ。それに今日は休むわけにもいかないだろう。勝手に決められては」

「それもそうですね」

 各地の貴族が集まっているので会議という名の不満を言い合う場。時間を作った。いや作らされた。出たくはないが出なければ好き勝手言われ、勝手に決める。意見の違いで貴族達が揉めることもよくある。

「帰ってきたんですよ。昼食は無理でも夕食にでも愚痴るなり甘えるなりすればいいでしょう。それにガウラの言うことも聞かないといけませんしね」

 アルーラはにやにやしながらレウィシアを見ていた。


 議題は真面目なものからレウィシアにとってはどうでもいいものまで。昼食を挟み、ああしろ、こうしろ、ああだ、こうだと貴族、臣下達は言い合っていた。レウィシアに話がふられることも。

「陛下、王妃様ですが」

 ランタナの背後、臣下のようについていた貴族。ランタナは嫌な顔をしていた。ランタナだけでない。彼女の父親も。今も苦々しい顔をしている。

「セレーネなら部屋にいる。フェガ・ペトラの領地へ行って、見事問題を解決、戻ってきたばかり。フェガの治める地のことは知っているだろう」

 特に近隣は。

「フェガから手紙が届いている。今は領地の立て直しで手を貸せないが、いずれ。叔父上にはつかない。自分と子の首にかけて、と。嘘だと思うのなら確かめるか。ああ、偽物ではない」

 フェガの手紙を持ち見せる。離れてわかりにくいが確かめたいのなら取りに来る。

「とはいえ、お前達の心配は尤も。だから五年。五年で後継ができなければ考えよう」

 フェガの件で騒がしかった場はさらに騒がしく。

「五年も待てない、すぐ迎えろ、というのなら、勝手にしろ。俺は認めないが」

「認めないのに勝手にしろと」

「そうだ。ああ、警護費用はそちらですべて持て」

「警護費用? なぜです」

「今がどういう状況か忘れていないか」

 叔父と戦中。叔父に味方している何人かが知らん顔をしてこの場にいる。味方していなくとも忘れているのだ。自分には関係ないと。口だけで危うくなれば真っ先に逃げる。

「周りに王妃だと言い触らし、囮になるのならそれもかまわない。何かあった時、悲しむふりでもすれば少しは叔父の溜飲も下がるだろう」

「それなら王妃様の警護をやめられては。あの方は人質、どうなろうと」

 馬鹿にした言い方にむっとし、口を開こうとしたが、

「ヴィリロが攻めてくれば兵を出してくれるのですね」

 発言したのはヴィリロに最も近い地を治めている貴族。

「人質と言われますが、王妃様に何かあり、ヴィリロ国王が陛下の叔父上殿と手を結ばないと、グラナティスに攻めてこないと言えるのですか。先ほども言いましたが、攻めてくれば貴方が兵を率いて戦ってくれるのですね。兵ももちろん貴方の兵で」

「それは」

 途端勢いが弱くなる。ちらりとレウィシアを。

「陛下が兵を出してくれると。それは無理でしょう。叔父上殿も考えなしではない。攻めてくるなら同時。その場合、兵を出してくれるのですね」

 強い口調で念を押すように、何度も。

 出しはしない。それはレウィシアも発言者もわかっている。戦に一度も出たことがない。だが、ここで、皆の前で言質をとっておけば。

 男は助けを求めるように別の男、ランタナを正妃にと推した貴族、マラグを見た。

「何か勘違いしておりませんか。私は国内から娶られてはと、申し上げただけで、今の王妃様を追い出したい、傷つけたいのではありません。あの方にはこちらに、生きていてもらわなければなりませんから」

「な!」

 驚いた声。同じ気持ちの者もいるのだろうが黙っている。飛び火、巻き込まれたくないから。セレーネの味方をする者は顔をしかめている。

「三年。陛下も五年も戦を続ける気はないのでしょう。それなら三年、でどうです」

 長引けば長引くほど民は苦しむ。五年も続ける気はない。終わるのならすぐにでも終わらせたい。

「いいだろう。三年で後継ができなければ娶ろう。だがセレーネを傷つけようとは考えるな。もし誰かの画策で傷つけたのなら、この話はなし。王の血筋を絶やしたのはその者だ」

 声と目に力をこめ、見回した。

「わかりました」

 マラグは重々しく頷く。

「若い者は怖いもの知らずでうらやましい」

 老齢の男が呟く。

「どういうことだ」

 睨んだのはマラグに助けを求めるように見ていた男。老齢の男はにやりと笑い。

「先々代、陛下のおじい様がヴィリロを手に入れようと、戦力を計ろうと、模擬戦を申し込んだことがありました」

 覚えている者は「ああ」と頷いている。男と同じ老齢な者。レウィシアは初耳。ユーフォルを見ると首を左右に振っている。知らないようだ。

「ヴィリロに戦を仕掛けるな、と父からは聞いていましたが」

 ダイアンサスは興味深そう。

「陛下は戦力を見せつけようとヴィリロの倍の兵で挑みました。ヴィリロもグラナティスも国内での小競り合いはあれ、大きな戦はありませんでしたから」

 当然グラナティスが勝つと。

「負けましたな」

 はっはっは、と笑っている。

「陛下と王妃様の結婚式の際にシャガル様、ヴィリロ国王にもお会いしましたが、お元気な様子。それに王妃様は代々将軍を務められた家の血を引いているのでしょう。そう簡単に傷つけられないのでは」

「父親はヴィリロに名を残す将軍になるのでは、と言われていましたよ」

 ヴィリロの隣接地を治めている貴族が口を開く。ヴィリロの情報には敏感だ。

「ヴィリロの王族も三人。大事な孫を失えば、いくら温厚なシャガル様でも」

 もしセレーネに何かあればヴィリロ王族は国王とバディドのみ。しかし国王は高齢。

「陛下の叔父上殿とヴィリロ国王が手を結ぶのなら、近隣の国にも声をかけるでしょう。叔父上殿も只でつけとは言わないはず」

 レウィシアの治める地の一部をヴィリロにくれてやる、と言うだろう。

「もし、ヴィリロ国王と陛下の叔父上殿が手を結び、この戦に勝っても、いずれこの地のすべてを治めるのはヴィリロの王になるかもしれませんなぁ」

「言っていることがわかっているのか!」

「ええ、この老いぼれでもわかりますよ。陛下の叔父上殿にこの広大な土地を治める能力はない。それはわかりきっているでしょう。それなら頼るのは」

 長い顎ひげを撫で、不敵な笑み。

 もし、レウィシアが負けても叔父の政に不満のある者はヴィリロを頼る。そして戦か別の方法で。

「そうなったら誰かが言うでしょう。あの者達は王妃様、あなたの孫娘を、王が代わっていれば従姉殿を悪く言っていた、傷つけた、と」

 そうなれば、その者達は。

「わしですらわかっていたこと。まさか若い者にわからないはずないでしょう」

 言い方は悪いがセレーネの価値がわかっている者は傷つけようとはしない。むしろすりよっておけば。

「今までも、先の戦でも兵を派遣しなかった。戦力など」

 たかが知れていると馬鹿にした笑み。

「わからない、図れませんな。出てこないのですから」

 馬鹿にした笑みを返している。

「先の戦ではこちらも要請しなかった」

 レウィシアが口を挟む。

「陛下、先ほども言いましたが、三年。私は三年、何も言いません。もちろん害そうなどとも。しかし三年経てば」

「いいだろう。ここにいる皆が証人だ」

 レウィシアは頷く。

「三年の余裕ができたな。娘達に伝えておけ、俺に嫁ぎたくなければその間に相手を決めろと」

 不敵な笑みで見渡した。これでランタナも余裕ができる。レウィシアに嫁ぎたくないのなら、その間条件の良い相手を決める。親が黙っていてもどこからか聞こえて。

「仲睦まじいと伺っております。三年後には何人生まれているでしょうね。お二人の子供ならさぞかし立派な武人になりそうですな」

 笑う者もいれば顔をしかめる者も。

 話は終わり、とばかりに次の話に移った。



 寝不足で顔色が悪かったのではないのか。夕食時、レウィシアの顔色はどう見てもいい。髪にも艶が戻り。セレーネより睡眠時間が少ないのに。

 起きた、起きれたのは昼過ぎ。軽く食事をし、温室へ。育てているマンドレイクを見に走った。出る前に魔力を多く注いで出たが。鉢植えを見ると枯れずに。水と魔力を注ぐ。その後、物置の荷物をレウィシアの私室に戻していれば夕食の時間に。

 荷物を戻している、整理しているとアルーラが来て、

「セレーネ様がいない間、陛下の機嫌が悪くて大変でしたよ。いつもはしないミスまで」

「ちゃんと行く、戻ると言いましたよ。ユーフォル様も聞いていました。まぁ、ランタナ様には悪いことをしたと、反省しています」

 とはいえ、そういう話は何度でも出てくる。

「以前言いましたよね。おれ達では踏み込めない部分はセレーネ様の役目と。おれ達は陛下に強く言われればそれ以上意見できないところがあります。ですがセレーネ様はそれができる」

「気が強いと」

「そうではありません」

 アルーラは笑う。

「家族、だからですよ。今や陛下のたった一人の家族」

「増やそうと思えばいくらでも増やせそうですけど」

「子供が産まれれば」

「そういう意味で言ったんじゃないですけど」

 妻を何人も迎えれば。アルーラもわかっていて。

「陛下の顔色が優れないのはわかっていましたが、大丈夫の一点張り。セレーネ様と違い、落とすのも難しいですからね」

「本気で抵抗されたら私でも難しいですよ。何人かで組めば、落とせるのでは」

「歯向かっている、反乱と思われます。しかも無傷は」

 小さく肩をすくめている。

「それが、セレーネ様が戻ってきて、叱られて、話されて、すっきりした顔」

 叱っただろうか。そう話していないような。

「何があったかはわかりませんが、あまり陛下を落ち込ませないでください。仕事に支障がでます」

 何度目の苦笑か。

「荷物は戻したか」

 レウィシアの声にはっとする。

「魔法書以外は」

 レウィシアは小さく眉を動かす。

「今回も買ってきてしまったので。整理というか仕分けようと。ここの魔法使いに渡してもいいんですけど、私の書き込みもあって」

「また増やしたのか」

 呆れた声。

「シアだって兵法、戦術書の新しい本を見つけたら買うでしょう」

 国外へは出られないが外から来る商人が持ってきて、それを何冊も買っている姿は何度も見た。レウィシアは「うっ」と小さく呻いている。

「一度読めば大体頭に入るんですけど、そのために長々とその場で立ち読みするのは」

 当たりはずれもある。はずれを買えばさっと読んで燃やして終わり。貴重なものは手元に。

 他愛ない話をしながら食事。セレーネが見る限りしっかり食べている。控えているユーフォルもほっとした顔。

 食事が終われば一緒に部屋へ。

「明日からは仕事手伝いますよ」

「無理はしなくても」

「私はしなくてもシアがするでしょう」

 背伸びし、軽く右頬をつねる。レウィシアは苦笑。

「お土産に茶葉も買ってきたので、休憩時に飲みましょう」

 頬から手を離そうとすると、その手をとられた。手の甲に口付けられ、再び右頬に持っていく。

「何をしているんです」

「夢じゃないんだな、と」

「もう一度、今度は強くつねりましょうか」

 セレーネは呆れ口調。レウィシアは柔らかく微笑んでいる。

 握られていない手で左頬に触れると嬉しそうに目を細める。犬、いや猫か。撫でればゴロゴロと喉を鳴らしそう。

 セレーネの額にレウィシアが額をすりよせてくる。好きにさせているといつまでも終わらない。

「今日は大人しく寝てください」

 風呂に入り、あとは寝るだけ。寝るよう促すと、今までの柔らかな笑みではなく、何か企んでいるような笑み。嫌な予感に離れようとするが遅く、だめだこれは、と諦めた。


 昼食をとり、まず温室へ。管理人や庭師と話して執務室へ。温室の管理人や庭師から花を分けてもらい。

 執務室の扉を叩き、中からの返事を待って「失礼します」と入る。

「お揃いで」

 いたのはレウィシアとユーフォルだけでなく、ダイアンサス親子、アルーラ。

「少し早いですけど、揃っているのならお茶にしましょうか。茶葉を色々買ってきたので何種類か出して飲み比べしても」

 執務室を出て、それほど距離の開いていないフィオナに声をかけた。フィオナは頷いて厨房へ。執務室に戻ると。

「話していたのは、フィオナ、か」

「知っているんですか」

 扉は開けっぱなしになっていた。声が聞こえていたのだろう。ガウラを見た。ガウラは父親とアルーラを交互に見ている。

「フィオナはガウラの婚約者だ」

 レウィシアは執務机から手招き。扉近くにいたセレーネは近づいていく。

 婚約者。婚約者が働いているのか。

「おれの父親とダイアンサス様、ユーフォル様は陛下の父親と仲が良くて、娘ができたら陛下かどこかの家に嫁がせる、婿に、とよく話していたんですよ。見ての通り、男ばかりですが」

 アルーラは軽く笑っている。

「ユーフォル様には娘がいるんですが、五歳とおれ達とは年が離れすぎていますからね。陛下の面倒ばかり見ているから結婚も遅くなり、今も陛下、陛下と陛下第一。そのため娘さんは父親を陛下に取られたと、陛下を嫌いに」

「俺のことはかまわないから家に戻れと言っている」

 レウィシアのいる執務机までいかず、応接テーブルの花瓶に分けてもらった花を活け、そのままソファーに座る。レウィシアは立ち上がり、セレーネが座っているソファーへ。

「フィオナはおれの従妹なんですよ」

「いとこ」

 さらなる事実に驚く。

「陛下に嫁ぐ、という話もあったんですが、本人が陛下を怖がって。ガウラも似たようなものなのに」

 整っている容姿、目じりが吊り上っているので眼光鋭く見える。体格はレウィシアより細いが弱々しくは見えない。

「怖いか?」

「う~ん、フィオナは小柄ですから。シアは体格もいいし、背も。不機嫌な顔をしていれば怖く見えるかもしれませんね」

 いつの間にか手を握られている。

「そうそう、そうなんですよ。とはいえ初対面は陛下が十三歳くらいでフィオナが九歳くらいなんですけどね」

 アルーラは笑っている。その頃から怖がられているのか。それとも別に何かあったのか。

「それで、なぜフィオナがここに」

 ガウラは不機嫌な声と顔。知らなかったのは本人だけのようで、他の者は驚いていない。

「花嫁修業だよ」

「ああ、行儀作法にはうるさ、いえ、厳しいですからね」

 じっとガウラを見た。なぜか握られた手に力が入る。ガウラは「なんだ」と見返してきた。

「ガウラ様が女性だったら、シアに嫁いでそうですね」

「でしょうね」

 ダイアンサスは同意。レウィシアとガウラは揃って嫌そうな顔。

「おれが女だった場合もどちらかに嫁いでいるんでしょうかね」

 軽い口調のアルーラ。

「アルーラ様の場合、結婚するまで自由、とあちこちの男性に声をかけてそうですね」

「酷くないですか」

 アルーラはわざとらしく大きく肩を落とす。

「ヴィリロに来た時も令嬢に声をかけて、ヴィリロの内情探っていたでしょう」

 他愛ない世間話から探っていた。

「う、さすがセレーネ様」

「シアが女だったら、グラナティス国内すべての貴族が言い寄っていそうですね」

 金髪、蒼い瞳の美女。容姿だけでなく王族という地位まで。

「陛下が女性なら、ヴィリロへ嫁いでいるか、ヴィリロから婿を迎えているのでは。セレーネ様も女性とは限らないでしょう」

「ヴィリロと限らず、どこかの大国、という可能性も」

 アルーラを見た。

「先代陛下が許しませんよ。かわいい一人娘。よほど信頼している者に」

「それなら相手は限られるのでは」

 年が近く、親同士が仲が良い、となれば、アルーラかガウラ。

「俺が女だったらというが、セレーネが男だったら」

 男だったら。

「父の跡を継いで、将軍職目指して体と頭を鍛えていたでしょう」

 扉が叩かれ、ノラとフィオナが入ってくる。お茶の香りがふわりと漂ってきた。

「お茶は三種類用意しました」

 ノラが三つのポッドを指し、どれにどれが入っているか説明。フィオナは菓子ののった皿をテーブルに。

「来ていたのか」

 ガウラはそんなフィオナを見ている。

「ええ。いつまでも陛下を避けてはいられませんから。少しずつ慣れていこうと」

「健気だろ」

 アルーラはガウラを見てにやにや。

「ご結婚されてから雰囲気が変わったとも聞きましたので」

 変わった? とセレーネはレウィシアを見上げた。レウィシアは穏やかな表情で見返してくる。グラナティスに来たばかりよりは……変わった?

 ガウラとフィオナは二人で話し、アルーラ達はお茶を飲んでいる。セレーネも渋いのから少量ずつ飲んでいく。

「先ほどの話ではないが、セレーネの両親はどのような方だったんだ」

 どのような?

「嫌なら無理に話さなくても。祖父の代にヴィリロに模擬戦だが、挑んだと聞いたから」

「初耳です。おじい様からは聞いた覚えがないので」

 驚いていたのはレウィシアだけでなく、ユーフォル、ダイアンサスも。アルーラは、へぇ~と軽く、ガウラはフィオナとの話を打ち切った。

「勝っても負けても話す人ではないので」

 勝っても慢心はせず、負ければ次へと生かす。次があれば。

「私の両親ですか。父はなんでもこなす器用な人でしたね。策に指揮に剣。剣だけではありませんけど。料理もできていましたし。手の込んだものでなく、簡単なものですけど」

 懐かしい味。同じもので作っても同じ味にならない。父も将軍職に就くのは決まっていた。自由な時間は少なかったようだが、国外へ出ていたようで、よくセレーネに話してくれた。

「母は……不器用、とでも言うんでしょうか。まぁ王族ですから料理などは自分でしなくてもよかったんですけど、やれば砂糖と塩を間違えたり、焦げたり。縫い物なんかも針で指を刺すので布が」

「……」

「お、お父上に似たんですね、セレーネ様は」

 なぜか引きつった笑顔のアルーラ。

「う~ん、どうでしょう。容姿は母親ですね」

「シャガル様と瞳の色が違うが」

 レウィシアはじっとセレーネの瞳を見る。

「ああ、母も母、祖母の色を受け継いでいるので。叔父二人は祖父ですね。バディドも。祖母には魔力があったようですし。ただ祖母はどこから嫁いできたか全く」

 他国の王族か平民か。祖父は話してくれず、不明。セレーネに祖母の記憶はない。母や祖父から聞くだけ。

「父との馴れ初めはすごかったらしいですけど」

「へぇ~、どうすごかったんです」

 アルーラは興味津々。

「母は一番上、下は弟二人。兄か姉、妹がほしかったみたいで。祖父母が叔父二人にかかりきりの幼い頃は父が遊び相手になっていたそうです」

「幼なじみですか。おれ達みたいですね」

「そうですね。幼なじみならよかったんでしょうが。母が五歳の頃、父にプロポーズしたみたいで」

「早くないですか。しかもお母上から」

「父は十歳。子供の言うことだと本気でとっていなかったんですけど、父に見合い話がくるようになると、呼び出したり、用事を作って見合いを潰したとか。母に見合いの話がくるようになると、父の所へ行き、結婚できる年になったから、結婚しようと迫ったとか」

「……」

「父も行動力のある人でしたが、母もある意味行動力がある人でしたね。最終的には父と結婚しましたから」

 見合い相手に父がいるとはっきり言い、私と結婚したいのならその根性見せてください、と対決させられた、と父は笑いながら話していた。

「誰かも十分行動力はあると思うが」

 レウィシアはセレーネをじっと見ている。

「悪いところが引き継がれたと」

「そうは言っていない」

 半眼でレウィシアを見た。

「まぁ、私は王位を継ぐ気はなかった、これっぽっちも考えていませんでした。しっかり者の叔父がいて、バディドがいましたから。父の言葉を真に受け、体を鍛えていました」

「父親に何か言われていたのか」

「ヴィリロ初の女将軍になるか、と言われ、大きく頷きました」

「……」

「弟は本を読むのが好きで体を動かすのは苦手でしたからね。両親は学者になるのかと、呑気なものでした。父には弟もいたので、将軍職を継ぐ者には困りません」

 現在、叔父が将軍職に就き、このままいけば息子に。

 ヴィリロは大国グラナティスの隣。将軍、王がしっかりしていないと。代々将軍職に就いていたわけではない。実力がなければ別の者、家が就く。

 そういえばなぜヴィリロからグラナティス、グラナティスからヴィリロへ嫁がなかったのか。仲が悪い、こともなかったのに。

「セレーネ?」

「ああ、すいません。ちょっと考えが明後日まで飛んでしまった」

 考えても仕方ない。両国の思惑もそれぞれ。

「シアの両親は?」

 セレーネの両親ほどではないだろう。

「父は覚えているが、母は、全く。肖像画でこんな人だったのか、くらいで」

「仲の良いご夫婦でしたよ」

 思い出しているのかダイアンサスは目を閉じている。

「レウィシア様が生まれる前から男だったら、女だったらと二人して大騒ぎしていました」

 ダイアンサスの言葉に、そうそうとユーフォルも頷いている。

「父は、強く、大きく、優しくて、厳しい人、だったな」

 レウィシアも懐かしそうに。

「他に聞きたいことは」

 レウィシアは小さく首を傾げている。手は握られたまま。空いている手でカップを持ち、お茶を飲んで喉を潤す。

「言いたいことを聞けていないので。この際、話してくれれば。答えられるものは答えますよ。さすがに隣国の情勢まではわかりませんが」

 小さく肩をすくめた。レウィシアは小さく短く呻いている。

「はっきり言っておきますが、あの女の話しは半分以上からかいなので本気にとらないでください。もし国に戻っても隣国の王子は待っていないでしょう。今頃別の相手を探されているのでは。あと、私にも感情はあります」

「生き残った罪悪感、と言っていたが」

「罪悪感はありますよ。一生忘れません。私でなく叔母が生きてくれていれば」

 ぎゅっと強く手を握られた。

 あの日集まっていたのは叔母から家族が一人増える、という嬉しい報告を皆にするため。皆笑い合っていた、おめでとうと喜び合っていた。それが。

 母は弟を護り、叔父は叔母とバディドを、父は皆を護ろうと。セレーネは茫然と見ているしかなかった。祖父でさえ叔母を護ろうとしていたのに。

「シアは誰かが犠牲になって生き残っても、何も感じず、忘れて生きていけると」

 そんなことはない。わかってはいる。

「そう、だな」

 沈んだ声。部屋の空気も重いものに。

「あの男、とは」

 気を取り直したのか次へ。いつまでもする話ではない。

「魔法の師、みたいなものですよ。彼の知識量はすごいですからね。剣の腕も。シアだって自分より強い者と戦い、負ければその者から学ぼうとするでしょう。それと同じです。それともシアは負けたままでいいと」

 意地悪な笑みを向ける。レウィシアは難しい顔。アルーラ、ガウラは呆れている。

「私も負けっぱなしは嫌ですからね。盗めるものは盗んで、自分の力にしたいです」

 後悔しないように。

「それに彼には奥さんがいますよ。私より美人の。人間嫌いなのに」

「人間嫌い?」

「ええ、とっても。人と動物、虫が同時に困っていたら、迷わず動物、虫を助けますよ」

「そんな人によく教えてもらえましたね」

「一度、父に助けられたみたいで。ヴィリロに来た時に知り合いに。それでも冷たい目で見られましたよ。再会したシアより酷かったですよ。美人だから迫力もありました」

 再び小さく短いレウィシアの呻き声。

「それに彼は重すぎます」

「重い?」

「奥さんに贈った結婚指輪は彼の手作りなんですけど」

「素敵じゃないですか」

「それだけ聞けば。指輪には魔法が込められていて、どちらかが裏切れば両者の指を絞めるようになっています。もちろん一度はめたらはずせない」

「……」

「奥さんもそれをわかっていて、そうなの~、と笑うので。お似合いの夫婦ですよ。私は絶っっ対ごめんですよ。そんなもの」

 彼女も彼女で彼に会うまでは大変だったらしい。話にしか聞いていないので彼女の苦しさはわからない。それでも彼女は人を信じている。彼とは正反対に。

「わからなくも、ないな」

 え、とレウィシアを見上げる。

「それで、他の者の所へ行かれないなら、取られないなら」

「なるほど。そう考えますか」

「それはそうと、なぜその男の息子を」

「両親は美人ですし、魔力も受け継いでいます。両方から教えられれば将来有望間違いなし。嫁ぐのが無理なら養子でも。私好みに育てられれば」

「なぜ力説」

 レウィシアは少し呆れ気味。

「そして、軽く言っているがヴィリロ王族の血は」

「バディドがいますけど、わかりませんね。バディドが誰か娶って子供ができなければ、私としてはここのように別の女性を薦めますが、本人が嫌だと言い、逃げ出したらすべて私にかかってきますから」

「そういえば、そんな話もしていたな」

「私としては有能な者が治めれば、と思います。もし、乱心した叔父が一人生き残っていたら、ヴィリロ国内は大変なことになっていましたよ。グラナティスのこの状況を利用して仕掛けていたか、条件の良い方についたか。最終的には漁夫の利を得ようと背後から、となっていてもおかしくありません。そんな者より血筋にこだわらず、まともな者が国を治めたほうが余程いいです」

「一理あるが」

 レウィシアは苦笑。

「すいません。もし、もしですけど、その、バディド様に子供ができなくて、セレーネ様が陛下の子を二、三人産めば」

「一人は確実この国でしょう。ですが一人はヴィリロに、となるでしょう。グラナティスの治める地になるようなものですね」

「あっさりと言いますけど、いいんですか」

「難しいですが血を絶やされるよりは、と臣下も渋々認めるのでは。条件は付けられるでしょうけど」

 結婚相手をヴィリロの有力貴族の娘とか息子とか。

「が、頑張ってください」

 アルーラの硬い笑み。

「何を、です。まだそうと決まったわけではないでしょう」

 祖父の体調が心配だ。もし祖父が倒れでもして、バディドが王に就いたとしても、未熟な王。この国に何を言われ、誰かを送られ、国をいいようにされても。

「陛下は三年以内に子ができなければ別の方を娶ると、昨日の会議で大きく発表されて」

 ユーフォルの言葉を理解するのに少し時間がかかった。

「何を勝手に言っているんです」

 レウィシアを睨んだ。

「俺に嫁ぎたくなければ、三年の間に相手を見つける。ランタナも余裕ができる。三年後、どこの令嬢が残っているか」

 レウィシアは渋めのお茶を涼しい顔をして飲んでいる。

「余裕ができるのはよかったですけど、陛下と結婚したくて三年くらい待つ方もいるんじゃないんですか」

 握られていた手は離れ、頬を軽くつねられた。

「セレーネ様は嫉妬とかしないんですか」

「……したら怖いことになりそうですね」

「どういうことです」

「シアに近づく女性皆に何かしそうです」

「してくれてもかまわないが」

「さらりと言わないでください」

 レウィシアを軽く叩く。

「ただでさえ怖がられているんですよ。その上、私が何かすれば使用人の女性も近づいてはこないかもしれないじゃないですか」

「セレーネが代わりをしてくれれば」

「どつきますよ」

 言いながらもレウィシアの横腹を拳でぐりぐり。

「その、贈ったネックレスだが」

「はい。あれがどうかしました」

「どうしたって、あれには魔法が込められているんだろ。しかも良くない。それを知らずに贈った」

 はぁ、と大きく息を吐き、項垂れているレウィシア。

「魔法使いが見れば一目瞭然ですよ。陛下から贈られたと魔法使いが知れば、不仲、別れたがっている、別の女性がいる、と思うでしょうね」

 セレーネは笑って言うがレウィシアは笑うな、とばかりに再び頬をつねってくる。

「ここの魔法使いに教材として、解けたらあげますよ、と言ってもよかったんですけど、さすがにそれは。高そうですから、気が引けて。たぶん、ですけど、込められた魔法なら解けますよ。難しければ難しいほど燃えますね」

 セレーネは両手をぐっと握る。

「なるほど、負けず嫌いか」

 ガウラは小さく笑っている。

「以前、結婚祝いにと贈られてきた物の中にもそういうものあったでしょう。シアとアルーラ様達が処分してしまいましたが。あれらも苦手ですが、私がさらに強力に込め直して、送り返そうと」

「笑顔で言うな」

「さすがセレーネ様。なるほど、嫉妬すれば恐ろしいことになりそうですね」

 アルーラは引きつった笑顔。

 セレーネは甘いお茶をカップに入れ、一口。

「それなら、あれは」

「暇潰しになりますので、ありがたくいただきます。それにあれだけ強力な魔法を込められる宝石もそうそうないので」

「そうそうない?」

「はい。なんでもかんでも魔法を込められるわけではありません。強力な魔法を込めるのなら、それ相応の宝石、鉱石になるんです。ちょうどいいので、シア、石を選んでください」

 ポケットから石を入れた袋を取り出し、中身をテーブルに。

「以前、簡易としてお渡ししましたけど、強力なものを作ろうと思いまして。石を取り寄せたんですよ」

 暇な時に。

「今回は少し工夫してみようと思って、金属も取り寄せました。イヤリング、指輪は石が大きすぎるので、ブローチか腕輪にしようと」

 暇な時に。

「凝った細工は無理なので簡単な形で、てシア?」

 なぜか頭を抱えているレウィシア。

「え~と、気に入らないですか」

 石は色とりどり、形も様々。

「そうじゃない」

 ならなぜ?

「俺も喜ばせたくて贈ったのに。それが、あんなもので、それなのに、セレーネは」

「金額なら気にしなくていいですよ。安く済みましたから。石はどれも確かですし」

 なにせ土の精霊の頂点、ノームが持ってきたもの。宝石商が見たらどれも高値で買い取ってくれる。

「え~と、セレーネ様、もしおれ達にも作ってくださいと言えば」

「二、三人なら作りますけど、兵全員は無理ですよ。私の魔力と石がありません」

 レウィシアの味方の兵だけでもどれだけいるか。

「まあ、シアのは、特別強力にするので石が限られてきます」

 護られるべき王が進んで前線へ出ているのだ。強力にしなければ。

「特別、ですか」

 アルーラはにやにや。他の者もレウィシアを見ていた。

「金属が余れば指輪でも作って送りつけようかと」

「誰に」

「は?」

「誰に送りつける」

 レウィシアの不機嫌そうな低い声。

「万能薬をくれた女ですよ。万能薬だけでなく、色々な薬を押し付けていきましたからね。ほとんど実験的な惚れ薬でしょうけど。そのお礼として小さな不幸が訪れるよう魔法を込めて送りつけてやろうかと。小さな不幸でも薬の調合間違えたら家が爆発しますけどね」

「やめろ」

 止められた。

「以前聞いた話だと、とんでもない女なんだろ。セレーネでなく城に厄介な薬でもばらまかれでもしたら」

「あ~、その可能性を忘れていました」

 おそらく、軽い混乱程度のものだとは思うが。

「不幸にするというようなものは苦手なので、実験にはちょうどいいと思ったんですけど、ばれれば倍にして返されそうなのでやめます」

「そうしてくれ。ところで、なぜ惚れ薬を。誰かに使うのか」

「私は使いませんよ。水で薄めて捨てました」

「もったいない」とアルーラが小さく。

「あの女は一生ものの惚れ薬を作りたいみたいで。大抵が期限付きなので。一生ものだと高く売れると。まともな薬でも高く売れるのに。どこか方向性がずれているんですよね」

 小さく息を吐く。

「よく効能のわからないものを人に押し付けてきますし」

 わかっているものもあるのだろう。面白がって押し付けてきている。

「変わった友人をお持ちなんですね」

「知り合いです。友人じゃありません」

 アルーラを見た。

「それで、石はどの石にします。できたら以前のものと取り替えて」

「以前のも持っていたいんだが」

「こちらが強力になりますけど」

「あれも俺のために作ってくれたのだろ」

 俺のため、を強調されたような。

「それは、そうですけど」

 無理に返せとは言えない。

「む~、それなら少し遅れて発動するようにしましょうか。この石ならできるはずです。それで、どの石にします」

 レウィシアはテーブルの上の石を一つ一つ手に取り、じっと見ている。

「宝石といえば、宝石商のご令嬢が三日と空けずに陛下に会いに来ていますよ」

「いいカモと見られているのだろう。父が一度買っただけなのに勝手に王室御用達だと」

 レウィシアは宝石を見ながらアルーラに答える。セレーネはその横顔を見て、

「気づいていないんですか」

「何が。この宝石にも何かあるのか」

 石からセレーネを見る。

「いえ、それには何も。もしかして天然のたらしですか」

「アルーラのことか」

「アルーラ様は計算された、たらしですよ」

「陛下もセレーネ様も酷くないですか」

「本当のことだろう」

 ガウラも同意。

「鈍い、とか」

「セレーネ様が言いますか」

 レウィシアは薄紫の石を手にして、セレーネに渡してくる。魔法を込めるのは簡単だが、金属をつけて装飾にするのなら、少し時間がかかる。今のところ戦の気配はないが、いつ、何が起こるか。

「ところで、なぜお揃いで。何かあったんですか」

 セレーネの話ばかりで邪魔したのでは。

「なにも。陛下がガウラと賭けをして、ガウラが勝ったので、その話ですよ」

「賭け、ですか」

 珍しい、とレウィシアを見た。レウィシアはセレーネを見ない。どんな賭けをしたのやら。

「仕事、手伝いますよ」

「あ、ああ、そうだったな」

 話しながらお茶やお菓子は食べ、皿やカップは空に。

「では、我々も戻りますか」

 ダイアンサス、ユーフォルが皿やカップを台車へ。アルーラ、ガウラも皿やカップを台車へ置き、部屋を出て行く。セレーネもテーブルに広げた宝石を集め、手伝えるよう片付けた。


 戻っていく日常。レウィシアの仕事を手伝い、暇を見つけて、金属の加工。ブローチにすることに決め、形をどうしようと、図書室を覗き、魔法書でない本を取り、見ていた。職人にやってもらえば早く綺麗に仕上がるが。そう呟くと、不恰好でもいいから作ってくれたものがいいとレウィシアに言われ。火を使うので人気のない場所で、魔法の火を使い作っていた。加減が難しい。なんとか形になり、後は磨くだけ。

 あの赤い宝石のネックレスは込められた魔法を解けばレウィシアが怖い笑顔で没収していった。その時に、

「セレーネは何色が好きなんだ」

「好きな色、ですか」

 真っ赤はあまり好きではない。レウィシアの質問の意図がわからない。

 う~ん、と腕を組んで考えていると「そんなに難しく考えなくても」と笑われた。

「淡い色、ですか。シアの瞳の色も好きですよ。もちろん自分の瞳の色も」

「どちらが天然だ」

 なぜか呆れた息を吐かれた。

 あの会話は未だ不明だ。

 五日もすれば建国祭。城中大忙し。セレーネも着るものや髪型、装飾などをノラやフィオナと話し合っており、レウィシアの仕事の手伝いは短時間。いや、レウィシアを休憩させに行っているようなもの。放っておくとあれもこれもと休憩、食事もとらず。お茶をして手伝い。一旦部屋に戻るか、そのまま一緒に夕食。建国祭が終われば少しは落ち着く、とは話していた。

「城下町を歩けていない、約束を守れていないな」

 レウィシアは申し訳なさそうに。

「今が無理なのは私にもわかりますよ。町はいつもと違うものが置いてあり、にぎやかですけど、その分人が多いので、シアが出たら」

 陛下だと人が寄ってくる。

「なぜ知っている」

「へ?」

「いつもと違うものが置いてある、にぎやかだと言っていただろう。なぜ知っている」

 まさか黙って出ていたとは言えず。

「い、以前、フェガ様の件で出た時にちらっと見たので。あの時より今はさらににぎわっているだろうなぁ、と」

 レウィシアはじっと見てくる。ここで目を逸らせば嘘だとばれる? セレーネも見返した。

 あの時はなんとか納得してもらえた。

「セレーネ様」

 廊下を歩いているとアルーラが寄ってくる。

「面白いものが見れますよ」

「面白いもの?」

「ついてきてください」

 素直にアルーラについて行く。行った先は玉座。そこではレウィシアと若い女性が何か広げて話している。レウィシアは玉座におらず、用意されたのだろう、玉座前のテーブルを挟んで女性と会話。女性の胸には蒼い宝石のついたネックレス。蒼い宝石の周りにも小さな宝石が。

「あの女性が三日と空けず陛下に会いに来ている方ですよ。セレーネ様に贈ったネックレスもあの方に勧められたとか」

 没収されてからの行方は不明。

「あ~。というかシアはやっぱり天然。それとも鈍いんでしょうか」

「天然はわかりますが」

「あの女性がつけているネックレス、人を魅了する魔法が込められていますよ」

「は?」

 彼女の表情、声を聞く限り、怖がっていない。上手くいけば玉の輿。

 火傷痕はあるが容姿も声もいい。本人はそう思っていない。自虐の気があるような。気にせず本気で口説けば。

「そういえば貴族の何人かが彼女の言われるままに高額なものを買ったと。後で考えれば、なぜ買ったのかと首をひねっていたような」

「それもあのネックレスの効果ですね。買ったのは男でしょう。女性、同性には効かないかと」

 傍にいる間は魅了され、離れれば時間が経つにつれ冷静に。

「効いているようには見えないんですが」

 アルーラの視線はレウィシア。

「私にもそう見えます。なぜでしょう」

 セレーネがつけていたのは効いていたような。

「平気なふり、でしょうか。心の中では」

「そこはセレーネ様の魅力に敵わない、で」

 半眼でアルーラを見上げた。

「面白いものではありますが、そろそろ退散しましょうか。通りすがりの視線が」

 少し離れているが、通りすがる者がセレーネ達をちらちら見ていた。

「いいんですか、陛下は」

「困った様子はなさそうですから。それに、あれもこれもと無駄に買っていないでしょう。いれば目を覚ませ、と平手打ちを一発見舞います」

「さすがセレーネさま」

 アルーラと一緒にその場を去る。

「建国祭の警備で忙しいのでは」

「ええ、兵はばたばたしています。城の中はともかく、外へ出て演説もありますからね。陛下が姿を見せるのは建国祭か誕生日。誕生日は城のバルコニーからですが、建国祭は外へ出ますから、会場の準備に兵の配置」

 そう、建国祭当日は城下町へ出て民衆の前で陛下が演説。王妃であるセレーネも一緒に。それまでに石に魔法を込め、ブローチとして仕上げようと。

「セレーネ様は」

「私は演説せず傍にいるだけなので、特に忙しくはないんですけど。民衆の前に立つ、ということで、ノラとフィオナが服と装飾選びに力を入れて」

 セレーネはヴェールをつけて、と言ったがレウィシアに却下されたので二人は用意してくれず。

「王妃様目当てにいつもより人が集まるでしょうね」

「プレッシャーをかけないでください」

 小さく息を吐く。

「一昨年、昨年と陛下はにこりともせず、威圧感たっぷりで立っていましたからね。今年はセレーネ様と一緒。どういう反応するか見物です」

 楽しそうなアルーラ。対するセレーネは気が重い。

「ずいぶん暇そうだな」

 不機嫌そのものの低い声。見るとガウラ。

「暇じゃない。忙しい。少し話していただけ」

「そうか。おかしな噂をたてられて陛下に斬られるなよ」

「不吉なこと言うな!」

「本当のことだ。この間もフィユカス・コイズが王妃をお茶に誘おうとしていたところに陛下が現れて、睨みを利かせたとか」

「あ~、ありましたね。あの後大変でした」

「まさか、剣を抜いた、とか」

「そこまでしません。睨み合いはしていましたけど」

「……陛下と睨み合い」

 フィユカスは軽い男に見えるが芯はしっかりしているようだ。レウィシアの睨みに一歩も引かず。なぜセレーネにかまうのかは不明だが。その場はレウィシアについて、フィユカスには謝って去ったが。

「以前、私が作ったものをフィユカス様が食べたと話していたでしょう。なぜ自分には作ってくれないのかと、残念な顔を作り。その日は時間的に無理だったので、次の日、フィオナと一緒に作って。フィオナの分はガウラ様に」

「ああ、あれか。少々焦げた焼き菓子を押し付けられたな」

 アルーラは肘でガウラを小突いている。

「そもそも勝手にしろと言ったのはシアなのに」

「陛下がそう言ったんですか」

「ええ、結婚したばかりの頃に、あちこちからお茶に誘われて。シアにどうすればいいのか尋ねに行けば、勝手にしろと。シアの評判にもつながりますし、グラナティス国内の話も聞けると。乗り気ではなかったんですが誘いに乗って。今になって睨みを利かせるのは」

 なぜなのか。二人は息を吐き、

「自業自得」

「だな」

 頷き合っていた。

「城下町の様子は」

 アルーラはガウラに尋ねている。

「陛下より王妃の噂でもちきりだ。陛下を骨抜きにした美女だと噂が」

 ガウラの言葉に頭を抱える。

「どれだけの美女だと皆、興味津々」

「面白がっていますね」

 ガウラを軽く睨んだ。ガウラは小さな笑み。

「うう、体調が優れないと言って」

「陛下も行かないと言うかもしれませんよ」

 アルーラのからかうような口調。ガウラも頷いている。

「いつもの強気で腹をくくれ」

 うう、と小さく呻く。

「さて、おれ達は仕事に戻ります」

 アルーラ達と別れ、セレーネは執務室へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る