第8話

グラナティス国王は今日も不機嫌顔。その理由は。

「今日は何をしていた」

 一日の終わり、夕食も風呂も済ませ、セレーネはソファーでのんびりしていた。

「昨日も聞かれたような」

「ああ、昨日は本を読んでいたと言っていたな。その前も」

 存在を主張するようにソファに音をたてて座るレウィシア。

「本当に本を読んでいただけか」

「……庭師の手伝いもしましたよ」

「外へは」

「はい?」

「外へ出ていたんじゃないのか」

 不機嫌顔に納得。案内すると笑顔で約束したのに。戦から戻っても忙しく、一ヶ月経っても二ヶ月経っても約束は果たされず。一ヶ月でしびれを切らしたセレーネはレウィシアに黙って城下町に。おいしいと評判のケーキを買ってきて、レウィシアに出したのがいけなかった。疲れているだろうからと出したのだが、そこから城下町に勝手に出たのがばれ。

 ちなみに三ヶ月経った今もレウィシアは大忙し。セレーネも手伝ってはいる。休みがとれても城下町を出歩くような時間はなく。レウィシアは訓練場で剣を振っていた。それで少しは気分転換ができていたように見えた。

「約束を守れていないのは悪い。だが黙って勝手に出て行くな」

「つまり許可をとればいいと」

「そんなことは言っていない」

 城でじっとしているのも。かといって城中を駆けるわけにもいかず。

 宝物庫にも入らせてもらった。ユーフォルと魔法師長、二人の兵付き。セレーネのわかるものわからないもの、様々。調べた結果、なくなっているものがいくつか。レウィシアの叔父とあの女性が持っていったのだろうという結論に。

 宝物庫の鍵は変え、結界まで張って。セレーネなら結界は破れるが鍵までは。……できるか? 魔法で扉をぶっとばせば。音でばれる。

「セレーネ」

 呼ばれ、思考から現実へ。

「来月は建国祭で各地から城へ貴族達が集まる。他国の王族も」

 建国祭。さいというからにはまつりり。

「まさか城でパーティー」

「その通りだ。服や装飾品の新調を」

「しなくていいです。着ていないのがたくさんありますから」

 セレーネはヴィリロから送ってもらった動きやすい服を着ている。公の場では正装しているが。グラナティスで用意してもらったのはあまり着ていない。最近は淡い色のひらひらとした服がクローゼットに。

「王妃だろう」

「王妃だろうと何だろうと、あるものでいいです。もったいないです。無駄に使うくらいなら別に回してください。例えば教育とか仕事とか医療とか、使用人の給料とか」

 城下町でも教育がすべて行き届いてはいない。王のお膝下とはいえ、問題がないとはいえない。

「言いたい者には言わせておけばいいんです。私が断ったとはっきり言います。シアは悪くないと」

 悪いのは我が儘言った、通したセレーネだと。レウィシアは納得していない顔。

「しかし」

「いいんです」

 強くはっきり言う。一国の王妃なら、金のある貴族なら一度着たものは着ない、というのも。しかしセレーネはそんな贅沢はせず、同じ服を何度も着ていた。

「着飾った姿をあまり見た覚えが」

 それはそうだ。大きな式典はなく着飾る理由もない。

 馬鹿にしたいのならすればいい。レウィシアには悪いがセレーネは人の目や言葉は気にならない。ただ、レウィシアの評判だけは落としてはいけない。

 大きな手がセレーネの右頬を包む。近づいてくる顔。意図に気づき、目を閉じた。


 建国祭というものまで加わり、レウィシアはさらに忙しく、不機嫌に。

 その日が近づくにつれセレーネも巻き添えをくい、レウィシアほどではないが忙しく。書類仕事ならまだよかったが、セレーネが相手をしているのは、建国祭前に来た貴族達。まだ日はあるというのに遠方の貴族が城下町の高級宿や別邸に来て、城に、王に挨拶。近場の貴族も負けてなるかと。そして娘や息子の相手を探して城を訪れていた。城だけでなく、別邸でお茶会なども開いている。セレーネはその貴族の相手。毎日ではないが誘われれば顔を引きつらせながら付き合っていた。

 そんな中、毎日のように誘ってくる貴族の男も。しかも一人でいるところを狙ったように誘いに。レウィシアの耳にも入り「よく会っているそうだな」と不機嫌に言われ。なら断り方を教えてくれと聞き返した。来たばかりの頃もよく誘われた。その時レウィシアは何も言わなかったのに。セレーネとて好きで付き合っているのではない。断れるならすべて断りたいが、レウィシアの評判にもつながる。

 レウィシアと二人で話せるのも夜だけ。日中の書類仕事は臣下が傍に。最近は忙しいのかセレーネが先に寝て、起きてもいない。ちゃんと寝ているのか。

 そんなこんなで国王様は不機嫌顔が続いていた。


 本日は書類仕事もなく、貴族とお茶をする約束もない。自由。セレーネはこうした自由時間が多いがレウィシアは。

 気にしてもどうにもならない。手伝えることは手伝っている。何かあれば誰かが声をかけてくる。

 さて、どうしよう。レウィシアには悪いが外へ出るのも。と城内を歩いていた。

「おや、もしや王妃様ですか。そのような格好をされているので」

 すれ違った貴族と思われる男が声をかけてくる。仕方なく足を止め「こんにちは」と挨拶。

 男は一人ではない。同じ五十代ほどの男二人と一緒。彼らも貴族だろう。三人共身なりはよい。

 着飾った貴族が歩く中、セレーネは髪も結ばず化粧もせず、装飾の類も一切つけていない。服はいつもの動きやすい服。

「まったく陛下も何を考えて」

「私が我が儘を言っているだけです。陛下がお優しいのはご存知でしょう」

 作り笑顔で返す。

「ええ、十分存じています。そしてあなたの我が儘も。政まで口出ししているそうですね。人質の分際で」

 セレーネを気に入らない臣下にもよく言われるので気にならない。

「差し出がましくて申し訳ありません」

 頭を下げる。セレーネに味方してくれている者が見れば反論、睨み合いが激しく。セレーネ一人なら言いたいことを言い、満足して去って行く。そちらが時間もかからず平和的に終わる。

「いつまでその立場でいられるか」

 セレーネは小さく首を傾げた。

「おや、ご存じないのですか。陛下がある女性と仲が良ろしいのを」

 知らなかったので、そうですか、と頷くだけ。

「お相手は武門の出。昨日、今日と陛下と楽しく手合わせしていましたよ」

「はあ」

 気晴らしができている。レウィシアを恐れず接してくれているのならそれはいいのでは。

「陛下の優しさに甘え、我が儘を言い、他国の政にまで口出しをする。そんな方より国内の由緒正しい家柄の女性が陛下に相応しいのでは」

 あ~、そういうことかと納得。最近丸くなってきたからそれもあるのだろう。

「セレーネ」

 聞き覚えのある声。こんな所で。振り返るとレウィシアが足早に近づいてくる。三人の男を見て、小さく眉を動かした。

「何か言われたのか」

「いいえ」

「本当に」

「はい」

 きっぱり。黙っていた男二人は何を言われるかと不安顔だったが、セレーネが話さないのを見て、ほっとしている。

「それでは」

 これで解放される、と頭を下げてその場を去ろうとした。

「あんたが王妃様?」

 高い声。レウィシアの背後から黒髪の女性が出てくる。骨太で背は高い。着ている服はドレスというより男物っぽい。セレーネと同じ動きやすそうな服。黒曜石のような瞳。

「彼女はランタナ・クレオメ」

「初めまして」

 笑顔で右手を出してくる。

「初めまして、セレーネです」

 セレーネも手を出し、握る。

「剣を握るからごつごつしているだろ」

 言葉通り。

「細いけど、ちゃんと食べてる。しっかり食べて肉つけないと」

 つかない、というかじっとしていられない。本を読む時以外は。動き回っていつの間にか。

「ランタナ様が陛下とお似合いでは」

 それまで黙っていた男が口を開く。

「昨日、今日とお二人で楽しそうにしている姿を何人も見ています。こちらの方より楽しそうな姿を」

 レウィシアは顔をしかめ、女性、ランタナは呆れている。セレーネはそんな二人をじっと見た。

「言われてみれば、お似合いですね」

 レウィシアとランタナは頭半分しか違わない。ランタナの容姿は整っており、女性らしい服を着れば。

「どちらに似ても美人な子供が生まれそうですね」

「なっ」

「そうでしょう。ご自身の立場をよくわかっていらっしゃる」

「おいおい」とランタナはさらに呆れている。

「陛下、仕方なく娶ったとはいえ、この際、こちらは側室、ランタナ様を正妃として迎えられては」

「何を言っている」

 レウィシアは男を睨んだ。

「何を、とは。言葉通りです。他国の者、わかりもしない国内の、それも人質に政まで口出しさせて。それなら国内のよくわかっている方を迎えられたほうが余程。それに迎えられる際、陛下も苦りきった顔をしていたでしょう」

 披露宴かセレーネをどうするか話し合った時か。再会したばかりの頃は。

「誰が、人質だと」

 怒りのにじんだ低い声。黙って聞いていた二人はたじろぎ、発言者は平然。

「事実でしょう。ヴィリロを抑えておくだけの存在。とても陛下に釣り合うとは。それに妻を何人も持つのは王族、貴族としておかしくありません。その点、ランタナ様は陛下の初恋のお相手と伺っております」

 初恋とは初耳。そもそも恋愛には興味なく、誰が誰を好きだろうと。

「この方の言う通りですね。国によっては何人も妻を持つのはそれだけ養えると、権威を示すことになるそうですし」

 セレーネは男に同意。男は満足そうに頷いている。レウィシアは驚いたようにセレーネを見ていた。

「へぇ~、それじゃあ」

 ランタナはレウィシアの右腕に抱きついた。レウィシアはぎょっとし、ランタナはにやにや。セレーネはきょとん。

「お邪魔みたいですね。失礼します」

 セレーネは二人に一礼、一歩踏み出す。

「って、あんた、これ見てなんとも思わないの」

 これ? とセレーネは首を小さく傾げ、レウィシアの腕に抱きついているランタナを見た。

「仲が良いんですね」

 微笑ましい目で見る。

「……それだけ」

「はい」

 セレーネは大きく頷く。ランタナはレウィシアの腕から離れ、

「妬かないの」

「やく? 何か燃やすんですか」

 ランタナだけでなく、なぜかレウィシアも唖然。

 わけがわからない。何かおかしなことを言っただろうか。

「セレーネ様、おっしゃっていることわかっています」

 なぜか引きつった笑顔のアルーラ。

「はい。何かおかしなこと言いました?」

「では、お聞きしますが、陛下が別の妻を迎えられてもいいのですか」

「いいんじゃないですか」

「……おれの耳がおかしくなったんでしょうか。いいと」

「言いましたよ。それが何か」

 不都合でもあるのか。

「って、いいんですか。本っっ当にいいんですか」

 なぜか必死。

「何度も言わせないでください。いいんじゃないんですか。というか、なぜ私に言うんです。決めるのはシ、陛下でしょう。私が迎えろと言えば迎えるんですか。それこそ陰の支配者と思われるじゃないですか。貴族、臣下達がうちの娘もと来たら、アルーラ様巻き込みますからね」

 迎える、妻にするかどうかはレウィシアが決めること。そこにセレーネの意見など。

「勘弁してください」

 アルーラはがっくり肩を落とす。

「違います! そうじゃなくて」

 なんなのかと、セレーネは首を傾げる。

「王妃様は陛下をどう想われている。わたしが陛下に抱きついた時、どう思った」

 ランタナの静かな声。表情は真剣。

「……何も」

「何も?」

「はい、何も。あ、仲が良いとは思いました」

 笑顔で答える。

「ふ、は、はは」

 笑い出したのは男。

「これは、これは。思った以上にご自分の立場をおわかりのようだ。陛下、やはりこの方は人質。別の女性、ランタナ様を正妃に」

「っ、黙れ!」

 しんと静まるも、

「しかし、この方も陛下をなんとも想っておられない様子。ランタナ様には失礼ですが、ランタナ様以外の陛下を想われている方でも」

「黙れ」

 今度は睨みもきかせて。

「俺はセレーネ以外娶るつもりはない」

「しかし、それでは世継ぎが。ランタナ様も申していたでしょう。細い体と。子ができなければ国は終わりです。陛下の代で終わらすおつもりですか」

 男はどこまでも冷静。傍の二人は青い顔。

「結婚してまだ五ヶ月ほどでしょう。色々ありましたし」

 呆れ口調のアルーラ。刺されたり、戦に出たりと。

「わたしはそういう意味で言ったんじゃないよ」

 ランタナは口を尖らせている。

「その方の言うことも尤もだと」

「セレーネ様は黙っていてください」

 叱られた。

「王妃様は陛下が好きじゃないの。嫌いで傍にいる? 噂では」

「噂はあてになりませんよ。それに恋愛感情がないと結婚できないのですか。私の知る方で好きでなくとも結婚した方はいますけど。まぁ、好き同士が結ばれるのが一番なんでしょうけど」

 セレーネ、バディドの両親のように。家の事情、国の事情、人それぞれ。

「あなたの言う通りです」

 男が同意。

「事情、思惑は様々。そしてあなたは人質としてここにいる」

 冷たい目。ヴィリロでも見た覚えがある。ここに来てからも。

 レウィシアが口を開く。

「セレーネ様」

 響く男の声。セレーネはぴくりと反応。振り返ると、オレンジ髪、緑の瞳の男が笑顔で駆け寄ってくる。

「フィユカス様」

 毎日お茶に誘ってくる男。そのため名前も容姿も覚えた。

「フィユカスとお呼びください。どちらへ向かわれるので。お暇なら、失礼、陛下もいらしたのですね。セレーネ様しか目に入らず」

 セレーネより先に入れろ、とつっこみたい。

 フィユカスはレウィシアに向かって深々と頭を下げる。

「何かお話されていたのですか」

「陛下からランタナ様を紹介されていました。では、失礼します」

 この機を逃せば。長々とわからない話を続けられても。

「ああ、噂は聞いていますよ。妃に迎えられるとか」

 噂になっていたのか。ならなぜセレーネの耳に入ってこなかったのか。

「そんなことは一言も言っていない。くだらない噂を信じるのか」

 レウィシアの低い声。これは機嫌の悪い証拠。セレーネはゆっくり離れて行く。

 セレーネに遠慮しているのか。内密で話を進めていたから? 初恋とも言っていた。遠慮せず迎えればいいのに。妬みはしない。嫌がらせも。並んで立つ姿はセレーネより似合っている。

 レウィシアの私室にあるセレーネの荷物を整理して、いつでも出て行ける準備をしておくべきか。しかしどこに荷物を置くか。戦が終わるまではヴィリロに帰れないだろう。終われば、帰れる? 彼女が正妃になればセレーネは用なし。

「セレーネ様」

 フィユカスにそっと肩に手を置かれる。

 う、しまった。もっと早足で去るべきだった。

「大丈夫ですか」

「は?」

 フィユカスは気遣わしげな表情でのぞきこんでくる。近い。身を引きながら、

「え~と、大丈夫、ですけど」

 何が大丈夫なのだろう。体調は悪くない。顔色も悪くない、はず。

「そうですか」

 フィユカスは整った顔をくもらせていたが笑顔に変える。

「先日のお礼にとヴィリロから菓子を取り寄せました。ご一緒にどうです」

 ヴィリロから取り寄せた菓子にぴくりと反応。だが。

「あれは自分で食べようと作ったもの。お口に合うものでは」

 苦笑。ヴィリロの味が懐かしくなり、厨房を借りて作り、庭で一人で食べていたのだが、今のように突撃され、断れず。仕方なく分けた。

「いえ、おいしかったですよ。そのお礼です。とはいえ陛下から色々取り寄せてもらっているでしょうけど」

 何かを取り寄せてもらった覚えなどない。笑って流そうとした。

「まさか、何も取り寄せてもらっていないのですか」

 フィユカスの視線はセレーネの背後、おそらくレウィシア。

「へ、陛下もお忙しいので。それにいつも何もいらないと言っているので」

 早く去りたい。セレーネの評判が落ちるのはいいが、国王の評判が落ちるのは。しかもセレーネのせいで。

「人質として身をわきまえられているのでしょう。余計な口出しさえしなければ」

「失礼では」

 フィユカスが男を睨む。

「私は大丈夫です。何不自由ない暮らしをさせてもらっているだけで十分です。それでは」

 これ以上ここにいるのは色々な意味でまずい。頭を下げ、その場から全速力で逃げようとしたが、右手をがっちりとられ、

「つらいのなら相談にのります」

「は?」

 訳がわからない。フィユカスは眉を下げている。

「心ない貴族、ランタナ様と陛下のことでお心を痛められているのでしょう」

「いえ、全く」

 セレーネは首を左右に振る。

「強がらなくても大丈夫です。私がお話をお聞きします」

「いえ、強がっていません」

 何を勘違いしているのか。

「ヴィリロからのお菓子もあります。ヴィリロのお話でも聞かせてください。では、失礼します、陛下。セレーネ様は私にお任せください」

 フィユカスはレウィシアに一礼。右手を握られたまま、どこかへ。いつもお茶をしている庭だろう。この場から離れられるのなら、とセレーネは抵抗もせず歩いた。

 着いた先では懐かしい匂い。菓子だけでなく茶葉まで取り寄せていたようだ。そこまでされる意味がわからない。それでも懐かしい味を堪能していた。



 振り返らず去って行く。別の女性といて妬くかと思えば。いや妬いてほしくて。なのに、平然と迎えろと、まるでレウィシアのことなど。

 色々な話に考えがついていかず、呆然としている間にセレーネの姿は小さく。

「あの方もあの方で立場を利用して男遊びか。まったく、王妃に相応しいとは」

 今まで黙っていた貴族の男が嘲るように。

「ヴィリロでも遊んでいたのでは」

 もう一人も同意するように。ランタナを薦めていた男は黙っている。

「追いかけなくていいの」

 ランタナの心配そうな声。

 追いかけてどうするのか。あの男はセレーネの好みを知っている。だからヴィリロから。対してレウィシアは。

 セレーネは欲しい物を言わない。再会した時、城への道すがら、町で見つけた魔法書の代金を請求されたくらい。悪く言われても黙って、レウィシアに言いもしない。アルーラ、ガウラが見つければ言い返しているが、セレーネは苦笑しながら止めている。まるで自分が悪いと。

「陛下もランタナ様とお茶にされては。手合わせしていたのでしょう」

 男二人は賛同。早速用意しましょう、と。

「悪いが別の者としてくれ」

 誰も見ずに歩き出した。

 建国祭が近いため書類仕事と謁見ばかり。夕食すらセレーネと別の日も。夜も。部屋に戻れば先にセレーネが寝ている。起きる時間が合えば朝食は一緒だが。

 ランタナは武門の家。女でも剣を振っていた。跡継ぎは彼女だけ。レウィシアを怯えず接してくれる数少ない一人。その彼女が一昨日から訪れており、どれだけ腕を上げたか試そうと。昨日、今日と手合わせしていた。セレーネが毎日のように男とお茶をしていると知り、レウィシアは苛々と心配、もやもやの入り混じった気持ち。彼女との手合わせは楽しい。セレーネは剣の扱いは苦手で手合わせなど。彼女と一緒にいるのを見て、妬いてくれる、気にかけてくれる、レウィシアの気持ちをわかってくれると思えば。

 少しでも振り返ってくれれば、頼ってくれれば、止めた。それもなく。手を引かれレウィシアから離れていく。今まで頼られただろうか、何か欲しいと言われただろうか。セレーネはなんと言っていた。自分で作ったものと言っていなかったか。それをレウィシアでなくあの男に。

 セレーネも令嬢達と変わらずレウィシアより。考えが嫌な方向に。

 セレーネの言葉通り。恋愛感情なく結婚している者は多い。傍にいてくれるから。笑ってくれるから、手を差し出せば握ってくれるから。セレーネもレウィシアと同じ気持ちなのかと。なぜ忘れていたのか。結婚したのは。

 夢を見る。誰もいない玉座に一人。夢なのか現実なのかわからなくなる。今が幸福な夢で覚めれば玉座に一人。

「ある意味よかったのでは。呼んでいるのでしょう。セレーネ様が一緒では秘密の意味が」

 忘れていた。アルーラの言葉で思い出し、沈んでいた気持ちが浮上。



 フィユカスとの茶会をさっさと終わらせ、懐かしいヴィリロの味。しかも高級店の菓子と茶葉。ヴィリロの城でも数回しか食べられなかった。荷物整理のためレウィシアの私室へ。

 魔法書から手をつけ始めた。服はヴィリロから持ってきた、送ってくれたのは片付けるとして、こちらで用意してもらったものは。着ていないとはいえ、サイズはセレーネに合わせている。ランタナでは……確実胸と丈が合わない。勝手に持ち出すわけにも。装飾品も。ほとんどつけていない。こちらは使えるだろうがお下がりと思われては。送ってもらった装飾品は少ない。盗まれても困るので別に保管している。ここで用意されたものも盗まれては困るが。

 う~ん、と考えながら魔法書の整理。頭の中に入っているものは売って処分しても。……ほとんど覚えている。ここでは危険物は集めず、作らなかった。よく考えればここに来て五ヶ月ほど。集める暇もなく。

「何をされているのですか」

 背後から声。

「荷物整理を」

 振り返らず答えた。

 十日ほど前に見習いとして来た小柄な女性。栗色の髪、茶色の瞳。十八歳にしては幼く見える。

「それなら私がやります。どこへ移されるのですか」

「移すといえば移すんですけど、どこへ移しましょう」

 それも考えないと。

「移す場所を考えてから整理されては」

 呆れ口調で尤もなことを言われた。

「ノラ様からの伝言です。今日の夕食はいつもより遅いと」

「料理人に何かあったのですか」

 手を動かしながら、女性、フィオナを見た。もしくは食材。

「陛下がセレーネ様と食事をしたいので、と申していましたけど」

 最近は一人で食べることが多かった。それも特に不満にも寂しくも思わず。レウィシアが仕事のしすぎで倒れなければいいけれどと、しか。

「わかりました」

 頷いて夕食まで整理を続けた。


「着替えなくていいんですか」

 食事の用意されている部屋へ。

「ほこりは払いましたし、いつもと同じ姿ですよ。変に着飾れば何かあったと思われるでしょう」

 レウィシアも着飾っていない。仕事終わりのいつもの姿で食事をとっていた。

「ところで、大丈夫ですか」

「……たぶん」

 フィオナはレウィシアは苦手。そのためレウィシアと会う時はあまり一緒にいない。なぜかセレーネ付きに。セレーネとしては専用の使用人はいらないのだが。

 食事の用意されている部屋に着くと、そこにいたのはレウィシアと紹介された女性、ランタナ。背後には男が一人控えている。使用人には見えない。

「ずいぶんゆっくりしていらしたようですね。陛下もランタナ様もとっくに席につかれて。どれだけ経ったのやら」

 男はわざとらしく肩をすくめる。

「それにあなたの席も食事もありませんよ」

 馬鹿にした笑いを向けてくる。

 フィオナは「そんな」と小声。セレーネは、そういうことかと、ぴんときた。

「お邪魔して申し訳ありません。失礼します」

 頭を下げ、引き返そうとした。フィオナは男に反論しようとしていたが、肩を軽く叩き、止めた。苦手なレウィシアと同じ場所にいるより、別の場所にいれば。

「どこへ行く」

 低い、不機嫌そうなレウィシアの声。

「どこって」

 どこかで食事を。今から作ってもらうのは悪い。それなら使用人、兵達が使っている食堂。朝と昼は食べたが夜はないので少し楽しみ。

「誰かが時間を遅く言ったのだろう。ランタナが来た時点で料理は頼んでいる」

 レウィシアの指示ではないのか。セレーネよりランタナと一緒にいたい、食べたいから。だからセレーネが現れて不機嫌なのでは。

「陛下は王妃様がくるまで手もつけず待っていたんだよ」

 なぜ待っていたのか。辞退してこの場を去るべきか。どう考えても二人の邪魔。ランタナの背後にいる男はレウィシアに見えない顔の位置でセレーネを睨んでいる。とっとと失せろと視線にこめて。

 動かずにいるセレーネにしびれを切らしたのか、レウィシアは立ち上がり大股でセレーネの傍に。その迫力にセレーネは後ずさり。それはフィオナも。

 怒られる? レウィシアはセレーネの手を取り、引いていく。ユーフォルによりさっと用意された椅子に。

「これを」

 座らされ、背後のレウィシアの手には赤い宝石のついたネックレス。

「そ、れは」

 いかにも高価そう。赤い宝石の周りにも小さなダイヤモンドがいくつか。レウィシアはセレーネにかけようとしている。

「何も贈っていなかったからな。これを」

 う、遠慮したい。今すぐはずしたい。しかしそんなこと言えるはずもなく。あの剣はこれに反応しないのか。ちらりと下げた剣を見た。

「気に入ってくれるといいが」

「……ありがとうございます」

 服は別にしても似合っていないのはわかっている。それにこれは。どこまで耐えられるか。気が重い。レウィシアは機嫌が直ったのか、表情をゆるめ席へ戻って行く。

 ランタナも「よかったね。ドレス姿なら似合うよ。陛下に似合うドレスを買ってもらえば」と嬉しそうに。

 料理が運び込まれ、食事となった。


 ランタナとレウィシアは談笑しながら食事。対してセレーネは気が重い。いや実際重いのだ。これは早々に終わらせないと。料理の味もよくわからない。食べた気もしない。

「ごちそうさまです」

 とりあえず置かれている皿は空にした。

「お先に失礼します。ごゆっくり」

 椅子から立ち上がり、レウィシアとランタナに頭を下げ、早足で部屋を出た。レウィシアが呼んでいたようだが、それどころではない。早足から駆け足に。

 部屋から離れた場所でネックレスをはずし、ほっと息を吐いた。

「セレーネ様」

 ぱたぱたとフィオナが駆け寄ってくる。

「どうされたのです。気分でも悪、ければ走りませんよね。食事中も上の空でしたし」

「それは、ですね」

 言うか、黙っておくか。考えていると、

「ひっさしぶり~。元気に人質してるぅ~」

 明るい声。突然背後から抱きつかれる。とっさに肘鉄。

「って、あんた、なんてもん持ってんの。捨てなさい。早く」

 ネックレスを持っている手をぱしり。それでも落とさず持っていた。

 フィオナは「え? え? え? 」と困惑。

「この女なら知り合いなので大丈夫です。どこから入った、そして何をしに来た」

 女をぎろり。亜麻色の長い髪、水色の瞳。端麗な容姿。セレーネより背が高く胸もあり、手足もすらりと長い。年は五歳上。

「うわ、なにその変わりよう。心配してわざわざ見に来てあげたのに」

「面白がって、の間違いだろう」

 女は笑顔。

「結婚祝いも兼ねてよ。結婚っていっても形だけでしょ。ヴィリロを抑えておくための人質。ま、大人しくはしていないんだろうけど。どこかに閉じ込められていたら、王子様みたいに颯爽と現れて助けてあげようと」

「見ての通り、自由だ」

「うん、だろうね。だから心配はしてなかった」

 先ほどと言うことが違う。

「それで何をしに」

 セレーネは顔をしかめた。

「様子見に」

「ちょっかいを出しに、か。今度はどんな薬作った」

「信用ないわね」

「これっぽっちも信用していない」

「ふぅん、じゃ、これいらない?」

 女は小瓶を取り出し、セレーネの目の前へ。

「万能薬」

「それはもらう」

 小瓶を取ろうとするが避けられた。

「それより、それよ、それ」

 女はセレーネが持っているネックレスに。

「なにそれ、宝石になんか込められてるわよね。そんなもんよく持っていられるわね。とっとと捨てなさいよ。ろくなものが込められてないわよ」

「つけた者を嫌悪する。そんなもの、だと思う」

「えっ」とフィオナは声を上げた。

「でも、それは陛下から贈られたものですよね」

「へぇ、ふぅん。あんた、その陛下とやらに嫌われてんの」

 右肩に寄りかかってくる。

 ネックレスについている赤い宝石。これには何か良くない魔法が込められているのは見た時に気づいた。つけてから気は重い、肩は重い、話は入ってこない。二人で盛り上がっていたが。

「引き立て役にはちょうど。これつけていたら、人は寄ってこない。それはそれでいいけど」

 わらわら寄ってこられずにすむ。

「引き立て役?」

「本命がいる」

「ああ。それじゃ、あんたは用なしってこと。いつヴィリロに戻るの」

「戦が終わってから、かな」

 挙兵の疑いは晴れただろうが戦中。戦が終わるまではここにいなければならないだろう。

「で、戻って今度こそ結婚する、と」

「誰とです!」

 なぜかフィオナが食いついてくる。

「その前に、ないない。嫁がない。こっちで牽制のために盛大に結婚式やっているから。向こうにもそれは伝わっているだろうし」

 出戻ってきた女を迎えるなど。

「ヴィリロ国内の事情を知っている貴族に嫁ぐだけ」

「平然と言っていますけど、それでいいんですか」

「あっははは」

 女は大爆笑。あー、おかしいと笑い続けている。

 フィオナはむっと女を見る。

「この女はね、お嬢ちゃんが思っているような女じゃないわよ。相手は誰だっていいんだから。国のためになるならね。この女に恋愛感情なんてないのよ」

「恋愛感情がない?」

「冷血のように言うな」

「本当のことでしょ。隣国の王子も、ここでの形だけの旦那も。なんとも想っていない。あんたが大事なのは国。あんたの両親と弟、叔父と叔母が大好きだった、護ろうとした国。ね、お嬢ちゃんはこいつの形だけの旦那知っている?」

 お嬢ちゃんと言われたからか、フィオナはむっとしている。

「はい。知っています」

「どんな男。こんなもの贈るくらいだから余程嫌っているんでしょうね。あ、結界張った。ありがと。近くにあるとこっちまで気が重くなってくるわ。仕組みはわかっているから、嫌いはしないけど」

 女の言葉通り、ネックレスに結界を張り、遮断。

「嫌っては。大事にされています」

「大事にされていてそんなの贈るの」

 女は冷たい目でネックレスを見ている。

「わからず買ったかもしれない。こういうのは普通の人にはわかりにくいから」

 魔法使いなら気づくだろう。魔法使いでも気づかないものもあるが、それは腕が相当いい証拠。これはわかりやすい。国王から贈られたと言ったら、ここの魔法使いでも意図に気づく。

「その点、隣国の王子、前婚約者は話さなくてもわかってたわね」

 わかっていた? セレーネは小さく首を傾げた。

「結婚指輪から式につける装飾品、全部あんたに相談していたでしょ。ここではどう? そんなもの贈られて。それとも何か贈っておけばいい、物さえ与えておけば、てやつ」

「そのかたがセレーネ様に合っていると」

 なぜか少し怒り口調のフィオナ。

「貴女が僕をどう想っていても、僕は貴女を愛している」

「は?」

「なぜ知っている。盗み聞きしていたな」

「その王子様がこいつに言ったのよ。王子様はわかっていた。こいつが王子様をなんとも想っていないこと。国のために結婚すること。それでもそう言った。ここは?」

 女はフィオナを見る。フィオナはたじろいでいる。

「もう一つ、魔法使いはね、じゃらじゃら宝石、貴金属類をつけないの。無駄に贈られても迷惑なだけ」

「な、ぜ、つけないのです」

「宝石や金属に魔力が宿っているかもしれないからですよ。それとこの子はここに来てまだ十日ほど」

 フィオナの肩を優しく叩き、女を睨んだ。女は「あら~、そうなの。ごめん」と軽い。

「魔力?」

「魔力増幅ならいいのですが、そんな都合のいいものそうそうありません。大抵は魔力阻害、魔法を使う邪魔になり、力を出せない場合が多いんです。平時なら、魔法を使わない時ならいいでしょう。ですが」

 突然襲ってこられたら。実力を出さなければならない場面で出なければ。

「あ」と小さなフィオナの声。

「何も言わなくても王子様はわかっていた。調べて、勉強したんでしょうね。想われてるわね。ヴィリロに戻っても、迎えにくるかもよ」

 女はにやにや笑い。

「しつこい」

 セレーネは睨んだ。

「ていうか、あんたもあんたよ。どうせ黙って受け止めているんでしょ。だから勘違いされるのよ」

「勘違い?」

「ここにいて、形だけの旦那の力になろうとしているんでしょ。それが役目だと。何を言われようと平然として、捨てられても、はい、そうですか、とあっさり。感情がないから嫉妬もない。いいように扱われているだけじゃない」

「何度も言うが冷血のように言うな。私だって嬉しい時も怒ることもある。それとすべて自分で選んだ。それで捨てられても」

「そんなもんか、だけでしょ」

 それの何が悪いのか。自分の意思で力を貸した。強要されたのではない。

「考えればいい女、いや都合のいい女、かもね」

「はぁ?」

「わたしはあんたの実力知ってる。その力で形だけの旦那助けて、他に女作っても嫉妬も怒りもしない。必要ないと言われて、それじゃ、となんの未練もなく、振り返りもせず去るでしょ。これを都合のいい女と言わずしてなんて言うの。くぅ、わたしが男だったら」

 拳を作り悔しがっている。

「お前にひっかかるか」

 表面上は美人だが内面は。

「それなら聞くけど、あんた、誰か好きになったことある」

 なぜ急に。今までを思い返す。

「ないでしょ。あんたは国に、両親や弟に囚われてんのよ。生き残った罪悪感で恋愛感情なくなってんのよ。もしくは諦め。王族だから好きな人とは一緒になれない。……いや、あんたなら駆け落ち」

「好き勝手言うな。私だって」

「わたしだって」

 女はにやにやしながらセレーネを見ている。

「……十年若ければ」

「え、あれ本気だったの。年わかっている」

 思い浮かんだのは一人。しかも三歳とかなり年が離れている。

「というか、やっぱりあの男のこと」

「いや、あれは断る。彼は重すぎる」

「だからその息子狙うって」

「将来考えたらいい男間違いなし。父親はあんなのだけど母親は」

「あ~、ま、容姿はいいでしょうね。て、あんた容姿気にしないでしょ。誰彼いい男だって」

「言ってない!」

 好き勝手に。

「……彼の知識は欲しいかな」

「それならわたしも欲しいわ」

 揃って、はぁ、と息を吐く。ありとあらゆる魔法を知っている男。

「あの、セレーネ様は好きな方がおられるのですか」

 フィオナはおずおずと尋ねてくる。

「十七も離れているけどね。だから冗談とばかり。もしくは父親狙い。あの男に懐いていたでしょ」

「懐いていたというか、知識狙い。奥さんも知っているし。私好みに育てば、さらに」

「やめろ、変態」

「お前が言うな」

「わたしには年の近い恋人がいました」

「何人もね。しかも実験台。で、今回もふられたから付き合えと」

「失礼ね。今はいないわ。あんたが少し気になったから来てあげたのよ。あんた、国と結婚したら。それだけ国が大事なら」

 無理なことを。セレーネはこめかみを揉んだ。

「そんなに国が、ヴィリロが大事なのですか?」

 大事は大事だ。だがそれはセレーネでなくとも国を想っている、治めている者なら。

「あんたの祖父もわかっていたからあの王子様を選んだんでしょ」 

「わかっていた?」

「誰も好きにならない。だけど国は大事。それなら無難な相手を。ほっといたら結婚しないでしょうからね」

「そんなことは」

「大事な従弟くんに無理な結婚はさせたくない。もし、従弟くんが好きな女性と結婚しても子供ができなかったら、別を薦める? 従弟くんが嫌だとつっぱねたら、王位を捨てると言い出したら。そうならないためにあんたの祖父はあの王子様を選んだ。第三王子、国の跡継ぎもいる。従弟くんに子供ができなくてもあんたが一人でも子供を産めばヴィリロの跡継ぎはいる。でも、ここだと」

 もし子供が産まれてもグラナティスの王族。しかもここも王の血筋は。

「でも、用なしになれば戻るんでしょう」

 ばんばんと肩を叩いてくる。

「そう、だね」

 吐息をにじませ答えた。

 ランタナがいる。ランタナだけではない。これからも側室話は出てくる。部屋はどうなるのだろう。後宮はない。

「もしかしてグラナティス王族は一夫一婦なのですか」

 そういう国もある。しかしレウィシアと敵対している叔父の話を聞いた限り。フィオナに尋ねた。

「い、いいえ。でも前国王はお一人だったので」

「私は横やりを入れたようなものですか」

 ランタナは今日紹介されたばかり。以前からわかっていれば。もしくは尖りがとれてきたから接しやすくなり。

「愚痴なら聞くわよ」

「ない」

「はいはい。どうでもいい女、だからね~」

「聞いてほしいのはそっちだろう。聞いてやるから、場所移すよ」

 夜とはいえ人は通っている。広い廊下、邪魔にならない隅にいるが、ここで立ち話を続けるのも。

「今日はもういいですよ。食堂でこの女の愚痴を聞きます。徹夜でしょうから。全くいい迷惑」

「なんですって。わたしはあんたの愚痴を聞いてやろうと。不満の一つや二つあるでしょ」

「ない。いい暮らしさせてもらっている」

「屋根のある場所で寝られて食事もできるから、不満はないって」

「十分だろう」

 寒さ、風雨を凌げず凍えている、満足に食事もとれていない者もいる。それに比べればセレーネなど。

 そういえばアルーラが、

「こう見えて陛下は戦で親を失った子供を保護しています。が、すべてに目や手が届くわけではありません。特に叔父上側は」

 そんなことを言っていた。

「金のかからない女ね。相手にとっちゃいいかもしれないけど。どうせ、あれ欲しい、これ欲しいとねだってもいないんでしょう」

 呆れた口調。

「ねだる前に必要かよく考えなさいと祖父、両親に言われているからね」

 レウィシアの私室にはランタナがいるかもしれない。廊下でも寝られるがそれをやるわけには。

「私もご一緒します」

「でも明日も仕事が」

「セレーネ様も徹夜なら明日は昼か夕方まで寝られるのでは」

 ご尤も。明日も特にやることはない。これからはランタナがやってくれるだろう。

「場所、変えるよ」

「はいは~い」

 女は楽しそう。

「あの、こちらの方は」

「数少ない友人の一人、ヴェルテよ」

「ただの知人です」

 ただのを強調。

「ひどっ」

 食堂へ歩き出した。

「グラナティス王族の祖先が竜だというのは」

「知ってるわよ。信じているの。ただ権威を示すために言っているんじゃないの」

「なんとも。書物にはこういう力を持つ王がいた、とは残されていたから」

「それ本当? 大げさに書いているだけじゃない。それとも精霊と人の子供だと」

「それはない」

 きっぱり。

「でしょう。気になるなら何か薬でも盛る?」

「盛らない!」

 この女、ヴェルテでも知らない。いや、興味がないから。にぎやかに食堂へと向かった。



 日頃のこと、約束を守れていないことも兼ねて贈ったネックレス。持ってきた貴族で宝石商の娘が「うちで一番高価なもの。ぜひ王妃様に」とあまりにしつこく勧めるから買ったのだが。その後は「陛下にはこちらがお似合いです」と長々と商品の説明を受けた。気安い態度に疲れた。

 書類仕事を切り上げ、夕食に間に合うように向かえば、セレーネはおらず、なぜかランタナが間をおかずきた。おそらくランタナを妃にと薦める貴族の画策。食事も席も二人分しかない。ランタナを追い返すわけにもいかず、ユーフォルにもう一人分の食事と椅子の用意を頼んだ。

 セレーネが現れたのはレウィシアが部屋に来て三十分は過ぎていただろう。ランタナと共に来た貴族は、セレーネはどこかの男と食事しているのでは、無礼にも程がある。先に食べられては、と言いたい放題。セレーネが来るまで手をつけず待っていた。

 現れても謝るだけで何も言わない。傍にいるフィオナの反応をみれば気づく。誰かが遅い時間を伝えたのだと。。

 あっさり去ろうとするセレーネの手を引き、椅子へ。セレーネの好みではないかもしれないが、喜んでほしくて黙っていた、勧められたネックレスを首に。

 いつもはおいしそうに食べているのに今日は口数少なく食も進んでいない様子。話しかけても上の空で相槌を打つだけ。だんだん苛々と、ランタナとばかり話していた。

 食べ終わると早々に席を立つセレーネ。いつもならテーブルに並んでいる皿の料理をとるのに。今日はそれもなく。

「気分でも悪いのか」と尋ねても、足早に去っていった。

 セレーネがいる間、ランタナの背後に控えていた男は苦々しい顔。去ると晴れやかな顔になり「誰かと会う約束をしていたのでは」と嫌なことを。

「気になるなら追いかければ」

 ランタナは苦笑。

「すまない」

 レウィシアも席を立ち、追いかけた。


 見つけた小さな背。誰かと話している。貴族の令嬢か。男だけでなく女にもお茶に誘われていた。仲良くなったのなら。

 聞こえてきた会話に足が止まる。すぐに声をかければ。かけられず固まり、話を聞いていた。追いかけなければ聞かずに済んだ話。

 セレーネ達が去ってもその場に立ち尽くしていた。

「陛下」

 声をかけられ、はっとする。

「お部屋に戻られては」

「あ、ああ」

 いつまでもここにいては。

 どう戻ったか覚えていない。セレーネ達の会話が頭にこびりついている。あれは本当にセレーネだったのか。見間違いでは。

 引き立て役。魔法の込められたネックレス。ヴィリロに戻り、結婚。誰だってよかった。なんとも想っていない。捨てられても。役目。

 国のためならレウィシアでなくとも、誰でもよかった。以前も聞いた。誰でもよかったのかと。よかったのだ。レウィシアでなくとも。それなのに。

「はっ」

 乾いた笑いが出る。

 レウィシアの勘違い、思い込み、少し優しくされたから舞い上がって。

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