第7話 アルーラの独り言

笑わなくなってどのくらい経つだろう。いや、笑っているが、皮肉、冷笑、歪んだ笑み。自然な笑顔ではない。幼なじみである自分達にさえも。仕方がない、といえばそれまで。隙は見せられない。それはわかっている。あの肩には大国の未来が重く、重くのしかかっている。

 戦や心ない言葉で体だけでなく、心も傷ついている。彼女が見ればなんと言うだろう。今まで見てきた国内の令嬢のように怯え、嫌悪するのか。それとも変わらず接してくれるのか。自分にできることは傍にいて支えるだけ。何年もそうしてきた。臣下として、友人として。

 父親を失った日から大人の思惑に翻弄され。ヴィリロ行きもその一つだった。陛下に味方する貴族、臣下を無視して、強行にヴィリロへ。この時、城で陛下の味方は少数、遠ざけられていた。ガウラの父は読んでいたのか、ガウラを陛下の傍につけていた。それは自分も。父に言われずとも傍にいた。

 読み通り、すぐに行け、と追い出すように。ついて行ったのは自分とガウラ。いや、行けたのは、と言うべきか。不満、不安はあった。だがそこで出会った風変わりな姫。姫らしくない姫。陛下は好意を抱いていたが、自分は苦手だった。見透かすようにまっすぐ見る薄紫の瞳。それでも自然に笑っていたから、肩の力が抜けていたから、苦手だという意識を無視した。

 国に戻ってからは徐々に笑わなくなり、決まりかけていた結婚話はなくなり、国は二つに。彼女は嫁ぎ先も決まり、もう会うこともないだろうと。

 運命のいたずらか、再び会い、城へ。連れ帰れたが、今度は彼女をどうするかで話し合い。

 陛下に嫁いでもらう、どこかの貴族に、意見は半々に分かれていた。陛下は何も言わない。「自分が娶る」と言えばすぐ終わる話なのに。そのつもりで連れ帰ったのではなかったのか。話し合いの場に彼女が来るのはわかっていた。こちらは陛下が行くのは、と反対が多かったのに、無視して。しかも一人突っ走り、襲撃されている彼女を助けた。

「陛下がいいのでは」

 アルーラも貴族、臣下の一人。発言権はある。

「その貴族が裏切らないと。叔父上につかれれば、手土産と持っていかれれば。ヴィリロと挟み撃ち。少し考えればわかるでしょう。その点、陛下なら」

 裏切るもなにもない。

「それに王族同士」

 問題はない。これは賭け。彼女でだめなら、他の誰もいない。国内の令嬢は陛下を見ない。隣国はヴィリロ。叔父側はいくつかあるが、そこから迎えるには邪魔が入るし、叔父側があることないこと言い触らしている。嫁いでくる者はいない。

 三年ぶりに会った彼女は変わっていなかった。まっすぐ陛下を見て、睨んでもいた。今の陛下を睨むなど、できる者は限られている。幸い彼女はまだ結婚していない。これが少しでもずれていればどうなっていたか。

 思惑はそれぞれあるだろうが最終的には陛下に嫁ぐ、で決まった。本人は無言、無表情。内心はわからない。想っていたのは知っている。三年前、別れる際、陛下にだけ渡していたお守り。今も持ち続けてる。

 結婚しても初めのうち陛下は無関心を装っていた。彼女は逃げも、怯えもせず、平然と城を歩き、貴族とお茶をして。ゆっくりと三年の距離を縮めていければ、と考えていた。

 陛下の態度が軟化してきたのは刺客に襲われてから。献身的、とはいわないが彼女は陛下の傍に。陛下が元気になってからは一緒に散歩、休憩している姿を度々見かけるようになり、表情も穏やかなものに。


「そんなに難しい案件なんですか」

 陛下は眉間に皺を寄せ、何か見ている。

「いや」

 むくれた声。手元を覗き込むと。

「うわぁ。情熱的な手紙ですね。レウィシア様をこうも想っている方がいたなんて」

「違う」

「違う?」

 小さく首を傾げた。

「それは王妃様宛ての手紙」

 傍のユーフォル様の言葉に眉間の皺を理解した。

 彼女を外見だけで見れば、取り入りやすいと考えたのだろう。ヴィリロの姫でもある。もし国に戻るようになれば。ついていけば。

 扉が叩かれ、陛下が入室を許可すると、入って来たのは話題の本人。彼女も彼女で難しい顔。

「どうした」

「ここへ来る途中、手紙を渡されまして。見たら、茶会するから是非来てくれと。陛下に内緒で」

 内緒になっていない。そういう人だ。何もかも陛下の許可はとっていない。興味があれば飛び出していく。興味、眼中にないから。

「寄越せ」

「何を、です」

 首を傾げている。こう見ると普通の女性だが、普通の女性が陛下の隣に立てるわけない。

「手紙だ。本人につき返す」

「内緒の意味がありませんね」

「ばらしたのはセレーネだろう」

「本音は行きたくないので。面白いものがあれば別ですけど」

「おもしろいもの?」

 気安いやりとり。結婚当初と違い、どうすれば喜んでくれるか考え、悩んでいる。

「魔法書に魔法道具。おいしいお菓子でも」

「それくらいならここでも」

「欲しい魔法書、魔法道具は禁止されているか、一冊残っているかどうかの貴重なものなので、取り寄せは無理ですよ。お菓子は城のものがおいしいですし」

 欲しいものは、かなり変わっている。だが花の一輪でも喜ぶという、わからない性格。

 以前は飾っていなかったが執務室や私室にも花を飾るようになり。明るくなった、気がする。彼女がにぎやかだからかもしれない。

 自分達では無理だったが自然な笑顔を見るようになった。遊ばれているようにも見えなくないが、本人が楽しそうなので、そこは何も言わずに。

 ゆっくりと傷が癒えていくのが見ていてわかる。今度こそ、その笑顔が失われないよう。

「一緒に行って驚かせます?」

「セレーネ」

「……」

 本当に変わっていない。

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