第6話

「とんだ新婚旅行になったな」

 レウィシアとセレーネにあてがわれた部屋。セレーネはぶ、と飲んでいたお茶を噴き出した。レウィシアが唯一休める場所。毎日朝から夜まで事後処理、報告に追われ、気を張り詰めていた。

「アルーラ様、ですか」

 レウィシアでは考えられない言葉。誰かから言われたに違いない。

 旅行というには程遠い。おいしいものも食べていなければ、景色をじっくり見たのでもない。観光地でもない。

 明日、砦から引き上げ、城へと帰る。砦で過ごす最後の夜にそんなことを言うとは。

「落ち着いたら行こう。今はごたごたしているが、いずれ。グラナティスは広い。山も海も、見せたいものは色々ある。同盟は結んでいないが友好国もいいかもしれない。あそこも海が綺麗だった」

 思い出しているのか、レウィシアは目を細めている。

 ヴィリロは、湖はあるが海はない。だから海産物は他国から仕入れている。

「そういえば以前家出していたとか」

「よく覚えていますね。ひねくれていたのに」

 記憶力がいいのは一緒に仕事していればよくわかる。仕事以外のセレーネの話など右から左だと。

「あの時は、その、まだ」

「信じきれていなかった?」

「……ああ」

 しゅん、とうなだれながらも素直に頷く。臣下の前、謁見、指揮、指示をとばしていた姿とは全く違う。おかしくなって小さく笑う。

「何歳から出ていたんだ」

「そうですね。おじい様が後継を決めてからなので、十五、でしょうか」

「……俺が訪れる前から出ていたのか」

 呆れと驚きがにじんでいる。

「出ていましたが、近くからですね。それに最初は私も怪しんでいましたから」

「怪しむ?」

「乗っ取りにきた、暗殺してこちらの責任に」

 ああ、とレウィシアは頷いている。

「俺も最初は警戒していた」

「だから、シア達が来た一年は城にいました。さすがに他国の王子の前で後継の話はできませんから。帰った後、臣下がこぼしていたり、おじい様に言い出した時に出ていました。

とはいえ、おじい様には出てきますと伝えていたので、完全な家出とは」

 言えない。バディドには黙っていて心配させたが、お土産で誤魔化していた。

「それで、その家出先とは」

「あちこちですよ」

 何かあった時にすぐ帰れる距離が多かった。遠くにも行ったが。

「賊や魔獣退治できるほど実力をつけ、先ほども言いましたけど近くの遺跡から、徐々に遠くへ。魔法に関するものが眠っている場合があるので」

 それまで隠されていたものを発見した時の喜び。解読することの楽しさ。魔法だけでなく、お宝も。

 城の魔法使いに魔法を習い、一年で習得。他国の魔法にも興味を持ち。

「本当に何をやっていたんだ。賊に魔獣退治まで」

 呆れているレウィシア。

 後悔したくなかった。救える力があったのに救えなかった。あんな思いはしたくない。だからやりたいことをやろうと、後悔しないように。セレーネ個人として自由な時間が多くなくとも。

「グラナティスへは」

「あまり行かなかったですね。私のことはわからないでしょうけど、不穏な空気だったので。万が一ということもありますから」

 戦に巻き込まれれば。

 レウィシアは小さく呻いている。

「それならグラナティス国内はよく知らないんだな」

「ええ」

 小さく首を傾げた。

「もし、行ったことのある場所に連れて行ってがっかりさせても」

「何度行っても楽しい、飽きない場所もありますよ」

「それもそうだが、感動が薄れるというか、知っているのなら案内もできないだろう」

 確かに。知っていれば、ここに行きたいと一人勝手に行動する、かも。

「隣国には、よく行っていたのか」

 勢いが弱く。

 隣国。ヴィリロの隣国はグラナティスと小国が二つ。

「ええ、行っていましたね」

「そこの王子と一緒に」

「いいえ、一人ですよ」

 なぜそんなことを聞くのか。

「そうか」

 レウィシアはほっとした表情。

 そういえば隣国からは何か言ってきたのか。祖父は何も知らせてくれない。セレーネのせいでややこしいことになっていなければいいが。

「戦が終われば」

 そう戦は終わっていない。レウィシアか彼の叔父が倒れるまで続く。まずこちらの国を考えなければ。

 セレーネとしてもあの女性が持つ杖が気になる。レウィシアが勝つまで、必要としてくれている間はレウィシアを護ろう。

 セレーネもレウィシアも未来はどうなるかわからない。だから今できることをやらなければ。レウィシアは色々な人に必要とされている。彼の叔父がどんな人物かわからないが国を上手く治められなければ周辺の国はいい迷惑。レウィシアを護るのはヴィリロを護ることにも繋がる。レウィシアには悪いがセレーネはヴィリロが大切だ。

 レウィシアは左の小指を差し出してくる。

「約束だ。終われば二人で行こう」

 国王という立場上、二人は無理だ。しかし、それを口にはせず。

「まずは城下町案内ですね。おいしいものおごってくれるのでしょう」

「ああ、忘れていない」

 再会した頃とは全く違う笑顔。三年前、別れた日を思い出させる笑顔。

 セレーネはレウィシアの小指に自分の小指をからめた。

「あ、でも色々鍛え直したいですね。体力作りに、魔法。宝物庫も見たいです」

 やることがいっぱい。

 なぜかむっとしたレウィシアに抱きしめられた。


 何事もなく城へと戻れたが留守中に溜まっていた仕事、勝利したことによりすりよってくるどっちつかずの貴族の相手で一ヶ月経っても最初の約束は果たされず、セレーネは一人勝手に出歩き、体力作りをしていた。時には魔法師長と魔法の話も。勝手に外に出て行ったのがばれれば、長々とした説教と次の日から一日中目を離してくれず、臣下からは仕事が滞る、とレウィシアの傍から離れられない状態に。

 城内に何か仕掛けられていた痕跡はなく、怪しい動きをしていた数人を捕らえた、とレウィシアから聞かされ。それでも、とセレーネも城内すべてを把握すべく暇があれば歩いていた。そしてレウィシアに見つかれば何をしていたと言われ。宝物庫に入る許可はまだくれない。何もとらないのに。そこは信用してくれていないようだ。

 

 いつからかレウィシア陛下の妃は陛下を守護する妃、守護妃だと兵達の間で囁かれていた。陛下が倒れた時は寝ずに看病、献身的な世話をし、刺客まで退けた。戦ではわざと敵につかまり、撹乱、勝利に導いた、と。たおやかな美女、たくましい女傑。事実とそうでないものが広がっていた。

 それを聞いてしまったセレーネは頭を抱え、唸り続けていた。


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