第5話
いつかの日と同じ晴天。
セレーネは戦場とは離れた場所、野営地にいた。食料、武器、王妃であるセレーネもいるので最低限の兵はいる。大半は戦場へ。医師、治癒師、薬師はいつ負傷者が運ばれてきてもいいよう用意。戦場にも治癒師がついていっている。ここにいるのは重傷者を癒す者。
風に乗って届いてくる戦場の声。セレーネはやるせない息を吐きながらテントの外を歩いていた。
戦が始まり一時間ほど。セレーネはじっとしていられず歩き続けていた。レウィシアの心配は少し。だがそれより、立ち止まり、地面を見た。
「王妃さま」
「はい」
つい返事をして呼ばれた方を見た。黒ローブを頭からかぶり、顔には仮面。こんな者レウィシア側の兵にはいない。ということは。
「一人とは不用心な。しかし、こちらにとっては都合が良い」
くく、と不気味な笑い。
「一緒に来てもらおうか。断ればここら一帯どうなるか」
「魔法使い?」
剣を持っているようには見えない。だとすると。体格的には細いが声だけで判断するのなら男。
「来るのか、来ないのか」
決まっているが、考えるふり。
「……行きます。だからここの人達には手を出さないでください」
しおらしい声を作り、懇願。
「大人しくこちらにくれば、な」
大嘘だろう。行こうが行くまいが。
こうなるかもしれないと、護衛を断り一人で歩いていた。そうして昨日は見つけられなかったあるものを見つけ、今は他人を巻き込まずに済んだ。
「早く来い」
「はいはい」
セレーネは黒ローブの男? の傍へ。
瞬間移動、転移の魔法を使ってレウィシア陣営から一瞬で敵陣営、砦の中へ。
瞬間移動の魔法を使えるとはなかなかの腕、とセレーネは感心していた。
砦内は兵や魔法使い達が慌ただしく動き回っている。分厚い壁一枚隔てた向こうは戦場。今までいた場所より声が近く聞こえてくる。ここは怯えたふりをすべきか。
セレーネは黒ローブ、仮面をつけた魔法使いの後ろを大人しくついて歩いた。
「オリヴィニ様、つれてきました」
頭を下げているのは三十代くらいの女性。波打つ金髪、深緑の瞳。どこかで見たような。
砦、戦場には似合わない派手なドレス姿。かつかつと靴音をさせ、近づいてくる。
「へぇ、こんなお嬢ちゃんが」
セレーネより少し背が高い。胸、スタイルは言うまでもなく女性が勝っている。香水をつけているのかこれまた戦場には似合わない香り。顔を近づけ、品定めするようにじろじろ見てくる。
「戦場までつれてくるほどの寵愛ぶりだと聞いていたから、どんな女かと思えば。本当にこの女なんだろうね」
粗野な言葉使い。
「はい。白髪、薄紫の瞳の女だと伝え聞いています」
「その年にしてその髪色。ああ、ヴィリロは六年前だったか、内輪揉めで王族が減ったとか」
女性はセレーネの白髪を一房取り、つん、と軽く引っ張る。
「本物かどうかは陛下に見せればわかるか。こっちが優勢だけどやるなら徹底的にやらないとね。なにせ結婚祝いに送ってやったあの毒でもくたばらなかった陛下だ」
どこかで見たと思えば、牢で拾った紙を調べていると、一瞬映った姿。次には証拠隠滅とばかりに燃えて。毒もこの女が。
セレーネの目は女の右手に握られている杖に。拳大の水晶玉がはまった杖。手を伸ばす。
「おっと、大人しくしてもらおうか。お嬢ちゃんの生殺与奪はこっちにあるんだ」
何かの魔法道具だろう。
「あの毒はどこで見つけたんです」
挑むように、まっすぐ女性を見る。
「作ったのさ」
「それは無理でしょう。素となる植物は絶滅しています。どこかで毒としたものを見つけない限り」
女は顔を強張らせた。作った可能性も否定できないがかまをかけた。
「ただのお嬢ちゃんかと思えば、陛下も女を見る目はあった、と。変わり果てた姿に大半のご令嬢は怯え、泣き出し、逃げる。嫁ぐ女なんていないと考えていたんだけどねぇ。何を狙っている」
強気な笑みに変わる。
「嫁ぐ方がいなければ次代も生まれませんね。それを狙って顔を傷つけたのですか」
女は笑みを張りつけたまま。しかし次代がいないのはレウィシアの叔父側も同じ。
「人質、だったか。どうだい、組まない? 醜い陛下を始末すれば自由だ」
「陛下はいい男ですよ。それより国外ですか。それとも国内?」
「何のこと」
「あの毒ですよ」
セレーネは観察するようにじっと見た。
「城内?」
「来な」
女は答えず顎を動かし歩き出す。黒ローブに背を押され、セレーネも女の後ろについて歩き出した。城内で小さく表情が動いたのを見逃さなかった。
戦場を一望できる場所へ。戦場では人にまじり、人より何倍も大きなものが三体動いている。人の形はしているが全身土色。大きなだけあり、腕、足も太い。
「ゴーレム」
セレーネは小さく呟いた。
ゴーレムの足下では兵達が右往左往。それだけではない。戦場の地面には何か。セレーネは目をこすり、地面をじっと見た。
「セレーネ!」
騒がしい戦場でもよく響く声。
「間違いないね」
女はにやりと歪んだ笑み。
「見ての通りだよ、レウィシア陛下。大切な王妃様はこちらにいる。さぁ、どうする。その首寄越すか、大切な王妃様を見殺しにするか」
セレーネを囲むように剣を持った兵と魔法使い。剣先はセレーネに向いている。
「何をやっている!」
「すいません。他の人を巻き込むよりは、と」
セレーネも声を張り上げ、返した。
「はは、健気じゃないか。まぁ、それも無駄だったけどね」
「どういう意味だ!」
「野営地になりそうな場所にちょっとした仕掛けをしただけ。思い通りの場所に敷いてくれて、こっちは大助かりだ」
女は勝ち誇ったような高笑い。
「さぁ、どうする。人質はかわいい王妃様だけじゃない。背後だって」
「戦えない者を巻き込むのか!」
戦えない者だけでなく食料、武器も。
「だったら」
女は馬鹿にしたようにレウィシアを見下ろしている。兵達にも話は聞こえている。ここで士気が落ちれば。
「大丈夫ですよ~。仕掛けは壊しましたので~」
レウィシアは目を丸くし、女は「はぁ? 」と声を上げ、セレーネを見た。
「発動させればわかりますよ。一人で歩いて正解でしたね」
セレーネは女に向かいにっこり笑う。
「ふん、そこまで言うのならやってやろうじゃない。後悔するんじゃないよ」
女は杖を頭上に掲げ、魔法を唱える。
あの杖は魔力増幅か魔力が込められていて、自分の魔力を使わずに済むもの、と推測。
野営地は静かなもの。煙一つ上がらない。誰かが慌てて駆けつけてくることも。
女は何度か杖を掲げ、叫んでいる。
「さて、どうしましょう。あまりここにいてはシアに怒られそうですね。勝手したし。当分外出禁止になっても。それに」
ちらりと戦場を見た。ゴーレムと地面に描かれた陣の正体はわからないがレウィシア側の不利になっているのは確か。
「戻ります」
壁へと背を向け、女を見た。
「はっ、どうやって。戻れると思っているのかい」
「ええ、戻りますよ」
兵が動くより、魔法を使われるより前に、セレーネは素早く魔法を唱え、成功したのを確かめもせず、壁の向こう側、戦場へと飛び降りた。
浮遊の魔法を使い、地面へと降り立つ。
「着地成功」
「何が成功だと」
低い、低い声が近くから。
「当たり前、ですけど無事ですね」
セレーネの渡したお守りがある。そしてレウィシアの剣の腕も。
「説教は後にしてください! 今はこの状況をどうするかです!」
アルーラが叫びながら傍に。
「ゴーレムなら頭をふっとばせば止まりますよ」
セレーネは一体のゴーレムに向けて魔法を放つ。
ゴーレムの頭が爆発すると、動きを止め、ゆっくりと土に戻っていった。
「ね」
「……」
「土と泥で作られたものですから。神の名を書いた紙を舌の下に張り付け、命令すると動き出します。使用後は紙を取り出さないと術者でも手に負えないとか。どんな神の名を書いているのでしょう。分解したい。書き換えたいですね」
セレーネは残りのゴーレムを見た。
「ゴーレムを作るのにも時間はかかります。色々制約があるので。今まで出てきたことは」
「ない。これが初めてだ」
ふむ、とセレーネは腕を組み、呟いた。ますます分解したい。
「簡易ゴーレムなら私も作れます。脆くて、一体だけですけど」
倒し、土に戻ったゴーレムに向けて唱える。全く同じとはいかないが、セレーネが作ったのは、ひょろりと細い。対する敵側はがっちりと体格がよく、頑丈そう。腕が一本ないものも。魔法でなく剣でやったのならすごいとしか言いようがない。細いゴーレムは敵のゴーレムに向かって行く。
「頭を壊せばいいんだな」
「はい。あ、私の作ったのは頭でなく、どこかに一撃食らえば終わりです。簡易ですから」
レウィシアはアルーラと頷き合う。
「魔法使いはゴーレムの頭を集中して狙え。それで先ほどのように倒せる。後から現れたものはこちらの味方だ。兵は集中している魔法使いを護れ!」
セレーネのように一人では無理だったらしい。それを見たレウィシアは「さらに腕を上げたか」となんともいえない目でセレーネを見てくる。
「あと、陣が描かれていますね。はっきりとわからないんですけど、何か不利になっていません」
地面を見るも、人が行きかっているため見えにくい。
「なっています!」
アルーラが即答。
「斬ろうが突こうが敵兵が起き上がってくるんです。うちは倒れたままなのに」
見るとレウィシア側の負傷した兵は魔法使いに治癒魔法をかけてもらっている。動けない者は動ける者と魔法使いに連れられて戦線離脱。しかし敵側は斬られ、倒れてもそのまま、誰も見向きもしない。
「それは、不気味ですね」
「ええ、兵の数はこちらが上。楽勝と考えていたんですが。ゴーレム、ですか。それに倒しても向かってくる兵で戦意が」
上から見た限り、戦場全体に描かれてはいない。砦周辺。上手く誘い込んだのだろう。兵の数が少ないのは油断させるためと、倒しても立ち上がるから。
「む~、禁呪でしょうか。そういうのがあるのは知っています。でも発動し続けるには大量の魔力か別のものが」
あの杖が鍵か。大人しくせず奪ってくるなり、壊していれば。
「陣? そんなものが描かれているのか」
レウィシアには見えないらしい。敵兵に注意しながらも、じっと地面を見ている。見えないのはレウィシアだけではないだろう。
「見えるようにします。陣の一部を壊せば動かなくなりますよ。ただ集中するので、その間」
「護ればいいんだな」
「そういうことです。向こうには動きを封じる氷魔法を使ってきたので、すぐには動けないと思いますが」
放っただけでどれだけ損害を与えたかは。壁上を見る。
「何がこようと護るから、とっととやれ」
セレーネの背を軽く叩くレウィシア。
「はいはい」
セレーネは目を閉じ、深呼吸。集中した。
しばらくしてレウィシア達にも見えるようになったのだろう。
「地面に描かれている陣の一部を壊せ。それで敵は動かなくなる!」
レウィシアの声が響く。離れた場所からはアルーラも同じことを言っている。頭上からは、
「あの女、あの女を始末しな! レウィシア陛下より先に」
女の甲高い声。
セレーネは描かれている陣を見えるように維持し続けているので、魔法や矢が飛んできても防げない。いや、やろうと思えばできるが、勝敗を見ずにぶっ倒れるかも。ここはレウィシアを信じるしかない。
「ちっ、奴らも焦っているのか。こちらに集まってきている」
ガウラの声。
「今、足下に見えているものが壊されれば、ゴーレムが壊されればまずい、ということだ。踏ん張れよ」
「誰に向かって言っている。お前こそ、大事な者を護れ」
「言われなくても」
どうやら壁上からだけでなく周囲の敵兵もこちらに向かってきているらしい。兵まで操っているのか。あの杖には一体どれだけの魔力が。ますます興味が。
どさっと何かが倒れる音。セレーネを護ってくれていた誰かが倒れたのか。
「壊しました!」
響く誰かの声。セレーネは維持していた魔法を終了。目を開け、へろへろと地面へ。どさとさと向かって来ていた敵兵が倒れていく。
「大丈夫か」
「ええ、なんとか」
はぁ~と大きく息を吐いた。吐き、座ったまま壁上を見上げる。女の悔しそうに歪んだ顔。しかし歪んだ笑みに変わる。
セレーネは意図に気づき、魔法を唱え始める。間に合うか。
女は杖をセレーネ達に向ける。セレーネも同時に魔法を放ち、ぶつかった。
周囲は暴風が吹き荒れ、ゴーレムも立っている兵も地面へ。
座ったまま魔法を放ったセレーネも地面を転がる。
暴風が収まると、
「あら~」
魔法がぶつかったであろう、壁の一部が崩れている。
上を見ても誰もいない。逃げたか、巻き込まれたか。
「セレーネ!」
「あ、無事でした」
レウィシアが駆け寄ってくる。
「それはこちらの台詞だ。怪我は」
「派手にやったな」
ガウラは崩れた壁を見ている。
「私がやったんじゃありません。半分は私ですけど、半分は向こうです」
修理費を請求されても。
「というか、なんですあの女。いえ、持っている魔法道具。あれ、厄介ですよ。かなり」
レウィシアとガウラは顔を見合わせている。
「……まさか知らない、なんて言うんじゃ」
答えない。知らないのか。
「あれは元々あの女性が持っていたのですか」
「……持ってはいなかった。いつからか、持っていて。あの女は、元は国外の者。半月ほど姿を見ない時もあったから里帰りしているのだろうと。その時は目立った動きをしていなかった。派手に動き出したのは。……叔父上が治めるようになってから」
「その故郷は」
知らないのか答えない。
「う~ん、故郷から持ってきたのではない。それならどこかから買った? それとも城の宝物庫。グラナティスは歴史がありますからね。それなら私も宝物庫に入ってみたいです。城に戻れば王妃なので入らせなさいと」
「なんでも持ち出されては困る。勝手に入るな」
「少しくらいいいじゃないですか」
「夫婦漫才は後にしろ」
漫才していた覚えはないが、ガウラに止められる。レウィシアもはっとし、気を取り直して兵に指示をとばす。忘れてはいないが戦中。のん気に話している場合ではない。
ゴーレムはセレーネが作った一体がぼろぼろになりながらも残り一体と戦い。それももう終わる。魔法使い達が頭を壊そうと集まっている。分解したかった。
敵兵も少数。逃げ出している兵も。
あの杖を持っているなら、女は逃げたと考えるべきだろう。
「腰でも抜けたか」
地べたに座り込んだまま考えていると、レウィシアがしゃがみこんでくる。
「抜けていません。疲れはしましたけど」
久々に攻撃魔法を連発して使った。戻れば体力作りと魔法の鍛え直しをしないと。
「そうか」
差し出された左手。戦場で剣を握っていた。返り血であちこち汚れている。
「汚いだろう」
色々な意味が込められているのだろう。セレーネはその手を握った。一緒に立ち上がる。
「砦を制圧する。慎重に進め」
ガウラは頷き、兵に砦を制圧すると伝えていた。
「野営地に戻れ、と言いたいが」
「兵力を割くわけにはいかない、ですか。それとも戦力として一緒に来い? どちらもついて行くしかなさそうですけど」
魔法の罠が仕掛けられていれば見抜ける。
「難しいところだな。進むぞ。離れるな」
結局、ついてこいということでは。
残り一体のゴーレムを倒すと、セレーネが作ったゴーレムも役目を終え、土へと戻る。
それを見届け、セレーネもレウィシア達と共に砦内へと進んだ。
砦内には少数の逃げ遅れ、だろう兵と魔法使いの姿がちらほら。向かってくる者もいれば逃げる者も。
砦内の制圧に時間はかからず、安全確認をおこない、野営地に残っていた者を砦内へ移動。朝から戦が始まり、制圧、全員が砦内に収まったのは夕刻。
レウィシア達は砦内にある一つの部屋で報告を受け、指示を出していた。なぜかセレーネも。椅子にちょこんと座り、出されたお茶を飲みながら話を聞いていた。
セレーネも砦内を回り、何も仕掛けられていないのは確認済み。一人で大丈夫だと言ったがレウィシアは許してくれず、ずっとついて回られ。話を聞くより砦内を、負傷者の手当てを、と言ったがそれも許してくれず。こうして大人しくしているしかない状態。
「野営地に何か仕掛けられていたのは確認できた。いつ気づいた」
「え、あ、はい」
まさか話がふられるとは思わず、返事が遅れた。
「シア達が出てから気づいたんです。野営地を囲むように魔法陣が。私も結界を張ろうかなぁ、とは考えていたんですけど、時間がかかりそうなのでやめました」
今となっては正解。まさかゴーレムやあんな杖があったとは。時間をかけて結界を張っていれば魔力が足りず負けていたかも。ただでは負けるつもりはないが。
「描かれていたのは魔法を唱えると辺り一帯ぶっとぶ。そんな陣だったので、シアが命令したのではないだろうと」
一部を消して、魔法陣として機能しない、魔法が発動しないようにした。
「当たり前だ」
「一瞬、自害用、ともよぎりましたけど」
全員が顔を歪ませている。
「で、連れ去られたのか」
「狙われているかも、とは。シアも十分注意しろと言っていましたし。見事引っかかりましたね」
セレーネが魔法を使えると敵側に伝わっていなかった。伝わっていればもっと用心しただろう。
「笑顔で言うな。引っかかる方もだが、引っかける方も」
「ま、まぁ、今回はセレーネ様のおかげで助かったじゃないですか。兵の数が少ないとは思いましたけど、まさか斬っても斬っても向かってくるとは」
そういえばまだ説教はされていない。
「趣味が悪い」
ガウラは吐き捨てるように。気持ちはわからなくもない。
「でもあれ、使っちゃいけない魔法、禁呪なんですよ」
「使ってはいけない?」
「はい。魔法には使ってはいけない魔法がいくつか。大抵の場合はイケニエ的なものが必要なので。ですが今回はあの女性が持っていた杖の影響が大きいでしょう。あれはなかなか」
「どういうことだ」
「あれは魔力増幅か魔力が込められた杖です。自分の魔力を増幅、魔力が込められているのなら自分の魔力を使わずそこから引き出し、使っているんです。たぶん、はめこまれている水晶玉みたいなのが核かと。結構使っていましたね。最後に私の魔法とぶつかったのも大きな魔法でしたし」
味方もいるのに躊躇いもなく放った。
「魔力増幅、か」
レウィシアは顎に手を当てている。
元々あの女性が持っていたのではないと話していた。
「宝物庫から持ち出されたものだったりして」
セレーネは冗談をにじませ。
「ユーフォル、宝物庫のリストは」
「あったと思います。叔父上側が持ち出していない限り」
「どさくさにまぎれて、あの女と叔父上が何か持っていったと考えるべきか。最近は忙しくて掃除もしていなかったからな。父上がいなくなってからは叔父上が管理していたようで、俺も入れてもらった覚えはない。戻ってからでいい。信用できる者と確かめろ」
「はい」
冗談なのに本気にとられた。
「あ、そういえばシアを苦しめた毒も城内で手に入れたような感じでしたね。もしかしてそれも宝物庫? それならあの短剣も」
もしそうなら城の宝物庫には何が眠っているのか。
グラナティスは歴史がある。あの毒が使われていた時代、各国が素となる植物を刈り取ったため、今では貴重に。いつか使うつもりで取って置いたのか。二度と使わないよう、なら中身を捨てている。それとも忘れられて? それならそれで間抜けなような。
「それで、あの女は」
ガウラはレウィシアを見ている。
「生きている。兵達に見回ってもらっているが、あの女を見つけていない。なら逃げたと考えるべきだろう。もしくはどこかに隠れて隙を狙っている」
「便利道具を持っていながら逃げた、か」
ガウラの言葉は間違っていないが、便利道具とは。
「セレーネ様に恐れをなして逃げた、とか」
「それはないでしょう。あの杖があればあの女性が上です」
アルーラを見た。
「知識では」
「?」
「知識ではどうです。おれ達がヴィリロにいた頃から、城の魔法使い達は何かわからないことがあるとあなたに聞きに来ていた。あの時は、十六、七ですよね」
知識では負けていない、と思う。しかし知識があっても使えなければ。
「野営地に仕掛けられていた魔法、セレーネ様もやろうと思えばやれるのでは」
「できますよ」
さらりと肯定。
「私なら二重三重に仕掛けますね。確実に仕留めるなら」
一つでは見つかる可能性もある。しかし、手の込んだもの二つ三つなら。少々時間はかかるが。
「仕留めるな、と言いたいが」
「私だって常識はあります。この砦前に仕掛けていた魔法陣と同じものをやれと言われても断りますよ」
レウィシアへと向いた。
「……できるのですか」
「やれますよ」
アルーラの問いに再びさらりと肯定。
「魔法は使い手次第で善にも悪にもなります。実際、ゴーレムも人の手伝いをさせようと思えばできますよ」
重い荷物を持ったり、運んだり。大きさも、人と同じくらいにできる。
セレーネは指を動かし、机にある羽ペンを空中へと舞わす。羽は部屋の中を一回りし、机へと戻る。
あの女性についていった魔法使いは禁呪に魅入られたのかもしれない。使ってはいけないと言われれば使いたくなる者も。
「そういえば、私を狙えと叫んでいましたね。毒をどうにかしたのも私と思われているのでしょう。それなら今後シアではなく、私が狙われるかもしれませんね」
「返り討ちの許可はするが部屋は壊すなよ」
呆れのにじんだレウィシアの口調。
「一部は許してくださいよ。突然こられては私も手加減のしようがありません。それとですね。私の魔法であの杖を壊すのは難しいですけど、シアの剣なら壊せるでしょう」
レウィシアの傍にある剣を指した。
「シアがその剣を離している間色々試したんですが」
「何を勝手にやっている!」
「興味本位でつい。鞘から抜けませんでしたが。それで、ですね。攻撃魔法でも結界といった防御系の魔法でもその剣でなら斬れるでしょう。なので、あの女性が余程の剣の使い手でもない限り、魔法で攻撃してきても、防御しようと、その剣でなら、ばっさり。ちなみに魔法を込めようとしたんですができませんでした」
魔法剣としては使えない。
「つい、でやるな」
「私としてはあの杖もじっくり見たいのですけど。奪うのは難しそうですし。かといって使い続けられては」
面倒、厄介極まりない。魔法勝負になれば先にセレーネの魔力が尽きる。レウィシアの剣を扱えればいいのだが、セレーネには振れない。
「使い手を狙う、というのも。そうなると相手の懐に」
「人の話を聞け。行くな勝手に動くな。勝手になんでも触るな。監視をつけるか、張り付いているぞ」
「探究心は大事ですよ。監視をつけられるのも、張り付かれるのも。遠慮したいですね」
レウィシアに睨まれた。
「剣は動けませんので、隙をつかれれば」
傷つく。持ち手の実力次第。剣は持ち手を護りたくても。剣の腕だけで勝負されれば、隙をつかれれば。
レウィシアは「わかった」と真剣な顔から、
「当分は目の届く所にいろ。今回は助かったが次もうまくいくか」
「連れて来た人が言いますか。いざとなれば何人か道連れに」
「後方支援に連れて来た。目を離すと何をするかわからないからな。案の定、離した途端」
連れ去られたというか、ついて行ったというか。
「そうですね。腕が落ちたのでしょうか。最近は大人しくしていましたから」
「あれで」とアルーラ、ガウラに驚かれ、レウィシアには呆れられた。
「それはそうと、城に居ても同じだったのでは」
こほん、とアルーラは気を取り直すように咳払い。
セレーネを戦場へ連れて行こうと行くまいと、内通者によって同じことに。
「全員あぶり出したいが」
「難しいでしょうね」
セレーネ以外の全員が深々と息を吐いていた。
「それなら」
「囮は却下だ」
レウィシアに即答された。手っ取り早く見つかる方法なのに。
「あ、私を連れ去った、ついて行ったのは敵陣営の魔法使いですよ」
どう潜り込んだかは不明だが大勢の兵がいた。一人くらい潜り込むのは簡単だろう。
「瞬間移動の魔法を使っていたので、目立たず去れましたね。瞬間移動の魔法を使える、ということは背後にいきなり現れ、さっと連れ去ることも」
レウィシアは顔をしかめている。よく考えれば背後から刺し、逃げることも。
瞬間移動の魔法は距離により使う魔力が違う。遠ければ遠いほど魔力を多く使う。集中がきれれば近くても目的の場所へは移動できず、途中落っこちることも。近くてもそこそこ魔力は使う。セレーネも使えて一日二回。それも移動した先で魔法を使わなければ。使えば一日休むか、魔力なしで移動するか。
「アルーラ様の言う通り、城に内通者がいて、同じように連れ去られていたら、どこにいようと同じ。んん、ですが脅すための何かが必要ですね。人質か、城にも何か仕掛けられているかも」
「誰にも気づかれないよう、ダイアンサスに手紙を送れ」
「や、まだ仕掛けられているとは。それに魔法使い、魔力持ちでないと見えないかもしれませんよ」
「どういうことだ」
「野営地や砦周辺のもじっくり見れば魔法使いにはわかるんですけど、野営地ではテントの設置とか、人が行きかっていてわかりにくかったんですよ。実際、私も気づいたのは、シア達が出てから、人が少なくなってからです。戦場では特に地面なんて見ないでしょうから」
野営地となる場所の安全確認もおこなっているだろうが。今回は見抜けなかった。確認した魔法使いが敵の魔法使いだった可能性も。安全確認はこの地を治めている貴族がおこなっていたとか。セレーネ達が来た時にはいくつかテントが張られていた。
「気づかず、すいません」と小さくなっているのは魔法使い達を束ねている黒と白のローブを着た魔法師長。
「それで、魔法陣なんですけど」
セレーネはテーブル上で指を動かす。
「これは見えますよね」
「二重円」
「では、これは」
再びテーブル上で指を動かす。
レウィシアは目を細めて見ようとしている。他の面々も似たようなもの。そんな中、魔法師長だけは、
「円の中に四角形が描かれています」
「見えない」とレウィシアは呟いている。
「というわけです。見えるものもあれば、魔法使い、魔力持ちでないと見えないものも。以前、アルーラ様に魔法で罠作っていて、勝っても逃げられる、と聞きました。上手く隠しているか、魔力のない者には見えないようにしているのでしょう。描いた陣を自分にしか見えないようにすることもできます。まぁ、それはかなり上級者になるので、私としては相手したくありません」
セレーネは小さく息を吐いた。上には上がいる。
「全く見えないのか」
「集中すれば視えなくはないですけど、時間がかかりますよ。それよりは、その一帯をふきとばしてしまえば」
「なんでもかんでもふきとばすな。周りの損害を考えろ」
「考えていますよ。少なくとも敵さんよりは。やる時は打つ手がなくなったどうしようもない、身の危険にさらされた時だけです。それともシアは自分が危うくなっても何もせず、終わりを迎えるんですか」
反論できないのだろう。何も返ってこないが、顔はしかめられている。
「城のものは放っておけと」
「もしくは怪しい動きをしている者を捕らえる。今、城に王様はいません。動きやすいでしょうね」
護るべき王は戦場。城は大事だが王不在の城を護っても。城と王、どちらに重点を置くか。わかりきっている。
レウィシアは考えているのか顎に手を当てている。
「仕掛けられそうな場所はいくつか予想がつきます」
「自分が仕掛けるなら、そこに仕掛けるから、か」
「その通りです。それに私の行動をわかっていれば」
「剣といい、城内といい、勝手に」
レウィシアは大きく息を吐く。
「用のない場所には行っていません。それに、あまりちょろちょろできませんでしたから。誰かさんが大変で。行動を読みやすいでしょうね」
「敵に覚られないよう、旅人に変装して先に城へ戻れ。警護に二人はつける。戻ればダイアンサスに先ほどの話をし、怪しい動きをしている者がいれば捕らえろ」
「仕掛けられそうな場所と私の行動範囲を話しておきましょうか」
「そうですね」
魔法師長とセレーネは仕掛けられていそうな場所を話し、レウィシア達は報告に対処しながらこれからの話しをしていた。
とりあえずこの砦はこの地を治める貴族に任せることに。それでも半月は滞在していた。レウィシアの叔父側が取り戻すために動くことを考えて。別方面から攻めてくるかもしれないと、報告には十分注意していた。
もし、こことは別を攻めてくればここから動くか、城にいるダイアンサスが兵を動かすことに。しかしそうなれば城を護る者がいなくなる。城から出る場合は素早く動ける者だけをここから城へと戻す、とレウィシアは話していた。幸いどちらも攻められず、過ぎていく。
セレーネとしては早く城に戻って宝物庫を見たかった。グラナティスの歴史は古い。どんなものが眠っているのか。
何か手伝おうにもレウィシアがついてくる、目を離さない。そのレウィシアは大忙し。少しでも離れる、視界から消えると、大声でセレーネを呼んで歩くので恥ずかしいことこの上ない。呆れている者もいれば、微笑ましく見る者も。再会したばかりの頃とは大違い。
仕方なくレウィシアの傍に。傍で手伝えることは手伝い、ここで見つけた魔法書を読み、あの女性が持っていた杖について考えていた。
杖を持った、指揮官だという女性は数日かけて砦内外探したが見つけられず。逃げたと判断された。捕らえた兵の中に魔法使いはおらず。今までを考え、何か置き土産でもされてないかと、セレーネが動きたかったが動けず。アルーラ、ガウラが魔法使いを連れて砦内の隅々、隠し部屋まで念のため見てきてもらったが、なにも見つからなかった。
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