第4話

 レウィシアの手伝いをしながら暇を見つけて、一緒に城内を歩いたり、お茶をしたりと穏やかに過ごしていた。

 謁見、書類仕事が落ち着いてくると、セレーネにでも任せられるものは任せて(押し付けて、が正しい)レウィシアは体を鍛え直していた。付き合わされている兵に、なんとかしてください、と泣きつかれることも。泣きついてきた兵の中にはアルーラも。ガウラは何も言わず嬉々として付き合っていた。ダイアンサスは「すっかり元に戻られて」と笑い、ユーフォルは心配顔。

 そんなある日。レウィシアの手伝いもなく、庭師から分けてもらった花を持ち、廊下を歩いていた。

 部屋に飾るか執務室に飾るか。以前セレーネが言っていた果樹、ではないが苺を植えてくれ、楽しみにしていてくださいと庭師が。一種類ではなく数種類植えたと話していた。苺ならジャム、ケーキ、そのままでも。楽しい気分でレウィシアのいるであろう執務室へ。

 扉を叩こうと手を上げると、扉が勝手に開いた。

「セレーネ様。よかった、探しに行こうと」

 大きく安堵の息を吐いているアルーラ。

「何かあったんですか」

「中へ」

 アルーラは扉を大きく開け、中へ入るよう促している。入ると、レウィシア、ユーフォルの難しい顔。

「捕らえていた刺客に逃げられました」

 ……。アルーラの言葉を理解するのに数十秒要した。理解するとレウィシア、ユーフォルの難しい顔とアルーラが慌てていた理由が判明。

「わかったのは先ほどです」

「どうやって逃げたのです。仲間が助けに来たのなら騒ぎになっているでしょう」

 ここに来るまで慌てた兵は見なかった。これから大急ぎで逃げた刺客を探すのだろう。いや、もう探しているのか。

 彼女は魔法使いではない、と報告されている。

 アルーラはセレーネから目を逸らす。

「色仕掛けだ」

 答えたのはレウィシア。

「色仕掛け、ですか」

 セレーネを羽交い絞めにした時、体が密着した。細い腕なのに意外にも強い力、背に当たる胸。

「使用人は美人さんが多いですからねぇ」

「俺が直接選んでいるのではない」

「わかっていますよ。行儀見習いが多いのでしょう。城ではきっちり教えられますからね。あとは玉の輿狙い。貴族や王に見初められれば」

 没落しない限り食うに困らない。兵にしても美人の奥さんを迎えられれば。

「色仕掛けするにしても狙いを絞らないと。誰彼かまわず声をかければ怪しまれる」

 レウィシアの言う通り。それにしてもこの短時間で心を摑むとは。

「見張りといっても暇ですからね。陛下が倒れた時には入口に三人付けていたんですけど。女も大人しかったので牢の見張りを一人に変えた途端。大人しかったのは誰を騙せるか観察していたのでしょう」

「鍛え直しだな」

 レウィシアの言葉にアルーラは顔を歪めていた。巻き添えを食うから。

 報告があった、ということは牢の見張りにあたっていた兵は、怪我はしているだろうが無事なのだろう。

「兵を集めて女は捜させている。しばらくは大人しくしているか、護衛付きで動け」

「またですか」

 セレーネはうんざり。最近は緩んでいたので、護衛なしで動けていた。城内だけだが。そのためレウィシア達の目を盗み、城外、城下町へも出られた。

「女性を紹介した貴族はわかったのですか」

 城で雇う者、特にレウィシアの近くに仕える者は身元がはっきりしていないと仕えられない。

「ええ、貴族の邸に五年仕えており、その貴族からの紹介です」

 答えたユーフォルを見た。

 貴族の邸で働き、認められれば、その貴族が保証人のようになり、城勤めも。

「その貴族も刺客とは思わなかったと言い、念のため容姿も聞いたのですが。特徴が違うのです。同じなのは年齢だけ」

「どこかで入れ替わられた、ということですか」

「ええ。しかし嘘か真か。念のためその貴族の邸は兵に見張るよう指示しました」

 ユーフォルは息を吐いている。その貴族がしらを切っているのなら。

「逃げてからの時間は」

「話によると、昨夜です」

 今は昼過ぎ。一日経っていない。

「それならまだ城に潜んでいるかもしれませんね。私がシアに化けて、その辺りを」

「却下」

「「却下です」」

 三人に声を揃えられた。

「一人とは言っていませんよ。陰から誰か見ていれば」

「それでも、だ」

「それなら別の人」

「それも却下だ」

 そういえば以前そういう話を。

「まさかシア本人が出るんじゃ」

「それこそ却下です」

 アルーラの強い口調。ユーフォルも頷いている。釘は刺したのでレウィシアも軽々しくは動かないだろう。

「う~ん、それなら」

 逃げた女性は雇い主の元へ戻るのか。レウィシアを狙い続けるのか。

 何か手がないかと考える。次から次へと起こる事件。兵もレウィシア達も大変だ。

「大人しくしていろ」

「彼女の持ち物があれば居場所はわからなくもありません」

「本当か」

「ええ」

 レウィシアは少し考え、

「あるのなら持ってきてくれ。目を離した隙に飛び出しかねない」

 ユーフォルに指示していた。

 部屋にはレウィシアと二人。扉の外には兵が。ユーフォルが戻ってくるまで書類仕事の手伝い。アルーラは捜索に加わった。


「これが持っていたものです」

 執務机には一本の短剣、ハンカチ、メモ帳。

「ハンカチとメモ帳は城で支給されているものです。メモ帳に何か書かれていないか調べたのですが、城での用以外は何も」

 ユーフォルと共にダイアンサス親子も執務室へ。

「長く持っていた物の方が辿り着けるでしょう。辿り着けず、途中で落ちたら元も子もないので」

「どういうことだ?」

 セレーネは短剣を取り、魔法をかける。短剣は鷹の姿に。部屋の中を飛んでいる。

「持ち主の元へ返るようにしました。国外は無理ですが城内、城下町に潜んでいれば見つかりますよ。では」

 そう時間は経っていない。遠くには行っていない、はず。

「待て」

 素早く動いたレウィシアに後ろ襟を摑まれる。

「ダイアンサス、動ける少数を連れてあの鳥の後を追え。城下町から出たらどうなる」

「短剣に戻ります。遠方は追えません」

「だ、そうだ。元に戻れば近くにいない、叔父の下へ戻った。これ以上は無理と判断して、女は諦める」

「はっ。貴族の邸に入ればどうします」

 ダイアンサスは意地の悪い笑み。

「俺の鳥が逃げた、と言え。文句がくれば対応する。くれば、だがな」

 女性が見つかれば匿っていたとされ、おしまい。

「大人しくここにいろ。術者がついていなくとも大丈夫なのだろう」

「ええ。探すのが面倒くさくて覚えた魔法なので。持ち主の元に戻れば姿も戻ります。それでも行きたいです」

 自由に動けなかったストレス解消に。

「王妃を出せるか。それにストレス解消とばかりに周りを見ず、爆発でもされたら。それにこれが罠だとも言い切れない」

 見透かされている。

「罠、ですか」

「ダイアンサス、ガウラ、行け」

 説明せず、二人に指示。二人は返事をして扉を開ける。鷹は部屋の外へ。鷹を追い、二人も部屋から出ていった。

 ええ~、とセレーネは不満の声を上げるも、後ろ襟から手は離してくれず。

「騒ぎを起こし、兵を女に集中させ、こちらの警備が手薄と考え、何か仕掛けてくるかもしれないだろ。大人しく仕事を手伝え。それとも俺と一緒は嫌か」

 最後の一言は寂しげに。こう言われれば大人しく従うしかない。

「いえ」と返すと、手を離し、書類を押し付けてきた。


 国王直々の監視の下、書類整理。休憩にはグラナティスでは一般にも食べられている焼き菓子を出され、おいしくいただいた。

 その日の仕事が終わる頃、執務室の扉を叩く音。レウィシアが返事をすると入ってきたのは、アルーラとガウラ。

「見つけましたよ。捕らえようとしましたが抵抗され、最後は自害されました」

 アルーラは元に戻った短剣を執務机へ。

「どこに隠れていた」

「城下町の空き家に。巻き添えを食った住民はいませんが、空き家にしてはきれいすぎるんです。近所の者に聞けば、もう何年も誰も住んでいないと」

「つまり、そこで叔父の手の者と会っていた」

「それはなんとも」

 アルーラは小さく肩をすくめている。

「父が家を調べている。明日にでも報告にくるだろう」

「わかった。ご苦労だったな」

 レウィシアは小さく息を吐いている。アルーラ、ガウラは報告を終えると退室。

 セレーネはレウィシアの傍へ行き、頭を撫でる。レウィシアは大人しく撫でられている。

「お疲れさまです」

 レウィシアの両腕がセレーネの体に回され、抱き寄せられた。

 刺客騒動はひとまず解決? 他にも入り込んでいるだろうが。どのくらいの間かわからないがすぐには行動しないだろうと、レウィシアは言っていたが。


「叔父が兵を動かしている」

 夕食時に告げられた。レウィシアも元通りなので食事は私室ではなく、以前から食べていた場所。

「刺されてからの一ヶ月は静かだった。様子を見ていたのだろう。すぐに兵を動かしていればよかったのに」

 レウィシアが刺され、混乱していた。もし回復しなければ、助からなければ争わずにこの国は再び一つに。それを待っていたのか。それとも刺客の報告を待っていたのか。

 五日前に女性の刺客が倒れたばかり。早くも次に。

 空き家を隅々、それこそ天井、床板まではがして探せばレウィシアの叔父とやりとりしていた手紙を発見。さらに、その空き家に刺客の仲間が現れ、張り込んでいたガウラにより捕らえられた、と聞いている。

 家中を探し、回収されたものの中にはレウィシアを刺した短剣も。さすがに毒は付いていなかったが、特殊な短剣だった。

 回収されたものを見ていたレウィシアが「これは自分を刺した剣だ」と。刺されながらもどれだけ見ているのか。呆れもし、驚きもした。セレーネもその場におり、回収されたものを一緒に見ていた。アルーラもおり「女性が見ても面白くないでしょう」と言われたが。

 ユーフォル、ダイアンサスは捕らえた者から事情聴取。そのためこの場にはいない。

「これ、魔獣の一部で作られた剣ですね」

 セレーネはレウィシアを刺した短剣を手に取り、じっくり見た。

「普通の剣とどう違うんです。全くわからないんですけど」

 見た目にはわからない。精霊や魔獣の体の一部を使って武器、防具、宝飾を作れるが加工が難しい。そして材料を手に入れるのも。弱い魔獣では強度も弱い。強い魔獣ほど強力なものが作れる。材料を手に入れることから難しく。運よく手に入れても加工が。

「普通の、鉄製の剣より丈夫なんですよ。魔獣は魔力を持っていますから、魔法を込めやすい、魔法剣として扱えるんです。私も二、三本くらいしか見たことありません。それくらい珍しく、作るのが難しいんです」

 売られていても高値がつけられる。それだけ加工できる職人も少ない。

 セレーネは剣に軽めの雷魔法を込めて、アルーラに「剣を構えてください」と。アルーラは首を傾げながらも言葉通り、下げている剣を構える。

「触れますよ」

 アルーラの剣に短剣を合わせる。

「うわ、びりっときましたけど」

 セレーネは合わせていた短剣を離す。

「魔法を込めていますから。普通の剣でもできますが、耐久力が違うんです。魔法の大きさにもよりますが普通の剣なら魔法を込め、一度使えば壊れるでしょう。ですが魔獣や精霊の一部を使った武器なら」

 セレーネの手にある短剣は欠けてもいない。

「これではどうだ」

 レウィシアは下げている剣を構える。

「それは、わかりませんね。竜の骨で作られているのでしょう。そちらが格上ならこれは簡単に折れます」

 だから油断する子供の姿に。

「先ほどと同じようにやってみろ」

「いいんですか」

 頷くレウィシア。セレーネは先ほどと同じ軽めの雷魔法を込めて、レウィシアの構えている剣に短剣を合わせる。

 レウィシアは静かなもの。

「何もありません?」

「ああ。魔法を込めているのか」

「いますよ。軽めの。強力な魔法にすればこちらの剣が壊れるかもしれないので。う~ん、やっぱりそちらが格上だから魔法も防いでいるんでしょうか」

 合わせていた剣を離す。レウィシアも構えていた剣を鞘へ。

「これはお返しします。大量には作れないと思いますが」

「詳しいんだな」

「倒した魔獣の骨や牙、毛皮などを高値で売買している者がいると聞いた覚えがあります。それとは別に武器に魔法を込められないか研究している国もあるとか。これも聞いた話ですけど。この国ではそのような研究は」

「していない。これは魔法師長に回しておこう」

 短剣だけに時間をとるわけにもいかない。レウィシアやアルーラ、セレーネは他の回収品を検めていた。


「目論見通りにいかなかった。だから次の手を打ってきた。まだ本調子でない内に叩いておこうと考えているのだろう」

 迫力ある笑み。まだいる内通者から回復を聞いての挙兵か。毒を考えてもこんなに早く全快するとは相手も思っていないのだろう。すっかり元気に。

「つまり、こちらも兵を動かす。しかも、シアも出ると」

「ああ」

 全快したとはいえ。苦労しますね、とレウィシアの背後に控えているユーフォルを見た。

「それで留守の間書類整理をしていろと」

「お前を残すと何をしでかすか。連れて行く。治癒魔法は使えるだろう。戦になれば猫の手も借りたい。後方支援していろ」

「何かした覚えはありませんが、行くのなら出て、どれだけの実力か」

「大人しくしていろ」

 冗談なのに本気にとられた。

 魔獣や賊退治は覚えがあるが、戦はない。起こらない、出ないのが一番。それにセレーネが戦に出て本気を出せば。実力を知ったレウィシアはセレーネを道具として見るかもしれない。

「叔父上は出てこないだろう」

 レウィシアは難しい顔。

「そういえば重宝されている人がいるとか」

「ああ、その女が出てくる可能性が高い」

「女性、ですか」

「薬に魔法の知識もある。城の魔法使いが何人かあの女に傾倒してついていった」

 レウィシアを苦しめた毒を作った、見つけた、魔法で紙を子供の姿にした人物か。

「あの毒に対する薬はないので注意してください」

 城の薬師は文献を漁り、未だ分析しているとか。

「なんとかなりませんか」

 ユーフォル、レウィシアは難しい顔でセレーネを見る。

「以前も言いましたが、薬の材料が手に入りにくいので大量には作れません。譲ってくれて一本でしょう。まぁ、あの毒も希少ですから大量には作れない、見つけていないでしょうけど」

 注意しておけば。

「払えるものなら払う。駄目もとで頼んでおいてくれ。用心はする」

「……はい」

 気は進まないが。何を請求してくるやら。

「叔父上は操られているんですか」

「本人の意思もある。上手く取り入っている、というところだ。臣下や民があの女に助けられたことがあり、父も城に置いていた。まさか国を二分するとは思わなかっただろう」

 猫をかぶっていたのか、機をうかがっていたのか。

「自作自演?」

 ぽつりと呟く。相手にされなければ目立つように仕向ければいい。しかし城に居続けるとなると、実力がなければ、ばれれば。

「あの女さえ倒せれば叔父は裸同然」

 つまりその女性が全権を握っているようなものなのか。どんな女性なのだろう。

「叔父上の奥方ではないのですか」

「そういう噂も流れていたが、実際はわからない。叔父には正妻がいる。他にも何人か」

 側室、愛妾、呼び方は色々。

「国を分けた途端、俺から叔父上にすりよる令嬢もいたな」

 レウィシアは苦笑。若い叔父なのか。

「今さらですが、ヴィリロが挙兵したというのはどこから出たのでしょう」

 あれからどのくらい経った? ヴィリロからは何も報せがこない。わかればセレーネ個人宛の手紙かレウィシアに報せが入る。入れば教えてくれるはず。レウィシアが仕組んでいない限り。

 ちなみにセレーネ宛の手紙は祖父、バディド以外はヴィリロの者であってもすべて中身を確かめてから渡される。中にはグラナティスの貴族から恋文かと思われるものも。すごいのはレウィシアが祖父、バディド、グラナティス国内の貴族の筆跡を覚えていること。送り主の名がなくても筆跡だけでどこの貴族と当てている。

 セレーネからは祖父、バディドにしか送っていない。急ぎ、相手を知られたくなければ魔法で手紙を鳥に変え、飛ばしている。

「俺が仕組んだとでも考えているのか」

「……いいえ」

「その間はなんだ」

 軽く睨まれた。

 レウィシアのこと、情報収集目的でヴィリロに間者を送り込んでいるだろう。それはレウィシアの叔父側も。どちらもヴィリロを味方につけようとしていた。動向に注意していた。ヴィリロは、祖父は間者を送り込んでいない。しかし貴族はどうか。勝手に送り込んでいるかもしれない。

「俺は仕組んでいない。ヴィリロはどうだ。叔父上側につけ、という貴族はいなかったか」

「表立ってはいなかったですね。裏ではどちらにつけば、とこそこそ話していました。ヴィリロも一枚岩ではないので。それに皆同じ意見、すべて王の言う通りというのも怖いですよ」

 レウィシアは小さく息を吐き「そうだな」と同意。苦労しているのはよくわかる。グラナティスはヴィリロより広い。それだけ意見も多い。

「噂を流したのは叔父上側だと思うが、ヴィリロの貴族も疑っている」

「ヴィリロの貴族が話をでっちあげた。どちらかと手を組みたかったから、ですか」

「それもあるが、お前か陛下、バディド殿を始末できるとすれば。もしくは三人共」

「三人一緒には外へは出ませんけど、なるほど」

 王族の血筋が絶えればヴィリロは大混乱。そこを上手く乗っ取れば。

「嫌なことを思い出させるが、乱心したセレーネの叔父の身内、子供はいなかったのか」

 レウィシアの顔は申し訳なさそう。身内、子供が親の仇をとろうと組んだと考えているのか。

「いません。叔父は性格に問題ありで、結婚する前に女性に逃げられていました。念のため、おじい様が別れた女性との間に子供がいないか探したようですが」

「いなかった」

「はい。お金目当てではいましたけど、それも調べれば全く違いました。叔父派の貴族も処罰されましたけど。……なるほど、処罰された叔父派の貴族の身内、もしくは叔父派と黙っていれば」

 わからない。レウィシアの城も同じ。お互い厄介な叔父を持ったものだ。

「そういえば、話し合いのためヴィリロからグラナティスの貴族の邸に向かう途中襲撃されましたね。誰かさんが来たのには驚きましたけど助かりました。もしかしてあれも読んでいたんですか」

「我々で迎えに行くので陛下は大人しく邸にいてください、と申し上げたのですが」

 大人しくしていなかった。

「大勢で動くわけにはいかなかったからな。腕の立つ少数で行けばセレーネが連れてきた手勢と力を合わせられると考えていたが、予想に反して二人だったな」

 レウィシアは呆れたようにセレーネを見ている。一人で行こうとしていたと知れたらさらに呆れられるだろう。もしくは怒られるか。

「向かったのは念のためだ。何事もなければ陰から見ていた。あそこで連れ去られるなり、始末され、こちらの責任にされてヴィリロと戦になっても、な。両方の相手くらいと言ったのも嘘ではないが」

「おじい様なら冷静に対処しそうですけど」

「表面上はそうでも心の中は穏やかでいられないだろう。例えば連れ去られて、なんの音沙汰もなければ」

 心配する。確実に。祖父だけでなくバディド、将軍も。

「そこに付け込んだら。お前に会いたければシャガル様直々に来いと言われたら。シャガル様が行かなくともバディド殿を誘い出せば」

 セレーネは腕を組んで唸る。祖父はセレーネより国を選ぶだろう。しかしバディドは。バディドまで連れ去られては祖父も動くしかない。

 ヴィリロの者ならセレーネの実力は知っているがレウィシアの実力は知らない。逆にグラナティスの者はセレーネの実力は知らず、もしくは聞いただけで、レウィシアの実力は知っている。しかしそのレウィシアが来るとは思わなかっただろう。

 レウィシアに強引に連れてこられたとはいえ、護衛にセレーネ直筆の手紙を持たせて帰した。中身を検めることも、こう書けと脅しもせず。ここでもいい暮らし。祖父にも会えて。

 レウィシアが助けに現れなければ。……襲撃者がヴィリロでもグラナティスでもぶっとばして。

「物騒なことを考えていないだろうな。お前を襲ったのは以前も言ったが叔父の手の者。それははっきりしている」

「それなら挙兵話の出所も」

「ヴィリロの貴族とも組んでいないとは言えない。そちらはどうか知らないが、こちらは話し合う件を知っていたのは限られた者。誰彼話さないし、話せばその者と確定できる。もちろん俺やユーフォルが向かうことも。俺が向かうと知っていればさらに数を増やされていた。もしくは俺とセレーネを始末して、責任のなすり付け合い。その間に」

 叔父側が国を乗っ取るか、ヴィリロ、グラナティスの戦に。得をするのは。

 貴族の邸から城までは襲撃されなかった。城に援護を頼めば一日ですっとんできそうだ。大勢で動いていればどちらも悪目立ちする。

「うう、うちは隠していなかったです」

 それがレウィシアの叔父側の間者に伝わり。いや貴族と組んでいないとは。レウィシアのように限られた者にしておけばはっきりしていたのに。がっくり肩をおとした。

「詰めが甘い」

「ごもっともです」

 返す言葉もない。

「ヴィリロには悪いが情報収集のため間者を送り込んでいる。何かわかれば報せがくる。わかれば教える」

 レウィシアはテーブルにあるセレーネの手に軽く触れた。セレーネは「わかりました」と頷く。

「それはそうと、なぜシアが来たんです。アルーラ様でもよかったのでは」

 アルーラはセレーネを覚えていた。それに信頼もされている。王直々でなくとも。

「そういうわけだ。明日から準備しろ」

 どういうわけだ。いきなり話が変わり、セレーネは訳がわからず首を傾げる。しかしレウィシアは答えない。

 準備とは戦の準備か。

「いつ経つんです」

「明後日」

「……いきなりですね」

「明日と言わないだけいいだろ」

 パーティーに行くのではない。セレーネの荷物は着替えくらいのもの。準備にそう時間はかからない。

「わかりました」と再び頷いた。



 会いたかった。一目でもいい、姿を見たかった、などと言えるはずもない。変わり果てた自分の姿を見せるのは正直気が引けた。しかし怯え、嫌悪すれば気持ちに片はつく。持っているものを捨てられる。感情の一部と優しい思い出と一緒に。だからユーフォル達の反対を押し切り、会いに。



 大勢での行軍、一糸乱れぬ動き。

 慣れている、とセレーネは馬上から見ていた。ここに来てから遠乗りには行けていないが、セレーネが馬に乗れることをレウィシアは覚えていた。だから馬車ではなく馬上。体力のない魔法使い、医師、薬師は馬車に乗っている。

 魔法使いは魔法の研究を主に行うため体力などない。セレーネは父が将軍職だったため幼い頃から馬に乗ったり、剣を振ったりと体力作りをしていた。あの頃は魔力があるとは気づかず一生懸命剣を振っていたものだ。魔力があると気づいたのは叔父の乱心中。自分が生き残りたいがために発現した。

 セレーネには三つ下の弟がいた。その弟は甘えん坊。内にこもり、母の傍で本を読むのが好きだった。逆にセレーネは活発。父は「逆ならよかったな。セレーネがヴィリロ初の女将軍になるか」と。今思えば冗談だったのだろうが、幼いセレーネは本気にとり、大きく頷いた。だが剣や体術は身につかず、叔父の乱心中に魔力があるとわかり、その後魔法を教わった。剣より合っていたようで、めきめき実力をつけ。特に攻撃魔法。治癒、浄化も使えなくはないが。叔父の乱心前にわかっていれば、と何度も考えた。

 母の母、祖母に魔力があったのでそれが引き継がれたのでは、といわれている。母や叔父達に魔力はなかった、と思う。魔力を持っていると気づかず一生を終える者も少なくない。魔力持ち同士が結ばれたからといって子供も必ず魔力を持っているとは限らない。遺伝ではあるらしい。このあたりはまだはっきりわかっていないが血筋の中に魔力持ちがいれば隔世遺伝で現れてもおかしくないと。

 そういえばレウィシア達がヴィリロ滞在中、一緒に剣を振ったが、散々なもの。危うくレウィシアを傷つけそうになり、臣下に怒られた。レウィシアは笑って許してくれたが。

 最近は色々あり体力作りもなまけ気味。王妃が訓練場で走りこむのも。

 ばれなければ大丈夫か? レウィシアは堂々と鍛錬しているし。

 レウィシアが回復してから一度、訓練場へと引っ張られ、剣を握らされて振ったが、手からすっぽ抜けて近くの兵士に当たりそうに。

「疲れていませんか」

 アルーラが馬を寄せ、声をかけてきたので、過去の思い出から現実へ。

 馬上のセレーネは魔法使いの姿。黒フードをかぶり、頭を隠している。城に勤めている魔法使いは黒と白のローブに分かれている。黒は攻撃魔法、白は治癒魔法が得意。もしくは専門。黒白のローブを着ている者もいるがこれは両方使えますよ、という意味らしい。

 王妃としてそれほど顔は知られていない。それなのに兵の間では。

「陛下が王妃様を連れてきている」「どれだけ溺愛しているんだ」「我がまま言ってついてきたんじゃないのか。戦も知らないお姫様。興味本位で」と好き勝手に。

「大丈夫ですよ。久々馬に乗れて遠出。戦じゃなければ」

 はぁ、とやるせない溜息。

「そうですね。新婚旅行がこれでは」

 なごますための冗談だろう。

 レウィシアの傍にはガウラとユーフォル。ダイアンサスは城に残っている。本来ならセレーネも城に残るのだが。

 ヴィリロは兵を動かしていない。レウィシアも要請はしなかった。セレーネがいても祖父は兵を動かさないだろう。静観している。もし、レウィシア側が負けても。

 ヴィリロに兵を向ければ護るために兵を動かすだけ。そのことでグラナティス、レウィシア側から何を言われようと覚悟はできている。

 ヴィリロは内輪揉めはあったが内乱にまでなっていない。ありがたいことに戦も起きていない。訓練はしているが兵の実力は未知数。二年前から争っているグラナティスにしてみれば頼りないと思われても。もし、ヴィリロの兵を動かしても、動きを合わせられるかどうか。

「今回も勝って終わらせますよ。ご心配なく」

 笑顔のアルーラ。

 なぜか心配はしていない。落ち着いている。自分でも不思議なくらい。向かう先では大勢の人が戦うのに。まだ実感がわかないのかもしれない。だから落ち着いているのかも。

「今回も、ということは前回も勝った。勝ち続けていれば戦は終わっているはず」

「耳が痛い。向こうの指揮官に厄介な人がいて、どうやってか戦場に魔獣を投入したり、魔法で罠作っていたりと、勝っても逃げられるんですよ」

 アルーラは苦笑して、持ち場へと戻っていった。

 安全と思われる、奇襲を考え、町や村から離れた場所で休憩をとりながら進み続けていた。単騎なら二日ほどで辿り着けるが大勢、馬でない者もいるので五日はかかると話していた。

 言葉通り、五日目の昼を過ぎたあたりに辿り着く。

 周囲に民家などない、広い平原。先には高い壁が。レウィシア曰く、砦だと。

「叔父の軍はあそこに陣取っている。戦うのはこの平原だが、勝てばあの砦はこちらのもの」

 先にある砦を見ながら説明。レウィシア側はテントを張っているだけで砦などありはしない。この地を治めている貴族はレウィシアの味方。兵も出してくれており、この地で合流。斥候もしてくれていた。

「ぶつかるのは明日だろうが十分警戒してくれ。背後から急襲されても」

 ユーフォル、アルーラ、ガウラ、将軍達を集め、指示と作戦を確かめあっていた。セレーネは周辺をぶらぶら。野営地を囲む結界でも張ろうか。敵は侵入できないが味方も出入りできなくなるかも。味方だけを入れることもできるがそれだと複雑に。魔力も多く使う。それに内通者がいれば。

 手紙は送ったが解毒薬は間に合わず。請求されるものが無理すぎて。セレーネが素となっているものを取りに行ければいいのだが。作り方がわからない。生でも大丈夫なのか。などなど、色々考えながら歩いていた。


「これを」

 夜、あとは明日に備えて休むだけ。レウィシアへと手を伸ばした。セレーネの手にあるのは水色の小さな丸い宝石。

「即席で作ったお守りです。もっとじっくり石を選んで魔法をこめたかったんですけど。三年前にお渡ししたものと同じ、危険になれば一度だけ護ってくれます」

「あれか」

 再会した日からいくぶん表情が和らいだレウィシア。

 レウィシアはセレーネの手から宝石を受け取り、見ている。

「石をじっくり選びたかったと言っていたが、ヴィリロから送られてきた物なのか」

「いえ、城下町で見つけたものです」

 セレーネの私物には危険物もいくつか。絶対他人に触らせられないものは結界を張ってある。ヴィリロに帰れるならまとめて持ってきても。……置き場所に困るか。

「ほぉ」

 低くなる声。何かまずいことでも言ったか。

「いつの間に出た。誰と行った」

 いつ? いつ行ったか。

「えっと、シアが鍛錬している時に。図書室にある本を見るのに飽きて、ちょろっと。言われた書類仕事もすべて片付けて」

「お前の場合ちょろっとじゃないだろう」

 両頬を軽くつねられた。まったく、と呟き、布団の上に座る。セレーネはなぜかあぐらをかいたレウィシアの膝の上。いつの間にかレウィシアとの距離は近いものに。以前は一人分空いていたのに、今はそれもなく。

 セレーネ達のいるテントは国王用のテント。他のテントより広く、地面には毛足の長い絨毯まで敷かれている。その上に布団を敷いていた。小さな書き物机もある。

「案内すると言っただろう」

「……言いました?」

 覚えがない。レウィシアはセレーネの後頭部に額を当てているのか、ぐりぐり。

「三年前だが」

 ぼそりと小さな声。

「色々落ち着いたら案内しようと考えていた」

 今度ははっきり。

「落ち着くのはいつになるんでしょうね」

 腹に回された両腕に力が入る。

「う、ちょっと苦しいですよ。食べたものが出ます」

「誰と行ったんだ」

「なんの話です」

「城下町に行ったと言っただろう」

 再び低い声。いい声に変わりない。耳元でこうして囁かれれば。

「男か」

「一人ですよ。迷いながらちょろちょろ。時間があればもっと色々回りたかったです」

 見た、行ったのは古書店、魔法道具を売っている店。レウィシアに渡した宝石は魔法道具店で買ったもの。宝石店でもあるが高そうな店ばかり。セレーネの懐事情では手が出ない。それに宝石店ではきらびやかに加工されている。加工されていても魔法がこめられなくはないが。石と魔法との相性もある。

 衣食住には困らないが給料が出ているわけではない。欲しい物があればレウィシアに言うか、ねだって買ってもらうかしかない。今まで困りはしなかったので言わなかった。ねだり方も知らない。ヴィリロでは「こう言えばいいんですよ。姫様が言えば殿方はなんでも買ってくれますよ」と教えられたような。ノラは必要なものがあればおっしゃってくださいと言ってくれていたが、あれは下着や女性用品のことだろう。レウィシアには言いにくいもの。

 出歩ける状況でもなかった。新しい生活に慣れるのにいっぱい。レウィシアも落ち着いてき、セレーネも余裕ができたので、少し町へ。結婚式の前日、祖父に困れば使いなさいと、宝石、お金は渡されていた。

 図書室で魔法書を読むついでにグラナティス国内の地図にも目を通していた。ついついその地の特産まで調べ。行軍中、近くに町があればのぞきに行きたかったが休憩、寝るのは町から離れた場所。町の近くを通らない道を進んでいた。大勢での移動。敵側にもレウィシアが動いているのは伝わっている。襲われた時を考え、巻き込まないため、町の近くを通らなかったのだろう。

 とりあえず襲われず着けたが安心するのは早い。本番はこれから。

 休憩中、商人が物資を売りに来たことも。水、食料、武器、防具だけでなく家族、恋人のお土産にいかがです、と装飾の類まで。抜け目ない、とセレーネは見ていた。レウィシアは何も言わず、見ず、買わず。

「終わったら、案内する」

「は?」

「帰ったら案内すると言ったんだ」

「でも忙しいんじゃ」

 帰っても自由ではない。ダイアンサスに任せているとはいえ、書類仕事が。勝っても負けても次の手をどう打つか。

「そうだな。早く行きたければ、お前も頑張れ」

「それって、手伝えと」

 それとも一部丸投げされる?

「勝って戻る。だから」

 戦といえば戻ってこられるかどうかもわからない。先頭に立つのならなおさら。体の傷が物語っている。

「そうですね。約束ですよ。勝って戻って、城下町案内してください」

 腹に回されているレウィシアの左小指にセレーネの小指をからませる。

「おいしいものいっぱいおごってください」

 一緒に布団へと寝転んだ。



 いつも一人だった。いつから一人だったのか。暗い中、広い寝台に一人。誰か呼べば来てくれる。しかし子供ではない。子供の頃はガウラ、アルーラが城に来れば、夜遅くまで話し、そのまま一緒に寝ていたが、大きくなるにつれ、それはなくなり。ヴィリロでもセレーネ、バディド、アルーラ達と夜遅くまで話し、眠ることも。年頃の娘なのにいいのだろうかと考えもした。皆で眠った時の温かさ。グラナティスでは、夜訪れてくる令嬢もいたが、火傷を負ってからはそれもなくなり。

 セレーネが来てからは一人ではなくなった。嫌な夢を見ても、不安な夜も、背中を向けて寝ていても小さな寝息と温かさが傍にあった。時々背を撫でてくれていたのも。最初は慣れなかったが、今では傍にいるのが当たり前に。

 レウィシアが触れても嫌な顔をしない。くすぐったそうに笑うことも。その笑みを見て、ほっとしたのはいつからだろう。もっと触れたいと。恨み言をどれだけ言われようと仕方のない身なのに。傍で笑ってくれる。恨み言も文句も陰で悪く言うこともない。セレーネから手を差し出してくれる。

 以前、夫婦といいかけて口にできなかった。セレーネがそう思ってくれていなければ。夫婦であり、今となってはレウィシアのたった一人の家族。

 叔父に一つだけ感謝している。それはヴィリロへ送ったこと。セレーネに会えた。もしお互い何も知らないまま結婚していたら、どうなっていただろう。今と同じように過ごしていたか、それとも。そもそも結婚していたかどうか。

 セレーネはなんの不安もなさそうにすやすやと眠っている。城の寝台より寝心地はよくないのに。明日は戦だというのに。

 寝顔を見ていると思い出してくる。セレーネは覚えているだろうか。それとも寝ぼけていただけか。

 時々見る夢。どちらが現実かわからなくなる。

 部屋にいる者が一人、一人と去って行く。ユーフォル、ダイアンサス、アルーラ。その中にはグラナティスに来て日の浅いセレーネの姿も。振り返らず皆去って行く。声は出ず、体も動かない。一人玉座に。だが、これで良かったのかもしれない。こんな寂しい場所に縛り付けておくより。

 諦めたところで目が覚める。

 こんな夢を見るのは自信がないから。これで良かったのか、間違っていなかったのかと自問自答。誰かに聞くことなどできない。すべて王であるレウィシアの責任。どんな判断を下そうとも。

 その日もそんな夢を見て、早くに目が覚めた。部屋は薄暗く、夜明け前くらいだったか。再び眠る気にもなれず、傍で眠っているセレーネの髪になんとなく触れていた。

 レウィシアが寝込んでいた時はソファで眠っていたようだ。その前も。レウィシアが仕事で遅くに部屋に戻ると、ソファで本を読んでいて寝落ちしたのか、寝ていた。ヴィリロでもそうだった。風邪をひかれては、と放っておけず、毎回寝台へ。

 手入れが行き届いているのか、さらさらと手からすべり落ちていく。

 ヴィリロでは国王もバディドも自分でできることは自分でしていた。対してレウィシアは言わずとも使用人が。なので、ヴィリロに送られた当初は戸惑った。セレーネは王位とは関係なかったが、王族が減ったので今まで住んでいた父親の家から城へと移り。移ったばかりはレウィシア同様戸惑ったとか。

 髪に触れていると思い出してくる。レウィシアの短い髪を結ぼうとしたり、飾りをつけようと。

「ん」と小さな声。まぶたが震え、ゆっくり持ち上がる。

「シア」

 小さな声。眠そうな目。寝ぼけているのか。

「起こしたか」

 ううん、と小さく首を左右に振っている。眠そうな目でじっと見てくる。いつの間にか髪を撫でていた手は止まり。

 セレーネはごそごそと動き、右手が布団から出てきて、レウィシアの頬をつねる。

 なんなのか。

「痛いですか」

 それほどではないが。

「ああ」

 頬から手は離れ、両手でレウィシアの左手を包むように握る。

「温かいですか」

「ああ?」

 訳がわからないながらも小さく頷く。

「こちらが現実です。夢じゃありません」

「っ」

 セレーネは微笑むと手を握ったまま、再びまぶたを閉じた。

 覚えているだろうか。

 あの時はまだセレーネを警戒していた、信じきれていなかった。だが、握られた手の暖かさにほっとしたのも、これが夢なら覚めないでくれと願ったのも確か。

 誰かと約束したのも何年ぶりか。果たすためには負けられない。

 渡されたお守りは水色の石。三年前渡されたのはセレーネの瞳と同じ薄紫をしていた。忘れないでという意味かとも当時は思い、期待もした。また会えると、ヴィリロで町を案内してくれたように今度はグラナティスに招いてレウィシアが案内しようと。

 セレーネの額に頬をすりよせ、さらに抱き寄せて、レウィシアも目を閉じた。

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