第131話 アキとのダンジョン【シズカ視点】

 アキに一緒にダンジョンに行ってと、何度も何度も頼んだ。その度、何度も何度も断られた。

 さすがの私も心が折れそうになる。しかしめげるわけにはいかない。幼い私の心に応えないと……。


 しかしアキの蒼炎の魔法を見る事無く、夏休みに入った。アキはエルフの里に行くそうだ。私はボムズの実家に里帰りだ。


 父親から婚約者のガンギとの仲を良くするように言われている。私は何度もガンギとの婚約破棄をお願いしているが聞き入れてもらえない。

 私が「ガンギとなんかデートしたくない!」と言うと、「それなら魔法学校を辞めさせる」と返される。


 しょうがなくガンギとボムズの街をぶらぶらしていた。何でこんな奴と一緒にいなければならないのか。自分が不憫でならない。

 休憩のためにお茶を飲んでいたら、お店に三人組が入ってきた。それを見た私の頬は緩む。

 私はお店に入ってきた三人組のテーブルに近寄って、空いている椅子に腰をかけた。


「アキさん、ボムズに来てたんだ。それならば言ってくれたら良いのに。水臭いなぁ、私たちクラスメイトでしょ」


 私は微笑んだ。


「急な予定変更でね。先日来たばかりなんだよ。これからも忙しいから君の相手は厳しいかな」


「そんな寂しい事言わないでよ。そうだ、ボムズのダンジョンに連れて行ってよ。今は夏休みだから良いでしょ」


「ダンジョンに連れて行くのは断ったはずだよ、遊びでやってるわけじゃないんだ」


 連れないアキの返事にスカーフをしている女性が口を挟んできた。


「なんだ、君は貴族なのにダンジョン活動に興味があるのか?」


 一瞬ビックリしたが、私はしっかりと応対する。


「とても興味があります。だけどアキさんが連れて行ってくれなくて。学校の魔法実技のダンジョン試験は好成績でしたけど、もう少しランクの高いダンジョンも見てみたいと思っています」


「アキくん、若い前途洋々な女性になんて事をしているんだ。早速明日のダンジョンに連れて行こうじゃないか!」


 これは千載一遇のチャンスだ! 物にしないと!


「ありがとうございます。とても綺麗な女性は心も優しいのですね」


「私は王都魔法研究所のヴィアだ。王都魔法学校の生徒は身内みたいなもんだ。気にするな」


「あのヴィア博士ですか! お目にかかれて光栄です!」


 これでやっとアキの蒼炎の魔法を見る事ができる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、6人乗りの馬車で、焦土の渦ダンジョンに向かう。

 私はアキの蒼炎の魔法が見られると思ったら、気持ちが昂っていた。


 焦土の渦ダンジョンの中に入る。入り口が洞窟型だ。胸がドキドキしてくる。


「ここがCランクダンジョンの焦土の渦ダンジョンなのね。もっと暑いかと思っていたけどそんな事ないのね」


 気持ちが昂っている私にアキが注意をしてくる。


「ここのサラマンダーは火属性の魔法がそれほど効かないから大人しくしてくれよ」


「あら、火属性同士なら強い方が勝つのが基本でしょう。私のファイアーランスなら何とかなるんじゃない?」


「頼むから大人しくしていてくれよ。ダンジョン内は危ないんだから。今日は接近戦でサラマンダーを倒していく予定なんだから」


 は、なんて言ったの!?


「接近戦? それなら蒼炎の魔法は使わないって事!?」


「今回、ボムズに来てから蒼炎の魔法は1回も使ってないよ。今日も使う予定は無いね」


 そんな馬鹿な……。アキとダンジョンに来たのに蒼炎の魔法が見られないなんて。


「せっかく来たのだから蒼炎の魔法を見せてよ。入試の時も見てないのよね」


 アキは溜め息を吐いた。


「僕たちは冒険者としてダンジョン活動をしているんだ。君の見せ物になる為にダンジョンに来ているわけじゃないんだよ。大人しくしていないなら、馬車で待っていてもらうからね」


 しょうがない、今日は諦めよう。また機会があるはずだ。

 気落ちしながらも皆んなの接近戦を観察する。

 へ? 何これ?


「あんなにスパスパ切れるのね。私も剣術やろうかしら?」


「あんなにスパスパ切れるのは武器の相性もあるけど剣術の技術の高さもあるよね。だけど貴族が剣術をやると変な目で見られることは覚悟しといた方が良いぞ。騎士団に入るなら別だけどね」


「私は自分が良いと思ったら周りの事は気にしないわ。それで強くなれるなら最高じゃない」


 この日のアキのパーティは220匹のサラマンダーを倒していた。これは驚嘆するしかない。さすがはBランク冒険者パーティだ。


 焦土の渦ダンジョンの外に出て、一息ついたところで呪文の詠唱が聞こえる。


【火の変化、千変万化たる身を礫にして穿て、ファイアーボール!】


 声のした方を振り返るとアキがミカさんに突き飛ばされていた。その影から迫る火の玉。私は声を上げる間もなく、顔に衝撃と熱さを感じた。


 すぐに顔に液体をかけられる。匂いからしてポーションだ。その後にポーションを飲むように言われる。

 焼け焦げた髪の匂いがした。

 勝手に身体が震えてくる。ヴィア主任が抱きしめてくれた。

 震えている私の耳にアキくんの声が聞こえる。


「お前は何をしたのか分かっているのか? 人に魔法を向けて撃っちゃいけない事は、魔法を教わる時に最初に教わることだぞ」


「お前が避けなければ良いじゃないか! 僕はお前を狙って撃ったんだ。それを奴隷風情が邪魔をしやがって!」


 ガンギの声だ! ガンギがファイアーボールを撃ったのか。


「僕に魔法が当たっていても同じ事だ。君が魔法を人に向けて撃ったことに変わりはない」


「うるさいなぁ! 何調子に乗ってるんだ! 役立たずのくせに! 僕のシズカに手を出すな!」


「本当は君を叱らないといけないんだろうけど、僕はそういうのは好きではない。ただし自分のやった事には責任を取る必要がある。ただそれだけだ」


 アキがミカさんに向かって話す。


「魔法の不適正使用だ。ガンギを縛り上げてもらえるかな」


 なんか現実感が伴っていない。これは夢ではないのか?


 馬車の中には縛り上げたガンギが転がっている。ボムズに向かって馬車が発車した。

 気持ちが落ち着くとガンギへの怒りが湧いてきた。


「何考えて人に魔法が撃てるのよ! 信じられないわ! 頭がおかしいんじゃないの!」


 ガンギを足蹴にしようとしたらアキに止められた。


「被害者のシズカには言いにくいが、そこまで元気があるなら大丈夫かな。今回の件、軽率だったのはガンギだけではない。僕もシズカも軽率だったぞ。君はガンギの婚約者だ。それならガンギがこういう行動に出てしまう危惧を考えなければならない。ガンギが1番悪いが、僕とシズカも反省するところはしないといけない」


 アキくんの言葉に私は頭に血が上る。


「今時、婚約者って何よ! 意味がわからないわ! そんな事をやっているのは公爵家くらいじゃない! 私は婚約を破棄したいの! 結婚する人くらい自分で選びたいわ!」


「それを僕に言われてもなぁ。ファイアール公爵家と自分の父親に言ってくれ。幸い、今回の件で婚約が白紙になる可能性だってあるだろ」


 なるほど、それは嬉しい誤算だ。


「それにしてもガンギはどこに連れて行くかな? ファイアール公爵家か、冒険者ギルドか、騎士団の詰所のどれかだな」


 私としては、ファイアール公爵家だけは避けたい。


「公爵家だけはやめてよね。揉み消されそうだわ」


「冒険者ギルドだと、僕の影響が大きいから不平等だね。騎士団の詰所にしとくよ」


 これでガンギとの婚約が解除できるなら儲けものだわ。

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