第130話 放たれたファイアーボール

 【9月6日】の朝、僕は気が重かった。

 昨日、ヴィア主任とシズカが意気投合してしまった。

 ヴィア主任は血を残す事に躍起になり、ダンジョン活動をしない貴族を軽蔑している。

 その為、貴族なのにダンジョンに興味を示しているシズカに好意的なのだろう。

 実際の興味はダンジョンではなく、僕の蒼炎の魔法についてなんだけど。おまけにボムズに来てから全然、蒼炎使ってないけどね。


 いつもは4人乗りの馬車ではあるが、今日はシズカもいるため6人乗りの馬車の手配をした。

 シズカと合流し、焦土の渦ダンジョンに向かう。

 行きの馬車からシズカは上機嫌で話をしている。

 ミカはドン引きしていた。サイドさんは我関せずの態度。僕は適当に相槌をうっていた。ヴィア主任とシズカの声だけがする馬車の中だった。


 洞窟型の入り口を通り、焦土の渦ダンジョンの中に入る。

 シズカは興味津々だ。


「ここがCランクダンジョンの焦土の渦ダンジョンなのね。もっと暑いかと思っていたけどそんな事ないのね」


 遠足気分のシズカに僕が注意をする。


「ここのサラマンダーは火属性の魔法がそれほど効かないから大人しくしてくれよ」


「あら、火属性同士なら強い方が勝つのが基本でしょう。私のファイアーランスなら何とかなるんじゃない?」


「頼むから大人しくしていてくれよ。ダンジョン内は危ないんだから。今日は接近戦でサラマンダーを倒していく予定なんだから」


「接近戦? それなら蒼炎の魔法は使わないって事!?」


「今回、ボムズに来てから蒼炎の魔法は1回も使ってないよ。今日も使う予定は無いね」


「せっかく来たのだから蒼炎の魔法を見せてよ。入試の時も見てないのよね」


 僕はため息をついて言葉を発する。


「僕たちは冒険者としてダンジョン活動をしているんだ。君の見せ物になる為にダンジョンに来ているわけじゃないんだよ。大人しくしていないなら、馬車で待っていてもらうからね」


 そう言うと渋々大人しくなったシズカ。

 それでもサイドさんとヴィア主任、ミカの剣捌きを見て驚嘆する。


「あんなにスパスパ切れるのね。私も剣術やろうかしら?」


 このシズカの言葉にちょっと見直した。貴族は剣術を馬鹿にしてるからな。自分が興味を持った物に対しては偏見無く見る目があるようだ。


「あんなにスパスパ切れるのは武器の相性もあるけど剣術の技術の高さもあるよね。だけど貴族が剣術をやると変な目で見られることは覚悟しといた方が良いぞ。騎士団に入るなら別だけどね」


 その僕の言葉に心外そうな顔をするシズカ。


「私は自分が良いと思ったら周りの事は気にしないわ。それで強くなれるなら最高じゃない」


 この日の討伐は220匹のサラマンダーを倒す事ができた。サイドさんの動きが格段に良くなっている。

 シズカも大人しく見ていたので安心した。

 ダンジョンの外に出て、一息つく

 さぁ帰るかと思った時、後ろから呪文の詠唱が聞こえる。


【火の変化、千変万化たる身を礫にして穿て、ファイアーボール!】


 声のした方を振り返ると20セチルほどの火の玉が顔の近くに迫っている。

 身体に衝撃を受けた。

 そして魔法の衝撃音!

 僕の上にはミカが乗っかっていた。

 ファイアーボールが当たる直前に庇ってくれたみたいだ。

 魔法の衝撃音の方向を見ると倒れているシズカの姿が見える。

 慌てて腰のホルダーからポーションを取り出して当たった顔に振りかける。もう一本のポーションは飲ませる。

 処置が早かったため、顔に傷は残りそうもない。髪が少し焼けてしまっている。

 ショックを受けたシズカは震えている。ヴィア主任がシズカを抱きしめた。

 ファイアーボールが飛んで来たところを振り返ると呆然と立ち尽くすガンギ・ファイアールがいた。

 ミカが近寄ろうとしたが僕が止める。ガンギに近づいて僕は口を開く。


「お前は何をしたのか分かっているのか? 人に魔法を向けて撃っちゃいけない事は、魔法を教わる時に最初に教わることだぞ」


 呆然としていたガンギが僕の方を見て絶叫する。


「お前が避けなければ良いじゃないか! 僕はお前を狙って撃ったんだ。それを奴隷風情が邪魔をしやがって!」


「僕に魔法が当たっていても同じ事だ。君が魔法を人に向けて撃ったことに変わりはない」


「うるさいなぁ! 何調子に乗ってるんだ! 役立たずのくせに! 僕のシズカに手を出すな!」


「本当は君を叱らないといけないんだろうけど、僕はそういうのは好きではない。ただし自分のやった事には責任を取る必要がある。ただそれだけだ」


 僕はミカを呼ぶ。


「魔法の不適正使用だ。ガンギを縛り上げてもらえるかな」


 僕の指示にガンギをすぐに押さえつけるミカ。僕はマジックバックに入っているロープを取り出しミカに渡す。


 事の経緯を見守っていたヴィア主任が聞いてくる。


「良いのか? あいつはお前の弟だろ?」


「魔法が撃てるという事は力があるという事です。その力には責任が生じます。それには弟も何も関係ないですから」


 ボムズに向かって馬車を発車した。馬車の中には縛り上げたガンギが転がっている。

 落ち着いたシズカが怒りの声を上げた。


「何考えて人に魔法が撃てるのよ! 信じられないわ! 頭がおかしいんじゃないの!」


 足蹴にしようとしたシズカを僕は止めた。


「被害者のシズカには言いにくいが、そこまで元気があるなら大丈夫かな。今回の件、軽率だったのはガンギだけではない。僕もシズカも軽率だったぞ。君はガンギの婚約者だ。それならガンギがこういう行動に出てしまう危惧を考えなければならない。ガンギが1番悪いが、僕とシズカも反省するところはしないといけない」


 その言葉に納得がいかないシズカが反論する。


「今時、婚約者って何よ! 意味がわからないわ! そんな事をやっているのは公爵家くらいじゃない! 私は婚約を破棄したいの! 結婚する人くらい自分で選びたいわ!」


「それを僕に言われてもなぁ。ファイアール公爵家と自分の父親に言ってくれ。幸い、今回の件で婚約が白紙になる可能性だってあるだろ」


 婚約白紙の言葉に反応して目を見開くガンギ。猿轡をされているためモゴモゴしか言えない。


「それにしてもガンギはどこに連れて行くかな? ファイアール公爵家か、冒険者ギルドか、騎士団の詰所のどれかだな」


 すぐに反応するシズカ。


「公爵家だけはやめてよね。揉み消されそうだわ」


「冒険者ギルドだと、僕の影響が大きいから不平等だね。騎士団の詰所にしとくよ」


 馬車の床には縛り上げられたガンギがモゴモゴしていた。

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