第四十四話「素顔」後編
「どうです主様っ!! 酒に対してはまさに歌うべし!!
「ふふっ……仕方あるまいな――」
エルシラ・プレセア達の期待が一身に向けられたライゼンは観念して銀星面に手をかけた。
「……先に言っておくが、後悔するでないぞ?」
そうしてライゼンはゆっくりと銀星面を外した――
「「「っ!!??」」」
ライゼンの素顔を見た一同は驚愕に目を見開き言葉を失う。
「あ……ああ……きゅぅ――」
「おっ、おいルーティー、しっかりしろっ――!」
ルーティーは自分のあまりの
などと、ライゼンは内心でそう思っていたが、広間に集まっていた皆の意見は正反対であった。
美しく長い髪と柳のような眉に長いまつ毛は艶めき白銀や絹のようでいて、前髪は頬に届くまで長く、後ろ髪は肩甲骨に届くまで長い。
切れ長の二重の真紅の瞳には色気があり、形がよいくっきりとした中高の鼻に、薄く広い形のいい唇、顎の線は細く滑らかで、肌は雪のように白くシミ一つ無い。
仮面を外したライゼンは、まさに、神秘的に美しい絶世の美青年であった。
その美しさはエルシラやカサンドラ、そしてジュリエッタにもひけをとらず、バルトロメオが「もしライゼンが女であったのなら、どのような手を使ってでも自分のものにしたであろう」という言葉が、身を通して分かるほどに、ライゼンは絶世の美しさを持っていた。
「……どうしたプレセア、其方の言うとおり素顔を晒したのだ。なにか感想を言わぬか」
「えっ!? そっ、その……うっ、美しすぎて……私の貧弱な語彙ではあっ、主様のお顔の感想を表すことができませぬ……」
プレセアはすっかり酔いが醒め、美しすぎるライゼンの顔を半ば夢見心地で見つめていた。
プレセアだけではない。エルシラもレイナルドもアフギもカクサもデュランもデザスターもギャレットもミラも、女中達も城兵も親衛隊達も、皆ライゼンのあまりの美しさに言葉を失っていた。
「……やはり、がっかりさせたか?」
「「「いいえ、大変美しくございます!!!!」」」
今までどのような事態が起ころうとも決して発されることのなかった、ライゼンの弱気な言葉に広間の一同が声を揃えて首を横に張った。
「皆の気遣いありがたく思う、だが、自分のことは自分がよく分かっている。このような面相、見ていて決して快いものではないであろう」
そこへルーティーを女中仲間に任せたエルシラがライゼンへ近寄って跪き、その右手を掴んで声を上げた。
「いいえ、主様、これは世辞でも気遣いでもなく、私の本心から申しあげますっ!! 主様は私が今まで見てきた中で、最も美しいお方でございますっ!!」
そうしてエルシラは胸甲を外してライゼンの右手を自分のその豊満な胸に押し当てた。
「お感じ下さいっ!! 私の胸のときめきがお分かりでしょうっ!! これは主様が美しすぎるが故に、私の動悸が止まらぬでございますっ!! 主様は決して醜くはございませぬっ!! むしろ、嫌味なほどお美しいご尊顔であらせられますっ!!」
「エルシラ……」
ライゼンはエルシラの豊満な胸の柔らかさと、そこから伝わるドキドキと激しく脈打つ鼓動を感じとった。
「そうか……私は……醜くはないのか――?」
「「「はい!! 御領主様は美しいお方でございます!!」」」
生まれてからずっと迫害され続けたライゼンは、自分の容姿だけには心底自信がなかった。
人間なのに病故の白い髪も白い肌も紅い瞳も全て嫌いであった。
故に自分の面相を醜いと思い続けた。
だが、そんな思い込みを、エルシラ含めた、自信が信用する部下達が否定してくれた。
これほど嬉しく胸打つことはライゼンの人生においてなかった。
「ありがとう……エルシラよ、そしてプレセア、レイナルド、ルーティー、カクサ、デュラン、デザスター、ギャレット、ミラ、そして皆よ……私は……今だけはここに
ライゼンはエルシラの胸から手を離し、立ち上がらせ、ルーティーが目覚めるのを確認して口を開いた。
「私は生まれつき、人間であるということと、そしてこの病故、常に迫害され続けてきた。故に、この面相や体を誰よりも、私自信が忌み嫌ってきた。だが今、其方等忠臣達の言葉でその考えを改めた。私は自身に、この面相にも自信を持とう。故に、将軍等よ、普段ならばできぬが、今ならばできる。其方等の頬へと、感謝の口付けをさせてくれ」
そしてライゼンは目の前のエルシラの肩を持った。
「あっ……主様――」
「エルシラよ、其方のお陰で、私は今日の勝利を勝ち取ることができた。今日だけではない、着任初日から私は其方に助けられ続けてきた。ありがとうエルシラよ。私は其方を何よりも信頼している」
そう言ってエルシラの頬に口付けした。
「主様……光栄至極にございます――」
エルシラは顔を真っ赤にさせて俯いた。
「レイナルドよ、私の前へ」
「……はっ? はっ!!」
まさか次に自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、一瞬呆けた顔をしたレイナルドがライゼンの前に立った。
「其方にも着任初日から助けられたな……今日の戦含め、其方がいなくば、今の私はなかったであろう。故に、その頬に親愛の口付けをさせてくれ」
「御領主様……畏れ多くございます……」
瞳を潤ませるレイナルドに口付けをして次に意識を取り戻したルーティーが呼ばれる。
「ルーティーよ、其方の助けがあるからこそ、私は常にこの城で快適に過ごせていられるのだ。その感謝も込めて、その頬に口付けをさせてくれ」
「ごっ、御領主様っ……正直に申しあげますっ……! わっ私は、御領主様のお顔が、あまりにもお美しすぎて、こっ、心が乱れ、頭が混乱しているのですっ……っ」
「ルーティーよ、ありがとう。其方の言葉、忠勤、嬉しく思う。これからも頼む」
「きゅぅ……」
頬に口付けされ意識を失ったルーティーをエルシラが担いで連れていった。
「アフギよ」
「はっ……!」
「其方は陰の立役者だ。自警団の副団長として、そしてエルシラが親衛隊長となってからは自警団長として、そして黒宝隊となって、今回もよく活躍してくれた。その感謝のために、其方の頬に口付けさせてくれ」
「……ありがたくっ……ありがたく思いますっ」
アフギの頬に口付けし、次にプレセアが呼ばれる。
「プレセアよ」
「はっ……はっ!!」
「今回グンマに勝つことできたことは、其方の馬飼令を初めとした献策の数々、そして、私が素顔を晒せることができたのは、其方のお陰だ。故に、其方の頬に感謝の口付けをさせてくれ」
「はっ……ははは、はいっ――」
そしてライゼンはプレセアに口付けし、次いで、カクサ、デュラン、デザスター、ギャレット、ミラに口付けした。
「皆、今日は無礼講だ。私もこうして素顔を晒しておる。故に、皆、心行くまでこの祝杯を楽しむがよい」
「「「はっ!!!!」」」
そして祝勝の宴は日を跨ぐまで続いた――
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