第四十話「両雄」後編

 私は全軍の正面に立ち声を上げた。


「我が兵士達よ! 私は今、言葉にできぬほど誇らしい気持ちである!! 何故ならば、徴集した其方等領民兵が一人も欠けることなく、むしろ志願してまで出仕してきたこと!! そして正規兵達も敵に臆することなく我が命に従っているからである!! 我が軍と兵は意気揚々いきようようにして意気軒昂いきけんこう!! これを誇らずしてなんとする!! 其方等も知ってのとおり、ジョウショウや他領への境は全て封鎖され領民は逃げることができぬ!! つまり、ここで我等が敗れればトウミの民は、其方らが愛する家族はどうなるか!? 女は犯され男・子共は奴隷とされ、老人・病人は皆殺しとなる!! 其方等はそのようなことが許せるか!?」


「「「否!! 否!! 否!!」」」

 兵たちが得物を掲げて応える。


「私も同じ気持ちである!! 故にこの戦、必ず勝たねばならぬ!! だが、安心せよ我が兵達!! 我に必勝の策あり!! 其方等が奮闘すれば我等は必ず勝つ!! 策に必要なものは其方等の勇気、敵を前にしても怖れぬ胆力、死しても戦い抜くという覚悟である!!」


「「「「おおおおおおお!!」」」」

 私の言葉に全軍が雄叫びで応える。


「だが勘違いするでない!! 私は愛する其方等を無駄に死なせるような真似はせぬ!! あるのは必勝のみである!! 必勝!!」


 私が両断を掲げそう叫ぶと兵士達が続くように声を上げた。


「「「「必勝!! 必勝!! 必勝!! 必勝!!」」」」


「よろしい!! 其方等は部隊長の命に忠実に従い動くのだ!! さすれば必勝である!!」


「「「「おおおおおおおおお!!!!!」」」」


 高揚した兵士達の地鳴りの如き雄叫びを聞きつつ本陣へと戻った。


「見事でございます主様!! あの演説にて見方の士気は最高潮に達しました!!」

 鼻息荒くプレセアがそう口にした。


「うむ、管区長らが領堺を封鎖したことが逆に兵士の士気が上がる結果となった。いわば背水の陣。負ければ自身だけでなく、家族も殺され犯される。故に、兵士達は死兵さながらに戦うであろう」


 パパパパー!!

 ドンドンドン!!


 敵の突撃を命じる喇叭と陣太鼓が鳴り響き、グンマ兵が丘の下から全軍を持って魚鱗ぎょりんの陣の構えで我等の三日月状に布陣している領民兵の先端に向かって突撃を始めた。


「予想通り、敵は数の有利を持って一気に我等を粉砕しようという考えか……しかし……後詰めも置かぬとはまこと愚かな……黒宝隊に敵へ矢を浴びせよと伝えるのだ」


「はっ!!」


「黒宝隊、構え!! 狙え!! 放てぇ――!!」

「ぎゃっ!?」「ぐわっ!?」「げばっ!?」「……!!」「……!!」


 アフギ達黒宝隊の矢の雨が浴びせかり次々と矢に倒れていくグンマ兵であったが、敵は怯むどころか、味方の死骸を踏み越え、更には死した味方を盾にして矢を防ぎながら前進してくる。


「流石はグンマ兵だ……これほどの矢の雨を受けても微塵も乱れぬ、どころか、味方の骸を踏み越え、盾にして進んでいる」


「グンマは敵よりも味方の大将を怖れる。というのは本当だったようですね」


「逆に言えば、その大将さえ討ち取ってしまえば、烏合の衆に成り下がるということです」


 プレセアが声を上げ、エルシラがそう答えた。


「しかし……グンマは卑怯者の武器故、弓は使わぬ。というのは本当のようであったな」


 突撃してくるグンマ兵の中に弓兵らしき部隊はどこにも見当たらなかった。


「確かにそうでございますね。しかし騎兵が少ないのはどうしてでしょうか?」


「見よ、我等と彼奴等は騎兵の運用方法からして違う。奴等は什長じゅうちょう校尉こういを馬に乗せ、その周囲を部下である徒兵かちが固めている。我等のように集団で突撃するような戦法を奴等は用いぬのだ」


 プレセアの言葉に私はそう答えつつ続ける。


「プレセアよ、私がどのような策を考えているかわかるか?」


「はい。この布陣、カンナエ、で、ございますね?」


「そのとおりだ。だが、少しだけ違う」

「と、おっしゃいますと?」


「ハンニバルが目指したのは、言うなれば囲師殲滅いしせんめつ、このためローマ軍を全滅させることはできたが、自軍の損害も消して少ないものではなかった。故に我等が目指すは――」


囲師必闕いしひっけつ、で、ございますね?」


「うむ。敵を包囲し、クマジャンを討ち取った後は包囲の一角に穴を開け、あえてそこより敵を逃す。そして乱れ散り散りに敗走するグンマ兵共を騎兵隊で根切ねきりとする」

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