第三十三話「王女ジュリエッタ」前編

 プレセアがエルシラと和解し半年が過ぎた。


 トウミの城下街の拡張や街道の補整は終了し、武器防具屋、雑貨屋、遊技場、娼館、宿屋、その他諸々の施設の誘致を終え、兵士訓練場・兵舎・厩舎きゅうしゃの建設も完了した。


 治安も改善し低税率や平等令により領民の数も以前の倍近くに増え、荒れ地の復興や開墾も進み、さらに今年は天候もよく豊作となり、トウミは私が赴任してきたときとは比べ物にならないほどの、豊かな領地へと変貌していた。


 トウミは敵国であるグンマ部族国と隣接しているため、トウミ城をトウミ全体を囲う総構えに拡張しようという案も出たが、予算や戦略的観点からグンマとの国境くにざかいの関所及び警備の強化に留まらせ、城下の発展を優先させた。


 城を総構えにする場合、膨大な資金と労力を要し、さらには新たに増え続けている居住者やトウミの民達に賦役ふえきを課すこととなり、建設中であるその他の建物の労力を城に割かねばならぬため、トウミの発展を妨げ遅らせてしまうことになる。


 そのため、城の拡張はしないと割り切って、その分の労力や資源を城下の拡張やトウミの発展のために使い、その城の代わりとして、グンマ正規軍がトウミへと攻め込んできた場合に備えて、常備兵二千五百(重装歩兵千、精鋭弓兵五百、騎兵千騎)を揃えていた。


 さらにここへ有事の際、徴兵訓練を終えた領民兵を加え最大五千の兵を揃えることが可能となっている。


 唯一兵糧の蓄えに不安はあるが、これは一朝一夕ではどうにもならず時間がかかるため仕方ないと割り切っている。


 これほど迅速に領内の発展や軍備の拡張が行えたのは、陛下から下賜されたサルバルトール家の国家予算にも匹敵する規模の莫大な財のおかげでもあった。


「御領主様、早馬より、ジョウショウより巳の刻に王女陛下が領境へ参られるという報告が入りました」


「うむ、では失礼のないよう、領境へ我等総出で出向くぞ」

 アフギより報告を受けた私はエルシラ・レイナルド・プレセア・カクサといった高官を率いて、今回このトウミへと巡察にいらせられる王女殿下御一行を待った。


「……懐かしいな」

「はい……懐かしゅうございます――」


 私の独りごつ言葉にエルシラが静かに答え、アフギやかつて自警団であった親衛隊達も遠い目をした。


「主様、なにがお懐かしいのですか?」

 プレセアが不思議そうに問いかけてきた。

 トウミ再建のため新たに採用した新参の文武官達も不思議そうな顔をしている。


「私が赴任してきたとき、ここで初めてエルシラやアフギ達自警団と出会ったのだ」


「あのとき、まさか一年も経たずにこれほど、このトウミが繁栄するなど、賊を壊滅させられるなど、そして私自身、これほどの大役を任せられるなど、夢にも思っていませんでした……」


「あのときは、皆、今日を生きることで精一杯でしたからね……賊に脅かされ、重税に喘ぐ暗い毎日……今ではその闇がすっかり晴れてしまいましたが」


 エルシラの言葉にアフギがそう続けた。


「思えばもう一年近く経つのか……早いものだな」


 士官学校を卒業してからというもの、色々なことがあったが、今思い返してみれば一瞬のことのように思えた。


 そう思っていると、王女殿下を乗せた輿車よしゃと共に、その周囲を警備する王女殿下近衛兵とジョウショウ管区兵が現れた。


 本来なら王族である王女殿下が黒エルフ隔離区とも言われているジョウショウ区に、更に言えばグンマと隣接している危険区域であるトウミ領に巡察されることなど有り得ないことであり、この巡察は異例中の異例とも言える事態であった。


 では何故そのような異例な巡察が行われることになったのかといえば、現第二王位継承者であるジュリエッタ・オオホウリ王女殿下が、国王陛下の意を汲む開明派であるからに他ならない。


 国王陛下も第一王位継承者であり、私と同期である極度の白エルフ主義者であるバルトロメオよりも、開明派であるジュリエッタ王女殿下を跡継ぎとさせたいとお考えになっているという噂もあるほどであった。


 輿車が我々の目の前に停まったので、私を先頭に皆跪いて頭を下げた。そして御簾みすが開き、ジュリエッタ王女殿下がお姿を現された。


「トウミ領主、ライゼン・オウコとその部下が、王女殿下に拝謁致します」

「「「王女殿下に拝謁致します」」」


おもてを上げてください」

 透き通るような皇女殿下のお声が響く。


「「「失礼致します」」」


 顔を上げると、五尺三寸ほどの身長に、白い肌に長い耳、大きな胸にスラリとした体付き、美しい白金の長い御髪おぐし


 顎まで伸びる長い前髪を中心で分けられ、腰に届くほどの長い後ろ髪はそのままに、柳眉りゅうびにつり目がちなまつ毛の長い大きな二重の瞳、くっきりとした小鼻は形よく、薄く色づいた唇に、顎の線が美しい小顔。


 煌びやかな金刺繍の施された白絹の長衣に、翡翠の額飾りを付けているお姿は、まさに絶世の美女と形容するに相応しかった。


「生まれながらの日光病故、仮面での拝謁をお許しください」


「存じています。構いません」

 王女殿下は優しく微笑まれるとたおやかに輿車から降りられ、跪く私の前へとお立ちになられた。

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