第三十話「新体制」後編

「御領主様、ギネヴィアなる黒エルフが面会を求めております。なにやら、このトウミへ娼館出店の許可を得たいとの用件でございます!」

「通せ」

「はっ!!」


「プレセアよ、私の記憶が正しくば、ギネヴィアとは王都でも知らない者はないとうたわれる高級娼館「サロメ」の経営者であるな?」


「はい主様。開明派というワケではないようですが、種族黒エルフや多種属に対する偏見のないやり手な人物という噂です。その証拠に「サロメ」には白エルフだけでなく、黒エルフを始めとした数多くの種族が在籍しているとのことで」


 プレセアに続きエルシラも口を開く。

 

「確かに。我等黒エルフの女にとって身売りに出された時、サロメに引き取られることは不幸中の幸いである。と、ありがたがられております。ギネヴィア殿は白エルフなれど、黒エルフ含めた他種族の娼婦達を無下に扱わないと有名でしたので」


「なるほどな……」

 そうしてサロメの経営者であるギネヴィアが共の女中二人を連れて守備兵に先導され姿を現した。


 白い肌に碧いのまつ毛の長い切れ長な瞳。

 高い鼻に深紅の紅が光る妖しい唇。

 金の髪は長い前髪は右目が隠れるような髪型で、後ろ髪も腰に届くほど長く波打っている。


 上は胸元の大きく開いた、下は太ももが露出された細隙さいげきの空いた露出の高い衣装。


 ギネヴィアとは、仕草も顔も衣装も香水も、その全てが相俟って実にむせ返るほどに色気のある妖艶な美女だった。


「御領主様に拝謁いたします」

 そう言ってギネヴィアと付き添いの女中二人は跪いて頭を下げた。


「面を上げ、用件を述べよ」


「失礼致します。御領主様、私は王都や各区都で娼館を経営している、ギネヴィアと申します。この度は是非ともこのトウミへ娼館を出店させていただきたく、足を運ばせていただいた次第でございます」


「うむ、許可しよう。丁度拡張し終えた城下に良き場所がある故、そこを使うがよい」


「…………よろしいのですか?」

 ギネヴィアはライゼンの即答に意外そうな顔をする。


「うむ、娼館の無い街は返って不健全であるからな。むしろ誘致しようと思っていたくらいだ。渡りに船である。それに、其方の黒エルフへの手厚き扱いは聞き及んでいる。其方なればこそ、信用して許可も出せようというものだ」


「あっ、ありがたきお言葉……っ」

 ライゼンの言葉にギネヴィアは一瞬言葉を詰まらせた。


「では……これをお納め下さいませ」


 気を取り直したギネヴィアがパンパンと手を叩くと、控えていた付き添いの面紗めんしゃで顔を覆った白エルフの女中が豪奢な装飾が施された四角い箱をギネヴィアへと手渡し、それがライゼンへと差し出された。


「……一応聞くが、それは何か?」

「私共の気持ちでございます――」


「ふむ……気持ちは分かるが、ここではしかと税は納めてもらうが、袖の下はいらぬ」

 その言葉にギネヴィアは意外といったように顔を上げ、関心するというよりも、不安そうな、怪訝な表情を浮かべる。


「だが、それでは其方も安心できまい? 故に、其方にしかできぬ頼み事がある。私の近くへ参れ」


 そうしておずおずとライゼンの目の前まで近づいたギネヴィアを屈ませ、顔を寄せ耳打ちする。


「客に怪しき者や間諜かんちょうらしきもの、他、重要な情報を知らば、すぐ私へと知らせよ。それをもって其方からの袖の下とする――」


 ギネヴィアはくすぐったそうに納得したような微笑を浮かべた。


「ふふっ……随分と高くついてしまいましたわ」


「だがこれで、其方やサロメの使いはこの私へと定期的に訪ねて来る理由ができた。宣伝効果は抜群、商いとして考えるのならツリが出るというものであろう?」


「ふふっ、私的な理由で娼婦を城内に招き入れる禁令はどうなりまして? 御領主様が棒叩きの目に遭ってしまいませんこと?」


 おどけるようにギネヴィアが応える。


「ふふっ、よく知っている。実に聡明な才媛さいえんだ。だが、案ずるな。其方は公用故問題ない」


 ライゼンの答えにギネヴィアは満足したように姿勢を正した。


「御領主様……御領主様も是非当館へ遊びにいらしてくださいませ。その時は、私自ら御相手をいたしますわ」


「ふふっ、それは実に魅力的な提案だ。考えておこう」


「それでは、今日はこれで失礼いたします」

「うむ、また会おう」


 そうしてギネヴィアは広間を後にして行った。


「御領主様、お飲み物をお持ちしました」

 そこへルーティーが銀盆に湯呑と麦稈を乗せてやってきた。


「ありがとうルーティー。ん? これは?」


 ルーティーは湯呑を二つ置き、一つにはいつもの冷茶を、もう一つには白い液体が入っていた。


「冷やし甘酒でございます。御領主様はご夕食しか召し上がられませんから、せめて栄養のつくお飲み物を。と、女中の皆で話し合ったのです」


「それがこの甘酒というわけか」

「はい」


 ライゼンは早速麦稈を刺して甘酒を飲んだ。

 酒粕が詰まらないようによく濾されており、味も甘すぎず爽やかで、僅かな塩気が甘さを引き立たせていた。


「うむ、絶品だ。ありがとうルーティー。女中の皆にも私が感謝していたと伝えておいてくれ」


「はいっ」

 ルーティーは心底嬉しそうな表情を浮かべる。


「人質解放令後も、女中の皆も殆どが残ってくれ、こうして我が身を案じてくれるとは、私はまことに果報者だ」


「御領主様、果報者は私達のほうでございます。私含め、女中の皆が城へ残ったのも、皆御領主様をお慕いしているからでございます」


「ありがとうルーティー」

 ライゼンはルーティーの頭を優しく撫でる。


「えっへへ……」


「――――」

 黒エルフが差別されず、領主を慕い、忠勤に励む様に、その微笑ましい光景に、プレセアは何故か涙があふれそうになったのだった。

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