第二十九話「新体制」前編

「主様、あのプレセアという方はそんなに有名な人なのですか?」


 プレセアが自室へと案内され、着替えをするため大広間を去った後、エルシラがライゼンにそう声をかけた。プレセアを知らないレイナルドや文武官も同じような疑問を抱いていた。


「うむ。其方等の中にも知っている者はいるであろう。プレセアは開明派なら知らぬ者はおらぬほどの開明派の名士だ。丁度良い、プレセアの自己紹介も兼ねるため、文武官を全員広間へ呼び寄せよ」

「はっ!」


 そうしてもう一度文武官全員が広間へと集まり、ライゼンの前に立つ文官服に着替えたプレセアへ視線を向けた。


「初めまして、この度恐れ多くも領主補佐という大任を仰せつかったプレセア・プレアデスと申します。歳は二十四で、王都で開明活動を行っておりました。トウミのことは何も知らぬ若輩の身なれば、皆様のご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」


 言い終わるとパチパチと拍手が鳴り、私の後ろでエルシラがボソリと「私より歳上だったのか……」と呟いた。


 それからのプレセアの働きは目覚しいものであった。

 ライゼンは水を得た魚の如く、自らが行おうとしていた政策や領令を次々と実行に移せたのもプレセアの働きが大きかった。


 移住民による人口増加のためトウミは城下や各地を拡張するため工事を行なう必要があったが、それに必要な人材・建材に対し、白エルフ主義者達が幾度も妨害工作を行なって頭を悩ませていた。が、プレセアの王都での開明派や黒エルフ達の人脈を使い、資材や人材の確保を行ったために拡張工事を滞りなく行なえ、さらにはプレセア自身の実務能力の高さ、ライゼンの意をむ能力はまさに王佐の才であり、プレセア自身も、自分がここまで能力を発揮できることに驚いているようであった。


 ライゼンが領主となり、プレセアを麾下きかに加えてから、カクサ等文官、そしてエルシラやレイナルド等武官と協議して施行した政策は以下の通りである。


 正規兵を城兵百名から二千三百名への大増強、内、重装歩兵千五百、精鋭弓兵五百(元自警団・現黒宝隊)、騎兵三百――


 それに伴う兵舎及びうまや、兵士訓練場の創設――


 減税や平等令効果による人口増加のための城下及び各地の拡張――


 グンマと繋がる国境警備の強化――


 トウミ領民への一定期間の兵役(一六歳から三十五歳までの男が二人以上いる一家族につき一人以上の男に課され、計六ヶ月間の兵役(主に訓練)を義務とする。内容は一般的な槍や刀、弓の扱いの訓練に始まり、自身がナガノ国民、トウミ領民であるという国民国家的意識の植え付け、最終的には槍衾陣形や魚鱗ぎょりん鶴翼かくよく等の陣形を覚えさせ、教育課程は終了)――


 王都や区都のような都会にある武器防具遊技場等の一級店の誘致――


 そしてライゼンは最後に残った重要課題。外敵に対する保有戦力のことで頭を悩ませていた。


「増えた税収とサルバルトール家の財産でなんとかやりくりできたが、やはり騎兵千騎は難しいか……」

 ライゼンは収支表を見ながら、机の前に立つプレセアとカクサに自身へ反問するように口にした。


「はい御領主様、千騎ともなりますと、軍馬の購入費だけでなく、その維持費だけでも膨大なものとなりますれば……」

 カクサが苦しげに答える。


「騎兵は戦の要、もしグンマの侵攻を考えるのならば、やはり最低でも千騎は必要だ……」


「主様……窮余きゅうよの策ではございますが、このような領令は如何でしょうか? ある一定の所得ある者へ馬飼令まかいれいを出すのです」


 プレセアがかねてより思案していたといったように口にする。


「馬飼令? どういうものか?」


「はい。一定の所得ある者は軍馬をその所得に応じて飼育し、有事の際は軍へ供出すること、というものです」

 ライゼンは頷きながらプレセアを見た。


「なるほど……つまり、軍馬の負担を我等(領)ではなく、民に課す、ということか」


「はい。城には親衛隊や予備の軍馬も含めれば実に五百頭の軍馬がいます。それだけの軍馬があれば騎兵となる兵千は容易に訓練でがきます。つまり、平次は正規兵二千、騎兵訓練を終えた重装歩兵千七百、騎兵三百、精鋭弓兵五百、の計二千五百、これに供出軍馬数百頭を入れれば千騎の騎兵もあたいましょう」


「確かに、それならば騎兵千騎も能いましょうが……」


「はい。カクサ殿や主様がご懸念されていることもわかります。個人飼育故、例え有事に数を揃えられたとて、徴集した馬は正規に訓練された軍馬より遥かに劣りましょう。ですが、これ以外、財政が破綻することなく、千騎の騎兵を有事に揃えること能う策は、現状ありませぬ」


「確かに、プレセアの言、最もであるな」


「一応は、その対策も考えております。例え馬を徴集できたとて、駄馬ならば意味がありません。故に、年に一度、領主主催の駿馬しゅんめ賞を開催し、良馬を育てた者には、主様が手ずから賞金や賞品、表彰状をお与えになられ、労いの言葉をおかけになられるのです。逆に駄馬を育てた者には罰則を用います。これによって主様を慕うトウミの領民達の、馬への調教意欲も高まろうかと思います」


 プレセアの言葉にライゼンもカクサも頷いた。


「うむ、民に負担を強いるはあまり好ましからざるが、グンマにこの地を蹂躙されることに比ぶればそうも言ってはいられぬ。早速施行するとしよう」


「「はっ!!」」

 頭を下げる二人の後ろから守備兵が姿を現しライゼンの前に跪いた。

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