第二十八話「名士プレセア」後編

 トウミ城大広間朝礼時――


「他に報告すべきことはあるか?」


 城主席へ座るライゼンの背後にはエルシラ率いる親衛隊が控え、正面の右にレイナルドが先頭に、求賢令で新たに部隊長として登用した騎兵の扱いに長けたミラ、ギャレット、歩兵の扱いに長けたデュラン、デザスター、他武官が整列し、左にカクサを先頭に文官が並んでいた。


「「「ございません」」」


「うむ、ではこれにて朝礼を終了とする。誰か、机を持って参れ」

「はっ!」


 ライゼンの政務用の机は、こういった朝礼や儀礼行為を行うときは下げられており、政務を行う時のみ設置されている。


「御城主様、求賢令を見て参ったという者が、早朝より門前にて御城主様のお目通りを願っております」


 朝礼が終わると、門番がライゼンの前に跪いてそう告げた。


「なに? 早朝からずっと待っているのか?」

「はっ!! 御城主様への面会時刻は辰の刻よりと告げたのですが、それでも待っていると!」


「よいか、今後そのような者が現れたら、深夜であろうが早朝であろうが構わず私に伝えよ。そしてこの事を周知させよ。よいな?」


「は、はっ!!」

 門番は恐恐と頭を下げた。

「名は聞いたか?」

「はっ! プレセア・プレアデスと名乗っておりました!」


 その返答にライゼンは反射的に腰を上げ、エルシラ達親衛隊が驚きの表情を浮かべる。


「なにっ? それは身の丈五尺程の青髪の白エルフか?」

「はっ! お知り合いで?」


「いや、そうではないが早くお通しするのだ。丁重に、失礼のないようにな! 走ってよいぞ!!」


「は、ははっ!!」

 門番は走って大広間を後にし、今のやりとりに職務へ移ろうとしていた文武官等も呆気にとられたように動きを止めいていた。


「主様、お知り合いなのですか?」

「いや、会ったことはないが、開明派である者ならば、知らぬ者はおらぬ」


「おっ、お連れしました!」

 先ほどの守備兵に連れられ、プレセアが現れた。


「ほっ、本日は御城主様の拝謁の栄に浴し――」

「お立ちくだされ」


 ライゼンは跪くプレセアの前に歩みを進め両手を持って立たせた。

「えっ、あっ、そのっ」


 その行動にプレセアだけでなく、エルシラやレイナルド、そしてプレセアのことを知らない文武官等は皆驚いている。


「プレセア殿、このライゼン、貴女のご高名はかねてより伺っております」

「…………」


 ライゼンの応対にプレセアは感動していた。

 王都では開明派や黒エルフの仲間内以外では鼻つまみ者だった自分が、これほど慇懃いんぎんに接してもらえるなど思ってもいなかったのだ。


「そっ、そんな、私など……御領主様に比べれば、所詮は口先ばかりでなにも成し遂げれぬ半端者でございます……」


 握った手に力を込めながらライゼンは首を横に振った。


「ご自分を卑下なさいまするなプレセア殿。貴女の【公正論】【実力平等論】を私は何度読んだことか、今では一言一句違えずそらんじられるほどですぞ。プレセア殿は決して半端者などではございませぬ」


「御領主殿……」

 感動したプレセアは瞳を潤ませる。


「守備兵からは求賢令を見て参られたと聞き申したが、まことでございますか?」


 その言葉に、プレセアはライゼンの手を恭しく解いて、再び跪いた。


「はっ! このプレセア・プレアデス、トウミ領主、ライゼン・オウコ様へお仕えしたき一心で王都より馳せ参じました! 文と知ならば多少自信がございます! 国王陛下を仰ぎ見て御領主様、ライゼン様のために微力を尽くします! どうかお引き立てください!!」


「……一つ教えていただきたい。今まで、仕官の誘いの全てを断ってきたといわれる貴女が、何故私を選ばれたのか?」


「……今までの仕官の誘いはいわば罠。私を白エルフ主義者達に飼い殺しにさせるための誘いであったのでございます。畏れ多くも、国王陛下より侍従に、とのお話もありましたが、国王陛下の御意向、御為おんため、つまり開明改革を考えるならば、私は内からではなく、外からの改革が必要だと常々考えておりました」


 整然とプレセアが続ける。


「何故ならば、失礼な物言いを百も承知であえて申し上げますが、現在の王宮は鳥篭そのものでございます。政務に携わる高級官僚は全て白エルフ主義の白エルフ貴族達に牛耳られ、奴等国賊共によって社稷しゃしょくは害され、国王陛下もその御心を痛めておられます。故に、そこで何かを為そうにも、妨害され、潰されるのが関の山、最悪暗殺されることもあったでございましょう。私は王国に鞠躬尽瘁きっきゅうじんすいを誓った身なれど、無駄死にはご免蒙ります。故に、全ての仕官の話を断っていたのでございます」


「……確かに、おっしゃるとおりでありますな」


 プレセアの言うとおり、有力貴族共の妨害により国王の開明改革は思うように行えないでいた。

 ライゼンが王立士官学校を次席で卒業しながらも、このトウミ城主へ左遷させられたのはその良い実例である。


 さらに悪いことはその嫡子であり、第一王位継承者であるバルトロメオが極度の白エルフ主義ということであり、そのため、白エルフ主義の有力貴族達はこぞって現国王であるバルムンクを退位させ、バルトロメオを新国王として擁立する動きすら見せているほどであった。


「そして、無礼な物言いをお許しください。良禽りょうきんは木をえらぶと申しますれば、私はついに、ライゼン様という、自らが寄る辺となる巨木を見つけたのでございますっ! ライゼン様はこのトウミに収まる器ではございませぬ! 国王陛下の御意を汲み、やがては開明改革を成し遂げられるお方と、この差別に染まった者等が搾取を行い社稷を害する王国を、罰すべき者が罰され、賞すべき者が賞される、公正で健全な国家へと新生させてくれるお方であると、このプレセア、信じて疑わぬからでございます!」


「プレセア殿、そのお言葉、大変嬉しく思う。が、賞賛も非難も背鰭尾鰭がつくもの、私はプレセア殿が思うような人物ではないかもしれませぬぞ?」


「いいえ、御領主様。私はしかとこの目で見しました。トウミの民達の姿を。白エルフも黒エルフも関係なく杯を交し合い、談笑する様を。規律の行き届いた兵を、そして御領主様が行った数々の功績を。見聞きした全てが私にこう告げているのです、ライゼン様こそ、私が仕えるべき主様、である。と――」


 ライゼンはその言葉に背筋を正し、跪くプレセアを見下ろしながら声を上げた。


「命を下す!!」

「はっ!!」


「プレセア・プレアデスをこの私、ライゼン・オウコの補佐役、領主補佐へと任じる――!」


 この大任に驚いたのはプレセアだけではなかった。エルシラやレイナルド、そして居合わせたプレセアのことを知らない文武官等も皆驚きに目を見張り、逆にプレセアの実力や名望を知っているカクサ達は、ライゼンを見て「おめでとうございます」といったような表情を浮かべた。


「っ! 拝受致します……っ!」

「誰か、文官箱を持て!」


「はっ!!」


 文官服である白と黒の深衣しんい刀子とうすと筆や硯の入った文官箱を受け取るライゼン。


「プレセア・プレアデスよ、ここに、文官の正装である深衣に、刀子を授ける」


「はっ!! このプレセア、身命を賭して、国王陛下、ひいてはライゼン様へ御仕えすることを誓いますっ!!」


「プレセアよ、筆は時として剣に勝る。これよりはこの広間で、私の後ろで政務の補佐をしてもらおう。其方には期待しておるぞ」


「はっ!!」

 プレセアは深々と頭を下げるのだった。

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