第二十七話「名士プレセア」中編

 プレセアは翌日には荷造りを終え、瓦版や人脈からライゼンやトウミの情報を集めながらトウミを目指した。

 そして、知れば知るほどトウミ領主であるライゼン・オウコは、自身が仕えるべきに足る素晴らしき人物であると確信していた。


 早くライゼンへ会いたい一心でプレセアは食べるものも食べず、飲むものも飲まず、寝ることすら惜しんで馬を飛ばし、数日間の強行軍を重ね、やっとのことでトウミ領へと入った時は既に深夜であった。


「まずいな……馬に乗っているとはいえ、流石にこんな深夜に女の一人は襲われかねん……」


 最初はライゼンに仕えたい一心でトウミへやってきたプレセアであったが、今は自身が仕える前に、賊や暴漢に手篭めにされてしまう心配に気付き身を震わせた。そこへ――


「そこの者、どうされた?」


 男の声が暗闇から響き、驚いたプレセアはビクリとしながらも声の方向へ振り返ると、そこには王国の正規兵の鎧に身を包んだ警邏中であろう衛兵三人が馬に乗っており、プレセアは心底ほっとした。


「じっ、実は、私は御領主様であるライゼン様のお考えに深く感銘し、求賢令のためにこのトウミへやってきた次第なのです」


 隊長らしき男が納得したように頷いた。


「なるほど……ちなみに今宵の宿はもう決めているので?」

「いえ、ライゼン殿に御仕えしたいという思いが先走り、全く決めていないのです……」


「なら、我等が城下の宿まで案内いたしましょう。御領主様のお陰で治安が改善したとはいえ、このような夜更けに女性が一人では危ないですからな」


「よっ、よろしいのですか?」

「はい。このトウミの御領主様であらせられるライゼン様は、佞臣ねいしん賊臣ぞくしんを退けられ、賢人や忠臣、そして民を大切にされるお方でございます。我等はその臣下として、トウミにいる全ての安全を守ることが務めでありますれば」


 そうしてプレセアは警邏兵達からライゼンの話を聞き、城下にある宿へと案内された。そして城兵が女将や店主に口添えして今宵の宿が決まった。


「ここはこの城下で一番良い宿です。価格も良心的で、見ての通り一階は酒場になっており、我々城勤めの者もよくここを使います。御領主様のことを知りたいのならここが一番かと」

「あっ、ありがとう、なんとお礼を言ったらいいか……」

「いいえ、御領主様の為となるのならお礼は不要です。城は辰の刻が朝礼となっております故、御城主様への面会は巳の刻よりとなっております」


「なにからなにまで……本当にありがとうざいますっ」

「いいえ、全ては御領主様の功績にございますれば、我等への感謝は不要にございます――」

 そう言って警邏兵達は店を後にして行った。


「店主、先に言っておくが私はこう見えて二十四だからな。さかなは適当に見繕ってくれ、酒は火酒を割らずにくれ」

「へいよっ! けど若いねお嬢ちゃん、とっても二十歳超えてるようには見えねえや」

「よく言われるよ。ところで、ここの領主殿のことについて話を聞きたいんだが――」


 注文が来るまでの間、プレセアは種族関係なく白エルフも黒エルフも皆楽しげに酒を酌み交わしている王都では絶対にありえない光景を見て、信じられないような思いだった。


 先程の兵といい、兵や民を見ればその領主の人柄が知れるというもの。

 プレセアは王都であっても、ここまで親切で礼儀正しい、それもただの一兵士を見たことがなかった。それだけでもこのトウミ領主であるライゼンが恐怖ではなく、徳や仁によって施政をしていることが窺えた。


「私もいいかな?」


 付けられた火酒を呷ったプレセアは歓談している民の輪の中に入っていき、ライゼンについて詳しく聞いた。皆同じく、ライゼンを称え、むしろ瓦版の内容が過小評価のようなことさえ口にした。


「そして御領主様は賊を撃退したとき、国王陛下より賜った御着物が血で汚れることも構わず、エルシラ様の手を取って、俺達を見て、こうおっしゃったんだ! お主達は卑賤ではない、国の宝である、私の眼には黒き宝石の如く美しき民達が映っているばかりである! てなあ!! いやぁ、オラァその場にいたが、涙が止まらなかったね……っ!!」


 周囲の酔客達もその中にもその場に居合わせた者もいたのか、今の男はじめ目に涙を溜めていた。


「なんてずばらじいばなじなんだぁ!!」

 泥酔していたプレセアはすっかり感じ入り大号泣していた。

「おうっ、分かってくれるか白エルフの嬢ちゃん?!」

「ああ!!」


 そうしてプレセアは飲み明かしてすっかり良い心地になって床へ着いたが、今度は明日のことを考え始め不安になり始めた。

 ライゼンを前にしてどのような口上をすべきか、持ってきた礼服に傷はないか? そもそも自分が登用してもらえるのか? 一度考え始めたらキリがなく、結局プレセアは朝まで眠れないのであった。


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