第二十六話「名士プレセア」前編

 ナガノ王国首都オオアザ・貧困街・酒場――


「親父ぃ! 火酒のおかわりだあ!!」

「はいよっ!!」


 ナガノ王国首都にある貧困街と呼ばれる区画には、落ちぶれた白エルフや黒エルフ、人間、獣人、その他種族が押し込められるように住んでいた。


 そこにある酒場で、純粋な白エルフであるプレセア・プレアデスは一人で付け台に座り、猪口に入った四十も度数のある火酒を一息に呷りながら管を巻いていた。


 白エルフの中でも珍しい青色の髪色(青髪のエルフは希少種)で、前髪は目の上で切り揃えられ、もみ上げや後ろ髪は腰に届くほど長い髪形。

 まつ毛の長い円らな青い瞳の二重。

 長い耳、白い肌、小ぶりな鼻に小さな口。

 背丈は五尺ほどと小柄で、小ぶりな胸と華奢な身体付きもあいまって、一見して未成年の美少女のようにも見えるが、実際は今年で二十四になる立派な大人であった。


「くそぉっ……!! どうしてこの国はまともな人材が育たんのだっ!! いや、違う……っ!! まともな人材は出てきた先から潰されるのだ!! 親父ぃっ!! もう一杯っ!!」


 プレセアは怒っていた。

 ナガノ王国における古くから続く白エルフ主義の跋扈ばっこ、開明派の弾圧、国王自身が行おうとしている啓蒙主義的開明的改革への妨害。


 それらの全てにプレセアは憤っており、現に今も自身が書き上げた論文である「開明主義の正統性と国家の未来について」を白エルフ主義蔓延はびこる王国学会で発表しようとしたところ、論外と一蹴された挙句、発禁の処分まで下される始末だった。


「プレセア様、それくらいにして置いたほうがいいですよ……飲み過ぎですよ」

 店主である黒エルフの壮年の男は悪酔いしているプレセアに気をつかう。


 プレセアは開明派の名士として王国内で広くその名が知られており、開明派の志士達や黒エルフやから信望の厚い人物だった。


「これが飲まずにいられるかぁ!! 店主!! お前は悔しくないのかっ!? 白エルフだろうが黒エルフだろうがエルフはエルフ!! 肌の色の違いはあれど、そこに特権や差別されるような謂れはない!! それを訴えることすらも罪だというのかっ!?」


「プレセア様、そのお気持ちは嬉しいですが、だからこそ、お体を大事になさってください。俺達黒エルフにとって、プレセア様は希望の星なのですから」


 店主の言葉にプレセアは少し恥ずかしそうに頬を染めると、浮かしていた腰を下ろした。


「うむ……そうか……そう言われると……私が今までやってきたことも無駄ではないと思える……だが、おかわりはくれ」

「はいはい」

 火酒が入った新たな徳利がプレセアの前に置かれる。

 

 少し落ち着いたプレセアがクルミをかじりながら舐めるようにチビチビと飲んでいると、後ろの卓を囲んで麦酒を飲んでいた黒エルフ達の話し声が耳に入ってきた。


「おい聞いたか? トウミの話?」

「ああ、なんでも領主様とやらがすごいらしいな」

「実は俺もトウミへの移住を考えてるんだよ」


「うん……?」

 背後から気になる単語が聞こえてきたプレセアは、耳を済ませて後ろの男達の会話に耳を傾けた。


「なんだっけ、税率が低い上に全種族均等なんだっけ?」

「そうそう、平等令とかいうらしい。税率も法律も、全種族一律なんだと」

「なんでも、その領主はつい一月前までは城主だったそうじゃないか」

「ああ、けど、トウミの黒エルフと城勤めの白エルフの心を掴んで、一緒に長年トウミを苦しめていた賊を壊滅させたらしいぞ」

「にわかに信じられねえなぁ」

「けど税は滅茶苦茶安いのは確かだぜ? 俺の親戚がトウミに移住してんだけど、王都よりも税が安くて差別がなくて、法が一律で治安がいいとか抜かしてやがるんだ。信じられるか? 怪しい勧誘みたいなもんでさ、こうもあからさまだと返って怪しいぜ」


「なんだそれはっ!?」

 後ろの黒エルフ達の会話に信じられないといった表情を浮かべたプレセアは振り返って大声を上げながらトウミの話をしていた男達に詰め寄った。


「なっなんだっ? このお嬢ちゃんは?」

「バカヤロウ!! このお方は俺達のために日々活動なされているプレセア様だぞっ!!」

「まじかっ!?」


 男達は目の前の少女がプレセアだと知ると背筋を正した。


「いい、いいよ! そんなかしこまらなくて! それよりも、今の話を詳しく聞かせてくれっ!!」


 プレセアはここ三ヶ月ほど学会で一蹴された論文である「開明主義の正統性と国家の未来について」を書き上げるために家に引きこもりほとんどの時間を費やしていたため、最近の世情に疎かったのだ。


「へっへいっ! 俺は頭が悪いんでアレですが、こいつを御覧になってくだせえ」

 そうして男が取り出した瓦版をプレセアは受け取って目を通した。


「なんでもトウミの領主は日光病の人間で常に仮面を被っているらしいんですが、開明派で凄い奴らしいんです」


「こっ……これはっ――!!」

 そこにはライゼンの功績が全て記されてあった。


 王立士官学校を次席で卒業後トウミ城主として赴任し、一月も経たぬうちに賊と逆賊を捕え、白エルフ黒エルフ種族間の軋轢あつれきを緩和させをたこと。

 さらには領主となってから発令された、法及び税の平等令、減税、求賢令、目を通せば信じられない数々がそこに記されてあった。


「こっ……これはまことのことなのかっ?!」

 プレセアは黒エルフの男の襟首を掴んでブンブンと揺さぶった。


「へっ、へいっ! プレセア様!! 俺の親戚がトウミに移住したんですが、税は低くて治安も良くて、白エルフも黒エルフも法や税率は皆平等で、新領主様のことを領民の皆が慕っているって話しですぜっ……!」


「なんとっ……信じられん……この……ここに記されているとおりなら、このトウミは、開明派の立脚地いや、まさに聖地ではないかっ!! だとするのなら、私はとうとう御仕えすべきお方を見つけたぞぉお!!」


 言うが早いか、プレセアは会計を済まし、自身の家へと走り荷造りを始めたのだった。

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