第二十話「決行」後編

「何故だ? ムンサよ」


「御城主殿はバレ=アスの用心深さをご存じないのですか? 前回は何年もの安全な略奪によって油断しきっていましたが、本来は用心深い男なのでございます! そのため、バレ=アスへの連絡役であるパヌーが捕まったと奴が知れば、もしくは定期連絡が途絶えたとあれば、奴は渡り鳥よりも早くねぐらを移すでございましょう! そうすれば全てが水泡に帰してございます!!」


 ムンサは慌てたように早口でそうまくし立てた。


「確かに、私も自警団を率いていた時分、何度も奴と相見あいまみえたことがありますが、奴は我等自警団が到着したときには必ず撤収の準備を終えていました。何度か自警団総出で奴等の根城を探しだしたこともありましたが、いざ総攻撃をかけたときには既に奴等は根城を変えており、もぬけの殻だったことが何度もございます」


「左様、エルシラ殿の言うとおりにございますっ!」

 自分の言葉を助けるようなエルシラの言葉にムンサはブンブンと首を縦に振る。


「ふむ……ならば念には念を入れ、パヌーを捕縛するのは奴等を壊滅させてからでもよいとしよう……。然らば明日、明朝に兵を率いバレ=アス盗賊団を根絶やしにしてくれよう。ムンサよ、其方は奴等の根城への案内あないを頼めるか?」


「はっ!! 勿論でございます!!」

 威勢よく返事をしたムンサは、しかし……と続けた。


「あまり大人数では敵に気取られてしまいます故、バレ=アス盗賊団へ奇襲をかける人数は三十名程でお願いしたく思います……」


「……私の予想では彼奴等めは総勢百名以上を有していると予想している。たった三十人では、例え奇襲をかけたとて返り討ちになってしまうのではないか?」


 私の言葉にムンサは自信満々といった様子で首を横に振った。


「いいえ御城主殿、そのようなことはございません。わたくしも、彼奴等めの本拠地を確認して参りましたが、その総勢は多く見積もっても五十余、そもそも奴等は訓練された兵でもないただの野盗にございます。その装備は貧弱で士気の低い軽装歩兵、それに比べ、我等は御城主殿に率いられた士気高き精鋭重装兵に一騎当千のレイナルド殿やエルシラ殿がおります! 奇襲を行い先手を取れば、奴等は混乱し、組織立った行動も取れないまま簡単に根絶やしにできましょうぞ!」


「なるほど……確かに、大人数で動けば気取られ、奇襲の意味をなさぬ……其方の言うとおりである」

 納得したと首を縦に振る。

「……では御城主殿」

「うむ、明日、明朝に私はエルシラ含めた親衛隊十一名、そしてレイナルド含めた城兵精鋭十九名を率いてバレ=アスの根城へ奇襲をかえ、奴等を根絶やしにしてくれよう――」


「ははっ!! 御英断でございます!!」

 そう恭しく頭を下げてムンサへ部屋を後にして行った。


「御城主殿、ムンサの言葉を信じるので?」

 レイナルドの問いに私は微笑で答える。

「まさか、もしそうなら其方にあの陣形の訓練はさせぬ。ここまでは読めていたからな」

「はっ! 御城主殿の深謀遠慮、このレイナルド言葉もございません!!」


 頭を下げるレイナルド。私はエルシラに視線を移して続ける。


「エルシラよ、今回の賊との決戦は其方等親衛隊だけでなく、なによりも自警団の動きにかかっている。期待してもよいか?」

「はっ!! 主様の御命通り、万事万端抜かりなく、整ってございますっ!!」

 エルシラも跪いて私へ頭を下げた。


「うむ、ならばよい。明日は、このトウミを長年苦しめてきた内憂ないゆう外患がいかんを一度に取り除く絶好の好機である。明日をもって、このトウミは新生を迎えるであろう――」


 私の言葉にエルシラとレイナルドは深く頭を下げた。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 翌日、ムンサを先頭にバレ=アス盗賊団根城へと足を進めるライゼン一行――


 総勢は大将であるライゼンを含めた三十一名、レイナルド率いる銀色に輝く板金鎧に大盾に長槍、そして接近戦や槍が折れた場合の予備武器として諸刃の短刀で武装した重装歩兵である城兵、計十九名。


 そしてエルシラ率いる戦闘用に胸甲の下に鎖帷子を着込み、脛当てと篭手、そして頭全体を覆う長い鼻当ての付いた兜を装着し、城兵と同じく大盾と長槍を手に持ち、諸刃の片手剣を腰に挿した中装歩兵である親衛隊計十一名である。


 親衛隊は本来なら諸刃の片手剣や盾、もしくは薙刀や長巻といった両手剣を主武器とするのだが、今回限りの特別の装備として、城兵と同じく長槍と大盾、予備武器に本来の諸刃の片手剣を持たせ、さらには背中には矢筒と複合弓を装備させていた。


 これは親衛隊が必要とされている機動力を大幅に削ぐ重装備であるが、今回はこれこそが一同の命を繋ぐ、そして敵へと勝利を収めるために必要な装備であるとライゼン説明していた。


 ライゼンは前回の賊撃退時のときのように、聖光衣の上に胸甲だけを付け、得物は諸刃の片手剣のみである。


「御城主殿、皆様、ここからは下馬して、歩きで進んでもらう必要があります」

 そういってムンサは森林が広がる森を前にして馬から降りた。


「ここから賊共の根城はどれほど距離がある?」

「はい……おおよそ、一里程度かど……」

 つまり下馬して徒歩で進む場合一時間近くかかることになる。


「……大盾と長槍を持たせた板金鎧の城兵を警戒させながら一時間近くも歩かせるとなると、奇襲効果を差し引いたとて、心理的にも肉体的にも我々にかなり不利であるな。もう少し馬で近づくわけにはいかぬか?」


 ライゼンの言葉にムンサは首を振った。


「御城主殿、どのみちこの道なき木々の茂った森林の中を馬で進むことはできませぬ。もし途中で馬がいなないてでもみて御覧ください、敵に気付かれ我等の目論見は全てパァでございます」

「……仕方あるまい……全員下馬せよ。これよりは徒歩かちにて進む」

「「「はっ!!」」」


 そうしてライゼン達は一切周囲を警戒していないムンサを先導に周囲を警戒しながら密集陣形を維持したまま歩を進めた――

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