第十七話「再会と陳腐な罠」後編
そうしてルーティーは自身の夕餉を運び、それと共にレイナルドがやってきた。
ことの事情を説明すると、義に厚いレイナルドはこの秘密を守り、むしろ二人の身の上に目の端に涙を溜め「よかったな」と言うほどであった。
今エルシラとルーティーは私が執務をしている机より離れた場所で、二人で夕餉を共にしている。
それでもエルシラの意識は私へと向けられていることが分かった。
「レイナルドよ、其方に頼みたきことがある」
「はい、なんでしょうか御城主殿」
「……そう不満そうな顔をするでない。私が其方を軽く見ていると思うか?」
「っ……!」
レイナルドは私の言葉に虚を突かれたような表情を浮かべる。
「其方は王都の妻子をルカに人質にとられておる。故に、其方を親衛隊長には推挙できなかった。それに、例え推挙できたとしても私は其方を選ばなかったであろう。何故なら、其方以外にこのトウミの城兵を率いる適任者はおらぬからだ」
「御城主殿のご配慮に気付くことができなかった、己の浅ましさに恥じ入るばかりです……」
そう言ってレイナルドは頭を下げた。
「頭を上げよレイナルド。其方は微塵も浅ましくなどない。適材適所。其方はこのトウミ城兵、ひいてはそれ以上の将となる器であると私は見ている。故に、卑下ではなく誇るのだ。其方はこのトウミ城にあらねばならぬ存在である」
「はっ……はっ!」
「それで、城兵を率いて訓練してもらいたい装備と陣形があるのだ、その理由は……」
そうして私から説明を受けたレイナルドは得心したという表情を浮かべ部屋を後にして行った。
「主様、主様はお食事をおとりになられないのですか?」
レイナルドが去って行ったあと、ルーティーとの食事と会話に一息ついたエルシラが私にそう言い――
「御城主様は、決して私達が見ている前ではお食事をお召しになられませんから……」
ルーティーがそう付け足した。
「後でな。なにせ食事をとるなら、この銀星面を外す必要がある故」
「この部屋には日光が入りませぬ、その銀星面を外されても問題ないのでは? それとも我等がお邪魔なのでしょうか?」
エルシラがそう答えた。
どうやら二人は主人よりも先に食事を摂ることにためらいを覚えているようだ。
「そういうワケではないが、病故の醜き
素直にそう答えると、二人はしまったという表情を浮かべた。
「こっ、これは思いが至らず失礼しましたっ!」
「わっ、私も出すぎたことを……」
「よい、故に二人は私のことなど気にせず二人で過ごすとよい」
そのときまた扉が叩かれた。
「誰か?」
「はっ! ムンサ殿が、御城主殿へ御用があるとのことでございますっ!」
「なに? ムンサが?」
「はっ!」
私はエルシラとルーティーに視線を送ると、意図を理解した二人はすぐに離れ、エルシラは私の後ろへ控え、ルーティーは給仕をしているように見せるため、配膳台の茶器に手をつけた。
「通せ――」
「しっ、失礼します……」
そうしてルカの副官・腹心であるムンサが入室してきた。
――
――――
――――――
同日夕刻・城内ルカの私室――
「不味いぞっ!! 大変に不味いっ!! このままでは彼奴が名実共にこの城内の支配者となってしまうっ!!」
ライゼンに完膚無きまでに論破され、黒エルフのみで構成された親衛隊の結成を許してしまったルカは焦燥感に駆られており、ムンサとパヌーは黙って焦り怒り狂うルカを見つめていた。
「見たかムンサにパヌーよ!! 奴があの薄汚き黒エルフに親衛隊長を命じたとき、文武官の誰も反抗しなかったこと、むしろ同意するような素振りさえ見せたことを!!」
「しっ……しかし、だからといって何か打開策はあるのでございますか?」
恐る恐るムンサが反応する。パヌーはまだへし折られた指が熱を持ち痛み、それどころではなかった。
「前に言ったであろうムンサよ!! 其方は今からでもあのライゼンの下へ向かい、私を裏切り改心し
「しっ……しかし……」
「しかしも駄菓子も無いっ!! よく考えてみよ! エルシラ含め十名の黒エルフが奴の親衛隊となったのだ!! 故に奴はきっと油断しておる!! その隙にお前も加わり、疑念を薄めるのだ!!!! これぞ埋伏の毒の計ぞ!!」
前もそんなことを言ってバレ=アス達が大変な目に遭ったではないか。という言葉を飲み込みつつムンサは頭を下げる。
「はっ……ははっ!! それで、私はなにをすれば……?」
「よいか? お主は私を裏切り改心し奴へ恭順したフリをして、奴へ取り入り、信頼を得て時を待つのだ!」
「時を待つとは……?」
「時機を見て、私はバレ=アスと共同し、奴を罠へ嵌め、あの親衛隊や奴に心酔しているレイナルド含めた者を諸共皆殺しにしてくれる。お前はその罠へライゼン一行を誘き込む役目を果たすのだ!! 分かったか!?」
「はっ……ははぁっ!!」
――
――――
――――――
城主室――
「……つまり、お主はルカの横暴に嫌気が差し、ルカには秘密裏に私へ付きたいというのだな?」
「ははぁっ!! そのとおりにございますっ!!」
「よかろう、実は、私は前からお主には目をかけていた。ルカの横暴に耐えながら、それでも腹心として尽くす忠誠心を、な。そなたの本心を聞けて嬉しく思う。今宵はもう遅い故、今後のことはまた後日相談するとしよう、下がってよいぞ」
「ははぁっ! 失礼致しますっ!!」
ムンサが退室していった後、エルシラが私を見て口を開いた。
「主様、まさか、今の者の言葉を信じてはいませんでしょうね……?」
「無論だ。十中八九ルカの差し金であろう」
「ならばっ……っ」
何故罰しない? と続けようとするエルシラに片手を上げて言葉を制した。
「エルシラよ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。奴がムンサを私の下へ寄越したということは、それだけ奴が追い詰められている証。ならば、私はそれを逆に利用してくれよう。分かったな?」
「はっ! 主様の仰せのとおりに!」
私の答えにエルシラは納得したように頭を下げた。
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