第十六話「再会と陳腐な罠」前編
親衛隊新設後は、三交代で昼夜問わず親衛隊が私を守っており、現に今も自室で政務の続きを行なっている私の部屋の外に二人、そして室内にはエルシラが私の背後を守ってくれている。
「暗く、息苦しい部屋であろう?
私の部屋は前にレイナルドに頼んだ通り、陽の光が一切入らぬよう窓という窓に板が厳重に打ち付けられており、昼間でも燭台を灯さなければ真っ暗な部屋となっていた。
「お気遣いありがたく思います。ですか、
「ふむ……エルシラよ、日光病とは不思議なものでな……」
私は振り返ってエルシラを見た。
「髪や肌は蝋のように白く、瞳の色は真紅となり、陽の光にこの肌が直に曝されれば白煙を上げ焼け爛れ、月光すら長く曝せば低温火傷する……。が、何故か目と、その周りだけはどれだけ晒されても大丈夫なのだ。おかしかろう?」
「…………」
エルシラはなんと答えたらいいのか分からないといった表情を浮かべていた。
「そろそろ女中長のルーティーが来る時間だ。夕食は二人分用意するよう頼んだ故、其方も食べるとよい」
「はっ!」
そう話していると丁度よく、扉を叩く音が聞こえた。
「誰か?」
「女中長のルーティー殿がご夕食を持って参ったとのことでございます」
エルシラの問いに扉の前を守っている親衛隊の男が答える。
「通せ」
「はっ!」
「しっ、失礼しますっ……」
そう言って
「姉様……っ」
「ルーティー、止まれ――」
「っ……!」
目の端に涙を浮かべ今にも駆け寄ろうとしたルーティーをエルシラは厳しい口調で
「あっ、姉様……?」
予想外の反応だったのか、ルーティーは足を止めエルシラを見る。
「ルーティー、お前は愛おしい妹であるが、今は互いに職務中、私情を挟んではならん……」
「はっ……はいっ……! 失礼致しましたっ……!」
ルーティーはエルシラの言葉にハッとしたように頭を下げた。
「待て、其方等は実の姉妹なのか?」
私はそう言いながら二人をよく見比べてみた。
エルシラは五尺八寸と
褐色の肌に白い髪と長い耳、細い怒り眉に、ややつり目のまつ毛の長い大きな金色の瞳、鼻は中高で形が良く、唇は薄く広い。
前髪は頬にかかるほど、もみあげは顎に届くほど、後ろ髪は腰に届くほどに長い髪型の美女である。
対するルーティーは五尺ほどと小柄で華奢な体付きに、褐色の肌に長い耳の白いおかっぱの髪型、金色の瞳はまつ毛の長い大きな二重で、鼻や口は小振りな、幼い容姿を持つ可愛らしい美少女である。
一見して似てはいないが、意識して見てみると、目元や口元など確かに似ている部分はあった。
「はい、ルーティーは私の実妹にございます。御存知なかったのですか……?」
エルシラは信じられないという表情を浮かべていた。
きっと私がルーティーとエルシラの関係を知っていて優しくしてくれているだと思っていたのだろう。
「うむ、すまぬな。女中の個人情報は領主権限がなければ閲覧できぬのだ」
「いえっ、こちらこそ出すぎた発言でございました、お許しを――っ」
「気にするな、エルシラ、それにルーティーよ、こちらへ来なさい」
「はっ、はいっ……!」
私の前に立ったルーティーの肩と横腹に手を当て、背後のエルシラと向き合えるようにその体を反転させた。
「えっ?」
「あっ、主様?」
戸惑う二人に極力優しい声音で応える。
「エルシラにルーティーよ、其方等の忠勤、心より嬉しく思う。故に、その褒美として、この部屋にいる間だけは、其方等が立場も職務も関係ない、ただの姉妹であることを許す」
「主様……」
「御城主様……」
二人は感激した様子で私を見た。
「しかし、こればかりは
私は仮面の唇の部分に左手の人差し指を立てた。
「しかしっ、主様……」
「エルシラよ、其方の気持ちもわかるが、ルーティーはしっかりと己が役職をこなす芯の強い女中長とはいえ、まだ十五。たった一人の家族である其方に甘えたいという気持ち、どうして責めることができよう?」
女中は文通は許されるが、逃亡防止のため基本的に帰郷することを許されていない。
帰郷及び女中の任を解かれるのは、変わりの人質が用意できた場合となっており、ルーティーは十歳でこの城に出仕したということから、実に二人は五年振りの再会となるということだ。
「御城主様……」
「それに……エルシラよ、其方もルーティーと同じ気持ちなのであろう? ここならば人目を
私の言葉に二人は心打たれたように、ゆっくりと近づいて抱きしめあった。
「姉様っ……姉様――!!」
「ルーティー……妹よ、私の可愛い妹――ッ!!」
二人は五年の月日を埋めあうかのように抱きしめあって泣きあった――
「ちゃんと食べ物はもらっているか……?」
「はいっ、御城主様のお陰で、食事も寝具も、村のみんなよりも良いものを使わせていただいております。ここなら賊に襲撃されることもありませんし……むしろ、村の人達に申し訳ないと、女中達の間で話しているほどです……」
「そうか……ならいいんだ……」
それ以上に言葉にならない言葉を視線で交わし合う二人に一つ提案をする。
「ルーティーよ、もう夕餉はとったのか?」
「いいえ、まだでございます御城主様」
「ならば持って参れ、二人で共に食べるとよい」
二人に気にするなと片手を小さく挙げて制する。
「御城主様……」
「主様……」
「ルーティーよ、代わりと言ってはなんだが、夕餉を持って来るついでにレイナルドを呼んできてはくれぬか?」
「はいっ。かしこまりましたっ」
ルーティーは涙を拭うと頭を下げ、喜びを抑えるように部屋を後にしていった。
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