第十四話「エルシラ出仕、親衛隊結成」中編

 トウミ城・朝礼―― 


 バレ=アス率いる盗賊団の襲撃を返り討ちにしてから早一週間が経った。


 体制を立て直しているのか様子を見ているのか、あれ以来バレ=アス達の襲撃はなく、その間にトウミ城兵隊と自警団は連携を深め、何時何処へ賊が襲撃してきても対応できる体制を敷くことに成功していた。


「では、朝礼を始める。その前にパヌーよ、その指はどうした?」


 休み明けのパヌーの右手の親指以外の四本の指には包帯が何重にも巻かれていた。

 見るからに骨折しており、事故とも考えにくく何かがあったことは明白であった。


「いっいえ、階段から転んだ拍子に指を折ってしまいまして……」

「左様か……して、其方の傷は癒えたのか? ルカよ――」


 パヌーが本当のことを言うわけがないので軽く頷きつつ、実に一週間ぶりに復帰し、朝礼に参加していたルカに声をかけた。


「はい……お陰さまで、なんとか動けるまでには回復いたしました……」

「なにか私に言いたいことはあるか?」

「じっ、城主殿のお言葉、何を意味しているのか、はかりかねますが……」

「そのままの意味だ、私を恨んでいるか? それとも改心したのか? そう聞いている」


 ルカは目を細めながら答える。


「私は城主殿を恨んだことはありませぬ。この罰も、私の怠惰が招いたことにございますれば、城主殿を恨むなどと……とても在り得ぬことでございます」


「……ならばよい。私もできるだけ死人は出ぬほうがいいと思っている。其方がそうならんことを祈ろう」


 文武官が冷や冷やとしながら私達の会話を見つめていると、その緊張を打ち破るように大広間の入り口から女の大きな声と、それを止めようとする衛兵の声が響いてきた。


「何事か?」

「はっ! トウミの代表であるエルシラ殿が御城主殿へ是非とも面会したいとのことでございますっ!!」


「なにをしておる。早くここへお通しするのだ」


「「はっ!!」」


 衛兵に通されたエルシラは文武間が居並ぶ大広間へと姿を現し、私が座っている席の前までずんずんと足を進め――


「ライゼン殿!!」

 目の前で跪いた。


「何用だ、エルシラ殿。危急の要件か?」

 立ち上がり、跪くエルシラの前へ立つ。


「いえ! 実はこのエルシラ、ライゼン殿へ感服、心酔いたしました!! できるならば、ライゼン殿にお仕えさせて頂きたく思いますっ!!」


 そう言ってエルシラは更に深く頭を下げた。

 エルシラの言葉にルカだけでなく、文武官達も驚いた表情を浮かべている。


「剣や弓の腕には自信があります! 並の男にならば何人かかってこようが負けませぬ!」


 事実、エルシラは弓の腕も剣の腕も、城兵隊長であるレイナルドと比肩しうるほどの実力を持っていることは、先日の夜襲撃退時に自身の目で確認済みだった。


 暗闇で動く人間が的であるというのに、エルシラの放つ矢は見事に賊共の首や心臓を正確に射抜き、その弓を射る速度も他の自警団の倍ほど早く、しかも百発百中。


 剣に持ち替えた後も、城兵ですら三人一組でやっと相手にできるような賊の大男をたった一太刀の下に斬って捨て、そして次々とその手によって賊共を斬り倒していった姿を。


「……よいのか?」

 私は屈み、跪くエルシラの肩に手を添え、その下げられた頭を見ながら口を開いた。


「はっ! ライゼン殿にお仕えできるのなら、一兵卒でも女中でも、なんでもいたします! 故に、何卒、何卒お願い申し上げますっ!」


「うむ、エルシラよ、其方が我が配下となってくれるのなら、百人力……いや万人力だ!」


「でっではっ……!」


 顔を上げたエルシラの表情は、輝かんばかりの喜色に溢れていた。私は立ち上がり、厳かに、告げるように声を上げる。


「トウミのエルシラよ」

「はっ!!」

 エルシラはまた跪く。


「其方をこのトウミ城城主、ライゼン・オウコの親衛隊長に任ずる!」


 ――

 ――――

 ――――――


「…………」


 エルシラはあまりのことに声がでなかった。

 思わず放心してしまうほど。

 まさか自分がこれほどの重職に任命されるとは夢にも思っていなかった。


 よくて一城兵であろうと思っていた。


 そしてなにより親衛隊……それも親衛隊長とは、絶対の信頼を置く者にしか任命されない重要な役職。

「――――」

 エルシラは気を取り直した後も感激に言葉が出なかった。


 周りの文武官達もその大抜擢にザワザワと反応している。


「誰か!」

「はっ!」

「親衛隊の剣と鎧を持て!」

「はっ!!」


 衛兵から武具の入った箱を受け取ったライゼンは、未だ惚けたような顔をしているエルシラへ改めて宣言した。


「トウミのエルシラよ、トウミ城主の権限において、其方を城主親衛隊長へ任命し、ここに親衛隊の装束である白き鎧直垂よろいひたたれ胸甲きょうこうつるぎを授ける!」


「はっ、拝受はいじゅ致しますっ――!!」

 エルシラはライゼンよりうやうやしく武具の入った箱を受け取った。


「エルシラよ」

「はっ!」

「これより其方は常に私にはべり、我が刀となりて私を守ってくれ」

「は……はっ!! このエルシラ、身命を賭してライゼン様へお仕え致します!!」


 頭を下げるエルシラにライゼンが頷く。


「ならばエルシラよ、其方に初の任を下す」

「はっ! なんなりと!」


「親衛隊長とは言ったものの、まだ親衛隊は其方一人しかおらぬ。故にエルシラよ、其方はトウミの中から腕が立ち信頼のおける者十名を選び、親衛隊を組織せよ」


「わ、私の一存で構わないのですか……?」

「うむ、私は其方を信じておる故な」


「…………」

 その言葉にまたエルシラは感激し、文武官達は静かに騒ついた。

 黒エルフを親衛隊に、しかも親衛隊長に、そして黒エルフのみで構成された親衛隊など前例がない。と――

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