第十三話「エルシラ出仕、親衛隊結成」前編

 ライゼンが新城主として着任し、バレ=アス率いる盗賊団を撃退してから一週間ほど経った頃――


 エルシラはあれ以来ずっとライゼンのことが頭から離れなかった。


 初めて出会ったときの第一印象はその異様な風体と、国王のお気に入りであるとの噂なのにトウミへ左遷させられた経緯から不信感を抱いていた。


 が、自分が自警団長であることを即座に見抜いた鋭い洞察力、さらにはその夜起こったバレ=アスの襲撃やその動向を、まるで未来予知の如き正確さで予測し、味方の死者を一人も出すことなく賊を返り討ちにした知謀と行動力。


 そして自分達黒エルフに対して一切の差別意識を持っていない。どころか、黒エルフの立場を改善しようと動いてくれていること。


 そして賊撃退時に自警団やシゲノの住民の前で自分の手を握りながら行った、あの皆の心を打った見事な演説。

 ライゼンの名声はたった一日で瞬く間にトウミ全体に知れ渡り、今ではトウミの領民達はライゼンへ今度の領主様なら賊を一掃し、我等の生活を豊かにしてくれるのでは? と、期待しているほどだった。


「……様、エルシラ様っ」

「っ!」

 アフギの呼びかけで我に帰るエルシラ。

「むっ、すまん。どうしたアフギ?」

「エルシラ様……いつにもまして上の空でございますね……また新城主殿のことを考えておられたのですか?」

 エルシラはアフギと共に十人ほどの自警団を率いてトウミの村々を警邏けいらしている最中であった。


 あれ以来バレ=アス盗賊団の襲撃はなく、さらにはトウミ城の城兵達とも連携し、いつどこに盗賊が襲ってきても即座に対応できる万全の警備体制が敷かれていた。

 これも全てライゼンが提案したもので、かつての城兵と自警団の間に不信感があったときならば考えられないような、たとえ提案されたとしても一蹴していたであろう、ライゼンでしか実行できなかったことであった。


 信じられないほどの行動力とそれに見合った実力。

 これほどまでに優れた者をエルシラは見たことがなかった。

 想うな、というほうが無理であるほどに。


「まぁ……そんなことろだ……で、用はなんだ?」

「ルーティー様よりお手紙が届いております」

「見せろ」

 ルーティーはエルシラの実妹であり、流行病で両親を亡くしてからは、唯一の肉親であった。


 エルシラ一族は代々トウミの村々の黒エルフ達のまとめ役、総氏族長の立場であり、現在のトウミ総氏族長はエルシラが務めている。


 そのため、エルシラはライゼンと同じく二十歳という若さでありながら、自警団を率い、そしてトウミの村々のまとめ役として苦心し、妹であるルーティーも人質として、まだ十にも満たぬ歳からトウミ城に出仕させられていたのだった。


「ふふっ……これはいいっ! なっ…………」


 ルーティーの手紙を読んで最初は笑ったエルシラであったが、読み進めていく内に、その表情がどんどんと、感嘆するような、もっと言えば、恋する乙女のような瞳となっていった。


「エルシラ様、なにが書かれていたのです?」

「…………」

 手紙を読み終えたエルシラは無言のまま手紙をアフギに渡した。


「失礼――」

 手紙を受け取ったアフギと、その後ろにいた自警団達はその手紙に目を通すと、そこには。

 親愛なる姉上様へ。

 から始まり、ライゼンの赴任初日にルカが棒叩きに遭い日に日に影響力を弱めていることや、自分達女中や領民を守る禁令と待遇改善をしてくれたこと、そして自分に優しくしてくれた数々のことが事細かに書き連ねてあった。


「…………」

 その手紙を読み終えたアフギや自警団達も、何も言葉が出なかった。ただただ、感動に震えたのだ。


 初めて出合った日に、ライゼンは自身のことを開明派だと自称していたが、エルシラやアフギ含めた自警団はどうせ悪辣なルカの圧力を受け城主を辞すか、ルカの手先に転向するかと思っていた。


 が、そうではなかった。


 どころか、その真逆であった。


「アフギ……このルーティーの手紙に盗賊団撃退の詳細、及び夜明けの演説の内容を追補したものをトウミの全村へ配れ――」


「はっ……!!」


「ライゼン殿……」

 実妹であるルーティーの手紙を読んだエルシラは、もうどうしようもないほどにライゼンへの想いが昂ぶっていた。


 自身はトウミ黒エルフの長として仕えられる身であり、人の上に立つ身である。

 生まれてからずっとそう教育されてきたが、初めて誰かに仕えたいという想いが極限まで高まっていた。


「エルシラ様……」

 宙を見ながら、その想いを抑えるように、呆然としていたエルシラにアフギが声をかけた。


 エルシラが振り向くと、自警団達が何か覚悟を決めたようなサッパリとした笑顔を浮かべていた。


「アフギ……お前達……どうした?」

「エルシラ様、我等自警団は、エルシラ様を長としつつも、現場監督はこのアフギが務めたく思います――」

「……どういうことだ?」

「エルシラ様、ご自分のお心に素直になって下さい。ライゼン殿へお仕えしたいのでありますよね?」

「!?」

 自身の胸中を隠せていたと思っていたエルシラはアフギの言葉に声が出なかった。


「エルシラ様が我等のことをお想いくださるように、我等も常にエルシラ様のことを想っております。ですから、エルシラ様が、今どうされたいか、我等一同理解し、そして、応援したいと思っているのです」


 アフギの言葉に同意するように自警団たちが首を縦に振る。


「い……いいのか……?」


「はっ! エルシラ様がライゼン殿にお仕えしようとも、我等の長であることに変わりはありません! エルシラ様は昔より、我等のために、粉骨砕身なされてきました! ですから、今度は、御自身のために動いてください! 我等も、それがこのトウミのためになる、より良い結果になると信じておりますっ!!」


 そうしてアフギ含めた自警団十名は肩膝を着いて頭を下げた。


「アフギ……皆……良いのか……?」

「「「はっ!!」」」

「…………すまぬっ!! 礼を言うぞっ!! 私はライゼン殿に、このトウミの未来を託すっ!!」


 言うが早いか、エルシラは馬へと乗り、トウミ城へと駆けていった――

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