第十二話「帰還」後編


 ルカの部屋――

 

 ライゼンが政務を執っている頃、昨日の傷も癒えぬまま寝台にうつ伏せっていたルカ・サルバルトールは副官のムンサとパヌーより知らされた情報に愕然としていた。


「なっ……なんだとっ?! 失敗したと申すかっ!?」


「はっ、はいっ……。それも……バレ=アス達盗賊団の三分の一の戦力にあたる四十名近くが討ち取れれた模様で……」


「まずい……それはまずいぞっ……!!」


 ルカは蒼白になった顔から冷や汗を流した。


 ルカは自分がライゼンにバレ=アスと結託していることがバレてはいないか? ということよりも、裏切られたと思ったバレ=アスに自分が殺されてしまうかもしれないことのほうが怖ろしかった。


 それも、ただでさえ下賎な人間族の中でも、特に野蛮で有名なグンマ部族民であるバレ=アスのことだ。ただ殺されるのではない、想像することすら躊躇うような酷い殺され方されるに違いない。と、ルカは気付けば震えが止まらなくなっていた。


「パヌー!! お前は今からすぐにこちらの不手際を詫びる金を持ってバレ=アスの下へ赴き、謝罪と、我等が裏切った訳ではないという釈明を述べてこいっ!!」


 最悪だ! というように顔を青くするパヌーは、ルカを見つつ恐る恐る口を開く。


「はっ……しっしかし、もしかしたら、激怒したバレ=アスに私が殺されてしまうやも……」


「もし行かぬのならバレ=アスの前に私がお前を殺してくれるわっ!! つべこべ言わずさっさと行くのだっ!!」


 尻込みするパヌーをルカは青筋を立て怒鳴りつけた。


「は、ははぁっ!!」

「そしてムンサよ、其方は埋伏の毒となれ!」

「どっ、どういう意味にございましょうか?」


 自分ではなくよかったと安心していたムンサは、突然話を振られ動揺した。


「時期を見て、私を裏切ったフリをしライゼンに近付くのだ!! そして信頼を得よ! そうしていずれ罠に嵌めてくれようぞっ!!」


「お、お言葉ですがルカ様……彼奴あやつを評価するわけではありませんが、先の夜襲を見破ったあのライゼンが、このようにあからさまな計略を見抜けないとお思いでございますか……?」


「それをなんとかするのがお前の腕の見せ所であろうが!!!!」


「はっ、はっ! 承知致しました……っ!」


「よいか! 時が経てば経つほど奴へと有利になるのだぞっ!? もし我等とバレ=アスの関係が露呈してみよ!! 私もお前もパヌーも縛り首の上に族滅となるのだぞっ!? 分かっているのかっ!?」


「はっ、ははぁっ!!」


 ――

 ――――

 ――――――


 バレ=アス盗賊団根城――

 そこはナガノ王国とグンマ国境辺りに位置する、深い森の中にあった。


「お頭ぁ、ルカの野郎の使いが来ましたぜ!!」


 周囲一帯が丸く開けており、奥に洞窟がある。

 バレ=アスがいる洞窟は入り口に何本も木の杭が打ち立てられており、その先には髑髏どくろが刺さっている。


 角灯にてらされた中には、人の死骸で作られた悪趣味な装飾品が並び、その最奥に首領であるバレ=アスが部下を左右に並ばせ、虎の毛皮でできた敷物の上に胡座をかいて座っていた。


「こっ、これはバレ=アス殿、お、お元気そうで何よりです……」


 そこへ引きつらせた笑顔を浮かべながら現れたのはパヌーであった。


「おい」

「「へいお頭っ!」」

「コイツの指を一本ずつのこぎりで切り落とせぇ」

「「へいっ!!」」

「ひぃぃぃっ!! おっお待ちをっ!! ごっ、誤解でございますっ!!」


 バレ=アスの部下がパヌーの両腕を掴むと、パヌーは慌てて声を張り上げた。


「なにが誤解だぁおい? テメエらの言う

とおりにしたら待ち伏せ食らってよ、四十人もの手下が殺されちまったぁ。この俺も危なかったぜぇ……で? なにが間違いなんだぁ?」


「じっ、実はそれらは全て新城主として赴任して来たライゼンという男のせいなのでございますぅ!!」


「……話してみろ、ただし、嘘だったら苦しめ尽くして殺すぜぇ」


「はいいいい!!」


 そうしてパヌーは半泣きで事情をバレ=アスへ説明した。


 新城主ライゼンによってルカが棒叩きにされたこと、先の襲撃もライゼンの一存によるものでルカは感知していなかったこと、そして、その詫びのために自分を寄越したことを――


「なぁるほどなぁ、あの白い鉄仮面野郎が仇ってワケかぁ――」


「その通りでございます。そして、こちらがルカ様より、バレ=アス様へのお詫びの気持ちでございます」


 パヌーが渡した皮袋の中には、失った四十人の部下の戦力や諸々のことを差し引いても、余りあるほどの金貨が入っていた。


「いいだろう、今回のこたぁこれで許してやるぜぇ」


 バレ=アスはその三白眼でパヌーを見上げながらシミの多い顔にニタァといやらしい笑みを浮かべた。


「それとルカ様は、その憎きライゼンめを我々で罠に嵌め、嬲り殺しにしようと提案なされています」


「……いいぜぇ、その代わり――」

 バレ=アスはゆっくりと立ち上がるとパヌーの右手の親指以外の指四本を右手で握って――


「えっ?」


 べキィッ――!

 関節とは正反対の方向にへし折った。


「ぎっ……ぎゃああああああああ――!!!?」

 パヌーは両膝を着いてへし折られた指を見ながら悲鳴を上げた。


「金は金、ケジメはケジメだぁ、十人につき指一本、破格ってもんだろぉ?」


 バレ=アスは得物である大鉈を手に持って眺めながら続ける。


「その罠に嵌める時とやらは、裏切ってない証拠として、ルカの野郎にも直接俺の下へ来てもらうぜぇ。それが条件だぁ。俺の真横に立って一緒にあの鉄仮面野郎が嬲り殺されるのを眺めようやぁ――」


 そう言ってバレ=アスはニタニタと笑みを浮かべたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る