第十一話「帰還」前編

 トウミ城へと帰還した私達は時間もよいということでそのまま朝礼を行うことになった。


 昨日のルカへの棒叩きの効果もあってか、城の大広間には既に城内に勤める全ての文武官の姿があり、皆は返り血塗れの私達を見て驚いた表情を浮かべ、その中でも特にパヌーとムンサの二人は大層驚いている様子であった。


「文武官達、特にムンサにパヌーよ、何をそんなに驚いている?」


 名指しされたムンサとパヌーはビクリと体を震わせて口を開いた。


「いっ、いいえ、そ、その、城主殿やレイナルド殿達が血塗れでおります故……っ」

「私も左様にございますっ!」


「確かに。他の者達も武装し、血塗れの我等を見て驚いている者も多いことだろう。だが安心して欲しい。これは全て返り血である。長年、このトウミを襲撃してきた盗賊団共の……な――」


「返り血とは申せ、ごっ、御城主殿のお体は大丈夫なのですか?」


 一人の、目つきからして私へ忠誠心を抱いていることが分かる文官長であるカクサがそう声を上げた。


「案ずるでない。昨日、シゲノへバレ=アス率いる五十名からなる賊が襲撃をしかけた。が、エルシラ率いる自警団との共同作戦にて、四十名を討ち取った。こちらは城兵、自警団含めて死者は無く、数名の軽傷者が出た程度だ」


 私の言葉に文官や昨日賊への襲撃に参加していなかった武官達が感嘆の声を上げ、逆にムンサとパヌーは顔面を蒼白にさせてた。


 二人の反応からして、やはり昨夜の賊の襲撃はルカが手引きしたものだと確信する。 


「さて……返り血が付いたままであるが、朝礼を始めるとする」


 私の言葉に皆背を正す。


「まず、パヌーにムンサよ、ルカはどうした?」


「はっ……はっ! 昨日城主殿より受けた棒叩きの傷のため、伏せったまま動けないのでありますっ!」

「そのため、本日は休ませていただきたいとのことですっ!」

「……まぁ、よかろう。本日は城主として、二つの禁令を設け、二つの待遇改善を行うことを宣言する」


 私の言葉を聞き逃すまいと文武官が注目する中、ゆっくりはっきりと、聞き間違えがないように口を開く。


「まずは待遇改善からである。一つ、女中達の食事の内容と寝具を、城内に勤める文武官達と同じものにすること。二つ、女中達に俸給を与えること。俸給額は一般女中の俸給の平均を基準とし、この城の収支と見合せ算出した適正な額とすること――」


 人質である女中の解放は領主権限でなくば行えないため、これが私にできる中で精一杯であった。


 私の言葉に文武官は特に逆らう様子は見せず、むしろ感心するような反応のほうが多かった。


 城に勤める者は人質として酷い扱いを受けている黒エルフの女中達、そしてトウミの黒エルフ達に同情的である、というルーティーの言葉は正しかったようだ。


「次に禁令である。一つ、理由なく女中やトウミの領民に乱暴狼藉を働かないこと。二つ、私的な理由で娼婦を城内へ入れぬこと。理由は説明するまでもないと思うが、一応説明をしておこう」


 暗にルカを非難している禁令と待遇改善にムンサとパヌーはさらに顔色を悪くしている。


「まず一つ、女中含めた領民はトウミの宝であり、国の宝である。これを害するは自らを、ひいては国家を害することと同義である。故に、許されるものではない。先に言った女中への待遇改善もそれ故である」


 自分で言いながら、改めて黒エルフへの差別の激しさを意識する。

 当たり前のことを当たり前にする。たったそれだけのことが何故今まで行われてこなかったのか? と。


「女中達の働きなくして、城に住む我等の生活は成り立たぬ。だというに、この女中達を無給で働かせ、粗末な寝具に寝かせ、粗末な食事を与え、まるで罪人を扱うが如き今の所業は、全く以って看過できざる問題である。故に改善する」


 私の言葉に反論する者は無い。


「二つ、言うまでもなく、城内とはこのトウミにおける最高機密の詰まった場所である。ここに己が欲を満足させたいがため、素性定かならぬ娼婦を呼び寄せ享楽に耽るは、大手を振って間諜を迎え入れるが如き行為であり、言語道断である。故に、これを破れば、棒叩き二十回の刑と処す。分かったな?」


「「「はっ!!」」」


 ムンサとパヌー以外の文武官は、皆声を揃え首を縦に振った。


「では提議なくばこれにて朝礼を終えるとする。それと、レイナルド及び昨夜賊討伐を行った武官二十名は本日は非番とする。私は引き続き政務を行う故、文武官は報告書及び陳情書を持って参れ。それと、領民が陳情に来た場合には、その内容を聞き、ふざけたものでないのならば、私の下へと通すのだ」


「「「はっ!!」」」


「それと、誰か、女中長のルーティーを呼んでくれぬか?」


「はっ!」


「御城主様、ルーティー参りました」

 しばらくして、ルーティーが目を潤ませながらやってきた。


「ルーティーよ、なにかあったのか?」

「いえっ……ただ私は、御城主様のお優しさに心打たれているのです……っ」


 ルーティーは自分を呼びに来た文官から、先程私が発した禁令と待遇改善を聞いたらしく、そのことに感激しているとのことだった。


「こちらへ、私の横へ来るのだルーティー」

「はっはいっ」


 執務机の前から机の横を通り、座っている私の横に立ったルーティーの金色の瞳に溢れる涙を手巾で優しく拭った。


「血のついた手袋ですまぬが、この手巾しゅきんは綺麗なもの故、安心するのだ」

「御城主様っ、もったいなくございます……っ」


「そのようなことはない。よいかルーティーよ。私は異常であったものを正常に戻しただけ、感謝されるようなことではない。だが、其方の清い涙、私は嬉しく思う。故に、拭わせて欲しい」

「ごっ……御城主様……っ」


 そうしてルーティーが泣き止むのを待って要件を告げた。


「ルーティーよ、この城でもトウミのどこでもよいが、麦稈ばっかんはあるであろうか?」

「麦稈ですか……? はい。帽子を編んだり色々と利用するために、村でもこのお城でも在庫はありますが……?」


 私の言葉にルーティーは真意がわからないといったように小首を傾げながら答えた。


「ならば、その中からできるだけ丈夫で長いものを選んで、水を入れた容器に麦稈を挿して持ってきてはくれぬか?」

 ルーティーは得心したように首を縦に振った。


「はいっ、気遣いが足らず、失礼致しました! ただいますぐにお持ちいたします!」


 そうしてルーティーは広間を後にして行った。物を食べなくても一日二日は大丈夫だが、流石に水は飲めなければ苦しい。


 実に昨日から一滴も水を飲んでいない。ルカへの打擲、そして賊討伐、警備隊やシゲノの民への演説を行った私は喉が渇いて仕方なかった。


 けれども、陽の光がふんだんに差し込むこの大広間では仮面を外せず水を飲むことができない。


 私の銀星面は頭巾と一体であり、銀星面の頭巾は首元まで覆われており、光聖衣は徳利襟とっくりえりで、うまく交差するようになっている。


 その首元の部分から麦稈を入れて口へ含みそれを吸うことで水入れから水を、陽の光が差す場所で飲むことができるようになっていた。


「お待たせいたしましたっ」

 ルーティーは大きな水入れに十分に長い麦稈をさし、更には折れた場合を見越して予備の麦稈も何本か添えて銀盆の上へ載せ、私へ差し出した。


「ありがとうルーティー」

「御用命があればいつでも、お呼びください!」


 そうして水分を補給し、食事はとらぬまま日が暮れるまで政務を執った――

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