第八話「看破」後編

 エルシラとアフギ達トウミ自警団の一行が徒歩で警邏けいらをしていると、遠くで馬のいななきと共に自分達の方へ向かってくるひづめの音が響いた。


「誰だ? 蹄の音は一つだが全員、気を付けろ!」

 皆臨戦態勢で蹄の方向へ目を向けると、現れたのは――


 輝く満月を背に、その月光を一身に浴びた輝く銀面に金の刺繍の入った純白の長衣を纏いきらめく胸甲を付け、白金のたてがみを持つ美しい白馬に乗ったライゼンであった。


「また会ったな――」

「「「――――」」」

 月明かりにてらされたライゼンはまさに輝くようでいて、エルシラ達はその神秘的なまでの美しさに、一瞬言葉を失った。


「……何の用だ?」

 エルシラはすぐに気を取り直してそう応えた。


ぞくが来るぞ、お主はどうする?」

 自身に向けられるライゼンの真紅の瞳に、エルシラもその心中を読まんと金色の瞳で真っ直ぐに見返す。


「……いつ、どこに?」

うしこく、シゲノ」

「信じていいのか?」

「無論」

 二人は無言のまま真っ直ぐに見つめ合う――


「エルシラ様、これはわ……」

 罠では? といいかけたアフギの言葉をエルシラは右手を伸ばして遮った。そして――


「……乗った! アフギ、シゲノへ近い自警団を召集させ全員シゲノへ送れ!」

「はっ!」

「エルシラ、お主は私と共に参れ、後ろへと乗るのだ」

「っ、しかしっ……!」


 エルシラは初めて戸惑いの表情を浮かべた。罠と警戒しているわけではなく、馬の後ろに乗る以上、どうしても光聖衣に体が触れてしまうことを気にしているのだ。


「時間がない。シゲノの住人を避難させ、賊を仕留める罠を張るには、このトウミ黒エルフの長である、お主の言葉が必要なのだ」


「わ、分かった! アフギ、私は先に行く! お前は後を頼む!」

「はっ!」

 エルシラはアフギに指示を出して銀星号に飛び乗った。


「しっかりと掴まれ! 振り落とされるぞ!」

「しっ、しかし、その衣は……」

「陛下より賜りし光聖衣だ、そしてこの銀星号も陛下より賜りし駿馬しゅんめだ」

「なっ?! そのような恐れ多いものに私などが……」

 続く言葉を遮るようにライゼンが口を開いた。


「私などが? お主こそが相応しい! このトウミの民を守るため、悪辣あくらつな旧城主の嫌がらせや妨害工作にも耐え、俸給ほうきゅうもないのに自警団を率い、トウミの民を守るお主は、お主達はまさに国の宝! 何を恥ずべきことが、何をはばかるべきことがあろうか!」

「ライゼン殿……」

「自分を卑下ひげするでない。分かったのなら、しっかりと掴まるのだ、でなくば速く走らせられぬ」


「承知したっ……!!」

 そうしてエルシラは覚悟を決めたように、ライゼンの腰に手を回してしっかりと力を入れた。


「時間がない故、道すがらお主らにやってもらいたいことと、策を説明する」

「わ、わかった!」


「一つ、シゲノの住人を家畜含め安全な場所まで避難させること! 二つ、家々の屋根に弓で武装した伏兵を潜ませること! 三つ、村の見通しの聞く広場に火の点いた松明を立てることだ!」


「二つめまでは分かるが、三つめは意味がわからんぞ?!」

「奴等を誘き寄せるための策だ!」

「逆に警戒されるんじゃないか?!」

「然に非ず!」


 ――

 ――――

 ――――――


「ああん? 誰もいねえじゃねえか?」

 そう口にしたのは身の丈六尺五寸はあろうかという長身に、もじゃもじゃとした髪を一本に束ねた、アバラから上と下は筋骨隆々とした異様な体格の人間種の男だった。

 この者がルカと結託して長年トウミの住民達を苦しめている元凶、百五十人からなる大盗賊団、バレ=アス盗賊団の首領、バレ=アスであった――


 ルカの情報通り部下を率いて丑の刻にシゲノへ着いたバレ=アス達であったが、肝心のシゲノのでは、人気ひとけはおろか、家畜一匹の姿すらも見えなかった。


「どういうことですかねおかしら?」

「俺が知るかよ。いつもみてえにルカの情報通り来てみたが、誰もいねえじゃねえかおい? なぁ?」

「あっ、お頭、あそこに火がかれてますぜ?」

「なんだぁ? ルカの野郎の合図かなんかか?」


 今回シゲノを襲いに来た盗賊団の数は五十人を有し、実にバレ=アス盗賊団の三分の一に当たる大戦力であった。その五十人はぞろぞろと隊列も組まぬまま、物見遊山ものみゆさんに来た旅行客のように、バレ=アスを先頭に無警戒のまま広場で焚かれている大きな松明たいまつの前まで足を進めた。


「本当にかかった……信じられん――」


 無人となった家屋の茅葺かやぶき屋根に伏兵を率いて身を潜め、ライゼンの合図があるまで盗賊団の動向をじっと窺っていたエルシラが、ライゼンの言葉を思い返しつつ思わずといったようにそうらした。


【奴等は悪知恵は働けど能がない。ここ何年も安全に略奪を行ってきた奴らに警戒心などあるまい。むしろ、いるはずの住民も家畜もおらずシンと静まりかえる村、普通ならば気付かれた、または罠だと気付き撤退するはずだが、奴等はそうはしないだろう】


【どころか、その静かな村の広場にポツンと立てられた、煌々こうこうと灯りを放つ松明。奴らは行灯あんどんにたかる羽虫の如く、惹かれるようにその火へと近づいて行くだろう。内通者が置いていったなんらかの合図か印かと思ってな】


【そうして十分に敵を引きつけたところで、私が合図の鏑矢かぶらやを放つ。お主ら自警団はその火へ群がる賊共へ矢を放てばよい。賊めらは暗闇から降りかかる矢に対処できず、また、火の明るさに目が慣れ、暗闇の其方等や我等を見つけられぬだろう】


【そして敵が矢で動揺し、十分に浮き足立ったところへ、私率いるトウミ城兵二十騎で騎馬突撃をかけ奴等を粉砕し、散り散りになった奴らを我等でりにするのだ。ただし、バレ=アスを見つけたとしても殺すな、奴のみは生け捕りにせよ――】


 あとはライゼンの合図である鏑矢の音を待つだけであるエルシラは、もはやライゼンに対して疑念や不安を一切抱いていなかった。


 むしろ赴任して一日目でありながら、自分を警備隊長と見抜いたこと、更にはバレ=アスと相対したこともないのに、バレ=アス達の動きを手に取るように予想した恐るべき慧眼けいがん、そして自分達黒エルフに対する差別意識の無さ、物事を公平に評価し判断する人柄に敬服の念すら抱いていた。


「まさに神の如き妙計みょうけい……人の心が読めるというのも、あながち嘘というわけでも、ないようですね――」

 同じく身を潜めていたアフギも、エルシラに共感するようにそう答えた。

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