第七話「看破」前編

「……城主殿、お呼びですか?」


 ルーティーが退出して数分後、レイナルドが私の部屋へやってきた。

 さきほどルーティーに頼んだのは人目につかぬようにレイナルドを私の部屋へ呼んでくれ、というものだった。


「うむ、レイナルド、其方の苦しい立場は分かっている。だが、今宵は私に協力してもらいたい」

「……お聞きしましょう」

 レイナルドは頷きつつ私の前に立った。


「今宵、おそらくこくからうしこくにかけて、ぞくが来る。故に、其方は今すぐに信頼のおける城兵二十名を率い、騎乗させ突撃槍で武装してシゲノ区へと向かい私を待ってもらいたい。それと、喇叭手らっぱしゅも一人つけよ」


 私の言葉にレイナルドは呆けたような表情を浮かべる。


「……その根拠をお聞きしても?」

「うむ……私は其方を信じている故、率直に言おう。其方も……いや、城内の者達も薄々気付いていると思うが、グンマ盗賊団の手引きをしているのは……恐らくルカだ――」

「っ! そっそれは……っ!」


 この城内でその言葉は禁句といいかけたレイナルドを片手で制して続きを口にする。


「これは仮定の話として聞いてもらいたい。もしルカが賊と手を組んでいる、その上で私へ報復したいと考えているならどう動くと思う?」

「……正直、賊を利用してやり返すだろう。としか、具体的なことは……愚かな私には分かりません……」


 レイナルドは分からないそんな自分が情けない。というように目を逸らす。


「其方は愚かではないレイナルド。分からぬことを分からぬと言えるは賢明なる証。よいか、私はこう考える。ルカは知恵の足りぬ男だが、悪知恵だけは働く。故にこう考えるだろう。自分を打擲ちょうちゃくし皆の面前ではずかしめた私に一矢報いてやりたい。恥をかかせてやりたい。面目を潰してやりたい。と――」


「……確かに、ヤツならそう思うでしょう」

「ならばレイナルドよ、その報復に最も効果的な日はいつだと思う?」


 そこでレイナルドはハッとしたような表情と共に声を上げた。


「……今日、でございますか?」


しかり。着任早々賊の襲撃を受けたとならば、私の面目は丸潰れだ。公然と私をそしり、無能をさえずる絶好の理由ができる。さらに言えば、王都の官僚と結託して私を城主の座から引きずりおろそうとすることも考えられる。だからこそ奴は、今日賊をそそのかし、襲撃をかけさせるであろう」


「……ですが、襲撃される場がシゲノであると断定された御理由は?」

「これを見よ」


 私は机の上に広げられているトウミの地図をレイナルドに見せた。そこにはトウミ城兵の警備経路とエルシラ達自警団の警備経路が記されてあった。


「こっ、これは……」

「今まではルカが城主であった故この情報を独占していたが、今の城主は私、両者の警備情報を見ることができる。そして、その二つをてらし合わせてみるに、今宵、最も警備が薄くなる場所は……」


「シゲノ……ですね――」

 レイナルドが地図を見てそう答えた。

「で、あろう?」


 レイナルドは肩膝を着いて頭を下げた。

「このレイナルド突撃槍を用いた騎兵二十騎を率い、今すぐシゲノへと向かいます!!」


「頭を上げよレイナルド。其方率いる騎兵隊は今宵賊を返り討ちとする計画の要、期待しているぞ」

「はっ!!」

 私が肩に手を当ててレイナルドを立たせると、感激したような表情を浮かべ立ち上がった。

「私の到着を待て……。ということは、御城主殿はそれまでのあいだどこかへ向かわれるので?」

「私は援軍を呼んで参る」

「……援軍とは?」

「自警団だ」


 私の言葉にレイナルドは目を丸くする。


「お、お言葉ですが、我等城の者と不仲の自警団が、協力などしてくれるのでしょうか……?」


「うむ、これはトウミ城兵と自警団の禍根かこん軋轢あつれきを消すための策でもある。きっと自警団は……いや、トウミの民達は、城内に勤める者全てが賊と繋がっているのではないか? と、思っているであろう。故に、今宵、その疑念や疑心諸々全てを消し去るため、城兵と自警団で共闘し、元凶である賊を討ち城とトウミの民の心をいつにするのだ」


「……っ! 御城主殿の深謀遠慮しんぼうえんりょ、このレイナルドは返す言葉もございませんっ! これより私は御城主殿の御一存に従います!!」


「うむ、ルカに逆らえば妻子や両親が危険に晒される故、其方も身の処し方に苦労するであろうが、今宵のことは心配するでない。全て上手くいくように手配しよう。そして、そう遠くないうちに、ルカ含めたサルバルトール家にその報いが下ることになるであろう」


「……はっ!!」

 私の言葉にレイナルドは心を打たれたような表情を浮かべて部屋を後にして行った。


「さて……私も行くか――」

 帯剣し、光聖衣の上から胸甲きょうこうまとって部屋を出た私は銀星号へと騎乗し、供も付けずにエルシラ達が現在警邏けいらしている区域へと走らせた――

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