第六話「報復の企て」後編

「すまぬな、今日この城へ赴任したばかり故、分からぬことが多い。今から其方にいくつか聞きたいが、よいか?」


「はっはいっ御城主様、私にお答えできることならなんでもお答えいたしますっ」


「そのように怯えずともよい。何もとって食べたりはしない。肩の力を抜くといい」


 安心させるようにできるだけ優しく声をかける。


「はっはいっ」

 返事とは裏腹にルーティーの体は緊張で強張ったままだ。


「何故そのように其方がビクビクしているか、当ててみせようか?」

「えっ……」

 困惑するような表情を浮かべるルーティー。


「今日、ルカを棒叩きにしたことで、女中達のあいだで新城主は怒りやすく、些細なことでも棒叩きのような罰を与えられる……。そのような噂が広まっているのではないか?」


 ルーティーは驚きに目を見開いて口をパクパクさせる。


「安心せよ。ルカは罪を犯した故罰したまで、失敗は誰でもするものだ。私はそのことを責めたり罰したりはせん。人の上に立つものは私情で動いてはならない。私が最も忌み嫌っていることだ。もう一つ言おう、私は人間であり開明派だ。どの種族に対しても差別意識は無いのだ。分かるな?」


「はっ、はい」

 少し安心したように肩の力を抜いたルーティーはそう返事をした。


「うむ、頭がいいなルーティー。名前からするに、其方はこのトウミの出か?」

「はいっ。私だけでなく、この城で働く女中は全員がこのトウミの有力氏族の娘です」

「なるほど……人質というわけか……」

「は、はい……昔から続く習慣で、トウミの黒エルフ達が裏切らないようにと……」

「では何故其方が女中長を? 其方が最年長なのか?」


 私の言葉にルーティーが頷く。


「はい、そのとおりでございます。長年続くグンマ盗賊の襲撃により、トウミの村々は貧窮ひんきゅうし、十六を超えた娘は身売りや嫁に出すために城勤めの任を解かれ、代わりの人質が送られるのです……。そのため、まだ十五である若輩の私が、女中長を務めさせていただいているのです。他の女中も皆私と同い年か、年下しかおりません」


「なるほど……それは酷いな……約束しよう。私が城主となったからには、盗賊の問題も其方らの問題も解決させると」


 私の言葉にルーティーは頭を深く下げる。


「お願いします御城主様っ……トウミの民は害され、貧窮し、盗賊に怯え、夜も眠れることができませんっ……! どうかっ、どうかっ……!」


 頭を下げるルーティーの肩に手を当てて腕をとり頭を上げさせると、その目には涙が浮かんでいた。


「頭を上げよルーティー、むしろ頭を下げねばならぬのは私のほうだ。其方が頭を下げる必要はない」

「ごっ、御城主様、いけません、その御召物おめしもので私のような下賎な者を触れては……」

「下賎ではない」

「っ――」

 続く言葉を遮る。


「其方は何も下賎ではない。下賤とは、与えられた職責を全うせず、怠り、私服を肥やすあのルカのような男やその取り巻きのことを言うのだ」


 言葉を失っているルーティーの手を取る。


「其方の痛々しくあかぎれにまみれたこの手、これこそ其方が忠勤である証。そして、自身の苦しい立場にではなく、故郷であるトウミのことを思い、涙を流すその心の清さを誇るのだ。其方は身も心も美しい」


「御城主様……っ」

 ルーティーはポロポロと涙をこぼした。

 手巾を取り出してその涙を優しく拭う。


「ルーティーよ、随分と痩せおるようだが、ちゃんと食事を摂っているのか?」


「はい、一日二食、パンとスープをいただかせてもらっております」

「なんと……? もう少し詳しく教えてくれぬか」


 詳しく聞くとそれはナガノ王国に置いて囚人に与えられる食事の内容とほぼ同じだった。

 寝具の類も粗末なものを与えられ、俸給もなく、聞けば聞くほど囚人の如き扱いであった。


「なるほど……よく分かった。それは明日にでもすぐに改善させよう。それと、女中達は城内の者から乱暴や狼藉を受けてはおらぬか?」

「はっ……はいっ……その……副城主様達以外の方々は……私達にお優しくしてくださいます……」

「……どういうことか?」

「実は――」


 ルーティーが言うには、ルカと側近二人は黒エルフのような下賎は抱かぬ。と、わざわざジョウショウ区都であるサナダから白エルフの高級娼婦を城内の自室まで呼び寄せているらしく、女中の誰も性的な暴行を受けていることはないとのことだった。


 が、それ以外では些細なことでぶたれたり蹴られたりという直接的な暴力を受けているとのことだった。


 そして城内の文官武官もルカの横暴に嫌気がさし、女中達を哀れんでいつも薬や食べ物をルカに隠して渡してくれているとのことだった。


「……よく話してくれたルーティーこのライゼン、心より礼を言うぞ」

 私はルーティーの両手をとって礼を言った。

「御城主様……っ」

「そうだ、この軟膏なんこうを女中の皆で使うといい。皸や肌荒れによく効く」


 そう言って私は軟膏が入った大瓶をルーティーへ渡した。


「あっ、ありがとうございますっ……!」

「それと、これを、料理に使うなり、舐めるなり、女中の皆で好きにせよ」

 そうして蜂蜜の入った大瓶もルーティーへと渡した。


「なっ、軟膏だけでも高価なものですのに、蜂蜜などと高価なものをいただくわけにはっ」


 断ろうとするルーティーに無理やり二つの瓶を持たせる。


「ルーティーよ、其方達女中は今まで不当な扱いを受けてきた。それは明日にでも私が改善させよう。これは、そのせめてもの詫びだ。受け取ってもらわねば私がえられん」


「御城主様……」

 また目尻に涙をためたルーティーに私は続けた。


「それと、これは内密に頼みたいのだが……聞いてくれるか?」

「はいっ……! なんなりとっ!」

「実はな……」

 真剣な表情を浮かべるルーティーへ耳打ちする。

「わかりましたっ……! それでは失礼しますっ!」

 私から頼みごとをされたルーティーは二つの大瓶を持って退室して行った。

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