第五話「報復の企て」前編

「くそっ! あの人間種の病人めがっ!! この私を、ルカ・サルバルトールを……っ! こともあろうに皆の面前ではずかしめおって! ぐぅぅ――っ!!」


 棒叩きの治療を受けたルカは、夕刻に目を覚まし寝台の上にうつ伏せになったまま、今のようにずっとライゼンへの罵詈雑言を口にしていた。


「ルカ様……お気持ちはわかりますが、お静かになさってくださいませ、お体に触ります……」


「ムンサ! これが黙っていられるかぁ!! ギィッ?!」


 大声を上げる度に背中に激痛が走り、ルカは身悶えしながらも叫び続ける。


「っ! そうだっ……! ヤツも孤児とはいえ、王立士官学校にいたというのなら後見人がいるはずだ! 王都の父上にお頼みして、その家を取り潰して奴隷にまで身を落とさせてくれようぞ!! パヌーよ! ヤツの後見人は誰だ?!」


「そ、それが……ルカ様……」

「早く申せ!」

「城主、ライゼンのこっ、後見人は……こっ、国王陛下です……っ!」


 ライゼンの資料に目を通していたパヌーは青い顔をしながらそう答えた。


「なっ……なんとっ――」


 ライゼンが開明派の現国王バルムンク王より寵愛ちょうあいされていることは、貴族ならば誰でも知っている常識であったが、常より放蕩三昧ほうとうざんまいを繰り返してきた世間知らずの不良貴族であるルカ達にとっては初耳であった。


「では……どうすれば……」


 流石に国王相手ではサルバルトール家の力を持ってしてもどうしようもできない。

 ルカは魂が抜けたように枕へ顔を下ろした。が、次の瞬間閃いたといったように顔を上げた。


「ハッ! そうだ、ムンサよ、今すぐバレ=アスに連絡を取り、今宵こよい村を襲わせよ!! 女は犯し男は殺し、家財・家畜を奪い家には火をつけさせよ!! 奴の面目を潰してやるのだ!!」


 バレ=アスとは長年トウミを脅かすグンマ盗賊団の首領であり、ルカはこの男と内通していた。


 ルカはエルシラ達自警団へ人質を盾に強制的にその日の警備経路、警備状況等の情報を提出させており、それと城兵の警戒経路をてらし合わせ、警備の薄い箇所・及び一時的に無防備状態となる箇所の情報をバレ=アスに提供し、バレ=アスはその無防備の村を襲撃し、それで得た富を山分けしていたのだ。


 ルカにとってそれで得られる富などはした金に過ぎないが、大事なのはトウミの黒エルフ達が苦しむことと、凶悪な盗賊団と内通するという【危険な遊び】の緊張感がルカのトウミでのなによりの楽しみ・愉悦であった。


 そしてこのことを城内で知っているのは、ルカの腹心であるムンサとパヌーだけである。


「しっ、しかし、今回の新城主であるライゼンは切れ者でございます……。聞けば王立士官学校でも、本人は次席と称しておりましたが実質主席であったとのこと……ルカ様のお言葉に逆らう訳ではありませぬが、あまりに危険な橋かと思います……っ」


 ムンサの不安にルカはさらに顔を歪ませる。


「馬鹿者がっ!! 奴は今日トウミ城主に就任したのだ! つまり、今日奴は油断をしておる! 攻めるのなら今日しかあるまいっ!! そもそも士官学校を主席であろうが次席であろうが、結局は実戦経験・現場経験のない、机上の空論でしか物事を語れぬような青い輩だ!!」


 目を血走らせ、こめかみに青筋を立たせながらルカが続ける。


「よいから早く城兵と自警団の警備の手薄な場所をバレ=アスに知らせて、あのライゼンの面目を潰させるのだ!! 奴も着任当日に問題が起こるとは思うまい!! 早く行くのだ!! 今回は略奪品はいらぬ! どころか、私からバレ=アス達に礼の金品を渡すとな!! 早く行け!!」


「はっ……はっ!!」

 ルカの言葉にムンサは副城主の部屋を後にして変装し、誰にも見つからぬようグンマ盗賊団の根城へと向かった――


 ――

 ――――

 ――――――


 夜、城主の部屋――


 私が城主の部屋にて燭台の灯りを頼りに、今宵のレイナルド率いるトウミ城兵の警備経路と、エルシラ率いるトウミ黒エルフ自警団の警備経路をてらし合わせながら確認していると部屋の戸を叩く音が四回鳴った。


「誰か?」

「じっ、女中長を務めるルーティーでございます。御城主様のお夕食をお持ちしました……」

「鍵は空いている、入るとよい」

「しっ、失礼しますっ」


 そうして配膳台と共に現れたのは女中服を着た黒エルフの少女であった。


「今は政務をしている、そこの机に置いてくれ」


「はっはいっ」


 私は手を止めてその少女へと視線を向ける。


 身長は五尺ほどと小さく小柄で華奢な体格、褐色の肌に白いおかっぱ頭、大きな二重に金色の瞳の可愛らしい童顔の少女だった。


 ルーティーと名乗った少女は手馴れた手つきで示された机の上に夕食の入った銀盆を置き、ワインとグラスを置いた。

「……ルーティーと言ったか? 少し話をしたい。よいか?」

「はっ、はいっ」


 ルーティーは私の言葉におっかなびっくりといったような表情でそう答える。


「なに、乱暴なことはしない。約束しよう。少し話を聞かせてもらいたいだけだ」


 そうして自分の前に椅子を置き、そこに座るように示し、ルーティーと名乗る少女は恐る恐るといったようにそこへ腰を下ろした。


「名はルーティーと言うのか、歳はいくつだ?」

「はいっ、トウミのルーティーです。歳は今年で十五になりますっ」

「十五……その若さで女中長を務めているのか?」

「はっ、はいっ」


 基本的に王都だと女中長は三十以上の経験を積んだ御婦人が務められていることが多かったが、ジョウショウ、ひいてはトウミでは違うのであろうか? 

 

 今日呼んだ資料には城に務める女中のことまでは手が回らなかったため、このルーティーから聞いたほうが早いだろう。

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