第九話「罠にかかったのは」前編
「信じられません……本当にのこのこと無警戒のまま松明に近寄ってくるとは――」
横でレイナルドが目を見張り、感嘆の声を上げる。
「あの先頭の半裸に皮の腰巻の男がバレ=アスか?」
「はっ、そのとおりでございますっ」
私は騎兵を率い物陰に隠れ、バレ=アス達が十分に松明に近づくまで静かにその様子を窺っていた。
そして、バレ=アス率いる盗賊団、恐らく五十名ほどがその松明を取り囲むように集まった瞬間、弓に
ピィー――!
「今だ!! 全員構え!!」
エルシラの号令と共に、松明を囲むように五人一組で茅葺屋根に潜んでいた自警団二十名、計四隊が立ち上がり、グンマ盗賊団へ姿を現し、弓を番え――
「狙え――!!」
「何っ?!」
自分達が罠にハマったことにバレ=アスは気付いたようだったが、時既に遅し。
「放てぇ――!!」
自警団から引き絞った弓を一斉に放たれる。
「ぎゃぁっ?!」
「ぐわっ?!」
「げげっ!?」
「ぶぎゃっ!?」
「べにぶっ!?」
グンマ盗賊団達が次々と自警団の矢にかかって倒れていく。
「矢が尽きるまで射ちまくれ!! 遠慮は無用だ!! 奴等を皆殺しにしてやれ!!」
エルシラの号令で次々と矢が放たれ、グンマの賊共が次々と倒れていく。
「なんだとっ?! ルカの野郎ふざけたことしがやって!! 野郎共撤退だ!! これは罠だ!!」
手下が混乱するなか、バレ=アスは冷静に自身に降りかかる矢を手に持った大鉈で弾きながら大声を上げ、その声で動揺していた賊共も一斉に逃げ出すために背を向ける。
この瞬間を待っていた――
「今だ!! 喇叭手!! 突撃の喇叭を鳴らせ!!」
パパパパ――!
剣を抜き天へ掲げる。
「全騎、突撃せよ!! 突撃ぃっ――!!」
「「「うおおおおおおおお――!!!!」」」
私の号令と甲高い突撃喇叭の音と共に、控えていたレイナルド率いる槍騎兵二十騎が浮き足立ち背中を向けるグンマ盗賊団へと突撃する。
「ぎゃあああああ?!」
「げばっ!?」
「ぐわっ!!」
「ぎぃっ?!」
「ぶばばっ!!」
騎馬突撃を受けた賊共はその体を突撃槍に突き刺され、また馬体に接触した者は天高く吹き飛んだ――
騎馬突撃の真の強みは槍に刺されることではなく、その衝突時の破壊力にある。
馬自身が百五十貫近く体重があり、そこに騎乗する兵の鎧武器含めた二十五貫近くある重みを含めた、計百八十貫近くもある質量が約時速二十里の速さで突っ込んでくるのだ。
その破壊力はとてつもなく、たとえ突撃槍が刺さらなかったとしても、その馬体に体がぶつかっただけで、
「今だ! ヤツらは敗走している! もはや組織として行動できておらん!! 撫で斬りにせよ!!」
眼前に居た賊を斬り殺しつつ声を上げる。
「「「うおおおおおお!!!!」」」
そうして屋根から降り剣に持ち替えた自警団も合流し、ほうほうのていで逃げるグンマ盗賊共を追撃し、一方的な殺戮の場となった――
「殺せ! 殺せぇっ!!」
矢が尽きたエルシラは一早く屋根から飛び降りると、片手剣で次々と賊を斬り殺していく。
「ごっ!?」
「がっ!!」
私と同じく夜目が効くのか、暗い中でも正確に賊の喉や鳩尾といった急所を的確に斬り、突き、無傷のまま敵の鮮血を浴びながら、自身より数回りも大きな背丈の賊を一刀の下に斬り伏せる様はまさしく鬼神の如き活躍であった。
レイナルドも逃げる賊共を次々と突き殺していった。
そうしてグンマ盗賊団への一方的な殺戮が終わる頃には、朝日が昇り、明るくなった広場やシゲノの村一帯は、グンマ盗賊団の死体と血で溢れかえっていた。
「報告します!」
辺りを警戒し状況の確認をしてきたレイナルドが戻ってきた。
他の城兵は捕虜を広場へと連行し、エルシラ率いる自警団、それに避難場所から戻ってきたシゲノの住民達は村の広場へ盗賊団の死体を集めている。
「賊の死者は三十! 捕虜十! バレ=アスは逃亡!」
「こちらの被害は?」
「軽傷者数名のみ! 死者は我等、自警団、共にありません!」
「うむ、上々である」
「しかし……バレ=アスに逃げられてしまったことが無念でなりませんっ!」
「いや、そうでもない」
悔しそうに顔を歪めていたレイナルドは驚いたような表情を浮かべる。
「如何なる意味にございますか……?」
「資料から奴等の規模を推測するに、あと百人近くは戦力が残っているはずだ。下手に頭を失い統制を欠き、散発的に村を襲われるようになるよりは、奴を生かして統制をとらせていたほうが対処しやすい」
剣の血を拭い、納刀しながら続ける。
「それに、バレ=アスもこの屈辱を晴らすために、いずれ大々的に動こうとするはずだ。我等はそれを逆手に取り、罠にかけ、今度はバレ=アス含めた残りの賊共全てを一網打尽にするのだ」
「……達見でございます!」
私の言葉にレイナルドは目を輝かせ頭を下げた。
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