第二話「赴任と不穏」後編

「…………」

 美しい黒エルフの女は金の双眸で私の目を真っ直ぐに見つめたまま黙っている。


「お主らが私に声をかけたのは、不審者を見かけたからではない。お主らは最初から私が誰か知っていたのだ。違うか?」


「……何故、私が自警団の長だとお思いになったので?」


 そこで初めて女黒エルフが口を開いた。冷静ながら内に秘めた熱き炎を思わせる声音こわねだった。


「言ったであろう。私は人の心が読める。表面上は誤魔化せても、その内に秘めた激情、才は誤魔化せない」


「激情、とは?」

 試すような視線を向けられる。


「お主はトウミの副城主へ強い憤懣ふんまんを持ち、それでも逆らえない自身に嫌気が差している。そしてトウミの新城主となる私はどのような人物か、自分達に利する存在か、害となる存在か、それを見定めに参ったのだ」


 私の言葉に女は一瞬目を見開かせたが、次の瞬間には睨みつけるように表情を変える。


「私のことを知っていたのか?」

 女はこれが素だと言わんばかりに口調までも一変する。


「いや、知らぬ。副城主に赴任するまでの間に資料提供を求めたが、無視されている。見ての通り、護衛兵も付けられていなければ、迎えの兵も送られていない有様だ」


「……だろうな。で? 確かに私達はお前のことを知っていた。お前が新城主であることを。だからこそ聞きたい。お前はいったい、なんの罪を犯したんだ?」


 トウミへ左遷させられる者は、王都で庇えきれないような罪や乱行を起こした有力貴族が送られると相場が決まっている。

 私も同類と思われているのだろう。


「罪など何も犯していない。もしあるとすれば、それは私が【人間】で【開明派】である。ということであろう」


「なるほどな……」

 女は首を縦に振り納得したような声を上げた。


「その仮面、全身を覆う衣服、真紅の瞳、お前は日光病か?」

「然り」

「そうか……いいか、よく聞け、私達は新しい城主にも城兵にも何も期待はしていない。ただ私達に害を与えるようなら容赦はしない。それだけだ」


 女の言葉に頷つつ口を開く。


「私はライゼン、ライゼン・オウコだ」


「……私はエルシラ、トウミのエルシラだ。お前の言うとおり、自警団長を務めている。この男は副官のアフギだ」


「お見知りおきを」

 最初に自警団長を名乗った切れ長な瞳の男が頭を下げた。

 黒エルフは姓を持つことを許されていない。

 故に名前しかもっておらず、その名の前後に続くのは出身地名なのだ。


「エルシラ、私は国王陛下の意を汲む開明派だ。もし、お主が本気でこのトウミを守りたいのなら、私に手を貸してはくれぬか?」


「断る。お前が白エルフ共の手先でないとも限らんし、出会ったばかりで信用などできん」


 エルシラは一考する素振りも見せず、はき捨てるように答えた。周囲の男達も同調するように頷いている。


「……確かにな。ならば、トウミ城まで案内してはくれぬか? 何分なにぶん初めての土地故、地理に疎くてな」

「……途中までなら、いいだろう。アフギ、先導しろ」

「はっ!」


 そうして私は自警団に先導されながらトウミ城へと足を進めた――


「見えるだろう? あれがトウミ城だ。私達はここまでだ。正直、あの副城主が近くにいると思うだけで殺意が止まらなくなるからな」


 目の前にはお世辞にも堅牢とはいえない、小城があった。

 その城下であるここも、宿屋や酒場、雑貨屋など店はある程度あるものの、全て年季の入った木造の建物ばかりで、お世辞にも賑わっているとは言い難かった。


「ああ、ありがとうエルシラ。また会おう」

「それはお前の行い次第だ」


「確かに、口ではいくらでも言えるからな。ましてや、素顔も晒せないような男を、いきなり信じてくれというほうが無理がある」


「…………」


「だが覚えておいて欲しい。私は開明派で、人間だ。黒エルフやその他の種族に対する差別意識も無ければ、それを無くすことが私の目的だ」


「ふん……期待はしないでおく――」

 そう言ってエルシラ達は去って行った――


 私は乗馬したまま城門まで進むと、大槍を持ち、ナガノ王国正規兵の装備である鉄製の板金鎧を着た二人の衛兵が私を止めるように目の前に立ちふさがった。


「何者だ!」

「このトウミ城の新城主となったライゼン・オウコである」

 オウコとは、王孤と書き、王立孤児院出身者に与えられる性だ。


「「っ!! しっ、失礼致しましたっ!!」」

 私の言葉に衛兵は槍を引いて道を空けた。


「一人は私を大広間へと案内し、もう一人は今すぐに副城主のルカ・サルバルトールに新城主が来たと告げよ、それとこの城の文武官全てを広間へ召集させよ」


「「は、はっ!!」」


 そうして私は銀星号をやってきたもう一人の衛兵に任せ厩へと運ばせ、衛兵の案内の下、大広間へと足を進めた。


「こちらがトウミ城の大広間、そしてこちらがトウミ城主のお席となっております!」

「ご苦労」

「はっ!」


 大広間の上座に用意された城主席へ腰をおろし、副城主と城兵が集まるのを待った。

 そしてほどなくしてから文武官達は全員集まったが、肝心の副城主、ルカ・サルバルトールの姿がない。


「副城主はどうした?」


 私の言葉に、恐る恐るといったように、衛兵隊長らしき男が一歩前に出て口を開いた。


 背は六尺ほどで、目鼻立ちの整った凛々しい顔つきの立派な眉に、エルフの耳を持ちながら、総髪にした黒い髪色が印象的な男だ。恐らく人と白エルフの混血なのだろう。


「お、恐らく、まだお休みになられているのかと……」


 その顔相や態度から実直そうな性格が窺えるが、同時に、副城主への恐れ、いや、苦々しい思いのようなものも窺えた。


「……もう正午であるぞ? 叩き起こせ」

「しっ、しかし……」

「……其方そなたの名は?」

「はっ! 申し遅れました、このトウミ城、城兵隊長を任されております、レイナルド・ダリと申します!」

「其方は混血か?」

「はっ! 人間の父と白エルフの母を持ちます!」

「そうか……」


 城兵達の態度を見るに、レイナルドへの信頼が見て取れる。

 混血エルフでありながら、全て白エルフで構成される城兵を率い、信頼されている辺り、その人柄と実力が窺える。


「ならばレイナルド、このライゼン、城主として命令を下す。城兵三人を率い、ルカを叩き起こせ。それでも起きぬのなら引きずり出してくるのだ。従わねば罰を与える」


 こうして私に脅迫されたということにすればこの者等も動きやすいだろう。


「はっ……はっ! おい、行くぞっ」

「はっ、でっ、ですが……」

「いいから来いっ!」

「はっ!」

 レイナルドは及び腰の兵を叱咤しながら大広間を後にした――

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