第三話「舌戦と棒叩き」前編
そして十分ほど待った後、ようやく副城主であるルカ・サルバルトールがレイナルド達を引き連れるように、悪びれもせず堂々と大広間へやってきた。
「これはこれは新城主殿、着任早々いかがなされました?」
六尺ほどある病的なほどの長身痩躯に、面長な顔、生え際のやや後退した前髪はアゴよりも長く、眉毛のない、眉骨の出っ張った大きな三白眼、ルカ・サルバルトールという男の第一印象は【鼠のような男】だった。
この者はナガノ王国でも十大貴族に数えられる【サルバルトール家】の嫡子でありながら王都で散々の乱行を起こし、このトウミ城主へと左遷させられただけでなく、城主としての責務も放棄し、政務を怠り酒色に溺れ、副城主へ降格となった筋金入りの愚か者だ。
「副城主、ルカ・サルバルトールよ、貴様には三つの罪がある。申し開きはあるか?」
「これはこれは……今日初めてお会いしたばかりですのに、罪とは……随分と不穏な物言いでございますなぁ? いったい
ルカは余裕のある慇懃無礼な態度でニヤニヤとしている。
「城主殿、城主になられて気が大きくなられているのはわかりますが、誰を相手に話しているかご理解されているのですか? こちらにおわすお方は、ナガノ王国に置ける十名門貴族の一つ、サルバルトール家の御嫡男、ルカ・サルバルトール様であらせられるのですよ?」
大広間に集まった文官の一人、ルカと同年くらいの陰気な目をした白エルフがそう声をあげた。
「其方の発言を許した覚えはない。推参である」
牽制するとすかさずまたもう一人の七三分けの白エルフが声をあげた。
「城主殿、確かにムンサは差し出がましいことを申したかもしれませぬが、全ては城主殿のことを思ってのことですぞ? 忠言を耳に
「これこれ、ムンサにパヌーよ、城主殿を困らせてはならんぞ」
「「はっ! 失礼いたしましたルカ様!」」
その言葉に、二人が口を揃えてルカへと頭を下げた。
「失礼いたしました城主殿、この二人は私の副官でございましてな、二人の忠言、どうかお許しを」
「……ルカ、これで其方の罪が四つに増えたぞ」
自身達の嫌味に全く動じない私へ、ルカは少しイラついたように片方の毛のない眉をピクリと動かした。
「……ではお聞きいたしますが、その罪とは、いったい
ルカは一歩進み、城内の文官武官の先頭、城主席へ座っている私の真正面に立って、にやけ顔を崩さぬままそう口にした。
トウミ城に仕える文官武官も恐る恐るといったように私達の問答を眺めている。
その文武官達の表情から察するに、ルカは完全に城内の文官武官を掌握しきれてはいないということが分かる。
好き勝手振舞ってはいるが、その実、隙が残っている。
中途半端で実に無能な輩だ――
「一つ、私が資料請求の書簡を送ったに返答をよこさなかった罪。二つ、トウミへの到着を早馬で知らせたにかかわらず誰も出迎えを寄越さなかった罪。三つ、副城主であり城主代行でありながら、惰眠を貪り政務を怠った罪。そして最後は――」
立ち上がりルカの目の前まで歩を進め、その三白眼を射抜きながら続きを口にする。
「自身の副官への教育を怠った罪。この四つだ。何か申し開きすることはあるか?」
私の言葉にルカは一瞬たじろいだが、すぐにその面長な顔に邪な笑みを浮かべる。
「これは大変に失礼を致しました城主殿。では、一つずつお答えさせていただきます。まず一つ、書簡の返答を送らなかった罪。ということですが、これは私も初耳でございます。きっと何かの手違いでしょう。事実、この城には城主殿が資料請求を求めた書簡など一通も送られてこなかったのですから。故に、これは私の過失というよりも、手違いによる不幸である。と、申し上げさせていただきます」
「ほう、実に十通以上送った書簡が、全て何らかの手違いで其方の手に届かなかった、と?」
「はい、事実は小説より奇なりと申しますれば――」
ルカはにやけ面で私を見返しながらそう述べた。
「よろしい。では次の弁解を申してみよ」
「第二の罪、出迎えを寄越さなかった罪でありますが、これは私が城主殿のご到着を勘違いしていたことにございます。故に、誰も出迎えを寄越さなかったのです。これは私の過失でございますので、謝罪を申し上げます」
「ふむ……つまり、
「いえ……実は……心苦しいことでございますが、これは城主殿にも非があるかと……」
「どういうことか?」
「今日は四月の二十三日、城主殿は書簡にそう認めたつもりでありましょうが、墨が滲み、三日が二日に読めてしまっていたのです。ですから、昨日は城兵を派遣し、私も
「ふむ……つまりは私に非があると?」
「いえ、そこまでは申しませぬが、私にも情状酌量の余地はあるのではないか? と申しておるのです――」
「なるほど……よく分かったルカ・サルバルトール――」
応えつつ城主の席へと腰を下ろす。
「お分かりいただけましたようで幸いでございます」
「ああ、よく分かった、其方の罪が四つではなく、六つであったことを、な――」
恭しく頭を下げるルカにそう告げた。
「え――?」
私の返答にしてやったりと言った顔で頭を垂れていたルカは顔を上げ、間抜けな表情を浮かべる。
「嘘をつくのなら、もっとマシな嘘をつけ」
「……どういうことでございましょうか?」
「まず一つ、十通以上送った書簡が到着していないという弁明、これは嘘である」
「何故にそう断言されますのか?」
「私はトウミに着くにあたって当地の
「其方があくまで無実を叫ぶのなら、私はこの十通以上もの重要書簡を無事に届けなかった、もしくは届けたと嘘をついた、この不実な伝馬官を
「そっ、それは……」
ルカの顔がサッと青くなる。
「第二に、私が出した書簡の文字が滲んで日時を間違えたと其方は申したな?」
「はっ、はい、その通りでございます……っ!」
流石に形勢の不利を感じてか、ルカが額に冷や汗を流しながら応える。
「それはおかしいな?」
「なっ、なにがおかしいのでございますか?」
「実は先ほどこのトウミの自警団の黒エルフ達と意気投合してな。そこで色々な話を聞かせてもらった。自警団長のエルシラに、副官のアフギ、実によき者達であった」
「…………」
勿論これは嘘、ハッタリであるが、ルカの顔色を見るに致命的な効果があったようだ。
「その者達が言うには、昨日は領境に一人も派遣されておらず、お前の姿もなかったということだ。つまり、其方は第二と第三の罪を認めたくないがために嘘をついたことになる。違うか?」
「じっ……城主様は、私と黒エルフ、どちらの言葉をお信じになられるのですか?」
冷や汗を流しながらまずいという顔をしているルカに続ける。
「ルカよ、これは信じる信じないの問題ではない。事実か事実でないかの問題なのだ。申し開きがあるのなら申してみよ――」
「…………」
「「…………」」
私の言葉にルカもその取り巻きの二人も二の句を告げないでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます