第一話「赴任と不穏」前編

 辞令を受けてから時は過ぎ、任地へおもむく日となった。


 それまでの間にトウミの現状、治安、人口、城の収支等の情報提供を求める書簡を現トウミ城主代行であり、副城主であるルカ・サルバルトールに何通も送るも一通の返信もなく今に至る。


 さらには、本来なら任地到着までに安全確保のため随伴させられるはずの護衛兵の姿もない。

 仕方がないので私は国王陛下より賜った白馬、銀星号にまたがって単身、人々の好奇の視線を受けながら任地であるトウミへと向かった。


 数日かけて王都であるオオアザを抜けジョウショウ大管区へと入り、目的地のトウミへ近づいてくと、段々と周囲の建物や道の様相が一変してくる。


 ジョウショウ大管区・区都サナダは道は石畳で補正され、建物は清潔でその街並みは王都ともそう変わらないほどであった。


 が、区都を出て、領境りょうざかいを越えトウミへ入ると進めば進むほどろくに補整もされていないデコボコとした土道が広がり、茅葺屋根のみすぼらしい木製の家屋が目につくようになった。


 民家もまばらで、田畑も枯れており、うねも乱れ、世辞にも賑わっているとは言えないような寒村が広がり、そして、やはりそれら茅葺の家や寒村に住む者は皆黒エルフであった。


 黒エルフ達は、家の中や道の端や遠くから皆一様に私へ不審な視線を向けている。


 陛下から賜った頭を含めた全身を覆うこの純白の絹製の金蘭の刺繍が入った長衣ちょういに袖無しの外套がいとうが着いている光聖衣こうせいい、そしてこの純銀製の仮面、銀星面ぎんせいめんに、一目で駿馬しゅんめであるということが分かる、輝かんばかりの白銀のたてがみと尾を持つ美しい白馬である銀星号。


 その組み合わせは、一見して王族のようにも見える私であろうが、護衛兵もなしではこの寒村には場違いなこと甚だしい。不審がるなと言うほうが無茶というものだろう。


「そこのアナタ、少しよろしいですか?」


 そうしてトウミ城へ進んでいると、使い古された皮製の鎧に鉄製の直刀と弓で武装した十人ほどの黒エルフの集団が現れ声をかけてきた。


「アナタは何者ですか? 何用でこのトウミへと参られた?」


 その先頭に立つ、五尺八寸ほどの身長に、黒エルフ特有の褐色の肌に目の当たりまで伸びた白い前髪に切れ長な金色の瞳を持つ、目鼻立ちの整った男が続ける。


「…………」


 男の言葉には答えず、その十人からなる集団を観察する。


「お答えいただけないのでしたら、少し、尋問させていただくことになりますが……?」


 私がじっくりとその十人からなる集団の一人一人を観察し、男が九人いる中に、女の黒エルフが一人だけ混じっていることを確認し終えたとき、男はそう言って腰の剣に手をかけた。


「お主らは何者だ?」

「私達はこのトウミの自警団です」

「……自警団?」


 男がそう答えた。どうやら私を出迎えに来たトウミ城の者というワケではないようだ。


 私がトウミへと入ったことは昨日早馬で既にトウミ城副城主へと知らせてある。

 本来ならサナダとの領境まで副城主自ら兵を率い私を迎えることが決まりであるはずだ。


 が、城兵らしき兵の姿はなく、変わりにトウミ自警団を名乗る黒エルフの武装集団が現れ、こともあろうに「私が誰か?」などと言い出す始末。


 私はここでトウミが予想以上に酷い状況なのだと理解した。


 本来トウミの正規兵が正しく機能しているのなら、自警団など組織されるはずもなく、たとえ組織されたとしても、それは正規兵の補助的な役割であるはず。


 だというのにこの反応。

 ここから分かることは、少なくともトウミの城兵・トウミ正規兵は正しき動きをせず、野党や盗賊に跋扈ばっこされ、トウミの領民達は仕方なく自警団を組織し独自に治安を守っており、しかもトウミ城兵との連携もとれていない。ということだ。


「なるほど……よく分かった……」

「では、お答えいただけますか?」

「その必要があるのか?」

「……どういう意味です?」


 私は切れ長な瞳の男を見つめながら馬から降りた。


「自己紹介が必要か? と言ったのだ――」

 そうして男の目の前まで歩を進めた。


「っ……」

 男は気圧されたように一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにそれを悟らせないように冷静な態度で切り返す。


「それはどういう意味でしょうか?」

「私は人の心が読める。故に、お主達が何を考えいてるかも分かる。でなければ、人の上に立つことなどできぬからだ。お主は……イヤ、お主達は私が何者か知っているな?」

「…………」


 私の言葉に男は顔色を変えず口を閉ざした。周囲の男達も口を閉ざして沈黙を保っている。


「……なるほど、統率のとれた実によい兵達だ。自警団の長は誰だ?」

「私です」

「嘘をつくでない――」

「っ!」


 私の間髪入れぬ答えに目を見張った男の横を通り、身の丈は五尺六寸ほどで、大きな胸と引き締まった身体を持つ、歳は私と同じくらいか、褐色の肌に白い頭髪は後ろ髪は腰に、もみあげはアゴに届くほど長く、頬にかかるほどの前髪に、長い耳、細い怒り眉、まつ毛の長いややツリ目の大きな金の瞳をもつ、カサンドラにひけをとらぬほど美しい女黒エルフの前へと立ち――


「お主が、この自警団の長だな?」

 そう声をかけた――

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