序章 後編

「なによアイツ、最後まで嫌味しか言わなかったわね」

「なに、バルトロメオなりの激励さ」

「そうかしら?」


「そのようなことより……遅れてしまったが、おめでとうカサンドラ。今年新設される、王女殿下の近衛隊隊長に任じられるとは……同期として鼻が高い思いだ」


「あっ、ありがとうライゼン……でっでもっ――」


 今年で十八歳になるバルムンク王の正室の子、バルトロメオの異母妹であり、第二王位継承者、ジュリエッタ第一王女のために女性だけで編成された近衛隊が新設されることになり、その隊長にカサンドラが任じられたのだ。


 ライゼンの言葉に少してれたカサンドラであったが、次の拍子には抗議の顔付きになり、開こうとした口をライゼンがまた片手を小さく挙げて制した。


「勘違いするなカサンドラ。私は強がっているわけでも、悲しんでるわけでも、諦めているわけでもない。むしろ、この辞令に感謝しているくらいだ」


「どっ、どういうこと?」


 ライゼンの返答に訳がわからないという顔をするカサンドラへライゼンが続ける。


「トウミ……なるほど、白エルフの高級官僚共は私を僻地に左遷させて、一生そこで飼い殺しさせるつもりなのだろう。だが、実際はそうではない」


 ライゼンは真っ直ぐにカサンドラの瞳を見つめ断言した。


「ど、どういうこと……?」


「カサンドラ、トウミ、ひいてはジョウショウ管区は、何故左遷の地などと呼ばれている?」


「そっ……それは……」

「黒エルフの隔離区域だからだ」

「っ、そうね……」


 言い辛そうにしているカサンドラに代わりライゼンが答える。


 ナガノ王国における黒エルフの立場は、一言で言えば最下層、奴隷、卑賎民と見做され蔑まれている。


 そしてナガノ王国国内に住む黒エルフの実に六割がトウミがあるジョウショウ大管区に住んでいる。


 故に白エルフの誰もジョウショウ大管区へと赴任したがらず、そのため問題を起こした貴族やライゼンのような非エルフ種が赴任させられ、結果、左遷の地と呼ばれるにいたっている。


「陛下は開明派として、白エルフも黒エルフも法の下平等になる改革を行おうとしておられる。ならば私はその王意を汲み、行動するまで。そう考えてみると――」


 ライゼンは目線をそらし、考える素振りを見せ、一拍置いてカサンドラを見る。


「どうだカサンドラ? トウミは物事を始めるに最適な地だとは思わないか?」


「た、確かにそうかもしれないけど……」


 それでも不満そうな顔をしているカサンドラに、ライゼンはあと一歩でその銀星面が触れてしまうほど顔を近づけ――


「私のために怒ってくれたカサンドラだからこそ、カサンドラだけにはこの心中を打ち明けよう――」


「な、なによ?」


 カサンドラは顔を少し赤くして小さく呟くように応える。


「奴等は私を狭い檻に閉じ込めたと思っているのだろうが……然に非ず。奴等は虎を野に放ったのだ――」


 仮面越しのライゼンの深紅の瞳には確かに強い光があるとカサンドラは理解した。


「ライゼン……」


「今に見ているといい。私には陛下がお喜びになられるご尊顔が目に浮かぶようだ」


「うん、ライゼンがそう言うなら、きっとそうなんだろうねっ」


 ここで初めてカサンドラは笑顔を浮かべた。


「ああ。期待しているといい。また会おうカサンドラ、武運を祈る」


「そっちこそね、ライゼン!」


 そうしてライゼンはカサンドラに背を向け校舎を後にして行った。


 ――

 ――――

 ――――――


「ふん……分かっているさ、最後まで俺は武芸意外お前に勝てなかった……そんなお前がトウミ城主などという、小城の城主に収まるわけがないということくらいな――」


 校舎から去って行くライゼンの後ろ姿を眺めながらバルトロメオはそうこぼした。


「「「殿下……」」」


 その独白に、同期の取り巻きの白エルフ貴族の子弟達はどう反応していいかわからなかった。


「結局、アイツの素顔は最後まで見れませんでしたね」

「ですね。赤い瞳以外はどんな醜いツラだったんだか」

「真っ白な肌と髪はしていると思うんだが」


 ライゼンの銀星面も光聖衣も国王より下賜されたものであるため、汚すことはおろか、勝手に触れるだけでも不敬罪にあたるため、誰も気にはなりながらもライゼンの素顔を知らなかった。


「うん? お前らは奴の素顔を知らんのか?」


「えっ、殿下はご存知なのですか?」

 バルトロメオの反応に取り巻き達も驚いた顔をしている。


「ああ……一度だけ、カサンドラと共に、偶然、奴の素顔を見たことがある――」

 バルトロメオはその時の光景を思い出すように視線を宙に向けた。


「どっ、どんな顔だったんですか?」

 興味津々な取り巻き達を前に、バルトロメオは――


「アイツが男でよかった……」

 そう一言こぼした。


「「「えっ?」」」


「もしアイツが女だったら、俺はどんな手を使ってでも、俺の物にしようとしただろうからな――」


 そう言い切って、呆気にとられている取り巻き達を置き去りにしながらバルトロメオも校舎を去って行った。

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