エルフの国の王立士官学校を首席で卒業するも、人間だからという理由で左遷先として有名な辺境の城主に追いやられた仮面の男の、立身出世維新録。

桜生懐

序章 前編

 王立士官学校・任命式――


「ライゼン・オウコを、トウミ城主に任命する」


 任命官の言葉に周囲からざわめきが起こり、嘲笑するような声が聞こえてくる。


「聞いたか? 次席様がまさかのトウミだってよ」

「終わったなアイツ」

「人間にはお似合いだ」

「病持ちの人間ごときが調子にのるからだ」

「国王陛下の覚えがめでたいからと、ずにのりやがって」

「島流しだな」


「謹んで……拝命致します――」


 白い肌と黄金の髪に尖った耳を持つ種族、白エルフ。

 その白エルフたちの侮蔑と嘲笑の視線や声を浴びつつ、ライゼンと呼ばれた、白銀の仮面に金の刺繍が施された純白の長衣を身に纏った男は、不平や不満を一切あらわにすることもせず、静々と辞令を受け取った。


「何も役職を貰えぬよりは良かったというべきだな――」

 ライゼンは誰にも聞こえぬよう、そうひとりごつ。


 

 ニセアシハラ列島中部地方にある、内陸国家、ナガノ王国――

 国民のほとんどをエルフと呼ばれる種族で構成された、通称エルフ国と呼ばれる王政国家であった。


 白エルフ主義と呼ばれる、白エルフ以外のあらゆる多種族(黒エルフを最底辺とする)を全て下等な種族と見下す悪しき優性思想が蔓延しており、王族も国政を担う有力諸侯も全て白エルフで構成されている、非常に排他的な国風を持つ。


 そのような国家に純粋な人間種、しかも日光病という先天性の病持ちで生まれたライゼンが白エルフ達から見下され、冷遇されるのも無理からぬ話であった。


 日光病にっこうびょうとは、日光に肌が触れると焼け爛れ、月光でも低温火傷してしまうという奇病である。

 そのため、ライゼンは一切肌を露出させぬように、仮面に長衣という異様な格好を余儀なくされているのだ。


 だがライゼンの唯一幸運な点はナガノ王国現国王であるバルムンク・オオホウリの覚えがめでたいことであり、その身につける銀面(銀星面)に長衣(光聖衣)も国王から下賜されたものなのであった。


「ライゼン!!」


 辞令式が終わり、皆が解散していく中、もうこの校舎も見納めかと漆喰しっくい造りの王立士官学校の学び舎をライゼンが眺めていると、後ろから自分を呼ぶ怒声が聞こえてきた。


「カサンドラ、何を怒っている?」


 ライゼンが振り返るとそこには同期のカサンドラが怒った顔付きで立っていた。


 五尺六寸の身長に、白エルフ特有の白い肌に尖った耳、美しく長い金髪、大きな胸に引き締まった体躯を持つ、学園一の美人と名高い、席次も三位という才媛である。


 そして白エルフの名門貴族、ベネディクト家の娘でありながら、人間で孤児で病持ちで、素顔すら晒せないようなライゼンに分け隔てなく接してくれる、ライゼンにとって気が置けない親友であった。


「辞令の内容に決まってるでしょ?! なんで主席のアナタがトウミなんて僻地に赴任させられるの!? しかも領主じゃなくて城主なんてふざけるにも程があるわ!! これはアナタだけでなく、私達王立士官学校の同期達もバカにされてるのよ!?」


 カサンドラの言うとおり、トウミはジョウショウ大管区の僻地にあり、しかも敵国であるグンマ部族国と隣接しているため治安も悪く、左遷先で有名なジョウショウ大管区の中でも最悪の左遷先と有名な場所であり、王立士官学校の、しかも次席であるライゼンが赴任するような場所ではない。


 本来ならライゼンほどの優秀な者は、宰相補佐、管区長補佐、もしくは大抜擢で副管区長、もしくは王都の重要職に就任することが妥当であるのだ。


「ありがとうカサンドラ。だが、そんなに怒るんじゃない。折角の美人が台無しだ」

「びっ……! なっ、こっ、こっちは真面目な話しをしているのに、ふっ、ふざけないでよっ」


 カサンドラは顔を真っ赤にしてしどろもどろになり、顔を伏せてしまった。


「ふざけてない、事実だ。それに、私は次席、主席はバルトロメオだ」

「それは建前上でしょう!」

 怒るカサンドラにライゼンは片手を小さく挙げてこれ以上怒るなと制した。


「それは聞き捨てならんな――」


 そこに現れたのは他ならぬバルムンク王の側室の子、第一王子であり、第一王位継承、バルトロメオ本人だった。


 ライゼンと同じく身の丈六尺以上はある長身に、腰まで届くほどの長い金色の髪に髪油を用いて全て後ろに撫で付けた髪型で、切れ長な瞳に形の良い中高の鼻をした、白エルフの美男子の見本のような容姿をしている。


「何よ、今日は一人なのね? いつもの取り巻きはどうしたの?」

「なに、トウミのような僻地に赴任するなら、この銀面白服を見ることも、もう二度とないかと思ってな、見納めに来たのだ」

「よく言うわ。アナタがそう手を回したんじゃないの?」


 三人は初等部時代からの付き合いであり、互いを高めあう存在だと、少なくともライゼンはそう思っていた。


 そのためライゼンもカサンドラも本来なら、王子であるバルトロメには頭を下げ、敬語を使わねばならないのであるが、国王から『学校にいる間は、王子だからと特別扱いはしないように』との厳命もあり(それでも他の生徒は敬語を使っているが)、ライゼンやカサンドラは今のようにバルトロメオへあえてそのようなことはせず、一級友、身分差などない友のように接していた。


「馬鹿を言え。俺がそんなこすからい真似などするものか。まぁ、周りが忖度そんたくして勝手にやったことなら、知ったことではないがな」


 バルトロメオは筋金入りの白エルフ主義者であり、そのため人間であるライゼンが王立士官学校にいること自体気に入らなければ、その相手と主席争いをしていることにも腹が立っており、ライゼンのことを昔から敵対視し、毛嫌いしている。


「それはどうかな? 思いの外早く再開することになるかもしれないぞ?」


 ライゼンの言葉にバルトロメオは面白そうに唇の端を吊り上げた。


「ほざくな病人が。もしそうならそれでも構わん。お前が今後も俺の前に立つ塞がるというのなら……」


 そうしてバルトロメオはライゼンの目の前に歩を進め、真っ直ぐにその目を見て――


「叩き潰す――」


 そう言い残して去って行った。

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