第81話 過去に遡る

 今から十数年前のある日の事、ラウド聖教国、聖殿区画内にある自室でサンチェスコ司教は昼のお祈りを済ませた後、空いた時間で説教の草稿を書いていた。

 すると、部屋の扉を叩く音がする。そして入って来た神官が驚くべき報告を持ってきたのだった。


 エルフを母に持つハーフの少女が【加護ナシ】であるという報告だった。何と言うことだ、こんな嬉しい知らせはない。


「他の者には知られていないな?絶対にその娘を確保しろ!くれぐれも内密にだ!」


 司教は自分の配下の神官にその娘を是が非でも確保せよとの指令を出した。その為なら手段は問わないとも。


 【加護ナシ】の者は後に聖女(もしくは聖人)に進化する者がいる。この事は絶対に外に漏らしてはならない。何故なら、聖女の存在が教会の優位性と存在意義でもあるのだ。その為、この事実は一部の者しか知らない。


 現在の聖女はかなりの高齢でいつまで利用できるか分からない。なんとか後釜を自分の手中にしたいと言うのが彼の悲願だった。新しい聖女をこの手で誕生させたと成れば、きっと大司教、いや枢機卿でさえ夢でないと彼は思うのだった。


 【加護ナシ】の少女はハーフエルフと言うじゃないか。長寿であるエルフは少子である。ましてやエルフ女性と人族との間で子を成すなど滅多にないという。

 ハーフエルフは、魔力も精霊力も行使する事ができる上、なんと長寿である。こんな最高の逸材は他にいないではないか。


 笑いが止まらない。サンチェスコ司教はすでに勝った気でいた。


 だがそう上手く事は運ばなかった。散々【加護ナシ】である事の悪い噂を世の中に流布させていたのだから、親は簡単に手放すと踏んでいたのだが、エルフの子に対する愛情を見誤っていた。


 神父や神官達の誘いの言葉を素直に聞かない母親は、夫と話し合った上でエルフの森へと逃亡する事を選んだ。


「くそ、なんという事だ!お前たち何をやっていたんだ。この役立たずが。なんとしてでも、あの森からあの娘を追いだすんだ!分かったな!!」


 サンチェスコ司教の取り巻きの一人、その神官は帝国出身の諜報員だ。ラウド聖教国での上位神官たちの趣味や趣向、人となりや人脈を調査するために送り込まれたスパイであり工作員である。


 そんな神官が、エルフの森を自由に出入りできる者を考えた時、帝国の貴族宅で見た光景を思い出したのだった。


 そう言えば、あの時は『物好きな好色じじいめ……』と、軽蔑したのを覚えている。


 ラウド聖教国は聖職者の国だ。もちろん奴隷を禁止しているが、あくまで外面的にはだ。悲しいかな全ての聖職者が聖人君子であるとは限らない。その事はよーく知っていた。


だが―――


「これは、役に立つかもしれないな……」



 ◇◇◇



 エルフ族は長命でとても美しい。美しいだけでなく、彼らの身体能力も高い事で、男性はとても良い労働力となり、また、とある趣味を持った裕福な者からしたら、エルフの女性は喉から手が出るほどに欲しい存在でもあった。


 なんとかエルフを奴隷として手に入れたい。そう思っている富裕層はとても多い。そこに目をつけた者達がいた。帝国の奴隷商人だ。


 だが、エルフ達が住むモントヴル王国は奴隷を禁止しているのだ。それだけでなく、エルフはその国にあるエルフの森に引きこもり、一部の限られた者しか外には出てこない。その為、そう簡単に拐かすと言う事は出来ない。


 何故なら、あの森に充満する精霊源素の中では純粋な人族は生きて行くことが難しいからだった。


 奴隷商たちは、たまに迷った者を捕らえての商売を行っていたが、もっと手広く行きたいと言う欲が湧く。


 なんとか、エルフの森から追い出す事ができないかと頭を悩ませていた奴隷商は、そこで、前々から取引があり懇意にしていた貴族、後に故クレマント公爵を追い落とし執政官となるバルトハイム男爵に相談する事にしたのだった。


 バルトハイム男爵は自分の娘を後宮に入れる事に成功していた。男爵の娘である事で、当初は身分も低かったが、その美しさと可憐さが皇帝の目に留まってお手付きとなり、なんと長男を生んだのだ。男爵は大喜びをしたのも束の間、その後、皇后である第一夫人も男の子を産む事となった。


 それでも、彼は自分の孫を皇帝にする事を諦めてはいなかった。あの手、この手を使い人脈を作るために走り回った。しかし、それには莫大な金が必要になってくる。


「エルフの奴隷を売買する事が出来れば、大金が転がり込むかもしれない。なんとか森から追い出せないものか?」


 そう考える男爵だった。そして、そんな時、男爵の願いが敵う事となった。


 実は、そこには自分の娘が大きく関わってくるのだ。彼女は美しいだけでなく、相当の悪知恵も働く。


 それもこれも、今までの事全てを計画したのは彼女だったからだ。


「お父様、良い物がダンジョンで発見したと報告が来ましてよ」


「なんだ?」


「これですわ。これが有れば…。もうあの森も、お・わ・り・よ」


 そう言うと彼女は、可憐だった顔が一転しての、悪魔のような表情でにやりと笑った。


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