第80話 巧妙な罠

 聖女の最大の力は、歪んだ魔を打ち破り払う力だ。ミーリアはラーナ兄のお陰で、その力を使いこなせる、とまでは行かないが、それなりの効果を出せるまでにはなっていた。


 そこで、ミーリアに広範囲の浄化をかけてもらい、僕の方は高濃度の魔素だまりを見つけては、そこを浄化して行くという方法で進んで行った。


 ミーリアのお陰で周辺の魔素濃度が下がり清浄化している事で、弱い魔物は奥に引っ込んで、外には出てこなくなっているようだ。だが、血の気の多い冒険者たちは各々が肩慣らしと言った様子で、魔物の巣を駆逐していく。


 オッサンとガリオンさんは、僕がされたような実戦での、クライドに厳しい指導を行っているようだ。ああ、あの時の事は思い出したくもない。


「クライド、死ぬなよ!」


 順調に森を進んで行くと、ふとあるものが目に留まる。


「あれ?これって何だろう?」


 僕は酷い魔素だまりを見つけたので、そこを浄化して見た。すると、その下に何かが刺さっている。それをよーく見ると、どうも何かの杭の様なのだ。


「師匠、ちょっとこれみてください。何でしょうかね?ここって、魔素の濃さが尋常じゃないんですが」


 石碑のような杭、そう言えばどこかで見た事があると思ったのは、それは日本では測量で使われているような杭だったからだ。土地の境界や街区基準点とかに設置されてるもので、日本は昔から測量の技術は発達してたからね。


 この杭はそこそこ古いものの様で、ここに設置されてからかなりの年月が経っているように見える。だけど測量杭とかエルフが設置するとは思えない。それにだ、ほんの僅か、気付かない程度に何か異質な気配がそこから発していた。


 僕は<気配察知>の範囲を拡大し、意識を集中する。


「この変な杭、どうも森のあちこちに打ち込まれてますけど。これ何ですかね?」


 オッサンもその杭の正体を知らないようで、アリシアを呼んだ。


「アリシア、これ見たことあるか?ほんの僅かじゃが、嫌なオーラを感じるんじゃが」


「え?いいえ、こんなもの見た覚えは…いつからこんなものが…」


 この森が魔素で覆われた事で、隠されてしまったのだろうけど。これを設置したのがエルフでないとしたら、誰がこんな物を。精霊やエルフ達に気付かれないように、こっそりと打ち込むという事が可能なのだろうか?


 そこで僕は詳細鑑定してみることにした。すると驚いたことに、その杭は打ち込む事で何かを弱めたり、歪ませたりする魔道具だったのだ。

 一つ一つは本当に弱いもので、意識しなければ、その存在も気付かない程度の何と言うこともない代物だ。


 しかしだ、この森の中に流れていたであろう精霊樹の生命力とも言える聖なるオーラ。それが流れていたであろう要所要所に楔として打ち込まれており、その為に、そこで歪み乱されてしまったのだろうか?


「誰がこんなものを人知れず打ち込んだんだ?」


「ねえ、アリシア?精霊樹に守られた魔素が存在しない聖なる森に、ある日、忽然とダンジョンが誕生するなんておかしいよね?」


 この森の力を失わせる為に誰かによって巧妙な罠が仕掛けられ、気付かない内に侵されていったのではないのかな?


「うむ。だが誰がそんな事を!実際、10年前、この森には限られた者しか入る事が出来なかったはずじゃが」


「この森は、魔素ではなく精霊源素の中で生きて行ける者だけが入れる空間だったはずなのだ。だとしたら……」


「誰か、裏切り者がいたと言うわけかのー?」


 ついその言葉を言ってしまったオッサンは渋い顔をし、アリシアはそれを聞いて悲しい顔をする。


 この森に侵入出来た者が、この森の精霊樹のオーラの流れを乱すために杭を打ち込んだ。その楔によって徐々に森は浸食され、誰も気付かれない内に澱みはどんどん大きくなり、そしてある日、魔に支配されてしまった。


「なんて巧妙な罠だ!」


 そして、この杭から今も魔素の増殖を促進するような気配が漂っている。このまま放置してたらまたここにダンジョンが発生するかも知れない。


「見つけたらすぐに処分しますね」


「頼む!クー、なんて事だ。なんで気付かなかった。もっと早くに気付いていればこんな事には。我らの落ち度だ」


 アリシアはすごく落ち込んでしまった。卑劣な罠にあっさりとはまった事で大切な場所が無くなってしまったのだ。悔しい気持ちは分からないでもない。だけど今更後悔しても遅い。それより、この森を元に戻す事が先決だから。


「アリシア、僕も頑張るから、絶対にこの森を前のような美しい森へと戻そうよ」


「ああ、そうだな。ありがとう!クヨクヨしてても仕方ない。よーし、前に進むぞ」


 アリシアは凛とした美しい顔を前に向けた。そして僕たちはもっと厳しい試練の待つ森の中心へとどんどんと進んで行ったのだった。



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