第75話 やはりフルーツ牛乳でしょう

 オルロープ館での滞在を勧められたが、僕の頭には『温泉』のことしかない!


 やっぱここは、ゆったりまったりと入浴したいでしょう。だってさ、さっきまであの『運命さだめのダンジョン』でゾンビと戯れてたんだから。


 いくら侍イエローのレインコートを着ていたとはいえ、気持ち悪い事この上ない。因みに使用済みのレインコートはダンジョンにポイしてきました。もちろんダンジョン外でのポイ捨ては禁止だからね。


 日本人なら湯舟に浸かってさっぱりしたい。そこで露天風呂のある宿に泊まれるようにしてもらいました。オルロープ商会が経営する宿の最高級ランクの部屋を取って頂き、もう感激です。


 その宿には巨大な露天風呂があるそうで、その湯は、なんと『混浴』というではないか!こ・ん・よ・くだよ、ラララ混浴ー。


 温泉に混浴というシチュエーション、温泉に入る主人公の隣に、突然裸の美女が入ってきてのムフフな状態に!なーんて妄想しながら温泉に向かう事にした。


 露天風呂と言うから日本の岩風呂みたいなものを想像してたんだけど、宿から伸びる長い通路を進んだ先にある出口から外に出て見てびっくり。


 そこは森の中だった。木々の向こうに突如現れたエメラルドグリーンの水面。そう、そこには広大な湖が広がる絶景だった。温泉プラスの森林浴、なんて最高なんだ。


 その温泉は、硫化水素イオンが多く含まれてるのだろうか?異世界だからそれによく似た何かだろうが、エメラルドグリーンに白を混ぜたような美しい乳青色の硫黄泉なのだ。


 その水質を鑑定してみた所、その効能は、殺菌力が強く解毒作用もある、皮膚炎や糖尿病、高血圧の改善、また便秘にもいい、とあった。


 異世界にも、糖尿病や便秘もあるんだ><


 大勢の老若男女が湯に浸かって楽しそうに会話をしている。残念ながら皆、温泉着を着ていた。その人たちから少し離れた所に入って、身体を包む暖かさの気持ち良さに、大きく伸びをして『ああ、温泉最高!』と呟いてしまった。もちろん、キンキンに冷えたフルーツ牛乳を用意してる。そこは抜かりない。


 明日には、ここを発ってターラントにランディさんと向かい、向こうで皆と落ち合う事になっていた。


 すでに魔の森へと向かう冒険者達の選別も終わって、オッサン達がターラントへ帰るのを待っている状態だったらしい。


 ◇◇◇


 オルロープのご隠居は奥さんを部屋へ送り届けた後、通信オーブの置いてある部屋に皆を引き連れて向かった。本日、王都でギルマス会議が開かれているらしく、それが終わる頃に連絡をいれる約束になっていたそうだ。


 通信のオーブが光りを放ち、向こうの場景が映し出される。それはまるで、宙に浮かぶフレームの無いモニターのようだ。


 そのモニターにはオッサン、王都とターラントのギルマス、それとアリシアの顔が見える。こちらはご隠居さん、テレーシアと公爵に御付きのイグナーツ、をれとランディさんと僕だ。


 オッサンは画面向こうに僕を見つけて口をパクパクさせている。その顔があまりにおかしくって思わず笑ってしまった。


「何を笑っとる!どんだけ心配したと思っとる!!その上、あんな置き土産を残しておいて、今度会ったら二、三発殴らせろ!」


「暴力はダメですよ。なんでも暴力で解決しようとしちゃダメですからね。問題があれば話し合いましょう。酒を酌み交わせば分かり合えます」


「お前、酒は飲まんじゃろが」


「ああ、僕は飲みませんが、師匠には僕の国の美味しいお酒を、たんまりとお土産に持ってきてるので、それで勘弁してください」


 それを聞くや、オッサンの顔がゆるむ。横からアリシアも『私のもあるよね』って話に割って入ってきたので、『もちろん!それはもう美味しいお菓子を持ってきてますよ』って伝えると、アリシアの顔がとろけそうになってる。チョロい。


「まぁ、それだと仕方ないわい。やはりお前、自分の国に帰っておったのか?その事は後でじっくり聞かせてくれ、それもあるが――」


 聖女の件を切り出された。僕はミーリアがどんな職業になったかを確認せずに地球へと帰ったので知らなかったのだが、なんと、ミーリアは聖女になったようだ。


 本来、彼女は聖女のタマゴだったのだから。だが、僧侶やプリーストをすっ飛ばしての聖女とは驚いた。『望みのダンジョン』にそのような力は無かったとは思うのだが、まぁ、なったんなら仕方ない。


「あの娘は今、ラーナ先生に預けてはいるが、お前はどうするつもりだったんだ?」


 そう言われたので、ミーリアの事もあるけど、オッサンにはクライドを鍛えて欲しい事を伝えた。教会からミーリアを守る為にはクライドの成長が欠かせない。


「そうだな、あいつは見込みがありそうだ。任せておけ」


「お願いしますよ、師匠。国の命運は『勇者』にかかってるってもんですからね」


「はい?」


 僕の『勇者』っていう言葉を聞いて、向こうにいる全員が間抜けな声を上げた。


「だって、クライドは勇者のタマゴだもんね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る