第56話 ミーリアの秘密

 王都やダンジョンの事とかを色々話しながら、和気あいあいと目当てのダンジョンに向かう。天気もよく長閑だ。そういえば話の間に『加護ナシ』ってのがちょくちょく出てくる。あまりいい意味ではないのは僕でも分かるが、ちょっと気になったのでネコ先生に聞いてみる事にした。


「ねぇ先生。加護ナシって何?」

 僕は小さい声でネコ先生に聞いてみたが、先生は困った顔で何も言わない。すると、僕の側にミーリアが近づいて来て、彼女の口から僕の問いへの回答をくれた。


「加護ナシって言うのは、生まれた時に女神様からの恩恵である職業を貰えなかった者の蔑称だよ。加護ナシはね、一生涯、何の職業スキルも得られないんだ。だから……いない子って事にされるんだよ」


 小さい声で聞いたつもりだったけど、ミーリアに聞こえてしまったみたいだ。それはとても言いにくい事を言わせたようで、なんかホントすいません。


 加護ナシとされた子が身内にいる事は家族にも大きなハンディキャップとなるらしく、家族からも見捨てられ、教会へと渡される。教会で生涯を通し女神様へ祈りを捧げる事で前世の罪は浄化され、来世は幸せな人生を送れるのだと教えられている。


「ごめんね。でも蔑称って、どうしてその職業スキルが無いなんて分かるの?」

 僕の疑問を口にすると、彼女は不思議な顔をしている。


「僕はここから遠く離れた異国から来た人間なので、この世界の風習を知らないんだ。良かったら教えてくれないかな」


 そう言いながら、僕は深く被ったフードを取る。黒目黒髪でアジア系の僕の顔を初めて見たのだろうか?彼女は一瞬驚いたようだが、納得したのか答えてくれた。

「うん、毎年その年の生誕祭に5歳になる子を集めて教会に行くんだ。そこで神父様に見て貰えるのよね」


 ミーリアは悲しい顔で、その当時の状況を教えてくれた。


「私はそこで神父様にすごく怖い顔を向けられたと言う記憶しかないんだけど」


 後で家族から聞いた話、こんな罰当たりな子を見たのは初めてだと言われたらしい。だが、ミーリアを心から愛していた家族は教会へ渡す事を拒否した。


 この世界では、各々一つの職業を持ってこの世に生まれてくる。それは人によっては戦闘職や技術職であったりする。職は後に色んな条件で追加や転職をする事ができるが、生まれながらの職を持たない者で、それが出来たものはいないと言われているらしい。


「先生、神父様はどの様にして職業を知るんですか?」

「教会には、職業を鑑定出来る魔道具があるんだにゃ」

「へー、そんな魔道具があるんだ」

 って変に感心してたら、懐からリンゴが顔を出して僕の顔の所まで這いあがってきて、僕のオデコを肉球でペシペシ叩きだした。殴ったね!二度もぶった。って、まぁいい、可愛いから許す。

 そのポーズはとても可愛いんだけど、ちょっと鬱陶しいので止めてほしい。


「ちょ、リンゴ、それ止めて」


 引き離そうとすると、今度は頭突きをしだした。リンゴの顔は甘えてるとか、じゃれてると言う感じではなく、かなり真剣そうだ。今度は自分のオデコを僕の胸にポンポンと当ててくる。もしかしてと思い、僕はリンゴのオデコとごっつんこしてみた。すると、


『この娘の職業は……だから、リンゴのレベルを上げて……』


 リンゴの思念が僕の中に流れてきた。


「ああ、そうなんだ……」


 リンゴは女神の神獣で眷属なんだ。リンゴにも職業は見えるし、レベルさえ上げれば職業を付加する事も可能だ。そこで、リンゴからの伝言をネコ先生に小声で伝える事にしたわけだが。僕なりのリスクマネジメントだ。


「先生、リンゴが言うには、ミーリアはちゃーんと職業持ってるって言ってますよ。って、これミーリアに直接……」

「にゃんだって?!ミーリア職業持ってるにゃのか……」

「しー、先生、声が大きい!」


 慌てて止めたが、先生の言葉はもちろん皆に聞こえたようで。三人はその話を聞きたそうに僕の顔をじっと見てくる。僕はその圧に負けてしまった。


「あのですね。このリンゴには才能があって、その人の職業が見えるんですよ。それでね、ミーリアの職業ナシの秘密が分かったそうです」


 僕はその言葉を聞いて、期待と不安で泣きそうな顔になってるミーリアに、落ち着いて気を確かに持って聞いてほしい旨を伝えた。


「先生、プリーストって聞いた事あります?」

「へ?はいにゃ」


 ネコ先生は不思議な顔をしながら、もちろんだと答えてくれた。


「ミーリアの職業はその<プリースト>なんです。この<プリースト>ってのは、僧侶職の上位にあたる職ですよね」


 ネコ先生曰く、上位職はレベル30以上にならないと就けない職だ。本来ならまず僧侶職となってレベルを上げた後、上位職である<プリースト>に転職となるようだ。

 だが<プリースト>には、そう簡単に就けるものではない。ラウド聖教国教会本部の上位神官に稀にいるくらいだそうだ。ましてや生まれ持った<プリースト>など、今まで聞いたことがないと言う。


 それは、リンゴが教えてくれた。上位職を持って生まれた者は、レベルが30まで上がらないと発現する事はなく、本来の力を発揮する事ができないのだそうだ。


 だとすれば、そういう者が、所謂『加護ナシ』と言われた者たちなのだろうか?


「私は女神様に愛されなかったのではないのですね……」


 そう言うと、ミーリアは大粒の涙を流しての両手で顔を覆った。それを優しく抱きしめるクライド。


 一般人でのレベル30は相当キツイ。職業が発現しない状態で30まで上げるなど並大抵ではないはず。ましてや、そんなこと知らない者だと、端からレベルを上げようなんて思いもつかないだろう。


 ただちょっと敷居が高かったと言うだけのものじゃないよね。それに気が付いた者だけに与えられる最上位の恩寵というものなのだろうか。だが、それは最凶の試練とも言うのかもしれない。まるで呪いだな。


 そして僕が感じた最悪のリスクは、それを知った幼いミーリアが何をしようとするかだ。ほんの少し行動を共にしただけでも分かる。彼女は真っすぐな性格のすごく頑張り屋さんだ。そんな彼女だから、無茶してまでレベルを30まで上げようとするかも知れない。無茶をすればするほど、危険や危機、それが起こり得る可能性は大きくなる。


 だが、ここでふと疑問が湧き起る。<プリースト>の中から、人によっては稀に聖人や聖女へと覚醒する者もいると言う。それらの事を教会は知らなかったのだろうか?それに『加護ナシ』とされた子供たちを教会がやや強引に引き取っているのだそうだ。

 色んな事が、どうも腑に落ちないなと思った。

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