第6話 姉さんだって、やればできるんですからね?

「何からやればいいのよ! まあ、私にできる家事があるとは思えないけどね!!」

「そうですね、姉さんは洗濯をすれば服をびりびりにしますし、食器を洗えば割りますし、掃除機は力がなくてかけられませんからね……実際困りものです」

「ほら見なさい!! やっぱりユウコに全部任せた方がいいのよ!」

「それでも、ゆっくりやっていけば家事は何とかなるものです。慣れです慣れ。姉さん頑張りましょうね。頑張れば頑張った分早くこれらを返してあげますからね」

 ユウコは笑顔だ。

 笑顔で私のPCやゲーム機を部屋から運び出していく。

「ああああ、お願いしますそれだけはそれだけはご勘弁おおおお!!」

 足に縋りつく。

 ずるずる引きずられる。

 ユウコは構わず足を動かす。

 こ、この子本気だ。本気で持ってくつもりだ……。

 何か引き留める方法がないか、思考を巡らせた私はとっさに叫んだ。

「私が配信者やってるの知ってるでしょ! ネットの海の向こうには私のことを待ってくれている人がいるの!!」

 数人だけど。

「裏切るわけにはいかないの!! だからお願いユウコ、パソコンだけは……」

 ユウコの足が止まった。

「姉さんが配信を頑張っているのは知っています。本気なのも分かっています。引きこもってから唯一続けていることですもんね」

 にっこり。慈愛の笑みを向けられる。

「じゃ、じゃあ……」

 返してくれるの? 

「でも、それはそれです。姉さんが私の力を借りずとも生きていけると少しでも思えるようになるまでは返しません。つまり家事を覚えるまでは返しません」

 ユウコはとうとう物置部屋まで私を引きずりパソコンを運んでしまった。

「そんなぁ……ひどいわユウコ」

 上げて落とすなんて詐欺よ詐欺!! うぐぐ!! 

「ひどくてもいいんです。恨んでくれても結構です。それが姉さんのモチベーションにつながると私は信じていますので。だから家事を覚えましょう?」

 もはや交渉の余地はないとばかりにユウコは両腕を組んで私を見下ろす。

 ああ、駄目だ。

 こうなったユウコは例え幼女作戦で「ゆるちて」って訴えても聞く耳をもたないだろう。

 私はため息をついた。

 腹をくくるしかなさそうね……けっ。

「わかったわよ。家事やってやろうじゃないの! 覚えたらパソコン返してよね!!

「ええ、約束しますよ姉さん」


―――――――


 一週間後。

「姉さん、立派になりましたね」

 ユウコは家事をする私を見て涙ぐんでいた。

「そうでしょ? 私だってやればできるんだからね!! ということでパソコンを返し」

「でも洗濯物は未だにびりびりですし、食器は9割破壊されますし、掃除機は3分かけられないし……すみませんが返すわけにはいきません」

「なんでよ!!」

「それはこっちのセリフですよ姉さん……私が家事を教えた一週間はなんだったんですか?」

 ユウコは悲し気にうつむく。

 あ! この子今心が折れかけている!! 姉である私にはわかるわ! 

チャンスじゃない!?

 私はつま先立ちでユウコの肩に手を置いた。

「まあ、人には向き不向きってのがあるのよ。ユウコ、きっとあなたには物を教える才能がないんだわ。そして私には家事の才能がない。つまりこれが限界なの。限界を知った時人は強くなれる」

 素晴らしいわ私……今、私は姉として妹にとてもいいことを言っている気がする。

「そうですね姉さん、私が間違っていました」

 ユウコは頷く。

そうよ、それでいいの。

分不相応ってものがあるんだから。

「わかってもらえたなら嬉しいわ。さあ、パソコンとゲームを私の部屋に……」

「今日から家事を3倍に増やしましょう! 洗濯は小まめにやって、掃除機もハンディタイプを注文して、それから食器を落とさないように腕立て伏せで筋力強化を。あと、料理の練習も追加で――」

 いい笑顔で何無茶言ってんのこの妹!? 何をわかったの!?

「家事なんてもうつきあってらんないわ!! 私、帰るんだから!!」

「どこに帰るんですか姉さん? ここが家ですよ! 姉さん家事はやればできるんですよ頑張り――」

 ユウコの叫びを背中に受けながら、私は廊下へ、外へと駆け出した。


―――――――


 私は家の近くの児童公園でブランコをこいでいた。

「やっばい。また勢いで外でてきちゃったわ……何やってんの私」

 二度と外には出ないって決めてたのに、なんで。

「私はただ引きこもって配信とゲームをしていたいだけなのに」

空を見上げれば晴天。

いいわねお空は、何も悩みがなさそうで……。

「見つけましたよ姉さん」

「ユウコ、何故ここが」

「ホノカ姉さんは昔から家出してもすぐ帰れる場所にいますので。ここかなと」

 私の行動範囲狭すぎ。

 もはや逃げる気力もなかった。

 ユウコは私の座るブランコの隣に腰かける。

「はん、煮るなり焼くなり好きにしなさいよ」

 正直、ユウコから逃げ切れるとは思えない。

 あの家から出た時点で私の負けは決まっていた。

 ……せめて鍵がついているトイレとかに逃げ込むべきだったわ。

「愛する姉さんを煮たり焼いたりするわけないじゃないですか」

ユウコはブランコをこぎ始める。

「でも、家事はさせるんでしょ?」

「いいえ、もういいです」

「え?」

 うそ、マジ? やったラッキー!

 ユウコはあきらめに似た笑顔を浮かべた。

「姉さんがここまで家事ができないとは想像以上でした。それに教え方が悪いのは本当かもしれませんし。この一週間姉さんは家事をしようと頑張ってくれたので――今はそれでいいかなと。休学は姉さんが自立するまで無期限で取りましたし」

「そうよね! 今はそれでいいわよね!! 休学も無期限でとってるんだし……」

 待って、聞いたことのないおかしな単語があったわ。

「ユウコ? 休学無期限で取ったってどういうこと?」

「あれ、言ってませんでしたか? 姉さんが自立できるまで私はずっと姉さんに家事や生活のことを教えていくつもりですよ? 母と父にも連絡してありますし、先生方も承知です。その間私の成績が下がらないことが条件ですが。それはないので安心してください」

 微笑むユウコ。

 私にはそれが魔女裁判で死刑を言い渡す陪審員に見えた。

「ってことは……ユウコは私が一人で生活できるようになるまで私を監視する、ってこと」

 ずっと????

「はい! 家事はこれから更にゆっくり教えていくという方針に切り替えましたが、生活のリズムを整えたりする必要もありそうなので、今日からお風呂も部屋も姉さんと一緒にします。パソコンは返します。配信はしていいですよ? でも夜中はダメです。それから汚い言葉も無しです。死ねとか机をバシバシ叩くとかは一切させませんからね?」

 その口ぶりから私は察した。

「まさか、24時間一緒にいるつもり!? い、息がつまるわ!!」

 この妹はやると言ったらやる。

 このままじゃ私のプライベートすら危うい。

 スマホゲームとかネット小説を読む時間まで奪われてしまう!!

 ユウコは首をかしげる。

「この一週間で姉さんが家事を覚えて、最低限のことを自分でできるようになっていればこの手段は使わなくて済んだのですよ?」

「お、お願いユウコ。考え直して? 何か、他に手はないの? 流石に24時間一緒っていうのは……というかあんた学校行きなさいよ」

 行ってくださいお願いします!!

「姉さんに言われたくありません。うーん……そうですね。他に……なら、姉さんが学校に行くというのはどうですか? 24時間一緒じゃなくなりますよ?」

「嫌よ!!」

「あ、じゃあ、姉さんが学校にいくなら部屋は一緒にしませんし、お風呂も一緒に入りません。家事も時間がある時にゆっくり教えていくだけにします。学校に行けば自ずと自立していくものですから……もちろん、パソコンも返してあげますよ?」

 ユウコは笑顔だけど、目が笑っていなかった。

 なんて妹……。

「きょ、脅迫よそれ!! それが姉に対する仕打ち!?」

「脅迫? いえいえ選択ですよ? むしろ姉だからこそかなり譲歩してあげているのです。他人だったら問答無用でこれです」

 ユウコは平手で空を切る。

 悪夢がよみがえる。お尻がうずく。

 暴力までちらつかせる妹がそこらのヤクザよりも恐ろしいということを私は初めて知った。私に選択の余地はなかった。

「……きます」

「なんですか姉さん? はっきり大きな声で」

「いぎまず!! 学校にいぐので、どうか! どうかお尻叩きと家事と24時間監視は許じで!!」

「やれることは自分でやりますか?」

「ばい!」

 鼻水が飛んだ。

「私に心配をかけさせないように、せめて生きていけるくらいの生活能力を身に着けますか?」

「善処じます!!」

 涙がはじけた。

「それから……」

「も、もう勘弁してください!!」

土下座を披露すると、ユウコはため息を吐いた。

「少し意地悪でしたね。いいですよもう。私も無期限休学取り消します。明日から学校一緒に行きましょうね?」

「や……はい!」

「……今、ヤダって言いました?」

「い、言ってない! 言ってないわ!! それより早く帰りましょう? 夕飯の準備をしなくちゃ!」

 ね?

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