第5話 姉さん、いい加減にしないと怒りますよ
「は~、配信終わった……。あれ? 陽ざしが。え? 噓でしょ、もう7時? ってことは」
「姉さん起きてますか~?」
予想通り、ユウコが部屋に入ってきた。
ノックくらいしなさいよ!
「きたわねユウコ! 残念だけど今日の私はお目目パッチリよ! 昨日みたいにだまし討ちで玄関の外に連れ出せると思わないことね」
今日の私は一味違うわよ?
「いえいえ、そんなこと考えていませんよ」
ユウコは笑顔で言い切った。
「え……あ、そうなの。ふ、ふーん……。あんたまだ熱あるんじゃない? いつもは無理やりにでも制服は着させるくせに」
「熱はすっかり下がりましたよ。我ながら丈夫だと驚いています」
ユウコは少しばかり呆れた笑みを見せた。
「じゃあやっぱり私を登校させようとしないのはおかしくない? 元気なんでしょ? 私の服を無理やり脱がせて、ご飯を口いっぱいに詰め込んで、顔面に水をぶっかけて髪を撫でまわす一連の行為に手を染めないの?」
「言い方に悪意を感じます……そんなに学校に行きたいのですか?」
「だって事実じゃない」
割といつもそんな感じなのをこの子はわかってないのかしら?
「昨日すっかり休んだ分今日は一段と元気なので無理やりに姉さんを連れて行くのは可能だと思いますよ?」
あっけらかんと言わないで!
「わ、私をお人形さんか小学生か、小動物だと思ってもみくちゃにする愚か者共が沢山いる場所に行くわけないでしょ!!」
嫌な記憶が! 嫌な記憶が蘇るわ!! 撫でられまくり、お菓子を奉納され、高い高いをされたあの屈辱の日々が!!
「でも、姉さん」
「デモもへちまもないわ!! 土下座するし足もなめるから無理やり連れだすのはやめてくださいお願いします。ぺろぺろぺろぺろ」
土下座からの足をペロペロ。
うん、ユウコはいつも朝風呂入るから石鹸のいい味がするわ!
「仮にも私の姉が土下座しないでください。足もなめなくていいです! 汚らしい! 姉としてのプライドはないのですか!?」
「へへ、へへへへ、残念だったわね。深夜テンションの私に恐いものなんてないわ。姉のプライドぉ? そんなもの犬にでも食わせてやる!」
「ひざまずいて足を舐めているその状態がまさに犬じゃないですか姉さん……」
「頭を抱えてどうしたの? やっぱりまだ熱があるんでしょ? 今日は学校休んだら?」
「いいえ、行きます。ちょっと大事な用があるので。絶対に行きます。何が何でも行きます」
「そうね。あんた皆勤賞欲しいんだものね。死んでも学校は休まないわよね。毎日が大事なエブリデイよね。知ってた」
ユウコは皆勤賞の為に死ねる女だ。
「いえ、皆勤賞は大事な用ではありません」
「嘘ね」
はっきり言ってやるとユウコは少しばかり遠い目をした。
「まあ、帰ってきたらお話しますね。それでは、行ってきます姉さん」
あれ、いつもならつっかかってくるのに……。
「え……。あ、い、いってらっしゃーい? ……ほんとに制服無理やり着せたりしなかったわねあの子。そんなに大事な用? まさか……彼氏? だ、だめよ! お姉ちゃん許しません! ユウコが帰ってきたら問いたださなくちゃ…」
ユウコは私のお世話係よ。誰にも渡さないんだから!
――そう決意したのが朝7時30分。
「ただいまです姉さん」
私の部屋の扉が開かれる。
ユウコだった。
ユウコが帰ってきた。
「え? ただいまって……まだ10時よ?」
ゲームの途中だったけど、手が止まってキャラが死んだ。
私、今から朝ごはん食べてお風呂入って、そんでもって寝ようと思ってたのに。
「はい、知っています」
ユウコは笑顔で頷いた。
えー?
「じゃあ、早退?」
「いいえ?」
確かに元気そうだ。
そうよね、早退じゃないわよね……
え、え? ま、まさか!?
「嘘、ユウコ学校バックレたの!? 真面目で勤勉で融通の利かない頭かっちかちのあなたが!? どうしたの学校嫌になったのね? なら一緒に自堕落な日々を送りましょう!!」
やったわ! ユウコがこっちサイドに堕ちた!! これで私の引きこもりを止める者は誰もいないふっふっふ……。
がっしり、ユウコに頭を捕まれた。
ぎりぎりと締め付けられる。
「いで、いでででででで!!」
「ふふふ、自堕落な日々なんて送りませんし、これから先は姉さんにも送らせませんよ?」
いたいいたいいたいわれちゃう頭蓋骨がパッカーンしちゃう!!
「いだだだだど、どういうことよ!?」
ユウコは私の頭を握りつぶすのをやめて、一枚の紙きれを見せてきた。
「これ、休学届です。先ほど先生に許可を頂いてきました」
「……え? なんで休学なんて――はっ!?」
まさか、それが今朝言ってた大事な話、ってこと? 留学でもするつもりなの!?
「だ、だめ! ユウコがいなくなったら私、生きていけないわ! 毎日カップ麺だと栄養が偏っちゃうし、洗濯ものは? 食器洗いは? 部屋掃除は誰がやるの!!」
ユウコはにっこりと笑った。
「姉さんちょっと後ろを向いてください」
「後ろ? 何かあるの?」
私はくるっと体ごと振り返った。
なに? UFOでも見えたの?
「せぇい!!!!」
スパアアアァン!!
「ひぎいいいいいいいいいいいいっっ!?」
激震。
立っていられないくらいの凄まじい衝撃がお尻に走る。
「~~~~~ッッッ!!!? なななッ、なにずるのユウコ!! 私は姉よ!?」
立ち上がれない!! 足が小鹿みたいにぷるっぷるしてる!! なにこの岩を割りそうなレベルの平手打ち。
鼻水を飛ばして睨み上げる私を、ユウコは微笑んだまま見下ろす。
「うふふ、姉? 姉ってなんなんでしょう? 家事を全て妹に押し付けるのが姉ですか? 風邪を引いた妹をまともに看病できないのが姉ですか? うふふふふ……」
「ひいいいッ! お、怒ってる? 怒ってるのユウコ?」
かつて妹の笑顔にここまでの恐怖を覚えたことはなかった。
私はまだ立ち上がれない。
ので這って部屋の隅に逃げて震えることにした。
お尻痛いよぉ痛いぃ……。
ユウコは微笑みを絶やさないまま、首を横に振る。
「大丈夫ですよ姉さん。まだ、怒ってはいませんから」
嘘でしょ……これでまだ怒ってないですって!?
「じゃあ、もうすぐ怒る……ってこと?」
内心、ひいいいいいいッとおびえながら上目遣いに訊き返す。
するとユウコは笑顔をひどく穏やかな表情に変えた。
「そうですね。姉さんが頑張ってくれるのならば怒りはしません。私はそのために休学届を出したのですから」
平手で素振りしながら言わないで!
「がんばるッ、頑張るから!! だから許して、許してユウコ!!」
お尻が腫れ上がって土下座するのがつらいので、土下寝した。
ユウコの顔が見えないけど、素振りの音が止み、どこか安堵するようなため息が聞こえた。
「そうですか……頑張ってくれますか。ちなみに私は姉さんが家事全般を覚えるまで休学すると学校の先生に相談しました。だから……」
ユウコの言葉が遠く聞こえる。
かじ?
え、かじって、火事じゃなくて鍛冶でもなくて……掃除とか洗濯とかのあの家事?
「お願いユウコ……なんでもするから家事だけは……」
顔を上げ、震えながら両手を握りしめ、崇めるようにユウコを見上げる。
ユウコは朗らかに首を横に振った。
「姉さん、私は昨日風邪を引いてわかったのです。姉さんは私がいなくなったら死ぬって。姉さんが一人になった時、生きて行けるよう考えた結果がこの休学なのです。私は皆勤賞なんかよりも姉さんを一人前の人間にすることを選んだのです……優しく教えますから頑張りましょう? 家事」
「いや……いやよ、そんなのってないわ。あんまりよ、あんまりうああぁあああん――」
私は顔を両手で覆って泣くふりをしてみせた。
みなさい! この姉の悲痛な姿を!! これを見てもまだ家事をさせるっていうの!?
「姉さん嘘泣きはやめてくださいバレてますよ。どんだけ家事したくないんですか? いい加減にしないとまたお尻ぶっ叩きますよ?」
「……はい」
くそぅ、ユウコのお尻叩きが岩を割るレベルじゃなければ耐えられたのに……。
仕方なく、私はすっくと立ちあがった。
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