AR補助結婚
渡貫とゐち
二つの顔を持つ
「惜しいなあ……」
「惜しい? 性格良し、継続できる稼ぎもあるし貯金も多い。男慣れし過ぎていない二十代の処女だぞ? お前には勿体ない
結婚願望がある友人に頼み込まれて、同じく結婚の意思がある女の子とこうしてお茶会をする機会を設けてやったって言うのに、こいつときたら……。
まさか、俺に頼めばもっとレベルが高い女の子を見つけられる、とでも思っているのか? そうぽんぽん、フリーの女の子がいると思うなよ。
いま席を外しているあの子だって、苦労して探した、『お前の条件にほぼ合っている』数少ない女の子なんだからな?
趣味も合う。自己紹介の時から話が弾んでいたように見えたし、同じく映画好きという共通の話題から、この後、映画館にデートしにいくんじゃないのかよ。
ここまで内面的な部分でなにもかもが合っていながら、なにが惜しいだ。当たってるだろ――好みの中心を射抜いた女の子をまさか今更、恋愛感情はない、なんて言って振るつもりじゃないだろうな?
「ほぼ、合っているんだから外れている部分もあるってことじゃん」
「……、おい、顔か。結局のところ顔かよ。確かにお前から好みの容姿は聞いているが……紹介したあの子が特別ブスってわけでもないだろ」
「え……、お前のセンス……、いや、違うな。お前が当たり前みたいにそう言うことで、俺の中の容姿の基準を下げようとしているな? あぶねっ、騙されるところだったっ――なにが特別ブスってわけでもない、だ! ブスじゃねえか! ちょっとぽっちゃりしているだけなら痩せればいいだけだが、根本的な骨格からのブスはどうしようもねえよ!」
「ブスって言うな。たまたまお前の好みからかけ離れた容姿だっただけだ……、ブスは言葉が強過ぎる。いくら主観の話とは言えだ……。そういう言い方は避けろ、だからお前は結婚どころかお付き合いできる女の一人もできねえんだよ」
喫茶店。……ちょっと熱くなり過ぎたな。
白いマグカップを持ち、苦いコーヒーを口に含んで、落ち着きを取り戻す。……俺のアドバイス通りに清潔感があり、大人っぽい服を着てこいとは言ったが……まあ、間違いではない。
だが、もっと楽な格好でも良かったんだぞ? がっつりスーツを着てくるとは思わなかった――まあ、あの子は好印象を持ったようで良かったが。
だが、頼むのがメロンクリームソーダとは。
積み上げたものを一気に崩すやり方だな、おい。
……こいつの注文を聞いた時、女の子の方も「わたしもそれで!」と言ったところを見ると、無理をしてオシャレな注文を! なんて意識していたのかもしれない……。
こいつが率先して子供っぽい注文をしてくれたおかげで、彼女も本音を言いやすくなった、と考えれば、今日に限れば友人のこの脇の甘さが目立つ振る舞いは成功した、ということか?
お似合いな二人なんだが、その障害が容姿とはな……。
というか言っているお前も、別に褒められるような容姿じゃねえぞ?
「……もっと可愛い子がいると思って、いまお前を気に入ってくれている子を切り捨てていくと、最終的にランクを落とす羽目になるが……分かってるか?」
「妥協しろって?」
「理想が高過ぎるんじゃないか? 十個中、九個が合っていれば正解を出したようなものだろ。十個中十個なんて、選べる人間にしか巡ってこねえチャンスだ。
お前はこれまで努力をしたか? 全ての時間を女の子にモテるために使ってきたか? 自分磨きの一つもしていなかったお前に、十個中九個も当てはまる理想の女の子が見つかることなんてもう二度とこねえよ」
俺だって、必死になって探す気も失くすってものだ……。お前にこうして説得しているように、今日ここに連れてくるまで、女の子の方にだって色々とアプローチしてきたんだぞ?
向こうは妥協をしてきている……。
歩み寄ってきてくれたんだ、お前だって歩み寄るべきだろ。
——容姿にもっと良い理想を求めているだけで、実際、お前はあの子のことを気に入っているはずだ。隣で長いこと見ていれば分かる……お互い、好意があっても嫌悪はない。
ただ一つ、容姿だけがネックというだけで――。
「……良い雰囲気になった時、俺、あの子とキスをするの、ちょっと躊躇するかもしれねえよ」
「なに思い詰めたトーンで最低なこと言ってんだ。いくら美人だろうと、キスする距離感じゃピントがずれてなにがなんだか分からねえだろ。それに、そこまでいけばその子が可愛いよりも、まず性欲が勝るだろ。容姿なんてどうでもいいって思うだろうが。
とにかく触れ合いたい……極論、人間の温度感があれば人間でなくともいいってことになる。脳が勘違いすれば、理解していることが事実になるってことだ」
「偉そうに……お前だって童貞のくせに」
「あーそうだぜ、全てが想像だが、それがなにか?」
知り合いは多いが、恋もしたことがなく、お付き合いの一人も性交渉もねえが、だからなんだ? それ間違ってるぜ、とお前が言わない以上は、俺の意見だって間違いにはならねえだろ。
俺より先に童貞を捨てる機会を俺が与えてやってんだから、さっさと決めろ――こういうチャンスを逃し続けていると、ランクを下げてもお前は一生、結婚なんてできねえよ。
「惜しいんだよ……容姿以外は完璧で――」
「なら、容姿が変わればいいんだな?」
友人が、はぁ? と俺を見る。容姿が変わる、それすなわち、人が変わることを意味しているが、古い時代ならまだしも、今は令和だぜ?
科学である程度のことは実現できてしまう時代になっている。
仮面をはめる程度の対策じゃねえよ。お前好みの容姿を彼女に貼り付けることで、その子の容姿が違和感なく好みの容姿になる技術がある――そう、ARだ。
VRに近いが、ヘルメットを被るとかゴーグルをはめるとか、それだと屋台に売られているお面と同じだろ……、だからそうじゃない。
コンタクトレンズほどまで小さくしたARのカメラ技術を両目に付けることで――、彼女を登録し、常に彼女の容姿を隠すようにお前好みの容姿のスタンプを貼り付けたままにしておけば……、簡単に元々の容姿を隠すことができる。
そして、その貼り付けられた新しい容姿は違和感なく彼女に合わせて動く……、ヘルメットでもゴーグルでもないため、日常生活を送りながら、その状態こそが当たり前になっていく――唯一の障害がこれで取り除かれたも同然だろ?
「そんな技術が……? けど確かに、メンテナンスは必要だけど、俺の不満を解消してくれる方法はそれしかねえかもな……——それだ! それでいこう! これなら妥協する必要もねえ!」
「あらあらまあまあ、人の容姿のことをぼろくそに言ってくれましたわねえ……」
と、お手洗いから戻ってきていたあの子が、数分前から友人の後ろに立っていた。
いつ気づくのかな、と思っていれば、結局こいつは声をかけられるまで気づかなかったな……周りが見えていない。
ほんと、一直線に、目の前にあることしか見えてねえやつだ……、それも美点だけどな。
「え!? ……う、いや、あの……」
彼女は、ふん、と不満さを出しながらも、そこまで怒っているわけでもなく、席につく。
容姿が劣っていると言われているが、しかし逆に言えば、それ以外は完璧なのだ。理想そのものだ、と言われて嬉しくないわけがなかったのだ……。
容姿を貶されてプラスとマイナスが相殺されて……、ぎりぎり、マイナスが勝ったからこそ、ちょっと不満顔、なんだろうか。
ぷく、と頬を膨らませている……、可愛いじゃん。
ようするに、人の容姿なんて見慣れているかどうかじゃねえの?
「そのコンタクトレンズ、わたしも使います」
「ん、お互いに好みの容姿を相手に貼り付けて、お付き合いしてみるってことか? 構わないが……、容姿だけがネックなら、もう結婚まで一直線なんじゃないか?」
「かもしれませんね」
と、女の子の方は乗り気だった。だが友人の方は……、
彼女の怒り方に少しの違和感を抱いたのか、申し訳なさよりも怖さを感じているようだった。
「結婚しましょう」
「え?」
「おー、良かったじゃん。これでお前も既婚者だぜ」
「いや、あの……」
戸惑う友人の両手を、ガッ、と掴んで、女の子が微笑む。
「わたしの理想の顔をあなたに貼り付けますけど、遺影の時はどうします?
どっちの顔の写真を飾るべきですかね?」
裏表ではなく。
本当に、一人に二つの顔がある時代がやってくるのかもな。
―― おわり ――
AR補助結婚 渡貫とゐち @josho
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