第36話

* 岡引探偵事務所


 1件目の身代金は父と二人で、お年寄りの観光旅行の方の間に紛れて、私がダミーのバッグを持って、父が張りぼてのバッグを持って並んで歩いて、私がバッグの隣に偽物を置いてから、父が張りぼてを本物のバッグに被せてバッグごと持ち上げて歩いたんです。

 本堂の横で空の大きなキャリーバッグを持った母が待っていて、私たちが行ったら、蓋を開けて張りぼてごとバッグを収納して、後は引きずって車まで行って、下田へ運びました。

完璧にうまくいきました」

「そうよなあ、警察も、報道の十勝川もみんな騙された」

「ふふ、あの時、田鹿浦が告白さえしていたらと今でも思います。

2件目の誘拐は大雪山美鈴さんが言った通りです。睡眠スプレーを使いました。意外にすぐ寝てくれたので良かったです。

あの時は、バルドローンを使ったんです。でも、晴れていたら逃げられないと思って、天気予報で雨の日、それも結構酷い、そういう日を選びました」

「雨降らなかったらどうしたの?」

「その時は中止です。何回でもやり直しはきくんで」

「なるほど。よく考えついたなあ」一心は真面目に感心する。

「私、余り練習してないから怖かったんですけど、頑張りました」

「えっ、あれお父さんじゃないの?」

「私も、初めそう思ってたんです。でも、練習で飛ぼうとした時、父が「無理無理無理無理・・・」って言い続けて、仕方ないから私がやる事に」

「いやあ、私、高所は怖いんです。初めて知りました」彰さんは高所恐怖症だったのかと一心は納得。

「それで、バッグの手のところにGPS発信装置を縫い込んで、見えなくてもいけるようにしてたんです。拾って校舎の屋上で、おおきな袋に現金を移し替えて、下田まで飛んだんです。バッテリーがギリギリでした」

「片道200キロくらいはあるからね」

「三件目の誘拐は大峰真理愛さんが話したとおりです。身代金は高速道路の橋から落とす事にしたんです。でも、印は失敗でした。それでわかっちゃったんですもんね。

 警察は橋の下流しか捜査しないという賭けでした。ウィンチと水中スクーターでうまく奪取できました」

「ウィンチは重いから現場に残したの?」

「そうです。もう使わないし。指紋なんか残してないし。足跡は私も母も23センチの靴履いてたんですけど、靴を履いたまま27センチの靴を履いて、足跡誤魔化したんです」

「警察もその可能性を指摘していたな。足先の沈み込みが浅いと言って」

「なるほど、それは思いつきませんでした。板でも敷いてから履けば良かったですね」

「麗衣さん、もうやらないんだからそれは考えなくていいでしょ」

「あっ、ごめんなさい。えっと、四件目は大分寺葵さんね、いや、その前に国会議事堂ですね。あれは、最初から何もする計画はなかったんです。煙だして、奪うチャンスはあるよって見せかけだけでした。どっちかというと、狙いは、田鹿浦宝蔵に絡んで国会運営にまで迷惑をかける事でした。そうすると宝蔵は立場がなくなる。それが狙いでした」

「う〜む」一心は唸る。

「大したもんだ、あの時は警察も全員間違っても国会議員に何か起きたら大変だ、しか考えていなかった。その狙いを思ったやつは一人もいなかった。だが、結果は麗衣さんの思い通り、田鹿浦が党首から注意を受ける事になった」一心は深慮に感心するしかなかった。

そして、一心は宝蔵の殺害予告について質問すると

「あ〜、あれも脅しただけです」

「えっ、でも、ホテルに屋上のタンクがどうのとかガスがどうのとか、メモ送ったよね」

「そのメモは当てずっぽうです。多分そうじゃないかと思っただけです」麗衣さんはケロリとして言うので、また一心は驚かされた。

「そうなの、それで宝蔵は貧血起こして倒れたんだよ。防毒マスクとか水とか大量に用意したんだ。まったく、麗衣ちゃんは度胸があると言うか、ご両親には似つかわしくな・・・」そこまで言って両親に睨まれ、一心は咳払いして「ごめん、次話して」と締めた。

「はい、5件目の妹の誘拐は、兄を殺されたく無かったら、トイレで着替えて変装して正面玄関までこいと脅したんです。紬さんの言ってた通りです」

「あの時身代金を要求しなかったのは?」

「あとバッグ二つ入る予定があって、もうお金はいっぱい取ったから保管場所に困るし、それに奪取方法を考えるの面倒で」

「えっ、そんな理由?」

「はい、そうです」

「俺、色々考えちゃって、それも山陽家を疑う要素になったんだ。でも、関係なかったのか、なあんだ」一心は自分の考えが外れたことにショックを受ける。

「6件目の弟の蒼太の時は妹が・・と言って、馬道通りの車まで来させて、スプレーで寝かせました。本人の言う通りです。

7件目の大分寺葵さんの時は、もう奪取方法を思いつけなくって、父がじゃあ身代金を置きに行く前に奪ったら?、というのをヒントに考えました。バッグをクルーザーに積んだら、刑事は離れると予想して、操縦士と大分寺のお爺ちゃんだけになったら決行しようと決めていたんです」

「なるほどね、必ずやるんじゃなくて、状況を見て決行ね。かつて無い犯行だなあ」

「で、車の偽のナンバーをつけて監視カメラを幾つか通ったら、脇道に入ってそれを外して、堂々と国道を走る。それで上手く行ったんです」

「ナンバーは誰が作ったの?」

「・・あれは、捨ててあった車のを盗んだ。ことにして下さい」

「迷惑がかかる?かな」

「はい、それだけは言えません。作ること自体が犯罪になりかねないので」

「どうだ、警部犯罪か?」

「そうね、少なくとも道路車両輸送法に引っかかるわねえ」

「そうか、じゃ盗んだことで、な警部」

警部は両手を広げ首を傾げる。

「8件目の爆発は、私と父で下水道管の中に爆弾を押し込んで、タイマーで爆発させたんです。想定通りの規模でした」

「この事件だけ死人が出たかもしれない。どうしてそんな危険な事を?」

「賭けです。家の一部を爆破することで宝蔵に脅しをかけたかった。誘拐だけでは甘いと考えたんです。自分の身に迫らないと、彼は知らんぷりをする。

 爆弾はネットで勉強して事前に材料を集めておいてテストも下田でしてから実行したんですが、父もマンホールの中は入ったことなかったんで、えいやあって感じでした。でも怪我人でなくて良かったです」

「そうだな、危なかったがな」

「都地川源は総見幸子さんの家の周りを調べていたので、誘拐して問い詰めたんです。白状したと思ったら、逃げられて、追ったら崖の方へ走るので、崖だ!って叫んだのに、あのひと聞かないで落ちちゃった」

「殺害の意図は無かったの?」

「え〜、終わったら、眠らせて、夜、都内のどっかの飲み屋街に捨てようって話してたんです」

「なるほど、本人も夢かと思う?いやあ、思わないようなあ」

「でも、下田の場所さえ分からなかったらそれで良いんです」

「そうだな」

「そして、宝蔵が蒼太さんの殺害シーンを見てようやく告白する気になった。私も両親もこれで終わりだと思った」


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