第33話

*  静岡県 下田市


 警視庁の万十川課長は、被害者の話とワンボックスカーに残されていたナビの走行履歴から目星を付けて下田へ向かった。

海岸線の国道を走って、熱海、伊東を抜けて下田の町に着いたのは出発から3時間余り経過した午後1時過ぎだった。町を1キロほど過ぎたあたりから山へ入るのだが、その先の方から消防のサイレンが聞こえてきた。

 目的地に近づくにつれそれは大きくなり、そして消えた。その代わりに真っ赤な炎と黒煙がもうもうと立ち上っている。万十川はパトカーを停めて消防の指揮車で話を聞くと、近所のひとが爆発音があって窓から外を見ると炎が見えたので119番した、との事だった。


 万十川は鎮火を待つしか無かった。

犯人が証拠隠滅を図ったのは明らかだった。一歩遅かった、と悔しがった。


 それから2時間半、通報があってから3時間後に火災は鎮火した。

 消防と警視庁の鑑識と協力して現場検証を行った。住宅は柱程度しか残っていない。ガソリンの匂いがした。消防に確認すると、車庫内に様々な機械があるがすべてガソリンをかけた上で火を放ったようだとの事だった。

 行ってみると、床の上に車のナンバープレートが残されていた。「横浜33み917」と読めた。千葉のヨットハーバー付近で監視カメラに写っていたナンバーだった。

裏に磁石のついた偽装ナンバープレートだった。検問にかからない理由がはっきりした。

 岡引探偵のバルドローンのようなものも骨組みだけを残してあった。ワンボックスもかなり燃えたが、ナンバーは読める「伊豆33せ358」だ。部下にこの番号の問い合わせを指示した。国営放送局へ被害者が乗ってきたワンボックスと2台使っていたことになる。あっちの車番は偽装だった。こっちもそうかなとは思ったが確認は必要だ。

水中スクーターが2台ある。スクリュウの羽根が焼け焦げひん曲がった状態で辛うじて残っていた。

 犯人に結びつく指紋や毛髪は発見されないだろうと考えた。付近へ聞き込みに行かせた。

 住宅の所有者が樺山義則だと報告された。

万十川は何処かで聞いた名と記憶を探ったが、思い出せなかった。

 車は総見幸子の所有だった。しかし、本人はアメリカのはずだ。

 万十川は総見幸子の周りに田鹿浦を怨んでいる人間がいるはずだと確信した。あるいは、総見幸子の言うことなら、どんなことでも実行するような関係の人間が。

もう一度総見幸子に絞った捜査をしようと考え、本庁に戻ることにした。


* 岡引探偵事務所


 8月5日月曜日、一心は、丘頭警部から下田の隠れ家の火災の知らせなどを聞いていた。住宅の所有は樺山義則(かばやま・よしのり)といった。総見幸子の旧姓が樺山で、その父親が義則だった。車庫にあったワンボックスは総見幸子名義だった。

 警察は、総見幸子を指名手配し、アメリカに捜査員を送ったようだ。

今は、総見幸子の周辺にいるだろう実行犯を捜索している、とのことだった。

. 

 警察のこれまでの調べで、名前の上がっていた関係者は、アリバイが全く無い人間もいない。逆に、全てにアリバイのある人間もいなかった。複数犯だとすれば何らかのつながりがあるはずだが、浮かんでこなかった。

勿論、総見幸子とのつながりも無い。

 総見証券の株式を保有しているだけでは、関係者とは言えないと警察は考えているようだ。

 万十川課長が、実行者がどうしても浮かんでこないことに頭を痛めている、と丘頭警部は言う。


 一心はもう一度警視庁に保管されている証拠品を見せてもらえないか訊いてみる。

「どうして今更見たいの?」という丘頭警部に一心は「何か引っ掛かっているんだが、何か分からないんだ。だからもう一度、一から考え直したい」そう応じた。

警部が課長に電話を入れ訊いてくれた。

「一心、良いそうだ。私も行くかな」

それで静と数馬、一助も加わった。

 美紗は川でバッグを奪われた件で、高速道路のカメラの映像と関係者の車や顔とを照合する、そのためのソフトがようやくできたらしい。その作業があるので行けないと言う。

 五人で警視庁へ向かった。


* 警視庁の証拠品保管室


 保管室に入ると、端から一つ一つ手にとって見る一心。新聞紙は全国紙と都民紙で日付は、使われた日のひと月以内のもの。二つ新聞を取っている人間か。メディアは一個千円を少し超えるもので、数種類が混じっている。

 メモ用紙には前のページで書いた文字の跡が残されている。警部に聞くと、前の脅迫状の内容と一致した、とのこと。

足跡は全部27センチ。ただ、足跡によって、つま先部分の地面の沈み具合が浅いものがある。つまり小さい足の人間が履いた可能性もあるという事だ。ただ27センチの人が履いても、つま先を意識して持ち上げて歩くと、同じ跡が残るという事だった。

 似顔絵が総見幸子に似ているのは、本人がアメリカに行く前にそれぞれの家に行ったのだろうと警察は見ている、と警部は言う。

ただ、偽名と考えられている大河原沖子は総見幸子ではない。既に、アメリカへ行った後でネット購入品を受け取っている。警察は黒子以外は普通の顔立ちだから、黒子さえつければ誤魔化しはきくと判断している。

 重石はどうと言うことのない、よく見る形状だ。

「ちょっと、待っとくれやす」静が一心の袖を引く。

「どうした?」

「この重石。実際に使ってたもんちゃうかな?」

「えっ、どうして?」

「傷があちこちにあるさかい、そなおもーたんや、ちょっと、ビニール開けてもよろしやろか?」そう言って警部を見る。

「良いけど、直接手で触らないでね」

「へい」そう返事をしビニールのファスナーを引いて、鼻を当てる。

「あら、漬けもんの匂いや、良い匂い。でも、どっかで嗅いだことおますなあ・・」

「警部はん、この匂いの元分析できますやろか?」

「警部もビニールの口に鼻を当てる。本当だなあ、誰も気付かなかった。分析させよう」

警部は部下にそれを持たせ鑑識に行かせた。

「ほな、後で、あてが漬物持ってくるさかい、それも分析お願いできますやろか?」

「静!同じ匂いのもの持ってるのか?」警部が驚いて静を見つめる。

「いえ〜、匂いが近いかなおもてん」

「わかった。後で、うちの誰か事務所にやるわ。誰のだ?」警部は目を輝かせて静に問う。

「いやあ、あてずっぽやから、まだ言えへん」

「まあ良いわ。それは後でね」警部はちょっと気落ちしたように肩を落とした。

 それから自動車道の壁のマークに使われた赤ペンキ。それは大量に出回っているもので特徴的なことは無いらしい。

「一心どうだ?なんか気になるか?」

「分からん。帰ろう」

 特段に新たな発見は無かった。犯人は新聞を2紙取っている可能性がある。と言うくらいだ。


* 岡引探偵事務所


 事務所に戻って暫くして浅草所の刑事がきた。何回か一緒に捜査したことのある佐藤刑事だ。静が漬物をタッパーに入れて渡す。

「難儀をかけやす。よろしゅう、おたのもうします」

佐藤刑事は蓋を少し開けて「あ〜良い匂い。腹へる〜」そう言いながら持って行った。


 その後、丘頭警部から鑑識に回したという報告と、主犯は総見幸子だと判断したという報告があった。


 8月12日月曜日、丘頭警部から報告があった。

「漬物が一致した。同じものだ。誰のだ?」警部の声に力が篭っていて、直ぐにでもその持ち主を引っ張りたいという気持ちが溢れていた。

「警部、それちょっと俺に預けていてくれ、他にも色々あるんだ」

「そう、それなら待つけど、長くは待てないわよ。それと、アメリカから報告きて、総見幸子さんは重体で会話もあまりできないようなの。それで、犯行は自分には関係のないところで、勝手に私の家とか車を使ったんじゃないか。そう言ったらしいのよ。それ以上話そうとしたら、ドクターストップ。捜査員は、まだアメリカに残るみたいだけど。本人から犯人の名前は出そうにないなぁ。万十川課長もがっかりしてる」警部はあと一歩と感じているようだが、そこから先へ進めないもどかしさを感じているようだ。

「そうか、わかった。ありがとう。連絡入れるわ」

「そうね、頼むわよ」


その後一心は美紗を呼ぶ。

「どうした?一心」

「なあ、山陽の母さんの顔に黒子付けて、総見幸子とくらべたいんだけど、頼めるか?」

「えっ、どういう事?」

「そういう事だ」

「わかった。やってみる」

「そういえば、高速道路は?マッチングやってんのか?」

「うん、今、前日分やってるから、今日中には全部終わるよ」

「おー待ってるぞ」

「おー」


 それから二日後、丘頭警部から、総見幸子が亡くなったと報告があった。

 美紗が高速道路を走っていた車を見つけたと言ってきた。当日の朝の6時に現場について、橋に印を付けて、待機していたのだろう。警察では見つけられないはずの人物だった。

 美紗に加工してもらった似顔絵は事件に関係した人の顔に酷似したものになった。

 午後から丘頭警部に事務所で全てを明らかにするから来てくれ。と伝えた。


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