第31話

* 千代田区の国営放送局


 8月3日になった。警察は殺人を予告された国土交通省の上山田誠一次官と戸田一戸田証券会社社長の警護に必死になっていた。

 田鹿浦宝蔵が全てを告白した日に予告状が届いた。だから、告白を知らない犯人が先に予告状を出したのではないか、と言うのが多数の意見だった。

しかし、万一があるから、と言う理由でその二人には1週間24時間警護をつけることにした。6名ずつが半日交代する。家族にも一応2名の24時間警護がついた。十勝川キャップは警視庁の万十川課長からそう聞かされていた。

 十勝川はそのことより田鹿浦の娘、紬さんが心配だった。もう、殺害を止める手立てはない。一日一日祈っていた。



 午前11時過ぎ、国営放送局の玄関前に一台のワンボックスが止まった。スライドドアが開いて、若者がぞろぞろと降りた。皆んな手に重たそうにバッグをもっていた。そして、玄関を通って受付に十勝川さんに会いたいと言った。受付がどちら様ですか?と訊くと。

誘拐されていた人間です。そう右手の小指に包帯を巻いている女性が答えた。

受付は驚いて、十勝川に内線電話を入れ、その旨を話す。

 受付嬢は一階の応接室に案内した。



 十勝川の頭の中は混乱した。冗談なのか?殺害されたはずの人たち?それとも田鹿浦の娘の紬さんに友人でも付き添ってきたのか?色々頭を過るが正解は行ってみないと、と焦った。

 十勝川が応接に入ると。死んでいる筈の女性たち、男性は田鹿浦蒼太だ!間違いない!どういうことだ?

「え〜!あなた方、殺害されたはずじゃ?」

最初に口を開いたのは、最初に殺害されたはずの、山陽麗衣だった。右手の小指は包帯で巻かれて痛々しい。

「私たち、殺されてはいなかったんです。動画は、犯人に殺害される演技をしないと本当に殺す。そう言われて必死に演技したんです。私はちょっと拒んだら裸にされて指を切断されました。それで犯人は本気だと知って怖くなって、殺されるよりいいかと思って・・・」

「ちょっと、確認させて、あなたが、山陽麗衣さんね、隣は、大雪山美鈴さんね、そして大峰真理愛さん、大分寺葵さんで、貴方が田鹿浦紬さんと蒼太さんね。全員いるね。本当なのね。みんな、生きてるのね!・・ぅわ〜あ〜・・良かったあ〜。ごめんね泣いたりして。嬉しくって、ご両親とかには連絡した?」両手でかおを覆って十勝川は心から泣いた。喜びの涙だった。

「まだ」誰かが答えた。

涙を拭いて、じゃあ、と十勝川の携帯を渡して順番にかけなさいと預けた。そして自分は先ず、報道課の高瀬にカメラ、マイクをすぐ一階応接に、と指示した。全員が無事で帰ってきた、と速報で流せと指示した。次に佐伯部長にその旨を告げ、それから警視庁の万十川課長に電話を入れた。

驚いた課長はすぐ来ると言った。

それから岡引探偵事務所にも一報を入れた。一心もすぐ来るといった。

「皆んな、食事は?お風呂は?着替えは?」

「あの〜まだお名前も聞いてないんですが?」

「あっ、御免なさい。私、びっくりしちゃって、十勝川洋郁という報道の責任者です。で、どうなの?」

山陽麗衣が答える。

「お腹空いてます。お風呂はほぼ毎日入れました。着替えも沢山あって結構取り替えたり洗濯したりね」他の女性らの顔を見回す。

「あっ、女性たちは一応病院行った方が良いかな?」

「えっ、体調はなんともないですよ。食事も肉野菜豊富だったし、飲み物はアルコール以外沢山あった。ただ、誰かが逃げたら残った人が殺されるからね。逃げないでねって言われた」

「じゃあ、皆で逃げたら?」

「犯人が何かしに出かける時には、必ず一人だけ連れていかれるの。二人の事もあったけど」

「でも、ほんと良かった。おばさん独身で子供いないけど、でも、今回わかった気がした。子供が誘拐されたら、親は本当に死ぬんじゃないかと思うくらい、心配してた。動画見せられて、みなさん号泣だったのよ。」

「でも、田鹿浦宝蔵だけは違った。蒼太が殺されるって言うのに、自分の悪を認めようとしなかった」山陽麗衣が冷たい眼差しで言う。

「そうね、でも、あの動画は最後まで見れなかったようよ。そして後悔したんじゃない、せめて娘だけでも助けたいと、警察に出頭したのよ。その時には涙を見せたそうよ」


 話をしていると、親や祖父母などが走り込んできて、子供、孫に抱きついて号泣している。

万十川課長も来て泣いている。本当に良かったと十勝川に目顔で話しかける。

十勝川も頷いてまた泣く。

30分して、一様健康診断をするように課長が促した。その後、事情聴取があるという。

 皆んなは、持っていたバッグを課長に渡す「身代金です」そう言葉を添えた。

課長もそばにいた十勝川もびっくりした。

これじゃ、田鹿浦に白状させるためだけに誘拐したのか?金も眼中にはないと言うことか。

 十勝川は課長に皆に食事をと頼んだ。

 田鹿浦朝子が髪の毛を振り乱して、涙か鼻水かよだれか、顔中に貼り付けてバタバタと走ってきた。二人の子供を見つけ、大声で名を呼び、号泣しながら駆け寄る。そして、手や足や顔や身体を触って確認している。指一本一本確認して、それからまた号泣している。


 十勝川は10階の食堂に行くように皆を促す。親子は抱き合ったままエレベーターに乗ってゆく。

 十勝川はこれで事件が全て解決した様な錯覚に落ち込んでいた。

 それから岡引一心と静と子供が三人やってきた。みんな、笑顔だ。握手を求められた。それでまた泣いた。一心の家族も皆泣いている。

 凄惨な誘拐事件だと思っていて、苦しかったのに、こんなに晴れ晴れした結末になるなんて・・そんな会話を探偵としていたら、

「これで終わりじゃない。これからが本番だ!犯人は何があっても逮捕する」課長は厳しい言い方をした、が、泣いている。

「山陽麗衣さんの指は?」一心が尋ねる。

「あれは本当だった。指は無くなっていた」

十勝川が答えると、一心は首を捻る。

「どうかしたのか?」そう十勝川が訊く。

「何かおかしくないか?」と一心。

「えっ何が?」

「いや、ゆっくり帰って考えるわ」

「あれ、無事な顔見てかないの?」

「あんたら見たら、それで十分だ。俺も犯人を追い詰める」

そう言い残して探偵一家は帰って行った。

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