第30話

* 警視庁の捜査一課


 田鹿浦宝蔵が警視庁の万十川課長のところへやってきた。応接室に案内した。

万十川は期待していた。昨夜、田鹿浦は息子の蒼太の泣き叫ぶ姿を見せつけられた。殺された一瞬は見ていられず、部屋を飛び出していた。そして、動画の最後には明日は娘だという言葉に恐怖を覚えたようだ。顔色を失い、震えていた。そして泣いていた。

 それだけではない、金山真一の日記も見せた。田鹿浦宝蔵と都地川源の実名が書かれている日記だ。それをみて田鹿浦は青ざめていた。金山から恋人総見幸子にだした手紙も見せた。都地川の告白もあった。大山金属や土台建設、総見証券の工作もその協力者に告白された。 

 これだけ揃って、まだ悪事は無いとするなら、娘さんは可哀想だが殺されてしまう。

次がまだあるかもしれない、田鹿浦自身か妻の朝子か、犯人を特定できていない以上、止めるのは難しい。

 これまでも何回も身代金を奪取されている。

万十川は祈っていた。

 警視庁副総監と刑事部長もきた。

9時半、田鹿浦宝蔵が青ざめた顔で副総監の方に目をやり、話し始める。

「10時から記者会見を開いてくれ。そこで、全てを話す。これ以上子供を失いたくない。色々な証拠資料を見せられた。それを否定するだけの証拠を持っていない。五つのヒントをひとつずつ話す。それを報道してくれ。娘だけでも救いたい」

万十川が確認しようと田鹿浦に問いかける。

「それは娘さんを助けるために、悪事を認める記者会見をする、と言うことなんですか?それとも、事実を話すということなんですか?」

「証拠に基づいた事実、ということだ」

「例えば、銀野供子さんの事故。証言等によれば、あなたの指示で都地川が車で撥ねたなら、あなたに殺人教唆の疑いがあり、逮捕されるかもしれませんが、その時あなたは反論するのですか?」

「いいだろう、逮捕されよう」

「反論は?」

「しない」

「覚悟したということですか?議員も辞職せざるを得なくなると思いますが?」

「もう、党首から辞職を勧告されておる」

「そうですか。今の会話も録画されてますが宜しいですね」

「んー、そうか、・・」頷いた。

大急ぎで、会場の準備と報道関係への周知が行われた。


* 警視庁の記者会見場


 時刻になって司会者が会見の開始を告げ、田鹿浦宝蔵が席について語り始める。

「この会見は、娘の紬を救う意味も有るので、すべて報道願いたいので、よろしくお願いする。

 先ず、ヒントの一つ目、金山真一の自殺についてだが、いじめたのは、田鹿浦宝蔵と都地川源。小学校ではせいぜい消しゴム隠しくらいだった。年毎にエスカレートして中学時代には万引きさせたり、暴力もあった。ラブレターを勝手に書いて渡したり、川に投げ込んだ事もあった。そして16歳高校生になってすぐ、彼女の総見幸子を連れて夜中に倉庫へこいと言った。幸子に悪戯するつもりだったが、来なかった。次の日、金山が総見を救うため自殺したようだと知った。やばいと思って父親に話して、議員の権力と金で、先生や教育委員会、警察を黙らせた。これがヒント1のすべてだ。

 二つ目の銀野供子の事故について、お腹の子の父親は田鹿浦宝蔵に間違いない。堕ろせと言ったが、嫌だという。頑として産むと言う。それで、父親に話したら、選挙の時期に何をやってる、息子のスキャンダルで親に迷惑かけるのか、と怒鳴られ、自分でなんとか処理すれと言われた。それで都地川と相談して、事故に見せかけて撥ねることにした。3百万円渡して我慢して刑務所に入ってくれと言ったんだ。そして事故が起きた。出所後は仕事も探してやったり繋がりは続いていた。

これがヒントの二つめの事実だ。

 三つ目の大山金属の吸収について、もう警察の捜査で概ね分かっているようだが、先々有望な企業だったので欲しかった。それで、悪評を流した。それには弁護士に彼の告白通りのことを頼んだ。そして資金不足にして融資をし、返済を迫って乗っ取った。都地川との計画通りだった。

 四つ目の土台建設について、地域に根付いた会社だった。田鹿浦貿易も不動産に手を出したが、地域に詳しい土台建設が欲しくなった。それで大山と同じ手で乗っ取りを企てて、上手く成功させた。大峰大河の告白も事実だ。

 五つ目の総見証券があの総見幸子の会社だとは始め気がつかなかった。営業で若い証券マンがディスクロジャー誌を見せてくれた。そこに面影のある総見幸子を見つけた。営業マンに訊くと義理の親が引き継いだ証券会社を幸子が継いだと聞いた。それで、乗っ取りを企て、また悪評を流して株価を下げ、株主が迷っているところへ、価格を少し高く提示し、また議員の力で仕事が増えるように考慮すると言って、株式を買い集めた。総見も抵抗していたようだが、資金力にものを言わせて、最終的には50%を超えて買った。

それで、株主総会で社長の退任を迫り、田鹿浦の親戚を社長に据えた。

以降、業績がパッとせず、株価も下がったが、それはどうでもよかった。

 これで、全て話した。以上だ・・

最後に、この件の責任をとり私は議員を辞職することといたしました。貿易会社の社長も辞任するつもりであります」

田鹿浦の告白が終わった。


記者から質問される。

「どうして最初の山陽麗衣さんが誘拐された時にすぐ告白しなかったのですか?」

「相手がどう考えているのか分からないし、まさか、無関係の女性を殺すとは思わず。脅しだろうと思っていた」

「二人目の犠牲者大雪山美鈴さんの時はどうです?」

「同じことを考えていた」

「田鹿浦さん、おかしく無いですか、一人目の犠牲者が出たことで、脅しでないことは分かっていたじゃないですか?」

「そうだが、その時はまさか二人もという思いもあった」

「女性の命より保身を重視した。そういう事ですね」

「そうじゃない。命は一番大事だ。が、自分には国政という大きな責任が与えられている」

「ということは、命より貴方には大切なものがあるって事じゃ無いですか」

「責任をいかに重要視しているか、国政に携わるものの決意と思ってもらいたい」

「言葉を変えても、同じだ!命より保身と考えていたと言ったらどうですか?」

「そう捉えられても仕方ないと思っている」

「貴方は三人目の大峰真理愛さんの時は、ジャパン・エステート社長の大峰大河さんが悪事を認めて告白したのに、貴方は認めようとはしなかった。そのせいで真理愛さんは殺害されたんですよ。それをどう思ってるんですか?」

「気の毒な事をしたと思っている。大峰が告白したので真理愛さんは解放されると思ったんだ」

「可愛いお孫さんを失った大峰大河さんに貴方は、事務所に呼びつけて、脅迫されたから告白したと言え、そう迫ったそうじゃないですか。どうしてそんなことをしたんですか?」

「そういう意味で彼に言ったんじゃない。話すなら一緒にというつもりで話したんだ。今となっては申し訳ないと思う」

「大峰さんの話と全然違います。脅されたと言ってますよ」

「それは、言い方、聞き方の違いだと思います」

「さらに大分寺葵さんも殺害されています。犯人が一番悪いとは知りながらも、保身のために口をつぐんでいる貴方を、世間は許さなと思いますよ。その時はどう思っていたんですか?被害者は顧問弁護士の先生のお孫さんですよ!大分寺先生も自身が加担した悪事を告白しています」

「分かっている。決心がつかなかったんだ。保身と言われてもしようがないと思っている」

「さらに、息子さんの蒼太さんまで殺害されました」

「・・・可哀想な事をしてしまった。後悔してます」

初めて田鹿浦宝蔵が涙を見せた。

「犯人の心当たりは?」と聞かれ

「都地川に探させようとしたが、事故で死んでしまったので、皆目見当はついていないが、ヒントの中に犯人はいるのでは?と思っている」


 その後昼を過ぎても田鹿浦への詰問は続いていた。

 万十川はこれで紬さんは救われると思った。後は、殺人鬼の誘拐犯を捕えることに専念しようと決意を新たにしていた。

 万十川が会場を後にしようとしたとき、国営放送局の十勝川キャップから電話が入った。

封書が届いて、国土交通省の上山田誠一(かみやまだ・せいいち)次官と戸田証券会社社長の戸田一(とだ・はじめ)の1週間以内での殺害予告が入った、と伝えられた。

 万十川は急いで司会者のところへ行って、そのメモを読ませた。コピーを記者に配る。

記者から「田鹿浦さん!まだ悪事があるようですね!被害者がどんどん増える。全部、吐いたらどうなんですか!」

記者が刑事の口調になっている。


 そして、田鹿浦も司会者も会見を終わると告げていないのに、報道陣は一斉に席を後にした。

 それからの各報道機関のニュース番組ではすべてその話題を取り上げていた。

 残された、田鹿浦宝蔵は俯いたまま席を立とうとしなかった。

 万十川も捜査課の自席に戻った。

この後、田鹿浦は取調室でヒント1と2について事情を訊かれることになっている。

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