第29話

* 群馬県沼田市


 一心は大山道三の両親と、同居している道三の妻操を訪ねて、群馬県の沼田市へ向かった。上野から上越新幹線を使って、高崎駅まで行って、そのあと上越線で沼田まで行く2時間ほどの旅になった。

 駅からはタクシーで住所を伝え連れて行ってもらう。両親とも健在だが高齢で、誘拐事件には関わっていないとは思ったが、一心の知らない情報が得られるかもしれない。

 昼飯を近くで食べて、1時頃着いた。

年を重ねた戸建の住宅。小さな庭に花の域と野菜の域が綺麗に分けられて、雑草も小まめに取っているのだろう、ほとんど生えていない。

 茶の間は老夫婦の部屋を思わせる雰囲気の中に、穏やかな夫婦の人柄が滲んでいる。

 4人でテーブルを囲んで座布団に座り、お茶を啜りながら話を訊くと、道三の妻は金属化工場で働いている。今日は午前中だけの勤務だったようだ。

 夫妻には娘さんが一人いて今は結婚して名古屋にいるという。旦那さんは自動車会社の整備士をしている。

 操夫人に事件との関わりについて訊くと、2カ月に一度くらいは東京へ出るらしいが、もう、旦那のことは忘れたという。それでも奥の部屋には仏壇があって、庭から摘んできたのだろう真新しい花が飾られ、果物やお酒も添えられている。一心も手土産のお菓子を供えて手を合わせた。

 会社が吸収される前には悪い噂が取引先に流れたが、吸収されたらパタっと無くなった、と言って何か納得できないものがあると言う。

 今は、働かないと食っていけないと言って、誘拐事件のことは余り気に掛けていないようだ。旦那の会社の名前がでたのでびっくりしたと言っている。以前に、報道関係の記者が何人か訊きにきたけど、今更話すことは無いといって返したようだ。

3、4年前に話を訊きにきた中年の女性がいたようだ。やはり顎の右下に大きな黒子があったと言う。

 怨んでいるかと訊くと、怨みはあると言う。楽じゃなかったけど一家で何とかやってて楽しみもあったと言う。

4月5月に東京へは?と尋ねると。5月の連休に名古屋の娘一家とデズニーランドへ行ったと言う。

 娘さんの住所と連絡先を聞いて辞去した。

一心は、バルドローンや爆弾、ウィンチ、防水バッグなど結構な金をかけている犯人とは、結びつかない気がした。

 妻の操には両親がおらず、義理の親に呼ばれて一緒に住むことにしたらしい。

その両親にしても子を失った悲しさを、操がいる事で救われていると語った。


* 千葉市


 同じ日、静はヒント4の土台建設社長の妻朱莉(しゅり)を訪ね千葉市まで来やした。

朱莉はんはスーパーの仕入れの仕事をしてやした。2時上がりやと言わはったので、2時半過ぎにアパートを訪ねやした。

 60歳とは思われへん、肌にハリがありやしてツヤツヤし背筋もぴっとしていてな、着ているものも40代の好む、5部袖のシンプルカジュアルなスリットの入ったTシャツにな、パンツにもスリットが入っているシンプルでハイウェストなものを組み合わせておました。パステルカラーで若々しい。髪も流行のマッシュショートヘア。

「奥さん若々しゅうて、お綺麗どすなあ」

「えっ、探偵さんでしたよね?言葉が」

「え〜、あて京都生まれどして・・」

「あーそれで、一瞬英語かと思っちゃった、ははは、ごめんなさい」

「いえー、かましまへん」

「で、土台のことかい?」

「へー、最近の誘拐事件の絡みで旦はんさんの名前でやしたさかい、驚きましたやろ?」

「そりゃまあ、もう忘れてたからねえ」

「合併になったときの経緯はお聞きやしたか?」

「うん、聞いたけど。結局、騙されってことなんでしょ。きっと」

「ほんですなあ。怨まれはったでしょ?」

「わたし、関係ないから。お金はあの人がやってたからさ。だけど、妻を捨てて行方不明ってどう思います?」

「そやなあ、あてには考えられへんなあ」

「そやろ、・・あっいけねえ、ことば移っちゃった、ははは、だから、どっちかって言えば、旦那のほうを怨むね、わたし」

「そうどすかあ、連絡は?」

「携帯も繋がらないし・・生きてるのか、死んでるのか。でもさ、今、2024年だから、あと3年で失踪宣告したら、保険金支払われるんだって。だからそれまでは頑張らないとね」そう言ってウィンクする。軽い。静はそない思おた。

「念のためにお聞きしやすが、4月13日土曜日と20日土曜日、5月11日土曜日はお仕事お休みどすか?」

「あ〜事件の日かい、土曜日、日曜日は絶対仕事さ、普段は裏方なんだけど、休みは忙しいからさ、レジの手伝いさ」

「なるほど、ほしたら4月10日水曜日とか、6月4日火曜日とか、27日月曜日とかはどうどっしゃろ?」

「随分、疑われるねえー奥さんは、40になったくらいかい?」そう言いながら押し入れからダンボール箱を引っ張り出して、中をゴソゴソ探さはっているような。

「えっ、ふふふ、まあ奥さん冗談がお上手やわー、もう、50超えておます。26の子おがおます」

「へえー着物姿も綺麗だもねえ、羨ましい」

「そないなことおまへんで、安もんの着物ばかりやし・・」

「ふーん、探偵って儲からんのか?」

「家族五人でやってますよって、しんどいですわ」

「お〜あったあった。はい、お待たせ、出勤簿」夫人がバサッと床に置いた。

静は手を伸ばしてそれを取って「はあ、おおきに。えっと、いつやったかいな、・・」手帳を見直す。

「いいよ、それ持ってきな。もう使うことないよって。じゃなくて、使うことないから。ははは、またやった」

「ふふふ、移りやすいどすな」

「でもさー京都弁てなんかあ、癒されるね。暇な時、遊びに来ない?」

「よろしゅおますのんかあ?」

「おー良いよ。わたし、友達多くないから、奥さんと話してたら癒されるのさ」

「へい、寄らさしてもらいまひょ。奥さんも浅草においでやす。おぶでも出しますよって」

「えっ、おぶって、水ってこと?」

「ふふふ、京都でおぶってお茶のこといいますねん」

「ははは、そうだよねえ、客にいきなり水出したらなんか失礼だよね。帰れって言ってるみたいで。昔の人は、確か、ほうき逆さに立てかけたら帰れ合図とか言ったよねえ」

「へえ、そうどすなあ。じゃ、あても逆さぼうき立てかけられる前に、今日はこれでおいとましますわ。また、お会いしまひょ」

「あんたは、まだいてくれて良いんだよ。帰すつもりで言ったんじゃないからさ」

「分かっておます。そろそろ帰って、まま食わさんと、ピーピーうるさいのが大勢おますのんや」

「ははは、母さんは忙しいな」

「あっ、おしまいに、この似顔絵見とくれやす」

大川原沖子の似顔絵をテーブルに置く。

「あ〜3年前だったかな。あんたと同じこと聞きにきたおばさんだわ。顎の下の大きな黒子、見覚えあるもん」

「そうどすか、ここへも来たんどすなあ」

「何?犯人か?」

「いえー、容疑者いうとこどすなあ」

「そうかあ、頑張ってな!」

「へえ、おおきに。ほなごめんやす」

帰りしな京都の漬物をお口汚しにと置いた。


* 被害者宅


 静は、帰り道都内に住む被害者の母親とか祖母に、京都の漬物を持って行きまひょと思おて歩いた。

山陽宅、大雪山宅、大峰宅、大分寺宅の順で回った。どの家庭も暗く沈み込みなはっていて、明るい話はできへん雰囲気やったけど、話の途中、母親が思わず口から京都弁が出たりして、笑いを誘ってな、そんな場面もあって、行った甲斐はあったんちゃうかな。と思う静どした。

 山陽はんのお母さんは漬物をつけなさるお人でな、数年前に北海道旅行で気に入って覚えたと言わはるはたはたの飯寿司をお土産にくれた。何かしてないと気が滅入って仕方がないので、と言って作りはったらしい。静も好物だ。ええ匂いやわ食そそわれますなぁ。


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