第27話
* 都地川源(とちがわ・げん)
7月13日、田鹿浦宝蔵から金を貰った以上、自殺した金山真一と自分が車で撥ねた銀野供子の身辺を洗わないと、また、奴に何こそ言われるか・・。都地川はぶつくさ考えながら、神奈川県との県境に近い町田市の住宅街にあるワンルームマンションで朝飯を食べていた。朝食と言っても、いつも朝はインスタントコーヒーに食パン4、5枚をかじるだけのもの。
自分の関知している金山の彼女だった総見を尋ねようと決めた。
彼女の家ならだいたい知ってるから、面倒な調査は要らない。
7月20日朝9時、江東区の総見幸子の自宅に向かう。
小田急線に乗って、総武線に乗り換え亀戸で降りて、タクシーで10分ほどで見覚えのある景色を見つけた。あとは歩いて住宅を探す。
程なく「総見」の表札を見つけた。早速、インターホンを押す・・・。応答が無く数回押した。やはり応答がなく、電気メーターが止まったままだ。ここには住んでいないってことだ。
数呼吸考えて、隣の家のインターホンを押した。出てきたおばさんに、親戚だと名乗り総見がどうしたのか訊いた。
数年前に海外へ行ったようだと伝えられた。旅行だと思ってたので、楽しんできて、と言って別れたきりだという。詳しくわからないから、2件向こう隣の水鬼(すいき)さんって家で聞いてみたら、仲良くしてたから知ってるかもしれない、と言われ一応礼をしてその家へ向かう。
歩いていると、ププッと後ろでクラクションが鳴る。
振り向くと若い姉ちゃんが、助手席から顔を出してこっちを見て手を振っている。
「なんか?」そう言うと。
「総見さんとこきたの?」と聞き返してきた。
「そ」と答えると「今、ここには住んでないの、行きたいならちょっと遠いから、乗せてあげるけど?」
そう言われて、運転手を見ると、とっちゃんが頭を下げている。
「じゃあ、申し訳ない」そう言ってスライドドアを開けて中へ入った途端に、口鼻に布を当てられた。
「何する!」と叫んだつもりだったが、その前に意識が消えて行った」
* 静岡県下田
ふと気がつく。身体が動かない。視界が広がると、住宅の一室。椅子に座っているが、手足を縛られ身体は椅子に括り付けられている。辺りを見回すと黒装束の三人の男?女かも知れない。
「誰だ?おれをどうする気だ!」恐怖心を威勢のいい声で誤魔化そうと大声で叫ぶ。
「少し喋ってくれ」男のまるで変声機でも通しているようなくぐもった声だ。
「何を?」と訊くと「金山真一をいじめたのは、田鹿浦と都地川お前ら二人だな!」と訊き返された。
「何言ってんだ!知らん。誰だ金山とか田鹿浦とか?」
黒装束の一人が都地川の首に紐を巻き付ける。そしてググッと締める。
「んっ、げっ、グッ・・」
紐が緩んだ。
「答えは?」
よく見ると、三人の後ろに若い女が4、5人いるようだ。多勢に無勢か。
返事をしないと、また、首が締まる。
「わ、わかった」それだけ言うのが精一杯だった。肩で息をする。
数呼吸してから。男の抑揚のない喋りは、本気を示している。殺されるかも知れない。そう思った。喋らなくても、喋ってもだ。
隙を見つけて逃げるしかないと決めた。
身体を縛り付けている紐は、ただ単純に、体と椅子をぐるぐる巻いているだけのようだ。抜ける。足だ。足を自由にしなければ走れない。
考えているうちにまた、締められる。
「ぐうぇ・・・わ、わかった・・」汗が全身から噴き出した。苦しい。ハアハアと息するのがやっとだ。
「金山と田鹿浦とおれは同級生で、小学校から一緒だった。金山はちょっと頭が良かったが、運動はからきしだった。おれたちは、体力だけだった。初めは、消しゴムを隠すくらいだったが、エスカレートして靴、鞄、それでも小学校では物を隠す程度だったが、中学校へ行くと腕力に物を言わせて、金を出させたり、万引きさせたり。殴るのが楽しかった。田鹿浦も笑いながら金山を殴っていた。橋から川の中へ落とした事もあった。中学の卒業間近になって、彼女が出来たらしい事を知った。同じ高校に入って間も無く、彼女を夜連れ出してこいと命じた。来たらやることは決まっていた、が、来なかった。夜中に電話しても電源が入っていないと返された。
それで、次の日、焼きを入れようと学校へ行ったら、金山が自殺したって先公が言った。やばい、と思ってビビった。先公がお前らいじめしてたのか?と迫ってきた、が、首は縦には振らなかった。
田鹿浦の親父が先公と親と金で決着つけてきた、そう田鹿浦から聞いた。それで、終わった。それだけだ。もう、離せ!」
また黒装束の男が迫る。
「銀野供子は田鹿浦宝蔵に頼まれて車で撥ねたのか?」
「あ〜そうだよー。堕ろせって言ったのに、産むって言うから悪いんだ。宝蔵から300万貰って撥ねた。俺はもう償ってるから関係ないからな」
そう喋っている間にシャツの袖に仕込んだナイフで手の紐を切った。そして、足の紐を解いた。
「わざわざ、蝶々結びにしていてくれて、ありがとさん!へへ」
都地川の手足があっという間に自由になった。そして身体を揺すりながら立ち上がると、スポッと身体を縛っていた紐から抜けた。
ナイフを犯人に向け、窓際まで下がって、後ろ手に窓を開けて外へ飛び降りた。
後ろで何か叫んでいたが、耳には入って来ない。道路を走っていたが、ワンボックスが追いかけてくるので、林の中へ逃げた。奴らも林の中を追いかけてきた。奴らが一段と大きな声で怒鳴った。危ないとか崖とか聞こえたが、お構いなしに走った。足には自信がある。
出直して、奴らを叩きのめしてやると思った。
一瞬、地面が消えた。わーっと叫んだ。目の前に波と岩?何が起きたのか理解できなかった。
* 房総半島 野島崎灯台
7月26日朝6時、野島崎岬の辺りは岩礁地帯で今は5人の海女さんが、あわびとかてんぐさとかを取る漁場にしている。
今日も談笑しながら普段通りに海に入ろうとした時に、岩にしがみついている人を見つけた。
大急ぎで様子を見に行くと、一目で死んでいると分かった。随分海水に浸かったんじゃないかなと皆が思った。110番する。
漁は中止した。
*
30分程して、千葉県警の鳥井館健(とりいたて・けん)警部が鑑識などと現場検証を始めた。
着ていた服はボロボロで全身に打撲痕。持ち物の免許証から都地川源と分かる。鳥井館は名前を見て、警視庁から田鹿浦宝蔵関係の連続誘拐事件で関係者の通知が来ていたのを思い出し、連絡を入れた。
翌日、鑑識は、肺に海水が入っていないので、頭部打撲により死亡したとの見解を示した。凶器は?と鳥井館が訊くと鑑識は、岩、と応じた。
パンツのポケットにずぶ濡れで破れた紙切れが入っていた。「16歳、18歳の事件を明らかに」と何とか読めたた。
* 警視庁捜査一課
警視庁の万十川課長はそのファックスを見て、誰かに指示され、それを調べようとして殺害されたのかもしれないなと考えた。
いい大人が酒を飲まずに崖から落ちた、なんて考えられない。自殺なら別だが、そうするとメモの説明がつかない。
苫牧警部が都地川の自宅の任意での捜査から戻ってきた。身内がいないので大家に立ち会ってもらって部屋の中を調べた。
四百万円の束が出てきた。鑑識に回して指紋を調べると、田鹿浦宝蔵の指紋が発見された。
その事件の関係者に調べて欲しくない奴がいたのか?
指示したとすれば田鹿浦宝蔵しかいない。それを札束の指紋が証明してくれた。
もしかすると、16歳、18歳に関する事件の全てを知っている都地川が邪魔だと思ったのかも知れない。そうすると実行犯は別だろうが、議員は殺人に絡んでいるのかもしれない。万十川はそう思った。
* 議員会館の田鹿浦議員の部屋
万十川は許可をとって国会議員会館の田鹿浦議員の部屋に面会に行った。
応接室で対座し早速質問をはじめる。
「田鹿浦さん。都地川源さんをご存知ですね?」
「おー同級生だった」
「最近、お会いしたことは?」
「2、3週間前に、お前らが俺に疑いをかけている例のヒントの関係で、お見舞いと言って訪ねてきたなあ」
「お見舞いですか?田鹿浦さんが呼んだんじゃないんですか?」
「おれが、何故、呼ばんきゃならんのだ?」
「さあ、お分かりのはずですが?」
「何だその物言いは!はっきり言え!」
「では、金山真一さんをいじめていたのはあなたと都地川ですね?」
「証拠もなしに何を言っとる!侮辱だぞ!」
「証拠が出てもそう主張されるおつもりですか?もう一つ、ヒント2番目の18歳の銀野供子さんについては、どうです?」
「遊んだ事は認めるが、交通事故は都地川が起こしたことだろう?悪事なんか俺には関係ない!」
「子供の父親だという点についてはどうですか?認めますか?」
「それも知らん」議員は顔を背けて答える。
「そうですか、都地川の死因は全身打撲です。崖から落ちて岩に全身を打ち付けて亡くなったと言うのがこちらの判断です。ただ、誰かに押されたとか殺されそうになって逃げる途中落ちたということも考えられます。それに関わっていないのですか?」
「全く知らん!」議員はギロリと万十川を睨んでそう言った。
「都地川に関係者を洗うように言ったのではないですか?ポケットにそういうメモが残っていたのですが?」
「・・会話の中で、その辺に俺を誤解して、犯行を繰り返してる奴がいるかも知らんな、という話は出たかもしれない、が、そうすれ!と言ったことはない」今度は万十川を真正面から睨み、タバコを咥えた。
「そうですか、今日はお忙しいところありがとうございました。次お会いするときは、いじめられた事実を記載した日記帳とか、いじめを見ていた証人とか、子供の親が貴方だと言う証拠とか証人とか、都地川が死亡する前に告白した内容とか、都地川に調査を頼む時に渡した金についた貴方の指紋とか、色々お持ちしましょう。その上で、今と同じことを田鹿浦さんが言えるのか、楽しみにしてくる事にしましょう。では、失礼」
「・・・」
万十川は、田鹿浦の苦虫を潰したような顔を横目に、ニヤリとして部屋を出た。
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